第22話 父への電話
夜。ベッドの中で天井を見上げていた。ぴたぴたと染みがついており、年季を感じさせた。外はひゅうひゅうとした風が吹いており、窓をかたかたと揺らしていた。砂漠の国は日が沈むと肌寒くなるため、毛布を何枚にもかけていた。
完全に眠れない状態となっており、取り止めのないことを考えていた。思考が浮かんでは沈み浮かんでは沈み、冷気が芯の方まで染み込んでいった。一日くらい寝付けなかったところで死にはしないと思いつつ、どこか時間を持て余している感覚があった。
ふと無意識的に立ち上がり、隅の方の台へと足を向けた。黒色の電話の受話器を取り、010と9を最初に押し、その後に慣れ親しんだ番号達をトントンとタッチした。トゥルルートゥルルーという音を聞きながら、アメリカとイランの時差は何時間だっけと遅ればせながら想像し始めた。ただ答えが出る前に、
「ハロー。バートンです」
ここ最近聞いてない、少しだけ懐かしい声が耳に入った。
「もしもし、ジョンだよ」
まあっと驚いた声を出した後、
「ちょっと大丈夫!? ニュースを見てると大変そうじゃない! 電話かけてこないから母さん心配しちゃったわよ!」
眠れなくてこわばっていた肩も、次第に和らいでいくのを感じた。
「うん、仕事は大変だけど元気だよ」
ここ最近サボっていた息子の役割を思い出しながら口にした。
「イランではデモやら革命やらがあるみたいなじゃない。近所の人たちも息子さんは大丈夫かって気にしてたわよ」
向こうでもニュースになっているらしい。今更ながら政変のことについて全然連絡してなかったことが思い起こされた。
「まいっか。便りのないのは元気の証拠って言うし。今日ちゃんと電話してくれたし。そんなわざわざ仕事のことなんかオフの時に話したくないだろうし」
何かを察したのか何も考えていないのは判別つかないが、ひとまず母さんの中では解決したみたいだ。なんて言おうかと思ってると、
「あ、じゃあ。せっかくだから父さんに代わろうか」
切ろうか切らないかどうしようか、と逡巡していると、
「……もしもし」
低くしゃわがれた声が聞こえた。自分の記憶の中よりも少し老いが目立っている。
「……久しぶり」
アメリカにまだいた頃から父とはあまり会話がなかった。だからこういう時になんて声を掛ければいいかよくわからない。言葉に詰まっていると、
「……どうだ? 大使館の仕事はうまくやっているか?」
せっかく母親が気を効かして聞かなかったのに、親父はずかずかと踏み込んできた。そうするとこっちも諦めがついて、
「実は……」
と、切り出すことができた。何とか現地の人たちと仲良くなり始めていること。革命が起こりアメリカへの風当たりが悪くなったこと。イランに対してアメリカ政府が暗躍していたこと。つらつらと話していると、
「俺ってこの仕事に向いてないのかな……。なんか疲れたよ……」
知らず知らずのうちに弱音を吐いていた。たぶんどこか疲れていたから電話していたのかもしれない。
「……」
受話器の向こう側からはしばし音が途切れ、
「……お前が仕事を始める前に、私に言ったよな。武力を使わずに、交渉だけで安定した国際関係を築きたいと」
まだ大学生の残り香があったころの、初々しい気持ちだっただろう。
「まだ三年も経ってないのではないか?」
ああ、そういえばそうか。もう十年働いた気分でいたが、まだそれぐらいか。
「まだまだできることはたくさんあるのではないか。プリンシプルを簡単に曲げるのは感心しないな」
ああ、この人らしい言い方だな。
「……そうだね、ありがとう」
向こうの奥の方から母さんの「え、もう終わり? 早くない?」と聞こえてきたが、気にせずに受話器を置いた。人と話すと考えがまとまるとよく言われるが、まさしく今現在、自分で実感していた。どんなふうに立ち振る舞えばいいか、どう向き合えばいいか覚悟を決めることができた。




