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役立たずテイマー、魔物たちと人助けを始めます。  作者: ぱお


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1/10

期待

 リーフ・ヴァルグレンは、朝の鐘が鳴るよりも早く目を覚ました。

 窓の外は、まだ薄暗い。

 東の空がわずかに白み始めているだけで、屋敷の庭には夜の冷たさが残っていた。窓硝子には細かな水滴が浮かび、吐いた息が白くほどけていく。

 今日は、リーフが十歳になる日だった。

 そして、スキル鑑定の日でもある。

 リーフはベッドから起き上がると、しばらく自分の両手を見つめていた。

 小さな手。

 指は細く、剣を握るには頼りない。手のひらには、昨日の稽古でできた赤い跡が残っている。

 木剣を落としたときにできた傷だった。

「……痛くない」

 誰に言うでもなく、リーフは呟いた。

 本当は、痛かった。

 けれど、痛いと認めてしまえば、昨日の稽古で何度も失敗したことまで認めるような気がした。

 兄のように、一度で剣を振り下ろすことができない。

 父に教えられた足運びを何度繰り返しても、途中でつまずいてしまう。

 それでも、稽古を休んだことはなかった。

 父が見ているからだ。

 父に失望されたくなかった。

 リーフは服を着替え、鏡の前に立った。

 白いシャツに、深い紺色の上着。胸元には、ヴァルグレン男爵家の紋章が刺繍されている。

 銀の盾と、その中央に描かれた一本の剣。

 家の者は皆、この紋章を誇りにしていた。

 ヴァルグレン家は、代々騎士を輩出してきた家系だ。

 大きな領地を持つ家ではない。王都からも遠く、山と森に囲まれた小さな土地を治める男爵家である。

 それでも、戦が起これば兵を出し、魔物が現れれば先頭に立って戦う。

 剣を持つ者が領民を守る。

 それが、ヴァルグレン家に受け継がれてきた誇りだった。

「強い者は、弱い者を守るために力を使う」

 幼い頃に聞いた父の言葉を、リーフは思い出した。

「剣は人を傷つけるためだけのものではない。守ると決めたものの前に立つためのものだ」

 リーフは、その言葉が好きだった。

 だからこそ、剣をうまく扱えない自分が悔しかった。

 鏡に映る自分の姿を見つめながら、リーフは胸元の紋章をそっと撫でた。

 今日、どんなスキルを授かるのか。

 剣士。

 騎士。

 あるいは、父や兄の役に立てる何か。

 期待しようとすると、胸の奥が苦しくなった。

 期待が大きいほど、失敗したときの痛みも大きくなる。

 そのとき、扉の向こうから控えめなノックが聞こえた。

「リーフ様、お目覚めでしょうか」

「はい。今、出ます」

 扉を開けると、年配の侍女が立っていた。

「おはようございます、リーフ様。本日はおめでとうございます」

「おはようございます。ありがとうございます、ミラさん」

 リーフが頭を下げると、ミラは少し驚いたように目を瞬かせた。

「本当に、礼儀正しくなられましたね」

「父上から教えていただきました。家の者として、挨拶は大切だと」

「ええ。きっと旦那様もお喜びになります」

 その言葉に、リーフの胸が温かくなった。

 父が喜ぶ。

 その想像だけで、早くなった心臓の鼓動がさらに強くなる。

 廊下へ出ると、朝の屋敷は静まり返っていた。

 壁には歴代当主の肖像画が並んでいる。

 鎧をまとい、剣を携えた者たち。

 初代当主は、魔物の群れから村を守った騎士。

 二代目は、国境の戦いで敵将を討ち取った剣士。

 三代目は、山道に巣食っていた飛竜を退けた英雄。

 肖像画の下には、それぞれの功績を記した銘板が飾られている。

 リーフはその前を通るたび、背筋を伸ばした。

 いつか自分も、この家に恥じない人間にならなければならない。

 そのとき、廊下の向こうから足音が聞こえた。

「おはよう、リーフ」

 振り向くと、双子の兄であるレオンが立っていた。

 リーフと同じ十歳だが、レオンの体つきは少しだけ大きい。短く整えた金色の髪と、父によく似た青い瞳。今日のために仕立てられた礼服を着ている。

「おはようございます、兄上」

「兄上はやめろよ。僕たちは双子なんだから」

「でも、兄上は兄上です」

 リーフが答えると、レオンは困ったように笑った。

 二人は同じ日に生まれた。

 ほんの少しだけ先に生まれたレオンが兄で、あとから生まれたリーフが弟だった。

 昔は何をするにも一緒だった。

 庭を走り、木の枝を剣に見立てて遊び、母に叱られると二人で隠れて泣いた。

 けれど、剣の稽古が始まってから、少しずつ違いが出てきた。

 レオンは剣を振るのが上手だった。

 父から教わった動きをすぐに覚え、木剣を握る姿には迷いがない。

 昨日の稽古でも、父は何度も頷いていた。

 一方、リーフは何度も転び、最後には木剣を落とした。

「緊張してるのか?」

 レオンが尋ねる。

「少しだけ」

「大丈夫だよ。僕が一緒にいるから」

「兄上は、きっと剣士のスキルを授かりますね」

「リーフだってそうだろ」

 レオンは、何でもないことのように言った。

「僕たちはヴァルグレン家の子供なんだから。父上も、リーフには剣の才能があるって言ってたじゃないか」

 リーフは返事をしなかった。

 父がそう言ったことは、確かにある。

 幼い頃、リーフが初めて木剣を持った日、父はしゃがみ込んで彼の目を見た。

「リーフ、お前は私の息子だ。焦らなくていい。剣は必ず振れるようになる」

 父の大きな手が、リーフの肩に置かれた。

「お前には、お前の役目がある」

 その言葉を、リーフはずっと覚えていた。

 自分にも役目がある。

 そう思えば、転んでも立ち上がることができた。

 二人が食堂へ入ると、すでに家族が揃っていた。

 上座には父、ヴァルグレン男爵が座っている。

 広い肩に黒い髪。年齢を重ねても衰えない鋭い眼差し。普段は領地の仕事に追われているが、騎士として鍛えた体は今も強靭だった。

 その隣には母が座り、向かい側には長兄のグランがいる。

 グランは十五歳。

 すでにスキル鑑定を終えており、剣士スキルを授かっている。

 王都の騎士団からも、将来を期待されているほどだった。

「おはようございます、父上。母上。兄上」

 リーフとレオンは揃って頭を下げた。

「おはよう」

 父が頷く。

 朝食が運ばれてくる。

 焼きたてのパン、香草を使った卵料理、温かなスープ。

 普段より品数が多いのは、今日が特別な日だからだろう。

 リーフは姿勢を正し、ナイフとフォークを手に取った。

 食事中に大きな音を立てない。

 口に物を入れたまま話さない。

 食器は決められた順番で使う。

 そうした作法は、母から何度も教えられてきた。

 けれど、父が向かいにいると、いつも以上に緊張する。

「リーフ」

 父に呼ばれ、リーフは顔を上げた。

「はい」

「今日の鑑定を、どう考えている」

 喉が詰まりそうになる。

「……ヴァルグレン家の一員として、恥ずかしくない結果をいただきたいと思っています」

「それだけか?」

 父の声は厳しかった。

 怒っているわけではない。

 だからこそ、リーフは余計に緊張した。

「はい。ですが、どのようなスキルであっても、授かった力を正しく使えるよう努力します」

 母がわずかに目を細めた。

 父はしばらく黙っていた。

 それから、ほんの少しだけ口元を緩める。

「よく覚えていたな」

 リーフの胸が跳ねた。

「力は、持つだけでは意味がない。鍛え、使い、誰かを守るために役立ててこそ価値がある」

「はい」

「お前には期待している」

 その言葉は、重かった。

 けれど、嬉しかった。

 リーフは父の期待に応えたかった。

 父のように強くなりたかった。

 兄のように、迷いなく剣を振れるようになりたかった。

 朝食を終えると、一行は屋敷の礼拝堂へ向かった。

 廊下を歩くあいだ、リーフは何度も深呼吸をした。

 礼拝堂の中央には、青白い光を宿した鑑定石が置かれている。

 神官がその隣に立ち、家族が見守る中、まずレオンの名前を呼んだ。

「レオン・ヴァルグレン」

「はい」

 レオンは背筋を伸ばして前へ進む。

 父が静かに見つめている。

 母が祈るように手を組んでいる。

 リーフは、兄の背中を見つめた。

 レオンなら大丈夫だ。

 きっと、父の期待に応えられる。

 レオンが鑑定石に両手を置く。

 やがて、鑑定石が強い光を放った。

 神官が読み上げる声が、礼拝堂に響く。

「剣士スキル。スキルレベル1」

 父の顔に、誇らしげな笑みが浮かんだ。

 家族から祝福の声が上がる。

 レオンは父の前で深く頭を下げた。

「ありがとうございます。これからも精一杯、鍛錬します」

 リーフは胸が熱くなるのを感じた。

 次は、自分の番だ。

 神官がこちらを向く。

「リーフ・ヴァルグレン」

「はい」

 足が震えそうになる。

 それでも、リーフは顔を上げた。

 父の期待に応えるために。

 家名に恥じない人間になるために。

 ゆっくりと鑑定石の前へ歩く。

 一歩進むたびに、床の音が大きく聞こえた。

 両手を石の表面に置く。

 ひやりとした感触が、指先から腕へ伝わってくる。

 レオンのときは、触れた直後に強い光が生まれた。

 けれど、リーフの手の下では、なかなか何も起こらなかった。

 父の視線が、手の甲に突き刺さっている。

 母の祈るような気配が伝わってくる。

 隣では、レオンが固唾を呑んで見守っていた。

 やはり、自分には何もないのだろうか。

 そんな不安が胸をよぎった瞬間だった。

 鑑定石の奥で、淡い光が生まれた。

 青ではない。

 レオンのときのような、強くまっすぐな光でもない。

 淡い緑色の光が、石の中で静かに揺らめいている。

 リーフは息をすることさえ忘れた。

 何か特別なスキルかもしれない。

 剣士ではなくても、家族の役に立てる力かもしれない。

 そう思いたかった。

 けれど、光を見つめていた神官の表情が、わずかに変わった。

 ほんの一瞬だった。

 驚きなのか、戸惑いなのか、リーフには分からない。

 ただ、父の表情から笑みが消えたことだけは分かった。

 鑑定石の中で、淡い緑色の光が揺らめいている。

 神官が、浮かび上がった文字へ視線を落とした。

 礼拝堂に、誰も言葉を発しない時間が流れる。

 リーフは、祈るように目を閉じた。

 どうか。

 どうか、父に認めてもらえる力でありますように。

 やがて、神官がゆっくりと口を開いた。

「――」

 その声が響く直前、リーフはまだ知らなかった。

 自分の誕生日が、家族に祝福される日ではなくなることを。

 そして、この鑑定結果によって、十年間暮らしてきた屋敷を出ることになるなどということを。

 鑑定石の奥で生まれた淡い緑色の光は、静かに揺らめいていた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

読んでいただいたありがとうございました!

11/7〜11/9でストック分投稿予定です!

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