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役立たずテイマー、魔物たちと人助けを始めます。  作者: ぱお


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4/10

森での初めての朝

 雨音が、夢の中まで追いかけてきた。

 リーフは何度も目を覚ました。

 木の根元に身を寄せ、古い外套を体に巻きつけている。けれど、冷たさは防げなかった。

 地面から上がってくる湿気が、背中や足元から体へ染み込んでくる。

 眠ったと思えば、すぐに寒さで目が覚める。

 遠くで獣の鳴き声が聞こえるたびに、心臓が跳ねた。

 父から教えられた言葉が、頭の中を何度も巡っている。

『森で夜を過ごすなら、火を絶やすな』

『風上に立て。獣に匂いを悟られる』

『足跡と糞を見つけたら、そこから離れろ』

 どれも、剣の稽古と一緒に教えられたことだった。

 当時のリーフは、いつか騎士になるための知識だと思っていた。

 領民を守るため。

 まさか、自分が1人で森に入り、身を守るために使うことになるとは思わなかった。

 空が白み始めた頃、雨はようやく弱くなった。

 リーフは重い体を起こした。

 体中が痛い。

 背中は冷えきり、指先の感覚もほとんどなかった。

 立ち上がろうとすると、膝が震える。

「……大丈夫」

 誰かに聞かせるように呟く。

「まだ、歩ける」

 布袋の中を確認する。

 パンは残り1つ。

 水筒の水も、半分ほどしか残っていない。

 このままでは、今日のうちに何か食べ物を見つけなければならない。

 けれど、森の中で何を食べればいいのか、リーフには分からなかった。

 屋敷では、毎日決まった時間に食事が出てきた。

 食事に困ったことなど、1度もない。

 今になって、食卓に並んでいた料理がどれほど多くの人の手で作られていたのか思い知らされる。

 リーフは自分の無知を恥じた。

 剣だけではない。

 自分は、生きるためのことを何も知らない。

 木の根元から離れ、周囲を見回す。

 近くの木の幹に、細長い傷がついていた。

 動物の爪痕かもしれない。

 リーフは慎重に周囲を確認し、傷のついた木から距離を取った。

 昨日の父の教えを思い出す。

『見知らぬ痕跡を見つけたら、近づくな。正体を確かめようとするな。生き残ることを優先しろ』

 怖かったが、父の教えは役に立った。

 リーフは森の奥へ進まず、できるだけ入口に近い場所を歩いた。

 しばらくすると、岩の陰に小さな空間を見つけた。

 大きな岩と木の根が重なり、雨を避けられる場所になっている。

 中には枯れ葉が積もっていたが、獣の糞や毛は見当たらなかった。

 リーフは近くに落ちていた枝で、枯れ葉を押しのけた。

 湿っているが、昨夜の場所よりはずっとましだった。

 ここなら、少なくとも屋根代わりになる。

 リーフは何度も周囲を確認した。

 入り口が1つしかなく、背後に回り込める隙間もない。

 安全とは言えない。

 それでも、今の自分にとっては十分だった。

 外套を岩陰に広げ、布袋を置く。

 それから、火を起こせる場所を探した。

 屋敷から火打ち石を持ち出すことはできなかった。

 料理人が使う道具を思い出し、石と石を打ち合わせてみる。

 何度やっても火花は出るが、枯れ葉に火がつかない。

 そもそも、拾った枝が濡れている。

 リーフは膝をつき、何度も試した。

 石を打つ。

 火花が散る。

 消える。

 また打つ。

 手のひらが痛くなり、爪の間に泥が入った。

 それでも、火は起きなかった。

「どうして……」

 情けなさに、目の奥が熱くなる。

 父なら、簡単に火を起こせるだろう。

 兄なら、もっと上手くできる。

 自分だけが、何もできない。

 リーフは手を止め、泥だらけの指を見つめた。

 そのとき、近くの地面に細い草が生えていることに気づいた。

 白い葉脈の入った、丸みを帯びた葉。

「あれは……」

 リーフは記憶を探った。

 屋敷で受けた勉強の中に、薬草学があった。

 騎士が負傷したとき、薬師が来るまで応急処置をするための知識。葉の形や匂い、茎の色を覚えさせられた。

 母は文字の勉強と一緒に、薬草の名前も教えてくれた。

「これは、ヒナユキ草」

 リーフは膝をついた。

 葉を1枚取って、指先で匂いを確かめる。

 青臭さの中に、少しだけ甘い香りがあった。

 間違っていたら危険だ。

 けれど、覚えている。

 傷口に当てれば、血を止める助けになる薬草。

 リーフは周囲を探し、同じ草がまとまって生えていることを確認した。

 根元から抜かず、葉だけを数枚摘む。

 小さな布に包み、布袋へしまった。

 食べられるものではない。

 それでも、初めて森から手に入れたものだった。

 自分にも、何かできる。

 その事実が、ほんの少しだけ心を軽くした。

 昼近くになると、空腹が限界に近づいた。

 リーフは残していたパンを取り出した。

 本当は、さらに半分残しておきたかった。

 しかし、このままでは倒れてしまう。

 固くなったパンを、水で少し湿らせながら食べる。

 口の中でゆっくり噛むと、小麦の味がした。

 食べ終わったあと、水筒を見つめる。

 水は残り少ない。

 森には小川があるかもしれないが、見つけてもそのまま飲んではいけないと父に教えられていた。

 魔物の死骸や毒草の根が混じっていることがある。

 水を煮沸しなければならない。

 火を起こせない今の自分には、それもできなかった。

 リーフは立ち上がった。

 食べ物と水を手に入れるため、森の入口を探す必要がある。

 怖くないわけではない。

 けれど、ここで何もしなければ、本当に動けなくなる。

 リーフは道を見失わないよう、岩陰から入口へ向かって歩いた。

 木の幹に小さな傷をつける。

 戻るときの目印だ。

 少し進むと、湿った地面に細い水の跡が見えた。

 雨水が低い場所へ流れているらしい。

 リーフは水の流れをたどった。

 やがて、木々の間に小さな窪地を見つけた。

 そこには雨水が溜まっている。

 泥が混じっているが、底の水は比較的澄んでいた。

 リーフは水筒に少しだけ水を入れた。

 飲むのは我慢する。

 まず、火を起こせるものを探さなければならない。

 乾いた枝。

 樹皮。

 松脂のような匂いのする木片。

 リーフは父から聞いた話を思い出しながら、木の根元や倒木の下を調べた。

 倒れた木の内側には、雨に濡れていない乾いた部分が残っていた。

 リーフは枝を折り、できるだけ細く削る。

 ナイフがないため、石で何度もこすった。

 指を切り、血がにじんだ。

 それでも、枝を集めた。

 岩陰へ戻り、乾いた樹皮を中心に積む。

 石と石を打ち合わせる。

 火花が落ちる。

 消える。

 また火花が落ちる。

 今度は、樹皮の端がわずかに赤くなった。

 リーフは息を吹きかけた。

 強く吹けば消えてしまいそうで、慎重に、何度も息を送る。

 白い煙が立った。

 さらに吹く。

 樹皮の隙間に、小さな赤い光が生まれる。

「……ついた」

 声が震えた。

 リーフは枯れ葉を少しずつ乗せ、細い枝を重ねた。

 何度か煙だけになりかけたが、やがて小さな炎が立ち上がった。

 小さな火だった。

 少し風が吹けば消えてしまいそうな火だった。

 けれど、リーフにとっては、屋敷の暖炉よりも大切に思えた。

 火の上に水筒を置くため、石を3つ並べる。

 しばらくすると、水が小さく泡立ち始めた。

 リーフはその様子を見守りながら、初めて少しだけ笑った。

「これで、飲める」

 水を冷ましてから、少しずつ飲む。

 温かくはない。

 けれど、喉の渇きが癒えていく。

 生きている。

 まだ、自分は生きている。

 その事実が、胸の奥に小さな灯りをともした。

 夕方になる頃、雨は完全に止んでいた。

 リーフは火を絶やさないよう、集めた枝を近くに置いた。

 今夜は岩陰で眠る。

 明日は、森の入口に戻り、近くの村を探す。

 村で仕事をもらえるかもしれない。

 薬草を売れるかもしれない。

 どうにもならなければ、また別の場所を探せばいい。

 リーフは外套にくるまり、火の前で膝を抱えた。

 風が木々の間を抜けていく。

 遠くから、獣の鳴き声が聞こえた。

 昨日なら、恐怖で動けなくなっていたかもしれない。

 今日も怖い。

 けれど、小さな火がある。

 水もある。

 明日のために残したパンも、まだ少しだけある。

 それに、自分で見つけた薬草もある。

 リーフは火を見つめながら、胸の中でそっと呟いた。

「僕は、まだ何もできないわけじゃない」

 誰にも聞かれない言葉だった。

 それでも、今のリーフには必要だった。

 火が小さく揺れる。

 森の夜は深く、静かに更けていった。

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