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ペルシャの友人  作者: 永岡萌
エピローグ 2019年 東京
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第25話 再会

 事件から発生後、俺は一年近く人質として監禁されていた。シャーは結局アメリカを離れ、ほどなくしてカイロで逝去された。一九八〇年に我々は解放され、祖国の大地を再び踏むことができた。以後、二度とイランへは訪れていない。


 しばらくは安静のためにと休養を取らされた。心身のダメージが回復した頃、お上からの呼び出しを食らった。大使館占領直前の反抗的な態度が目についたことによる。本部の上長と会議室で細々と話し合った。客観的に見ても申し開きできる状態ではないので、問われたことに関しては淡々と答えた。俺の言葉を全て聞き終えたのちにボスは、


「正義論についてはこの際、棚上げとしよう。君が不満に思うように、我が国はパーフェクトな国ではないからな」


 体裁的にフォローしつつ、


「とはいえ。君が国家の方針に反抗する自由があるように、我々も組織の方針に従わない者をクビにする自由がある。期待していただけに残念だよ」


 その上から目線な口ぶりにカチンときたため、


「ああ、こっちから願い下げだ。俺はアメリカの国益を守ることなんかからっきしも興味ねえからな」


 こうして俺は公務員の座から降りることになった。大学時代に必死こいて勉強して勝ち取ったポジションだが、あっという間に消え去った。とはいえ、職を失う寂しさよりも、しがらみが無くなった解放感の方が強かった。



 その後は言語力と国務省の経験を活かして、国際会議を主催する職員になった。前職と同様に大国のパワーバランスに翻弄される場面も多々あるが、建前上は国際協調に奔走するためストレスは外交官時代ほどではなかった。西へ東へ飛び立ちながら、人並みのキャリアを培ってきた。


 私生活でも身を固める契機があった。ニューヨークのバーで知り合った女性と仲良くなり、トントン拍子で結婚する運びとなった。せわしい仕事でバタバタしている俺に対して嫌な顔を一つせず、静かに添い遂げてくれた。子ども二人産まれて順調に成長してくれ、あっという間に孫を授かることとなった。振り返るに家庭には恵まれた方だと思う。


 そんな人生の晩秋に日本とアメリカを往復する仕事が多くなった。国務省の時に希望した配属先が、だいぶ遅ればせながら叶うこととなった。


 東京では一週間とか二週間とかの滞在がほとんであったため、ホテル暮らしばかりであった。それでも時間を見つけては首都圏近郊を出歩いていた。お陰で数年経った頃には東京マスターと言って良いほどに溶け込んでいた。たまにアメリカの友人たちが来日した際には案内役となる機会が多かった。



 そんなある日、久しぶりの再会が私に訪れた。突然フェイスブックからメッセージがあり、帝国ホテルのインペリアルバーで会いたいとの連絡があった。差出人の名前から顔を見せるか迷ったものの、昔の義理から指定場所に赴くことに決めた。


 当該バーは何度か訪れており、シックな装飾と洗練されたカクテルが気に入っていた。隅のテーブル席に歩んでいくと、目的の人物は既に座っていた。初めての来店だろうに、その人は客の中に馴染んでいた。


「ジョン、久しぶりだな」


 コリン先輩がゆっくりとこちらを見た。年相応の皺を刻み、頭には白髪が入り混じっていた。目の方には往時の苦労を偲ばせる色があった。


「ご無沙汰しています。先輩もお元気そうでなによりです」


 自分の気持ちは喜びとは違う、かといって懐旧でもない、言葉にできない気持ちが滲んでいた。正直もう一度会うのは乗り気ではなかったが、いざ目にすると何とも言えない感情が芽生えた。先輩は昔のようにサバけた言い方で、


「噂で聞くと公私ともに順調らしいな。羨ましい限りだよ」


 順調と言われても実感は湧かない。では不満足かと言われと、それはそれでNoだ。今の待遇は中途半端なものだが、直接伝えるのは憚れるので、


「先輩の方はどうです? 国際関連の仕事は続けていると人伝に聞きましたが」


 社交辞令で尋ねると、思いっきり苦い顔をされた。既に手元にあったカクテルを一気に掻き込み、


「お前の爪の垢を煎じて飲みたいわ。もっと若い頃に反抗しておけばよかったな」


 一言で今の心情を如実に表していた。忌々しそうに、


「あれからずっと紛争関連の機関で働いている。これでお前も察しがつくだろ」


 ああ。なるほど。


「イランを去った後にアフガニスタン、イラク、シリアにリビアに関する仕事をしてきた。こうして眺めてみると、アメリカはどんだけ他国の人間を殺しているかと、うんざりするわ」


 ああ。確かにな。


「イランに関して数十年間、断絶状態になっていたが数年前にやっと雪解けの兆しが見えた。そう思った矢先に、あの馬鹿な大統領が選ばれておじゃんになった。どうしようもないやつに任せやがった善良な有権者どものせいでな」


 吐き捨てるように口にした。いつのまにかラム酒を頼んでおり、早いペースで口にしていた。悪酔いしそうな気配を横目で見つつ、


「コリンさんがそんな言い方するとは新鮮ですね。我らが大統領は民主主義による正当な手続きを経て選ばれた方ですよ。むしろ制度が機能していることを祝福するべきですよ」


 もちろん私もあいつは反吐が立つほど嫌いだがな。イランが核兵器問題で孤立していた中、前大統領の尽力で国際社会に復帰し始めていた。そこを今回の現統領が唐突に反故するなど、国家元首の風上にもおけないやつだとは認識している。敵を作ることが国をまとめる手っ取り早い手段と頭ではわかるが、どうしても品性の低さを感じ取ってしまう。


「……なあ、お前は今の祖国を誇れるか?」


 答えを期待しているというよりも、口にせずには入れない、という風情があった。


「……俺は30年前から見限っていたので、何とも言えませんな」


 こちらの答えに対して、先輩は初めて楽しそうに笑い、


「そうだな。聞く相手を間違えたわ」


 ひとしきり笑った後、


「そうそう。一応、お前に教えておいてやるよ。ファーティマちゃん結婚したってさ」


 胸の奥が一瞬ちくりと痛んだが、


「そうですか。めでたい限りです。先輩よくご存知ですね」


 平然を装って答えた。向こうは知ってか知らずか、


「ああ。ミナちゃんがこの前教えてくれた」


「まだ連絡とってるんですか!?」


「そうだよ。もう彼女は四児の母親だよ」


 そんなにいるのか! そしてまだこの二人は繋がっているのかい。さすがの私も呆れた。いくら何でも長すぎでしょ。


「いやねえ、ジョン君。このご時世にはフェイスブックという便利なものがございましてね。過去の人間とも簡単に友達になれるのですよ」


 そう言えばそうですね。何しろまさに今日そいつを使って連絡とってきました。思いっきりブロックしてやろうかと思いましたよ。


「相変わらず女の子と仲良くなるのが上手いですね」


 皮肉をこめていうと、


「ちっちっちっ。俺は人と仲良くなるのが上手いの、ちょっと女の子が多いだけで。ホスローともちゃんと友達としてつながっているよ」


「ホスローさんもですか! いまどうしてます?」


 反射的に身を乗り出して尋ねた。ずっと革命に飲み込まれたどうか気になっていた。


「相変わらず外務省に顎で使われてるだよ。ほんと、世渡り上手なやつだよ。よくまあシャーとホメイニの両方に宮仕えできるよな」


 想像通りの生き方をしているようで、少し笑ってしまった。あの人らしいや。ん、そういえば。


「イランでもフェイスブック使えるんですね。普通に禁止されているイメージがあるんですが」


 気になったので尋ねると、先輩は得意げに、


「馬鹿だねえ君は。もちろん不許可に決まってるじゃないか、悪の帝国アメリカのプロダクトだよ。使っちゃいけねえに決まってんじゃん」


 地味にイラッとする物言いだった。自然と私もロックグラスをグビっとした。


「VPNっていう技術があるんだよ。政府が作った壁をすり抜ける方法だね。多くの人がそれで楽しんでいるみたいだ」


「はあ、便利な時代ですね」


 不自由な国には不自由な国なりやり方があるものだ。


「俺たちが思っているより、ずっとあの国はしたたかだぞ。むしろ自由自由と叫んでいる俺たち西側の方が、窮屈なのかもな」


 ほう。そうですか。


「たとえばどんなことです?」


「これだよこれ」


 スマホで四年前の記事を見せてくれた。それはフランスで風刺新聞の本社にイスラーム教徒の襲撃を受け、十二人が殺害された事件だ。事件の原因としては同社がムハンマドの容貌を直接図示した風刺画を描いたこととされる。


「コーランの中の禁忌の一つにあるんだよ。ムハンマドの肖像を描いてはいけないと」


 一般の人でも知っている有名な規則の一つだ。


「まあ。フランスというのは我々と同じように『自由』の国だ。表現の自由から見れば何ら問題はない。むしろイスラーム教徒の犯人の方が自由を脅かす悪人だ」


 ここ何年かで問題になっているテーマで、以前にも風刺画が原因で殺人事件が起きていた。


「一方で最近は思うわけよ。コーランの教えは俺たちが想像するよりもムスリムの人たちに根付いている。彼らの人生のプリミティブな部分を担っている。我々が自由の名の下に彼らの根幹について侮辱する権利があるのかってね」


 店の中のちらりほらりと空席が目立ち始めていた。酒も何杯飲んだかわからなくなった。まどろみを味わいながら、


「なんか……。先輩は丸くなりましたね。ちょっと変わった気がします。ラム酒みたいな甘い酒を飲むイメージじゃなかったですし」


 先方はオーバー気味に肩をすくめ、


「俺は昔から変わらんよ。ただ他者の痛みに関して少しばかり実感が湧くようになっただけよ」


「それは……いいことですね」


 私の言葉に関してYesともNoとも答えず、美味しそうにラムを口にしていた。以降は何を話しても会話のための会話になり、自然と散会した。

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