石にされた女神と、走り出す救出劇
これまでの旅で、桃太郎一行は鬼退治の枠を軽々と飛び越え、神話や伝説の領域にまで足を踏み入れてきた。
だが、その旅はいつもどこか「軽さ」と「勢い」に支えられていた。
今回、彼らが向き合うのは、初めてと言っていいほど“取り返しのつかない選択”だったのかもしれない。
笑って済ませられるはずだったはずの旅路は、少しずつ別の色を帯び始める。
それでも、桃太郎たちは進む。
理由は単純だ。
誰かを置いていく旅は、もう選ばないと決めたからだ。
女神の泉での一件のあと、桃太郎一行は近くの宿屋に身を寄せていた。
泉から連れ帰ったメデューサは、濡れたままの髪をタオルで拭きながら、窓際の椅子に座っている。
いつもなら、少し不器用に笑って場を和ませる彼女が――今日はやけに静かだった。
外では夜の虫の声がしているのに、この部屋だけが妙に冷えている気がする。
「メデューサちゃん、大丈夫だよ。呪いを解く方法、きっとあるって」
桃太郎が声をかける。
だがメデューサは、小さく首を振った。
「桃太郎さん……ありがとうございます。でも、もう大丈夫です」
「大丈夫って顔じゃないでしょ」
かぐや姫が即座に突っ込むが、メデューサは無理に笑った。
「これ以上、皆さんに迷惑をかけたくないんです……」
その言葉が、食堂の空気をさらに重くする。
テーブルの上には料理が並んでいるのに、誰も箸を伸ばさない。
サルはそわそわし、キジは天井を見上げ、犬はなぜか資料をめくっている。
「ところで旦那」
「今それ?」
「いや、重要ですよ。泉で石にした女神、どうするんです?」
「……」
一瞬、全員が止まった。
桃太郎はゆっくり犬を見る。
「お前さぁ……空気読めないってよく言われない?」
「言われます」
「なら直せ」
「無理です」
即答だった。
しかし誰も本気で怒らないあたり、この一行はもうだいぶ感覚が狂っている。
その時、メデューサがぽつりと呟いた。
「私のせいで……女神様まで……」
また沈黙が落ちる。
だがかぐや姫が、わざと明るい声を出した。
「で? その呪いってどういう経緯なの?」
「……え?」
メデューサは少し迷ってから、静かに語り始めた。
「昔……海の神ポセイドンの、愛人のような存在になってしまって……」
「愛人!?」
桃太郎が思わず声を上げる。
サルが耳を塞ぎ、キジが咳払いする。
「で、それをアテーナー様に見られてしまって……怒りを買って、怪物にされました」
重い。
想像以上に重い。
食堂の空気が完全に沈む。
しかもただの“恋愛トラブル”ではない。神同士の嫉妬という、どうしようもない世界の話だった。
「……あのさ」
かぐや姫が遠い目をした。
「それ、童話っていうより昼ドラじゃない?」
「すみません……」
メデューサはさらに小さくなる。
桃太郎は頭をかいた。
「まあ……とりあえず呪い解く方法探すしかないな」
そのときだった。
宿屋の扉が勢いよく開く。
「おい!」
甲冑姿の騎士たちが数人、ずかずかと入ってくる。
床板が鳴るほどの重装備だ。
「メデューサをかくまっているのはお前たちか!」
「え、うん。一緒に旅してるけど」
「そういう問題ではない! 女神を石化させ逃亡した罪人だ! 今すぐ引き渡せ!」
一気に空気が張り詰める。
「いやいやいや、あれ事故だし!」
桃太郎が必死に説明するが、騎士たちは動じない。
メデューサは一歩下がる。
その仕草だけで、「また自分のせいだ」と思っているのが分かった。
「問答無用だ!」
そのとき、騎士の一人が言った。
「ペルセウス様もお前を探している」
メデューサの肩がぴくりと震えた。
「……ペルセウス」
その声には、明らかな恐怖と諦めが混じっていた。
そして次の瞬間、彼女は静かに立ち上がる。
「……私、行きます」
「は?」
「桃太郎さん……私は大丈夫です。だから、あなたは日本に帰って待っていてください」
無理に笑うその顔は、今にも壊れそうだった。
その言葉は、優しさというより“切り捨て”に近かった。
自分がいると、みんなが巻き込まれるから。
だから一人で行く。
そういう顔だった。
「ちょ、待てって!」
しかしメデューサはもう振り返らない。
騎士たちに連れられ、宿屋を出ていく。
その背中が小さくなるにつれ、桃太郎の胸の奥がざわついた。
今までの旅とは違う種類のざわつきだった。
「……あいつ、嘘ついてるな」
ぼそっと犬が言う。
「え?」
「帰れるわけないのに、“待っててください”なんて言ってますよ」
その瞬間、桃太郎の表情が変わった。
ふざけた空気が一気に消える。
「……ペルセウスって誰だ」
犬はすぐにカバンから本を取り出す。
「えーとですね……ギリシャ神話の英雄で、メデューサを退治した人物です」
「……は?」
桃太郎の声が低くなる。
「つまり」
「はい」
「行ったら終わりじゃん」
「終わりですね」
最悪の事実だった。
メデューサは、自分が戻れないことを知りながら“帰れ”と言ったのだ。
完全に、嘘だ。
しかもその嘘は、自分を守るための嘘だ。
「……あの子、バカだろ」
桃太郎は立ち上がる。
椅子がギシリと音を立てる。
その音が妙に大きく響いた。
かぐや姫がすぐに言った。
「助けに行くわよ」
その声は迷いがなかった。
むしろ少し怒っていた。
「勝手に一人で背負うとか、一番ムカつくタイプじゃない」
サルも立ち上がる。
「おいらも行きます!」
キジも羽を広げる。
「放っておけません!」
犬は少しだけ間を置いてから頷いた。
「まあ……こうなると思ってました」
「お前な」
「予測はできても止める気はないです」
桃太郎は苦笑する。
だがその目はもう迷っていない。
「じゃあ全員決定だな」
かぐや姫が扇子を開く。
「いくわよ、アテネ」
「その前にそれ鉄扇だから頭叩くな!」
ゴンッ。
「いってぇ!」
いつもの流れだ。
でも今回は、少しだけ違う。
ふざけているのに、全員の目は真剣だった。
守りたい理由が、ちゃんとそこにあった。
桃太郎は拳を握る。
「メデューサちゃん、今度は置いてかせないからな」
そして一行は円陣を組んだ。
それぞれの拳が重なり、静かに声を合わせる。
「メデューサ救出作戦、開始だ!」
夜の宿屋を飛び出し、一行は走り出す。
目指すはギリシャ神話の英雄が待つ地――アテネ。
今度の旅は、これまでより少しだけ“本気”の匂いがした。
今回の物語は、これまでの「異世界昔話クロスオーバー」の中でも、少しだけ空気が変わる回になりました。
メデューサという存在は、これまで“強い仲間”“ネタ枠”“チートキャラ”として扱われることも多かったですが、その裏には本来、どうしようもない理不尽さと孤独がある存在でもあります。
そしてそれに対して桃太郎一行が選んだのは、正しさでも合理性でもなく、「放っておけない」という感情でした。
この作品は相変わらずハチャメチャです。
ガムテープで戦ったり、扇子が鉄扇だったり、世界観はずっとゆるいままです。
それでもその中でだけは、たまにこういう“まっすぐな決断”が生まれる。
そのギャップこそが、この物語の一番のクセなのかもしれません。
さて、次はいよいよアテネ編。
ギリシャ神話サイドの“英雄”が本格的に動き出します。
桃太郎たちの旅は、ただの救出劇で終わるのか、それとも新しい伝説に踏み込むのか。
まだ、誰にもわかりません。




