↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
役立たずテイマー、魔物たちと人助けを始めます。  作者: ぱお


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/10

テイマー

鑑定石の奥で生まれた淡い緑色の光は、静かに揺らめいていた。

 リーフは両手を石に置いたまま、息をすることさえ忘れていた。

 何か特別なスキルかもしれない。

 剣士ではなくても、家族の役に立てる力かもしれない。

 そう思いたかった。

 神官は鑑定石の中に浮かび上がった文字を確認し、ゆっくりと口を開いた。

「テイマースキル。スキルレベル1です」

 声が、広い礼拝堂に響いた。

 それだけだった。

 レオンのときに上がった歓声も、母の喜びに満ちた声もない。

 誰もが、言葉を失ったように黙り込んでいた。

「テイマー……?」

 リーフは呟いた。

「はい。魔物と契約し、従えるためのスキルです」

 神官が答える。

 その声には、わずかな戸惑いがあった。

「魔物を……従える?」

「そうです。契約した魔物に命令を与えたり、簡単な意思疎通を行ったりできます。ただし、テイマーが従えられる魔物は、本人の力量やスキルの成長によって変わります」

 説明を聞いても、リーフにはまだ実感がなかった。

 魔物と契約する。

 森にいる魔物を、自分の仲間にする。

 それは、思っていたよりもずっと不思議な力に思えた。

 けれど、父の表情を見た瞬間、その小さな期待は消えていった。

 父は鑑定石ではなく、リーフを見ていた。

 その顔に浮かんでいるのは、喜びではない。

 困惑と、深い失望だった。

「テイマー……」

 父はもう一度、その名を口にした。

 まるで、聞き間違いではないことを確かめるように。

「はい。テイマーです」

 神官が答えた。

「魔物を使役するスキルとしては、珍しいものではありません。ただ、戦闘を目的とする場合、扱える魔物の能力に大きく左右されます」

「つまり、強い魔物を従えられるとは限らないのだな」

「その通りです。一般的には、小型でおとなしい魔物と契約する者が多いかと」

 父の目が細くなる。

「小型で、おとなしい魔物……」

 その言葉の意味を、リーフも知っていた。

 スライム。

 角ウサギ。

 小さな鳥の魔物。

 どれも人の暮らしを脅かすほどの力はない。

 剣士なら、一撃で倒せる魔物たちだ。

 リーフは、先ほどレオンが立っていた場所を見た。

 レオンは剣士スキルを授かった。

 父は誇らしそうに笑った。

 母も嬉しそうに微笑んでいた。

 自分のときは、誰も笑っていない。

「テイマーにも、できることはあると思います」

 リーフはおそるおそる口を開いた。

 声は震えていたが、言葉だけは止められなかった。

「魔物に荷物を運んでもらったり、森の中を案内してもらったり……。もし、傷を治せる魔物がいるなら、誰かを助けることもできます」

「誰かを助ける?」

 父の声が低くなる。

「はい」

「魔物を使ってか」

「……はい」

 リーフは両手を握りしめた。

「魔物にも、できることがあるはずです。人を襲う魔物ばかりではないと思います」

 礼拝堂の中に、重い沈黙が落ちた。

 自分でも、どうしてそんなことを言ったのか分からなかった。

 魔物をテイムしたことなど、一度もない。

 魔物と話したこともない。

 それでも、スキルが役立たずだと決めつけられるのが嫌だった。

 何より、父に見放されたくなかった。

「リーフ」

 父が呼んだ。

「はい」

「お前は、この家が何を求めているのか分かっているか」

「……騎士として、領民を守ることです」

「そうだ」

 父は短く頷いた。

「ヴァルグレン家は、代々剣を振るってきた。魔物の群れが現れれば先頭に立ち、盗賊が領地を襲えば剣を抜く。領民が頼るのは、魔物を連れた少年ではない。自ら剣を取り、危険の前に立つ騎士だ」

 リーフは黙って聞いていた。

 父の言っていることは正しい。

 少なくとも、この家の考え方では正しい。

「僕も、危険の前に立ちます」

「お前が?」

 父の言葉が、鋭く胸に刺さった。

「剣もまともに振れないお前が、どうやって魔物の前に立つ」

 返す言葉がなかった。

 剣の稽古をしてきた。

 毎朝、誰よりも早く起きた。

 何度も転んだが、逃げたことはない。

 それでも、兄のように剣を振ることはできなかった。

「申し訳ありません……」

 リーフは頭を下げた。

「申し訳ないと言えば、家の役に立たないスキルが変わるのか」

 父の声に、怒りが混じった。

 母が小さく息を呑む。

 レオンも不安そうに父を見た。

「父上、リーフはまだスキルを得たばかりです。これから鍛えれば――」

「黙れ」

 レオンの言葉を、父が遮った。

「お前は剣士スキルを授かった。これから鍛錬を積めば、騎士として成長できる可能性がある。だが、リーフは違う」

「違いません。リーフだって、これから頑張れば」

「何を頑張る?」

 父はレオンを見た。

「魔物に餌を与えることか。スライムを連れて歩くことか。それで剣を持つ騎士と肩を並べられると思うのか」

 レオンは唇を噛みしめた。

 リーフは弟として、兄にそんな顔をさせたくなかった。

「兄上、もういいです」

「リーフ……」

「僕が、ちゃんとできなかったから」

 言葉にした瞬間、胸の奥がひどく痛んだ。

 ちゃんとできなかった。

 剣を振ることも。

 父の期待に応えることも。

 家の名にふさわしい子供でいることも。

 全部、自分ができなかったからだ。

 神官が気遣うように声をかける。

「男爵様。テイマースキルは、決して無価値なものではありません。魔物の中には、探索や採取に優れた能力を持つものも――」

「神官殿」

 父の言葉が、神官を止めた。

「あなたは、この子が騎士の家に生まれたことを知っているはずだ」

「……はい」

「ならば分かるだろう。我が家に、魔物を連れ歩く者の居場所はない」

 その言葉を聞いたとき、リーフの中で何かが音を立てて崩れた。

 居場所がない。

 今まで暮らしてきた屋敷。

 毎朝、食事をした食堂。

 父と剣を振った訓練場。

 母に作法を教わった部屋。

 レオンと遊んだ庭。

 そこに、自分の居場所がない。

「父上……」

 どうにか声を絞り出す。

「僕は、どうすればいいですか?」

 父は答えなかった。

 鑑定石の青白い光が、父の横顔を冷たく照らしている。

 しばらくして、父は神官に向かって言った。

「鑑定は終わった。記録を頼む」

 神官が頷く。

 リーフはその場から動けなかった。

 誰も自分を見ていない。

 レオンだけが、心配そうにこちらを見つめている。

 礼拝堂を出たあと、レオンはすぐにリーフの隣へ駆け寄ってきた。

「リーフ、待って」

「兄上」

「父上は、今は驚いているだけだよ」

 レオンはそう言ったが、その声にも不安が滲んでいた。

「テイマーが本当に役立たずかなんて、まだ分からない。リーフなら、きっと何かできる」

「ありがとう」

 リーフは微笑もうとした。

 けれど、頬がうまく動かなかった。

「でも、父上は僕に居場所がないって言いました」

「そんなこと、まだ決まってない」

「決まっているように聞こえました」

 レオンは何も言えなかった。

 2人は廊下の窓の前で立ち止まった。

 外には、いつも稽古をしている訓練場が見える。

 レオンが剣を振り、父が指導する場所。

 リーフも何度もそこに立った。

 木剣を握り、足を踏み出し、何度も転んだ。

 それでも、父は毎回言ってくれた。

「立て。騎士は転んだままでは終わらない」

 あの言葉を、リーフは信じていた。

 今も、信じていたかった。

 けれど、もう父は自分に立てと言ってくれないかもしれない。

 夕食の時間になっても、父は姿を見せなかった。

 母はほとんど口を開かず、レオンも何度もリーフの様子をうかがっている。

 料理の味は、よく分からなかった。

 食事を終え、自室へ戻る。

 窓の外には、夜の闇が広がっていた。

 リーフはベッドの端に腰を下ろし、昼間の鑑定石を思い出していた。

 淡い緑色の光。

 自分の中に生まれた力。

 あれが本当に役に立たないものなのか、リーフには分からない。

 ただ、誰かを助けられる可能性があるのなら、捨てたくはなかった。

 そのとき、扉が叩かれた。

「リーフ。入るぞ」

 父の声だった。

 リーフは慌てて立ち上がり、扉を開く。

 父はいつものように背筋を伸ばしていた。

 ただ、腰に剣はなかった。

「父上、お話とは何でしょうか」

「座れ」

 父は部屋の中へ入り、机の前に立った。

 リーフがベッドに腰を下ろすと、父はしばらく黙ったまま彼を見つめた。

 その目には、怒りよりも迷いがあった。

「お前のスキルについて、家臣たちと話し合った」

「はい」

「この家でテイマーを育てることはできない」

 リーフの胸が冷たくなる。

「僕は、頑張ります」

「何を?」

「魔物のことを学びます。剣も、これからもっと練習します。父上の役に立てるように――」

「リーフ」

 父が遮った。

「明日の朝、屋敷を出ろ」

 時間が止まったように感じた。

「……どこへ、ですか?」

「好きにしろ」

「僕は、まだ10歳です」

「ああ」

「一人では、何もできません」

「それでもだ」

 父は机の上に、小さな布袋を置いた。

「古着と食料を入れてある。家名を名乗ることは許さん。金も渡さない」

「父上……」

 声が震えた。

「僕は、息子ではないのですか?」

 父の表情がわずかに歪む。

 けれど、答えは返ってこなかった。

 父は扉の前へ向かい、最後に一度だけ振り返った。

「明日の朝だ」

 扉が閉じる。

 リーフはしばらく、その場に立ち尽くしていた。

 やがて机の上の布袋を見つめる。

 そこには、古びた外套と、硬くなったパンが入っている。

 10年間暮らした家を出るには、あまりにも小さな荷物だった。

 リーフは胸元に手を当てた。

 そこには、家紋の刺繍がある。

 銀の盾と、1本の剣。

 リーフはその紋章を、指先でそっと撫でた。

 明日の朝、自分はこの家を出る。

 父の期待に応えられなかった子供として。

 役立たずのテイマーとして。

 それでも、胸の奥に生まれた淡い緑色の光だけは、まだ消えていなかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

面白いと思っていただけたら、評価や応援をしていただけるとうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。