山奥の鬼婆
再びトランシルバニアを目指し、堺の港へ向かう桃太郎一行。
しかし、山道を進むうちにすっかり夜になってしまい、一行は山奥の古びた民家へ泊めてもらうことになります。
優しそうなお婆さん。
温かい囲炉裏。
静かな山の夜――。
……ですが、そんな“いかにも怪しい雰囲気”を、桃太郎一行が見逃すはずもありません。
今回は少しだけホラー風味。
そして、桃太郎の意外な優しさが見える回でもあります。
第10話、開幕です!
再びトランシルバニアを目指すことになった桃太郎一行は、備前から堺の港へ向かって山道を進んでいた。
しかし――。
「まずいな……」
桃太郎が空を見上げる。
既に日は沈みかけていた。
山の中は暗くなるのが早い。
しかも今日は曇り空だ。
不気味なくらい静かだった。
「このままだと野宿だな」
犬が周囲を警戒しながら呟く。
「嫌よ」
即答したのはかぐや姫だった。
「虫いるし寒いし」
「お前は少しは我慢を覚えろ」
「月には虫いなかったもの」
「知らねぇよ!」
サルは肩を落とした。
「旦那、俺もう足パンパンですよ……」
キジも羽をしょんぼりさせる。
「私も飛びっぱなしで疲れました……」
そんな中、桃太郎はキジを見る。
「キジ」
「はい」
「上から見て、近くに民家がないか探してこい」
「了解です!」
キジは羽ばたくと、夕闇の空へ飛び立った。
数分後。
「桃太郎さん!」
キジが戻ってくる。
「一軒だけありました!」
「よし!」
桃太郎は頷いた。
「そこに泊めてもらおう」
一行はキジの案内で山奥へ進む。
やがて――。
ぽつん、と一軒家が現れた。
古びた木造家屋。
周囲には竹林。
囲炉裏の煙が静かに上がっている。
「なんか怖くない?」
かぐや姫が桃太郎の袖を引っ張った。
「お前が言うな」
桃太郎は戸を叩く。
「ごめんくださーい!」
しばらくして。
ギギィ……
戸が開いた。
現れたのは、小柄な老婆だった。
「はい……?」
優しそうな顔をしている。
「旅の者です」
桃太郎は頭を下げた。
「一晩だけ泊めてもらえませんか?」
老婆は驚いた顔をしたが、すぐ微笑んだ。
「まあまあ、大人数ですねぇ」
「無理なら野宿でも」
「いえいえ」
老婆は優しく頷いた。
「こんな山奥ですもの。困った時は助け合いですよ」
「助かる!」
サルが泣きそうになる。
「ありがとうございます!」
こうして桃太郎一行は、その家に泊めてもらえることになった。
老婆は温かい汁物まで出してくれた。
「美味しい……」
メデューサが感動する。
「優しいお婆さんね」
「ほんとだなぁ」
桃太郎も頷いた。
だが――。
一人だけ様子がおかしい者がいた。
「じゃ、じゃあ私は外で寝ます!」
キジである。
「は?」
桃太郎は怪訝な顔をした。
「お前、寒がりだろ」
「い、いや! 今日は外の空気を吸いたい気分で!」
「なんだそりゃ」
しかしキジは止まり木を作ると、本当に外へ行ってしまった。
桃太郎はその背中をじっと見ていた。
夜――。
一行は同じ部屋で雑魚寝していた。
かぐや姫は真っ先に寝た。
「すぅ……すぅ……」
しかもど真ん中を占領している。
「なんでこの姫、寝相まで偉そうなんだ……」
サルが呆れる。
犬は丸くなって寝ていた。
メデューサも静かに眠っている。
その頃――。
「うぅ、トイレ……」
サルが目を覚ました。
眠そうに廊下を歩く。
すると。
囲炉裏の方が妙に明るかった。
「……?」
サルはそっと覗き込む。
そして――。
「ひっ……!?」
思わず声を押し殺した。
そこにいたのは。
昼間の老婆ではなかった。
青黒い肌。
伸びた牙。
鋭い目。
完全な鬼の姿だった。
しかも。
シャッ……シャッ……
巨大な包丁を研いでいる。
鬼婆だった。
「や、やばいやばいやばい……!」
サルは震えながら後退した。
足音を殺し、急いで部屋へ戻る。
「も、桃太郎さん……!」
小声で呼ぶ。
「アイツ鬼婆ですよ……!」
すると。
「知ってる」
「え?」
桃太郎は起きていた。
刀を肩にかけ、壁に寄りかかっている。
「ま、まさか気づいてたんですか!?」
「ああ」
桃太郎は静かに答えた。
「あの寒がりのキジが『外で寝る』とか言った時点でな」
「えっ」
「あいつ、危険察知だけは妙に鋭いから」
その瞬間。
外からキジの声がした。
「桃太郎さん! あの鬼、完全に人喰いタイプです!」
「やっぱ気づいて逃げてたのかよ!!」
桃太郎はツッコんだ。
そして立ち上がる。
「まあ、ちょっと話してくる」
「え?」
サルが止める前に、桃太郎は囲炉裏の部屋へ向かった。
しばらくして――。
「ぎゃああああ!!」
鬼婆の悲鳴が家中に響いた。
「ひぃっ!」
サルが震える。
「何したんですか旦那!?」
さらに。
ゴンッ!!
バキッ!!
「いたぁぁぁ!!」
どうやら拳骨らしい。
数分後。
桃太郎が戻ってきた。
その後ろには、涙目の鬼婆。
しかも頭には巨大なたんこぶ。
「申し訳ございません……」
鬼婆は土下座した。
「まさか鬼退治で有名な桃太郎様とは知らず……」
「で、なんで鬼婆なんかやってるんだ?」
桃太郎が聞く。
鬼婆は俯いた。
「……元は人間でした」
静かな声だった。
「ですが、歳を取り……」
食べ物も少ない時代。
鬼婆は、息子夫婦に山へ捨てられたという。
「口減らし……か」
犬が顔を曇らせる。
「最初は泣いておりました」
鬼婆は語る。
「ですが、人を恨み……憎み……」
気づけば鬼になっていた。
部屋が静かになる。
桃太郎は少し考えた後、囲炉裏へ向かった。
「待ってろ」
「え?」
しばらくして。
香ばしい匂いが漂う。
「……料理?」
桃太郎は簡単な鍋料理を作っていた。
「ほら」
鬼婆の前に置く。
「食え」
「わ、私を……?」
「ああ」
桃太郎は座った。
「泊めてくれた礼だ」
鬼婆は震える手で箸を持つ。
一口食べた瞬間――。
涙が溢れた。
「温かい……」
さらに桃太郎はキビ団子も差し出した。
「これも食え」
「ですが……」
「いいから」
鬼婆は泣きながら食べた。
その後、桃太郎は肩まで揉んでやっていた。
「そこ凝ってるな」
「ひぃぃ……」
「力強すぎません!?」
サルがツッコむ。
すると。
「……桃太郎って」
かぐや姫が珍しく静かな声で呟いた。
「意外と優しいのよね」
犬が頷く。
「旦那、お婆ちゃん子でしたからねぇ」
桃太郎は少し照れ臭そうだった。
翌朝――。
朝日が山を照らす。
鬼婆は外へ出た。
「桃太郎様」
「ん?」
「もう十分です」
鬼婆は微笑む。
「あなたのおかげで救われました」
「何言ってんだ」
桃太郎は眉をひそめた。
「ここで生きればいいだろ」
「いいえ」
鬼婆は首を振る。
「私は多くを恨み、多くを襲いました」
そして朝日に向き直る。
「せめて最後くらいは、人として終わりたいのです」
桃太郎は止めようとした。
「待て――」
しかし。
鬼婆は合掌する。
「南無妙法蓮華経……」
その瞬間。
朝日が鬼婆を包んだ。
体が少しずつ光になっていく。
「ありがとうございました」
そして。
鬼婆は静かに消えていった。
しばらく誰も喋れなかった。
「……旦那」
犬が呟く。
「優しいんですね」
メデューサも桃太郎を見つめていた。
その瞳はどこか熱っぽい。
「……好きになっちゃうじゃない」
「え?」
「なんでもない」
メデューサは慌てて顔を逸らした。
桃太郎だけが意味を理解していなかった。
「???」
かぐや姫が呆れた顔でため息を吐く。
「ほんっと鈍感」
こうして桃太郎一行は、鬼婆の家を後にし、再び堺の港へ向かって歩き始めた。
朝日を背に――。




