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宇宙人ってホントにいる…の? ―2030年、人類降伏と地球政府の選択―  作者: 羅刹夜叉


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インキュベータ

私の座っているソファーの真正面に、ひとりの男が腰を下ろした。

上背から見て相当大柄らしい。赤茶色のジャケットの下は薄いブルーのシャツ。


――目を引いたのは、両耳を覆わんばかりに目深にかぶった毛糸の帽子だった。

スキー帽にしては横幅が広く、こめかみのあたりが不自然に張り出している。

さきほど、私のセッションのとき会場で見かけた男に違いなかった。


男は自販機のコーヒーカップを手にしていた。


特に何をするでもなく、スマホを覗き込んだり周囲の様子を眺めたりしている。

だがカップを口にするたび、こちらへさりげなく飛ばしてくる視線に

鋭さを感じた。


――わざわざ向かいに座った男の圧に耐えきれず、コーヒーを飲みさしのまま

立ち上がろうとした、その時だった。


「――篠原慧さんですね」


向かいの男が声をかけてきた。


見知らぬ男にいきなり名前を呼ばれて一瞬とまどったが、聴講者の一人なら

ありうることだ。


「えぇ、篠原ですが、私の発表をご覧になったんですか?」


「はい、とても興味深い内容で印象的だったので……」


「あなたのご研究もこちらの方面で?」


「いえ、私は研究者ではありません――申し遅れましたが、こういう者です」


差し出された名刺には、


株式会社イークローズ インキュベータ 内藤建介

 

とあった。


インキュベータという職種は、おぼろげながら知っている。

「イークローズ」という社名も、英語で卵の孵化を意味する「eclose」を

連想させた。会社名と役職が妙に噛み合っている。

あたりをつけて尋ねてみた。


「失礼ですが、内藤さんは投資家でいらっしゃるんですか?」


「えぇ、こうして研究者の方々の成果を拝見して、将来伸びそうな研究を

探しているんです。微力ながら支援させていただければ、と」


ふと、頭をよぎったのは、この間のニュース

――オーバーアークがらみの詐欺が横行、という話だ。

その中に投資詐欺というキーワードもあった。


それにしても、オーバーアーク出現以来、社会全体で研究マインドが

急落しているのに、インキュベータとは……

孵化させる卵がまだこの国に残っているのか。どこか腑に落ちないものがあった。


「でも、オーバーアークが現れて以来、有望な研究の芽を探すのも

難しいんじゃないですか?」


「確かに。この学会でもいくつかのセッションを拝見しましたが……

こう言っちゃなんですが『気の抜けたビール』みたいな感じで……」


「……」


「……失礼。その中で篠原さんのご研究だけがすごく光って見えたので、

それでお声がけしました」



――俺の研究が光ってる? そんなはずはない。ここは距離を取るべきだ、

さっさと切り上げよう。


「お声がけいただいてとても嬉しいのですが、これから気になる発表があるので、

ここはこれくらいで失礼します」


愛想よく切り抜けようとすると、その男は慌てて両手を左右に振った。


「気分を害されたら申し訳ありません。ただ、篠原さんが手掛けておられる

暗号化・復号技術、常識を覆すような方式の提案、

これは量子コンピュータ時代に向けて間違いなく伸びるテーマです。

オーバーアークの統治とは別の軸で価値が出ます。」


「……」


「……だけど、今日伺ったところでは、実験データの精度が伸び悩んで

おられるように感じました。

そこをお手伝いできるかもしれない。――お話だけでも聞いていただけないですかね」


自分が一番悩んでいるところを図星で突いてきたところで私はすっかり

この男のペースに乗せられてしまった。


投資詐欺は確かに怖い。だが研究資金が行き詰まっているのも事実だ。

方式は固まっている。問題は高精度を示すエビデンスだ。ここには莫大な費用がかかる。


研究所からは研究費がそれなりに支給されているが、さらに踏み込むなら

自分の裁量で資金を調達する必要がある。そこはいわゆる自己責任の領域だ。

中には自分の財産を投じるという禁じ手を打つ連中もいる。

金の力に任せて研究成果を挙げている奴らだ。


私の実家は東北の農家だ。両親が苦労して東京の大学に出してくれた。

そんな資産があるはずもない。だからこそ、内藤の話には惹かれる部分があったのだ。


「わかりました。ただ、まだ発表が続いています。場所と時間を変えて話せませんか」


夕方以降、食事を摂りながら――ということで別れた。

場所は内藤から連絡すると言う。登録名簿に公開された私のメールアドレスに

連絡してくることになった。


早速、私なりの信用調査を始めた。発表会場の後ろでPCを開き、

名刺の社名を検索する。会社のホームページが出た。


所在地は東京都港区。会社概要、代表名、事業内容。どれも整いすぎるほど

整っていた。事業内容の中に「インキュベート活動」とある。


会場の外に出て、誰にも見られていないのを確認して公衆電話に滑り込み、

代表番号へかけた。いまどきは利用者が少ないせいか、外から吹き込んだ落ち葉が

うっすらと積もり、足を踏みかえるたびにカサカサと乾いた音がした。


数回のコール音のあと、遠い声がした。


「株式会社イークローズです」


受付の女性の声は丁寧でなめらかだった。


「内藤さんをお願いしたいのですが……」


「恐れ入りますが、どちら様でしょうか?お名前をいただけますか?」


たまたま遠くに「三宅興業」という看板が見え、とっさに答えた。


「三宅興業技術部の三枝と申します」


三枝は、最近読んだ小説の主人公だ。


「三宅興業の三枝様ですね。しばらくお待ちください」


軽快な保留音が流れ、数秒後に同じ声が戻ってきた。


「申し訳ございません。内藤は出張中となっております。ご用件を承りますが」


「いえ、ちょっとしたことだったので結構です。大変失礼いたしました」


電話を切った。


つながったからと言って安心はできない。台本をなぞるように、そつのない

受け答えだった。その滑らかさにかすかな違和感を感じた。


思い立って、総合受付に掲示されていたQRコードから参加者一覧を開いた。


一般参加者の中に、確かに内藤建介の名前がある。所属は(株)イークローズ、

役職欄は――空白だった。


現時点でやれることはここまでだ。とりあえず今日のところは

話を聞くだけにしよう。すべては東京に戻ってからだ。


夕方、車をホテルの駐車場に戻し、そのまま福岡の街に出た。

すでに街は夜のとばりを帯びていた。


ついに篠原は、自称インキュベータの内藤と出会いました。


彼は善良な投資家かのか、それとも悪徳詐欺師なか、

あるいは別の意図を秘めた何かなのか。


この時点では篠原にもまだ判断がついていません。

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