学会当日、日常の中の異常
いよいよ学会当日だ。
マイカーの機動力を駆使して、ホテルから大学まで車で直行した。
広大な駐車場に車を停め、学会が開催される12号棟へ向かった。
12号棟前に大きな立て看板が掲げてあって、そこに学会名が
黒々と書かれていた。
今まで何度も見慣れた光景だったが、建屋の入り口に
私服警官らしき人影が見える。
入館者一人ひとりが、金属探知ゲートを通過するよう誘導している様子だった。
玄関前掲示板のガラスケース越しに、学会関連のお知らせに混じって、
海外招待講演者が全員欠席、全室撮影禁止、
宇宙法関連の発表中止――そんな紙片が目に留まった。
総合受付で手続きをした。受付の女性は私の名前を名簿でチェックすると、
ネームプレートと登壇者用リボン、それに本学会の予稿集の入った
紙袋を差し出した。
今回の学会では、もともと五つのセッションが同時に走るはずだったのだが、
縮小されて四つのセッションになっていた。
宇宙法関連での中止に加えて、発表のキャンセルが相次いだらしい。
無理もない。
SF小説やSF映画ならともかく、現実には太陽系の外へ一歩も踏み出す
能力のない地球人類に対して、彼らはこの広い暗黒の宇宙を自在に旅するほどの
科学技術力をもっているのだ――しかも五つの都市を一瞬にして消滅させるような
圧倒的な軍事力。
こんなものを見せられては、今まで自分たちがやってきた研究など
馬鹿馬鹿しくなるだろう。どんなに最先端の研究と言い張っても、
それはもう小学生たちのお遊びのようなものだ。
むしろオーバーアーク管理下で研究したほうがワンランクもツーランクも
高度なことがやれそうだ、そう感じている研究者も多いことだろう。
実は私もその一人だ。現在取り組んでいる研究は、役に立つからとか、お金儲けが
できるからとかでしているわけではない。興味の追求が3割、惰性が7割
といったところだろうか。食べられるならオーバーアーク関連の方が
よほど大きくて高級な仕事ができるかもしれない。
セッションは、それぞれ別々の講義室で同時進行している。そのため聴衆は、
自分の興味のある発表内容に応じて講義室から講義室へ行き来している。
そこまでは従来どおりだが、各講義室の入り口に武装した警官が立っていて、
入室者たちのネームプレートをチェックしていたのが物々しかった。
私の発表は午後一番からだった。
従って、午前中は自分が興味のある発表内容を聴講するため、いくつかの講義室を
渡り歩いた。入室のつど、警官に呼び止められるのにイラッとさせられた。
会場ロビーでは、昔なじみの研究仲間たち何名かとも出会った。
もう話題は、研究テーマよりも、福岡までの交通手段、会場の物々しい
雰囲気などだった。どの顔も、再会の喜びと、何となく広がる緊張感の
交じった複雑な笑顔だった。彼らとの歓談は、新しい研究情報を仕入れるため、
というよりはお互いの無事を確認し合うという色彩の方が強かった。
名古屋消失事件以来、当地の研究者たちとは通信が途絶えている
という話があった。しばらくみんな押し黙った。
また知り合いの研究者が何人か収容所に送られたらしいという噂話も出ていた。
どれも背筋が凍るような話だ。
発表はあっけなかった。セッション参加者が少ないこともあったが、
壇上から眺めていると、参加者たちも自分のPCを開いて思い思いのホームページを
眺めているようで、私に注意を向けているようには思えなかった。
その中に一人だけ熱心に耳を傾けている風の男性がいた。薄茶色の帽子を耳まで
すっぽりかぶっていたのが気に留まった。
とにかく、自分の発表は終わった。
――なにか儀式めいたものがようやく完了したという思いで、休憩室で
一息ついているときだった。
世界は次第に「落ち着いた日常」を取り戻しつつあります。
けれど、静かに見回してみると、篠原にとって最もなじみ深い学会の中にさえ、
確実に「以前とは違う何か」が入り込んでいることに気づきます。
次回では、その日常に入り込んだ「異物」が、もう少しだけ、
はっきりと姿を見せ始めます。




