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2 洗礼と聖剣

 

 大陸“ゴッティス”の極東。

宗教国家たるホーランの統治が届く限界の地に、その施設はある。


白く、無機質な巨大施設は、まるで大地に降り立った巨大な骸骨のようだった。


その外壁は、どこまでも続く純白の大理石で覆われ、陽光を吸い込んでは冷たい輝きを反射する。建物自体が一つの巨大な立方体を幾つも積み重ねたような形状をしており、高さは数百メートルに達し、周囲の風景を圧倒的に支配していた。窓はほとんど存在せず、わずかに見えるスリット状の開口部も、内部を覗かせまいとするかのように細く、暗い。


その造形は、ホーラン国内で見られる建造物の中でも一際異彩を放っていた。どれだけ石の扱いに長けている職人であったとしても、これほど精巧に模られたものは造れない。この施設が建っているというその事実に、人は“神”の介入を疑わずにはいられない。


そこが彼女の居場所だった。傷だらけの身体一つでたどり着き、その身をさらに熾烈な鍛錬に駆り立て、こうして今日、巡礼者としての“洗礼”を受けるに至った。


 施設の中庭にひっそりと立つ教会。白いレンガで構築されたホールに、名もなき女が一人。

牧師はいない。他の信徒もいない。それでも女は、誰かに語りかけるように、彼女の信じる聖句を紡ぐ。


「私は輪廻を否定する。私は主の世界を肯定する。不浄をその身で祓い、理の果てに答えを導いた我らが師よ。

その犠牲に私は倣う。その救いに私は続く。

その答えに私の生涯を捧ぐ。

私に名前を。私に器を。

再び迫る輪廻の鎖を、転生者を、元の世界へと還す奇跡を。

その担い手として、私を受け入れたまえ」


旧い文言を紡ぐ。瞬間、周囲が天蓋に閉ざされたように暗くなる。女の視界が歪む。その全身に圧を感じる。手のひらを合わせ、指を絡め、その異変を受け入れる。肯定する。


落ち着くと、なにもない祭壇に、黄金の十字架が現れた。否、それは剣。彼女の望み通り、主が彼女に授けた器。諸刃は眩い輝きを示し、鍔は左右に、腕を広げるように伸びている。


両手剣。それは、大剣とも呼ばれる、巨大な剣だった。


女は両手剣をその右手一つのみで掴み、残る左手を胸に当てる。その心に宿る言葉がある。それこそが彼女に与えられた真の名である。

聖剣の刃に、女の傷ついた顔が映る。傷により色素を失った瞳が、強い信念を語っていた。


 聖剣を持って、巡礼者は教会から立ち去る。

中庭には杖をついた一人の老婆がいた。施設が纏う白色と対比するかのように、その老体を包むのは黒いローブだ。


「洗礼は終わったようだな。与えられたのは、大剣“トラキア”か」


「はい。預言が届き次第、すぐにもここを発ちます」


「そのことだが、もう届いておる」


老婆はローブの袖から折り畳まれた羊毛紙を取り出した。


「場所はここより西のクラスター領。

詳細はここに記されておる」


巡礼者は受け取った羊毛紙を広げる。それは彼らが宣告の書と呼ぶ代物で、原書と呼ばれる親の本に書いた内容が、遠く離れた子の紙に浮かび上がるというものだった。その内容は、聖都にいる高位の聖職者が天より授かった預言についてだった。


「クラスター領……数は一人。

名前を……佐藤 セツナ。そして、“災能”は……」


白い瞳が文字列を追う。その焦点が一点に集中した。


「災能……“不明”?」


「さよう。

災能はヤツら転生者が災厄たり得る理由。

その力の一端すらもわからぬというのは、お主のような新人には荷が重いじゃろう。

じゃから、この転生者はノーマンに回そうと思ってたんじゃが……」


羊毛紙を畳み、懐にしまう。片手の聖剣の重みに神経を集中させる。


(私が果たさなくてはならないものは……)


「必要ありません。これは私が対応します。

戦うために、洗礼を受けたのですから」


「ふん、そう言うと思ったわい」


老婆は巡礼者に背を向け、施設に帰っていく。

その道中、老婆は顔を少しだけ後ろに向け、聞いた。


「お主、名前は?」


風が吹く。巡礼者の伸びた金の髪が揺れる。

それを、これまた傷のある左手で押さえながら、洗礼によって授かった名前を言った。


「アルマ」

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