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九尾の狐とくさや地獄

 東国を北へ進む桃太郎一行。


 金太郎との騒がしい別れを経て、次なる目的地は下野の国――那須。


 そこには、日本三大妖怪の一角とも言われる伝説の妖狐・玉藻前白面金毛九尾がいるという噂がありました。


 しかし、その正体は近付く者を毒で殺すという恐ろしい“殺生石”。


 普通に考えれば近寄るだけでも危険です。


 ……ですが、桃太郎一行は普通に考えません。


 今回も犬が立てた作戦は、だいぶ意味不明な方向へ突き進みます。


 果たして九尾の狐を相手に、“あの臭い食べ物”は通用するのか。


 そして新たな仲間は加わるのか。


 第23話、どうぞお楽しみください。

 足柄山で金太郎と別れた桃太郎一行は、その後も東国を北へ北へと進み続けていた。


 相模の国を抜け、武蔵の国を越え、長い街道を歩き続けた一行は、ついに下野しもつけの国へと辿り着く。


 山々にはうっすら霧がかかり、空気はどこか妖しい。


 犬は地図を広げながら頷いた。


「旦那、いよいよですよ」


「ああ……」


「この地には、かの有名な玉藻前白面金毛九尾たまものまえはくめんきんもうきゅうびの狐がいると言われています」


 サルも集めた情報を整理する。


「地元の獣たちの話だと、玉藻の前は“殺生石”に姿を変えているらしいです」


「殺生石?」


 キジが首を傾げた。


「近付く者を毒気で殺す呪いの石ですよ」


「うわ、怖っ!」


 桃太郎は腕を組む。


「毒を放ってる相手にどう近づくんだ?」


 すると犬がニヤリと笑った。


「ふふふ……そのために既に準備は済ませています」


「また嫌な予感しかしねぇ」


「今回はかなり自信ありますよ!」


 その夜。


 桃太郎一行は野営地でいつもの作戦会議を始めた。


 犬が地図の上に謎の包みを置く。


「今回の作戦の要はコイツです」


「何だこれ」


「相模の国で仕入れた最高級くさやです」


 一同が静まり返った。


「……おい」


 桃太郎が嫌そうな顔をする。


「まさかとは思うが」


「そのまさかです」


 犬は堂々と言い切った。


「毒には毒、臭いには臭いをぶつけるんです!」


「いや理論がおかしい!」


「旦那、玉藻の前は高貴な妖狐ですよ? 絶対こういう庶民的な臭い耐性ありません」


「そんな攻略法ある!?」


 しかし犬は本気だった。


「ということで、明日は殺生石の周りでくさや祭りです」


「字面が最悪なんだよ」


     ◆


 翌日。


 桃太郎一行は那須の山奥へと入っていた。


 やがて霧の中に、異様な岩が見えてくる。


 黒ずみ、ひび割れ、周囲の草木すら枯れている。


 近付くだけで空気が重い。


「あれが……殺生石か」


 桃太郎が呟く。


「確かに禍々しいですね」


 キジも羽を震わせた。


 だが犬は平然としている。


「よーし皆さん、設営開始!」


 犬の指示で、一行は殺生石の周囲に七輪を並べ始めた。


 さらに炭に火を入れ、問題の“くさや”を網へ乗せる。


 ジュゥゥゥゥ……。


 次の瞬間だった。


「うわっ!」


 サルが鼻を押さえる。


「くっさ!!」


 桃太郎も顔をしかめる。


「なんだこれ、足の裏と海を混ぜたみたいな臭いだぞ!」


「だからくさやなんですって!」


 犬だけが妙に誇らしげだった。


 しかし数分後――。


「オロロロロ……」


 犬が突然ふらついた。


「あ」


「おい犬!?」


「だ、旦那……忘れてました……あっし……鼻が良すぎるんでした……」


 バタッ。


 犬、気絶。


「作戦立てた本人が真っ先に倒れるな!」


 桃太郎が突っ込む。


 だがその時だった。


 殺生石がゴゴゴ……と音を立て始める。


 さらに石の隙間から、紫色の煙が噴き出した。


「オェェェェッ!! な、何じゃこの臭いはぁぁぁ!?」


 現れたのは――。


 九本の黄金色の尻尾を持つ美女だった。


 白い肌。


 妖艶な目元。


 貴族のような豪華な衣装。


 しかし今は完全に涙目である。


「あなたたち……何を焼いておるの……!?」


「今だぁ!」


 桃太郎が叫ぶ。


 サルとキジが一斉に飛びかかった。


「うわっ!?」


「大人しくしてください!」


 縄でぐるぐる巻きにされる玉藻の前。


「ちょっ、待たぬか! わらわはまだ心の準備が――」


「はいキビ団子!」


「むぐっ!?」


 桃太郎が高速で口に突っ込んだ。


 数秒後。


 玉藻の前は大人しく座っていた。


「……ふむ」


「効いた」


「効きましたね」


 キジが感心する。


 玉藻の前は咳き込みながら桃太郎を見た。


「まさか、わらわが“臭い”で敗北するとは……」


「お前、本当に九尾の狐か?」


「失礼な! 超大物妖怪じゃぞ!」


 ぷんすか怒る玉藻の前。


 しかしすぐに扇子を広げ、不敵に笑った。


「まあよい。長らく石の中におって退屈していたところじゃ」


「じゃあ仲間になってくれるのか?」


「うむ。お主を権力者にして堕落させるのも楽しそうじゃしの」


「発想が悪の参謀なんだよ!」


 桃太郎が即座に突っ込む。


「旦那」


 いつの間にか復活した犬が言った。


「この人、あっしと同じ匂いします」


「嫌な共鳴起こすな!」


 玉藻の前は犬を見る。


「ほう、お主なかなか分かっておる犬じゃな」


「へへっ」


「意気投合するな!」


 サルが頭を抱える。


 しかも玉藻の前はかなり自由人だった。


「ところで食事は豪華なんじゃろうな?」


「普通だぞ」


「えぇ……」


「あと毎回トラブルに巻き込まれる」


「もっと嫌じゃ……」


 しかし玉藻の前は少し笑った。


「じゃが、退屈よりはマシか」


 そう言って九本の尻尾をふわりと揺らす。


 その姿は、確かに“伝説級の妖怪”に相応しい美しさだった。


 桃太郎も思わず見惚れる。


「……綺麗だな」


「おや?」


 玉藻の前がニヤリと笑う。


「なんじゃ、わらわに惚れたか?」


「いや別に!」


「旦那、分かりやすっ」


 犬が茶化す。


「うるせぇ!」


 すると玉藻の前がふと真面目な顔になった。


「ところで、お主らは何故妖怪を集めておる?」


 桃太郎は少し黙った。


 そして静かに答える。


「……仲間を助けたいんだ」


「仲間?」


「メデューサちゃんって子をな」


 玉藻の前は表情を変える。


 ただのふざけた旅ではないことを察したのだ。


「なるほどのう……」


 九尾の狐は少しだけ遠くを見る目をした。


「面白い旅になりそうじゃ」


 その頃、犬はまだくさや臭に苦しんでいた。


「うっ……まだ鼻の奥にいる……」


「だから無茶な作戦立てるからだ」


「でも成功しましたよ!」


「まあな」


 桃太郎は笑う。


 こうして桃太郎一行に、新たな妖怪の仲間――玉藻の前が加わった。


 そして次なる目的地はさらに北。


 奥州・遠野。


 そこには、吹雪と共に現れるという伝説の妖怪――雪女が待っている。


「次は雪女か……」


 桃太郎が空を見上げる。


 犬は拳を握った。


「メデューサさん並みの人気キャラですよ!」


「お前ほんとそればっかだな」


 だがその言葉に、玉藻の前がクスリと笑った。


「騒がしい旅じゃのう」


 こうして桃太郎一行は、さらに北を目指し歩き出すのであった。

挿絵(By みてみん)

 第23話を読んでいただきありがとうございました。


 今回はついに、玉藻の前が登場しました。


 日本妖怪界でもトップクラスの知名度を持つ大妖怪ですが、この作品に出てくる以上、やはり普通には登場できませんでした。


 結果、“くさやの臭いで殺生石から引きずり出される九尾の狐”という、たぶん神話史上かなり情けない初登場になった気がします。


 ただ、玉藻の前は単なるギャグキャラではなく、長い時を生きた妖怪らしい達観した部分や、どこか掴みどころのない危うさも持っています。


 犬と妙に波長が合ってしまったのも、今後の不安要素かもしれません。


 そして次回はいよいよ遠野編。


 吹雪の中に現れる、美しくも恐ろしい妖怪――雪女が登場します。


 メデューサを失った傷を抱えたまま進む桃太郎たちが、雪女とどんな出会いをするのか。


 次回も楽しんでいただければ嬉しいです。

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