女神の泉と恋愛禁止令
恋愛とは難しいものです。
距離が遠すぎれば進展せず、
近すぎれば「もう付き合えよ」と言われる――。
そして今回、桃太郎一行に突きつけられた最大の問題は、
まさにその“距離感”でした。
メデューサとの仲が急接近する桃太郎。
それを危険視する犬。
なぜか始まる“ラブコメ講座”。
さらに向かう先は、あの有名な「女神の泉」。
……なのですが、この一行が素直に童話イベントをこなせるはずもありません。
果たして、メデューサの呪いは解けるのか。
そして桃太郎は、犬の恋愛指導を乗り越えられるのか――。
第17話、どうぞお楽しみください!
白雪姫の国を後にした桃太郎一行は、山道を越えながら“女神の泉”を目指していた。
泉には、金の斧・銀の斧の伝承が残っている。
落とし物をすると女神が現れ、
「あなたが落としたのは金の○○ですか? 銀の○○ですか?」
と尋ねてくる、あの有名な泉である。
そして今、一行には切実な願いがあった。
メデューサの呪いを解くこと。
魔眼殺しの眼鏡があれば普段は人間の姿でいられる。
しかし、それは根本的な解決ではない。
もし眼鏡が壊れたら。
もし外れてしまったら。
メデューサは再び、人を石に変える怪物へ戻ってしまう。
だからこそ、桃太郎は今回ばかりは本気だった。
「絶対、メデューサちゃんを元に戻してやるからな!」
「……桃太郎さん」
メデューサは頬を赤く染め、小さく微笑む。
その笑顔を見た桃太郎も、つい顔が緩む。
「桃太郎さん、あ~ん」
「あ~ん」
メデューサが差し出したキビ団子を、桃太郎が口を開けて食べる。
「うめぇ~!」
「ふふっ、よかったです」
さらに休憩時間になると――。
「桃太郎さん、疲れてませんか?」
「いやまあ、ちょっと歩き疲れたかな」
「でしたら、どうぞ」
メデューサは木陰に腰を下ろし、自分の膝をぽんぽんと叩いた。
桃太郎は一瞬だけ周囲を見回す。
サルは呆れ顔。
キジはドン引き。
犬は無言。
かぐや姫はものすごく嫌そうな顔をしていた。
「……い、いや、でも」
「遠慮しないでください」
「じゃ、じゃあ少しだけ……」
桃太郎は恐る恐るメデューサの膝に頭を乗せる。
「どうですか?」
「やばい……。これは天下取れる……」
「そんな大げさですよ」
メデューサは嬉しそうに微笑みながら、桃太郎の頭を優しく撫で始めた。
完全に恋人同士である。
しかも本人たちは無自覚である。
その様子を見ていたかぐや姫が、犬に顔を近づけながら小声で呟いた。
「犬君、これって、この物語の危険信号じゃない?」
「……ええ。かなり危険です」
「でしょ? 最近ずっとイチャイチャしてるじゃない」
「旦那、完全に浮かれてますね……」
犬は深刻な顔で立ち上がる。
「姐さん、ちょっと旦那を説教してきます」
「お願い。あれ以上進展すると読者が安心しちゃうから」
「ラブコメは“もどかしさ”が命ですからね」
犬は使命感に燃えながら桃太郎を木陰へ連行した。
「旦那」
「な、なんだよ」
「最近のメデューサちゃんとの距離感、どう思います?」
「え? 仲良くなったなーって」
「ダメです」
「え?」
「露骨に両思いになってどうするんですか?」
「いや別に両思いってわけじゃ……」
「読者が喜ぶのはですね、“両思いっぽいのにくっつかない”状態なんですよ!」
「そんなメタい話ある!?」
「旦那! 聞きますけど、付き合った後にイチャイチャしてるだけのラブコメ見たいですか?」
「……いや、見たくない」
「でしょ!?」
犬は勢いよく地面を指差した。
「ラブコメに必要なのは“焦れったさ”です! 手が触れそうで触れない! 目が合って逸らす! それが大事なんです!」
「お、おう……」
「というわけで、本日よりスキンシップ禁止です」
「えぇ!?」
「歩く時は必ずサルの兄貴かキジの兄貴を間に入れてください」
「刑務所かよ!」
「あと膝枕禁止」
「重罪人扱い!?」
「キビ団子の“あ~ん”も禁止です」
「そこまで!?」
結局、桃太郎は小一時間ほど説教を受け、すっかり落ち込んでしまった。
そして木陰から戻ってくる。
「あ、おかえりなさい桃太郎さん」
「……う、うん」
桃太郎は妙によそよそしい。
さらに歩き始めると、なぜか桃太郎とメデューサの間にサルが割り込んできた。
「へへっ!」
「なんでお前が真ん中なんだよ!」
さらに次はキジ。
「いやぁ、偶然ですねぇ」
「絶対わざとだろ!」
犬に至っては腕組みしながら頷いていた。
「よし、距離感ヨシ」
「現場猫みたいに言うな!」
メデューサだけは状況が理解できず、少し寂しそうだった。
「わ、私、何かしましたか……?」
「いや! 違うの! 違うんだメデューサちゃん!」
「旦那、距離感」
「うぐっ……」
犬の視線が痛い。
そんなこんなで、一行はようやく女神の泉へと到着した。
森の奥にある泉は、青白い光を放ちながら静かに揺れている。
「さて、女神の泉に着きましたよ!」
犬が地図を閉じながら言う。
「旦那、これどうするんでしたっけ?」
「え? メデューサちゃんを泉に落として、女神が“金のメデューサですか? 銀のメデューサですか?”って聞いてくるから――」
そこまで言った桃太郎は固まった。
「あれ?」
「どうしたの?」
かぐや姫が首を傾げる。
「いや待てよ……」
桃太郎は真顔になった。
「正直に答えても、金のメデューサちゃんと銀のメデューサちゃんが増えるだけじゃね?」
「……あ」
「呪い解けなくない?」
一同が静まり返る。
誰もそこに気づいていなかった。
「致命的じゃない……?」
キジが呟く。
「童話の根本から間違ってたんですねぇ……」
犬も遠い目をした。
「でも、ここまで来たんだから試してみればいいじゃない!」
かぐや姫は勢いよくメデューサの背中を押した。
「きゃっ!?」
ボチャン!
メデューサはそのまま泉へ落下した。
「あっ、おい!」
「細かいことはやってから考えるのよ!」
すると泉が突然まばゆく光り始めた。
水面が揺れ、
幻想的な音楽が響く。
そして――。
「あなたが落としたのは、この金のメデューサですか? それとも銀のメデューサですか?」
美しい女神が現れた。
右手には黄金に輝くメデューサ。
左手には銀色に輝くメデューサ。
しかも両方ちょっと美化されている。
「金に決まってるじゃない! 金を寄こしなさい!」
かぐや姫が即答した。
「お前ふざけんな!!」
桃太郎が叫ぶ。
「メデューサちゃん帰ってこなくなるだろ!」
「でも金よ!? 売ったら豪邸建つわよ!?」
「最低か!!」
二人は互いの顔を掴み合いながら大喧嘩を始めた。
「離しなさいよ!」
「そっちこそ!」
「桃太郎のくせに生意気!」
「月女のくせに欲深い!」
サルとキジが慌てて止めに入る。
「旦那落ち着いて!」
「姐さんも落ち着いてください!」
犬も頭を抱えていた。
「だから言ったんですよ……。このメンバーに神聖なイベントやらせちゃダメだって……」
一方、女神は完全に困っていた。
「え、えっと……」
額から汗が流れている。
童話史上、最悪の空気だった。
その時――。
泉の中から赤い光が放たれた。
「え?」
女神が振り向く。
次の瞬間。
ピシッ――。
女神の体が石になった。
「えええええ!?」
一同が叫ぶ。
泉の中から、ずぶ濡れのメデューサがゆっくり姿を現した。
魔眼殺しの眼鏡が外れている。
「メデューサちゃん!」
桃太郎が駆け寄る。
しかしメデューサは、泣きそうな顔で首を横に振った。
「もう……いいですから……」
「え?」
「呪いのことは……諦めますから……」
その声は震えていた。
「私のせいで、みんな困らせちゃうし……。女神さままで石にしちゃいましたし……」
ぽろぽろと涙が零れる。
その姿を見て、桃太郎もかぐや姫も喧嘩を止めた。
「……メデューサちゃん」
桃太郎は静かに眼鏡を拾う。
そして優しくメデューサにかけてあげた。
すると蛇の髪は消え、美しい少女の姿へ戻る。
「とりあえず風邪引くぞ!」
「そうね……。まずは着替えさせないと」
「近くの街に宿屋があります! 急ぎましょう!」
一行は慌てて街へ向かう。
その背後では――。
石化した女神が、なんとも言えない顔のまま固まっていた。
こうして桃太郎一行は、
呪いを解くどころか女神を石にしてしまい、
何とも後味の悪い空気のまま、
近くの街の宿屋へ向かうのであった。
第17話を読んでいただきありがとうございました!
今回はかなり“ラブコメ回”寄りのお話になりました。
特に犬の、
「読者が見たいのは“くっつきそうでくっつかない関係”」
という異様にメタい説教は、書いていて非常に楽しかったです。
桃太郎自身は割と素直なので、
放っておくと普通にメデューサとイチャイチャし始めるんですよね。
それを全力で阻止する犬。
もはや保護者です。
そして後半の「女神の泉」ですが、
よく考えたら、
“金のメデューサ”と“銀のメデューサ”が増えるだけで問題解決になっていない、
という致命的な事実に誰も気づいていなかったのが今回最大の悲劇でした。
さらに、
・欲望全開のかぐや姫
・巻き込まれる女神
・結局石化
という、いつもの桃太郎一行らしい大惨事に仕上がっています。
一方で、メデューサの
「自分が皆を困らせているのでは」
という苦しみも描かれました。
ギャグの多い作品ですが、彼女の抱える不安や孤独は、本作の中でもかなり大事な部分になっています。
さて、次回は宿屋での一夜。
落ち込むメデューサ。
気まずい桃太郎。
そして、またしても面倒ごとの予感……?
次回もよろしくお願いします!




