踏み絵
内藤が指定したのは福岡の中心街から少し外れた割烹だった。
七時の約束だったので、まだ少しだけ余裕があった。
近くのカフェでPCを開き、研究所向けの業務日報を書いた。
もちろん内藤のことはふせて――
ちょっと後ろめたい気もしたが「案件進行中なので、案件決定後に改めて」と、
自分を納得させた。
1時間ほど仕事をして、気が付けばもう約束の時刻が間近だった。
すでに街は夜の雰囲気で活気づいていた。まだ宵の口だというのに、
すでに出来上がっている客もちらほらいる。
客引きをしている黒服をかわしながら、目的の割烹へ向かう。
入り口で、愛想のよい和服姿の仲居さんに内藤の名を告げると、
私の脱いだ靴を揃え、奥の部屋へ通してくれた。
彼女が丁寧に部屋の戸を開けると、そこは部屋と言っても
二人が向かい合って話ができる程度の小さなスペースだった。
中央のテーブルを挟み、向かい合わせに席が固定されている。
狭いながら部屋の壁はしっかりしていて一応プライベートは
確保されているようだった。
内藤はすでに座っていて、私の顔を見ると
「ようこそ、おいでくださいました」と言いながら立ち上がった。
「場所はすぐにわかりましたか?」
「えぇ、地図アプリがありますからね。迷いはしませんでした」
「それはどうも。ここはね、博多の郷土料理がうまいんですよ」
「……」
「最近はオーバーアークから厳しい食品制限のお達しがあったみたいで、
こういう料理屋も大変みたいです。
例の昆虫食、日本では人気のない……これが義務付けられたらしいですしね」
「……」
「九州の郷土料理にどうやって昆虫を合わせるのかなぁ。
まさか、長野の伊那谷のようなわけにもいかないだろうし。
――篠原さんは昆虫食、食べられますか?お好きですか?」
「えぇ、まぁ、丸ごとってのはちょっと勘弁って感じですが、
粉モノになった奴は安いので食べてますね。ピザ生地とかキッシュとかね」
他愛のない話が内藤の一方的なペースで続く。
愛想笑いをしながら話を受け流していたが、ひととおりの料理が出そろい、
酒も半分ほど空いた頃だった。
「――篠原さん、あなた、宇宙人の存在を信じてますか?」
顔は相変わらず、にこやかだが目が笑ってない。
これがオーバーアーク出現前ならごく普通の会話なのだろうが、今となっては、
あまりに場違いな質問に思えた。
「えっ、それはどういう意味です?
――それともオーバーアークの他にもいるってことですか?」
内藤は、その問いにはまともに答えなかった。
「この広い大宇宙のどこかに、知性を持った生物が存在する可能性は
否定できないでしょう……」
彼はインキュベータだったはずだ。私の研究内容の詳細や計画の説明、
資金援助の条件や額などの議論が行われる席ではなかったのか。
こんな話、前振りにしては突拍子も無い。
彼の質問の真意も、その正解が何なのかもわからないまま、
私は当惑して彼の表情をうかがった。
これはひょっとすると、私に投資すべきかどうか判定するための
踏み絵なのかもしれない。
何気ない会話の中に、選別のための問いが紛れ込む。
この夜、篠原は踏み絵の前に立たされました。
その答えが、何をもたらすのかはまだ分かりません。




