第21話 アメリカの影
大使館で俺は資料室の方へと歩いた。過去の資料が整理されて置いており、調べ物したい時に何かとお世話になっている。俺は一直線に一九五〇年頃の棚へと移動した。周囲と比べると比較的資料が多めにあり、国務省の研修でも特に多めに勉強していた。一つのファイルを手に取り、イランとアメリカの政治関係について目を通した。
当時首相に選出されたモサデグはイギリス資本だった石油を、イラン国の物として取り戻そうとあがいていた。当然イギリスらは既得権益を死守しようと国際裁判所に提訴するも、裁判ではイギリスの敗訴が決まる。これによりペルシャの悲願が達成し、自分達の石油を自分達で使えるようになった。とはいえ世界史の「全ての元凶」と称される英国は簡単には引き下がらなかった。
彼らは国際石油資本と共同して、イランの石油を締め出した。石油があっても売ることはできず、イランは財政難に陥ることとなった。次第にイランの景気は悪化して、反政府活動が活発となった。結果モサデグ氏の支持は衰退していき、最後はクーデターが起こって失脚の運びとなった。代わりに国王モハンマド・レザー・パフラヴィーの白色革命が打ち出され、アメリカと協力関係を築くことでイランの成長に繋がった。
以上が「表の歴史」として語られて来たことだ。もう一つ「裏の歴史」があると言われてきた。イギリスの影にアメリカ合衆国という協力者がいたとのこと。先進国の富裕層クラブに楯突く煙たいモサデグを追い落とすため画策したとの声が聞こえていた。
根も葉もないデマである。国務省での研修生時代から耳にすることはあったが、取り繕わずに笑い飛ばしていた。仮にも西側諸国の盟主が中堅の国の政治にいちいち口に出す暇があるか。いま思うと心の奥底では小さな侮蔑意識が潜んでいたが、それを除いてもありえないと思っていた。
だが外交官としてイランで生活し始めて、自分の気持ちに揺らぎが生じていた。我々も悪ではないのか。自分達も手を汚してきたのではないかと疑問に思い始めた。だからこそ答え合わせをしようと思っていた。自分のモヤモヤが嘘か誠か確かめるために。大使館の資料ではどんなことが書かれているかを、この目で見るために。
「……」
一通り目をさらって、パタンとファイルを閉じた。
「お目当ての情報は見つかったかい?」
いつのまにかコリン先輩が近くに立っていた。オフィスの喧騒から距離を置いているためか、久しぶりに涼しそうな表情に見受けられた。
「いやあ、アメリカは民主主義の国ですね。知る権利のために、きっちり資料を残しているのは素晴らしい」
自分にしてはできる限りニヒルな声で、冷笑的な色が出せるように意識した。先輩はどこ吹く風で、
「そりゃそうだろ。我が国の憲法修正条項の第一条が『言論の自由』だ。国民主権の政治を進めるには知る権利は欠かせない。そのために人々が国・政府の情報についてアクセスできるように整備するのは基本だ。お前だってスクールやカレッジでその辺については勉強しているはずだろ?」
ええ。もちろん勉強してましたとも。憲法や民主主義関連については特に念入りにでしたね。
「ただまあ。まさか自分達に後ろめたい情報を残すほど潔いとは思いもよりませんでしたけどね」
バッと目の前の人間に物を見せた。気持ち手が震えていたが、そんな瑣末なことには気にしなかった。自分が見た資料は一九五三年。ちょうどモサデグ首相が失脚した時のものだ。その背景には、
・イギリスのチャーチル政権は何がなんでも、イラン石油の支配権を取り戻そうとしていたこと
・アメリカも同様に石油利権を狙っていたため、イギリスと協力関係を築いたこと
・そのためにCIAが裏でモサデグの権威失墜を画策していたこと
・支持を落とすためにメディア・宣伝ビラ・僧職者へ資金援助を行い、プロパガンダをさせたこと
・資金は少なく見積もっても五百万ドルはかかったこと
・プロパガンダの効果によりモサデグは民衆からの支持を失い、表舞台から去ったこと
以上について、克明に記録されていた。二十五年前にこの国の人たちが自分達で作り上げようとしていた「民主主義国家」を、世界中で一番大事にしている国が潰したのだ。
「……一体全体。……アメリカは何やっているんですかね。……自分達の理念を自分達で否定しているなんて。……どの面を下げられるんですかね」
公僕である以上、国家論や法律論はクールにロジカルに語る必要がある。頭では理解していても、ついつい感情的な言い方になってしまっている。先輩は冷ややかな目を向けながら、
「……お前がイランに来る前に経歴やら評価やらが本国から送られてきた。そいつによるとオーソドックスに勉強を重ねて来て、向上心に溢れている、真面目で人当たりがよく、良い外交官になれる可能性があると。反面、理想主義的な色合いがあり、正義感が強すぎるのではないかとの報告があった。どうやら本部の分析は見事に当たっていたようだな」
はあ、と深いため息をついて、
「試験をパスしたお前なら知っているだろ? 外交というのは『武力ではなく交渉によって、国家間のフリクションを解消すること』。そして『祖国の利益を確保すること』だ。あくまで米国の国益を最大化するのが任務だ。世界平和のためにあくせく汗を流すこととは違うんだよ」
クールに論理的に。淡々と説明していった。反射的に俺は、
「他国の自立を潰すのがアメリカの利益に繋がるんですかね? 将来の禍根を残すような気がするんですがね」
先輩であることも忘れて皮肉的な言い方をしてしまっていた。
「お前はベトナム戦争についてはどう思う? 知ってんだろ、どうやってアメリカが戦争に参入しているのかさ」
トンキン湾事件と呼ばれる、アメリカがベトナム戦争に参入するきっかけとなった事件がある。当初はベトナムがアメリカの駆逐艦に魚雷を発射し、報復するために攻撃したことがアメリカが本格的に介入の始まりとされる。
だが、七年前にニューヨークタイムズがスクープしたところ、本件はアメリカの捏造とされ、実態としては二ヶ月前からアメリカにより計画されていた。
「まさかこの件だけが政府の暴走で、後の疑惑に関しては清廉潔白だと思うか。第二次世界大戦のときもルーズベルト大統領は、日本の真珠湾攻撃を想定していたといわれている。お前もさもありなんと思うだろ?」
あえて見逃していたとも言われている。戦争に参加するための大義を得るために。
「俺たちの国は想像よりも汚ねえ国ということぐらい、お前も見えてるはずだ。理想を追うのはいいことだが、そのために盲目になるのはやめろ。この仕事は情報分析が基本中の基本だぞ。そう。アメリカはモサデグ氏が邪魔だった。はっきり言って健全だが楯突いてくる国家より、きな臭くても媚び諂ってくれる国の方がいい。それが『民意』なんだよ。自分の仕事を履き違えるな」
何も言い返せずに奥歯をぎしりと噛み締めた。悔しい気持ちを胸に秘めていると、
「さあ、楽しい休憩タイムは終わりだ。とっとと仕事に戻るぞ」
時計を見るとだいぶ時間が過ぎていた。コリン先輩が資料室を出るので慌てて追いかけていった。外はもう夕焼けどきとなっており、オレンジ色に染まっていた。休憩エリアでは外交官の人がダベりながらダーツをしていた。
「ちっ。ホメイニが出てから急に仕事がめんどくさくなった。かったりいな」
ぶつくさといいつつ、無造作に的に向かって投げていた。的にはホメイニ師の写真が飾ってあり、すでに穴だらけとなっていた。コリン先輩は小さく舌打ちした後、
「……さっき『盲目になるな』と言ったが、お前はあいつらよりはマシだ。他国が重要視しているものを必要以上に侮辱すると、足元を救われるからな。くれぐれもあんなやつらになるなよ」
軽蔑した目で余興に講じている人たちを見た。個人的にも仮にもイランとアメリカの調整役を担っている以上、この対応はいかがなものかと思っていた。それまで一緒に働いていた同僚たちに対して、この時ばかりは同じ人種とは思えなかった。




