第6話 緑青ライムのお絵かき配信
――『緑青ライムのお絵かき配信』。
ライムのイラストを描く過程をリアルタイムで見られると好評の目玉企画である。
その日も、ライムは鼻歌交じりにペンをタブレットに滑らせていた。
『ライムちゃん、その曲、いろはさんの新曲でしょ』
「そだよ~! いろはさんのオリジナル曲、すごく好きなの~!」
上機嫌なライムを、リスナーも微笑ましい気持ちで見守っている。
配信画面に映ったイラストソフトのキャンバスには、アニメ調で描かれたミネルヴァのメンバー、イライザの姿があった。
イライザの特徴をよく捉えたその絵を見て、コメントがひとつ、ポツリと流れる。
『ライムちゃんに絵の添削、お願いしたいな。受け付けてますか?』
「うーん、絵の添削かぁ~……。赤ペン入れるやつだよね~?」
ライムは若干気が進まないようで、声にも考え事をしているような色が滲んだ。
彼女はペンを動かす手は止めないまま、自分の考えを話し始める。
「私ね~、人の描いた大切な絵に赤ペン入れるの、あんまり好きじゃないんだ~。だから、絵の添削はしない予定。ごめんね~?」
ライムのスライム状の身体が、青色になった。
彼女はスライム娘、感情によって色が変わるらしい。
リスナーからは『ゲーミングスライム』と呼ばれている。
「その代わり、私なりの絵の描き方は教えられるよ~。ほんとに自己流だけど、それでいいなら、コメントで質問して欲しいな~」
ライムがそう言うと、コメントが怒涛の勢いで流れ出した。
リスナーたちが我先にと絵に関する質問を打ち込み始めたのだ。
ライムは「わ~」とのんびりした口調で、ひとつずつ質問に答えようと頑張る。
「えっと~、まずは人の顔の描き方について、実際に描いてみるね~?」
ライムは途中まで描いていたイライザのイラストとは別のキャンバスを開き、人の顔のラフを描き始めた。
リスナーからは『既に上手い』『まずこのラフをどうやって描くんだよ……』と称賛の声が上がる。
ライムは「ひとつずつ整理して説明するね~」とペンを動かしていった――。
この『ライムのお絵描き講座』はファンの間で「説明が丁寧」「私も上達した」と好評である。
ミネルヴァ運営がその動画配信の一部を切り抜き、公式チャンネルでお絵描き講座として縦画面のショート動画や通常の横画面動画など、多角的に展開されることになった。
「……見事だ」
スマホで『ライムのお絵描き講座』の切り抜きを見たシュヴァルツが、事務所内のソファに座りながら呟く。
「ライム殿を参考にすれば、我も絵が描けるだろうか」
「えっ……シュヴァルツさんってお絵かきのできる暗黒騎士じゃないの!?」
向かいのソファに座っていたリリスが、シュヴァルツの呟きを聞きつけて驚愕の声を上げた。
シュヴァルツはスマホから顔を上げ、リリスを見る。
小さく首を傾げて、
「我にも出来ることと出来ないことがある」
「まあ、そりゃそうよね、一応人間だし……」
「一応?」
若干引っかかった暗黒騎士だが、あまり気にしないことにした。
そして、彼(もしくは彼女)は、再びスマホの画面に視線を落とす。
「……ふむ。試しに描いてみよう」
「シュヴァルツさンの画力、純粋に気になりマすね」
リリスの隣で本を読んでいたイライザが、ちらりと視線を送った。
シュヴァルツは、ライムのお絵描き講座を一時停止しながら、紙にペンを滑らせていく。
真剣な表情で見ているのは、犬の資料写真。
「耳はここか……なるほど」
資料写真。ライムの講座。紙に描いている己の絵。
順番に視線を移しながら、慎重に描いていった。
「……よし」
「できたの?」
リリスはシュヴァルツの描いた絵を覗き込む。
シュヴァルツは「自信作だ」と満足げに頷いた。
その絵に描かれているものは――。
「…………この模様は、ホルスタインね!」
「ダルメシアンだが」
「この角のヨうな部位はなんデすか?」
「犬の耳だ」
……シュヴァルツの描く絵は、どうあがいてもクリーチャーであった。
リリスもイライザも、真顔でシュヴァルツの生み出した謎の生物を凝視している。
「そうね……なんかこう、楽しく描いたのは伝わるわ!」
「ニッコリと微笑んでイるダルメシアン、味がありマすね」
「そうだな。犬は笑顔が可愛い」
「犬って笑うの……?」
「笑う」
大真面目な態度のシュヴァルツ。
シュヴァルツがそういうのなら、犬は笑うのかもしれない……。
リリスはツッコむ気になれなかった。
「シュヴァルツさン、ライムさンに絵を教えてもラう企画配信をしても面白いかもしれまセンね」
「あ、それいい! ライムの困惑した顔が目に浮かぶわ」
「うむ、そうだな。ライム殿の指南を受ければ、もっと上達するかもしれない。我がお絵かきもできる暗黒騎士に成長する日も近いな」
その後は、事務所に合流したミネルヴァのメンバーで、ライムのお絵描き講座を見ながら、絵を描いて過ごす時間もあった。
お互いの絵を見せ合って、褒め合ったり笑ったり。
――そんな、事務所の穏やかな昼下がり。




