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ペルシャの友人  作者: 永岡萌
第5章 1978年 テヘラン
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第24話 アメリカ大使館人質事件

 世に言う「アメリカ大使館 人質事件」。とうとう、その日は来た。直前がどんな状況だったか覚えていないが、そのときの感想としては来るべきして来たというので記憶に残っている。


 連日のようにデモ隊は増え、当日も嵐のような怒声が響き渡っていた。その日は大きなシュプレヒコールが起き、大使館の中もピリピリしていた。


「……本国はなんと言っている?」


 コリン先輩がイライラしつつ問い合わせた。対して、


「……えっと。追って連絡するか様子を見ろと」


 ガンと机を蹴る音が響き渡った。普通ならビクビクするところだが、周りの人間も同じ気持ちだからか特に反応はなかった。


「……現場のこと全然わかってないなあ」


 何かが起きる気配は漂っている、きな臭い感覚はどう頑張ってもアメリカ本国までに伝えることができなかった。


「……まずいな、これ」


 あくまでただのデモと見做されている。なんかトラブルがあっても遅いな、と他人事ながらに思っていると、


「報告です!! デモ隊が大使館の中に乗り込んできました!!」


 まじかという気持ちととうとう来たか、という気持ちの両方が一挙に湧き上がった。コリン先輩も同様の気持ちだったのか、覚悟を決めたかのように、


「……そうか。……わかった」


 次に何を言うのかと身構えていると、


「急いで資料室に向かえ。重要書類をシュレッダーにかけろ」


 証拠隠滅の指示が出た。


「えっ!? ちょっと」


 反射的に口答えしてしまった。コリンさんは苛立ちげに、


「向こうに渡っていけない書類ばかりだろ! ちょっと考えれば分かるだろ、それくらい。さっさと動け!」


 外交官として当然のことだった。本人も作業するつもりなのか資料室の方へと足を進め始めた。


「ま、まってください」


 反射的に腕をつかむと、うざったそうに振り放された。それでもしがみつき、


「俺たちは偉大なアメリカを代表しているんですよ! 恥ずかしくないですか」


 周りに聞こえるように大きな声で叫ぶと、


「っ!」


 先輩に拳で左頬を殴られた。不意をつかれたため、ぶざまに床に尻もちつく結果となった。


「……自分の立場と状況というのをしっかりと自覚しろ」


 苦々しく、それでいて噛み締めるように口にした。何か言い訳しようと頭を回らせていたが、


ーバタン!!


ーダッダッダッ!


 大勢の人々が流れ込んできた。主に若い人たちで、血走った目をしていた。手には鉄パイプやら拳銃やらを手にしていた。アメリカ側の警備員やら兵士やらの姿は見られず、素通りさせたと見受けられる。


「資料置き場はどこだ?」


 うち一人が我々に声をかけてきた。精悍な顔つきで、デモ隊のリーダー格と見受けられる。


「……」


「……」


 問いかけられた者たちは誰も答えない。闖入者を睨め付ける者、静かに目を閉じる者、明後日の方向に視線を逸らす者、さまざまだ。沈黙がしばし続く中、俺はゆっくりと指をさして、


「……あっちだ。……奥に入って左の扉に資料室がある」


 瞬間、大使館の人々は一斉に視線をぶつけて来た。


「……ジョン、この裏切り者が!!」


 先輩は俺に殴りかかろうとするも、周りのイラン人に取り押さえられた。他の人たちも手を縛られ、自由が効かない体勢にさせられていた。俺も手を後ろにして縛られ、床に座りこまされた。リーダー格の男は、


「お前らは奥の資料室へ急げ! こいつらのことだから書類を処分しようとしているはずだ!」


 我々のことをよくご存知なことで。すぐさまに大勢の人が奥の部屋へと向かった。遠くから怒鳴り合いが聞こえ、バタバタとした音が聞こえた。心の中では『やっと終わった』という感情が芽生えて来た。


 その時、一人の女性が俺の方へと近づいて来た。手には拳銃を持っており、用心深そうに周りを見ている。見上げるとなじみのファティだった。彼女もデモ隊に参加していたのか。


「……わたしたちの勝利ね」


 外交官の保護義務に違反したイランは国際社会から大きな反発を買い、今後は孤立を余儀なくされるだろう。


「ああ……。そして俺らの負けだ……」


 同様に我々も他国の内政に干渉したことへの非難を受ける義務がある。超大国とは言え、他国の政治を左右する権利はないのではないか。道義に反した落とし前はつける必要がある。


 とはいえ、我らは良くも悪くもアメリカ人だ。殊勝なことを考えるのは少数派であろう。事実コリン先輩はファティマのことを睨みつけ、


「……馬鹿な奴らだ。……せっかく俺らが与えてやった自由をむざむざ捨てるなんてな。せいぜい自分たちの行為を長く後悔するんだな」


 安っぽい悪役のようなセリフを吐いていた。対して彼女は憐れむような視線を投げつけ、


「そうかもしれない。わたしたちの政府は制限が多いから、シャーの時代を懐かしむ日が来るかもしれない。ただ、限られた自由の中で誇りを持って生きていくつもりよ。ペルシャの末裔をあまり舐めない方がいいわよ、新参者」


 先輩は今にも殴りがかりかねないほど、顔に赤みをつけていたが、身体中で拘束されていたため、なすすべがなかった。


「もう一つ。あなた方の悪い癖は自分達の思想・信条が全てと思い込むことね。わたし達にはわたし達の民主主義があることを覚えておいた方がいいわよ。そうしないとこの先に何度でも失敗するわ。とりあえず、わたし達の総意としては『お前達は出ていけ』ね」


 コリンさんはまだ何かを言い返したげだが、デモ隊に取り押さえられた状態では何もできない。先輩は歯軋りをしたまま、床を凝視していた。俺はふとベトナム戦争のときの映像を思い出した。


 サイゴンが陥落したときにアメリカの飛行機に多くの人がしがみついていた。散々他国を荒らしまくった挙句、協力者を見捨てた姿はみすぼらしく映った。あの映像から我々は戦争に負けたことを印象付けていたが、今回も同様に無様な敗退を晒してしまった。一つ言えるのは俺たちはあの時から成長していなかったということだ。

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