第5話 美空いろはのオリジナルソング
――動画サイト『ぶいちゅ~ぶ』。
そのオススメ欄に、『美空いろは、オリジナル曲を作りました!』という雑談配信のサムネイルが表示されている。
いろはの熱心なリスナーであれば、誰であれ、そのサムネイルをクリックするだろう。
配信は既に始まっており、VTuber美空いろはが、笑顔で喋っていた。
「――はい、というわけで、いつもは歌ってみたを投稿してるんですけど、今回は私のオリジナルソングを作ってもらいました!」
『待ってた』『念願のオリ曲だ……!』『よかったねえ、いろはさん!』
美空いろはは、ミネルヴァの中でも随一の歌声を持つ『歌姫』である。
配信内容も歌関連が多く、先日の10万人耐久歌配信では1時間半でチャンネル登録者10万人を達成した偉業を持つ。
「今回はねぇ、私が歌詞を書かせてもらいました。初めてのことだったので作曲家の方に教えてもらったりして、すごく勉強になりました!」
いろはは心の底から楽しそうに語った。
彼女のファンであれば、微笑ましく見守っていることだろう。
そんな、庇護欲をそそるセイレーンVTuber、それが美空いろはである。
彼女は一通りオリジナルソングへの思い入れを語ると、ふと思い出したようにこう言った。
「そういえばねぇ、シューくんにボイトレしたことあるんですよ」
『!?』『シュヴァルツさんがボイトレ!?』『あの暗黒騎士、歌までマスターするつもりか』
シュヴァルツのことを『シューくん』と呼ぶのは、いろはくらいのものである。
リスナーにも『シューくん呼び助かる』『いろはさんにしか許されない呼び名』と好評だった。
もちろん、シュヴァルツのファンがその話題に興奮しないわけがない。
『シュヴァルツさん、いろはさんからボイトレ受けたってマジ?』
「む。いろは殿から聞いたのか?」
ゲーム配信をしていたシュヴァルツは、しかし、特に口止めしていたわけでもない。
ボイトレを受けたのは事実であるし、特にそれをリスナーに知られたところで不利益もなかった。
「我は歌の経験はあまりなかった。だが、いろは殿の指南のおかげで、こうして――」
シュヴァルツはタタタン! とスマホをリズムよくタップする。
ちょうど配信していたリズムゲームは、最高難易度をパーフェクトでクリアし、高得点を叩き出した。
「リズムの取り方をマスターし、格段に成績が上がった」
『ボイトレ、そのために受けたの!?w』『たしかに以前よりさらにキレが増してる』『ゲームのランキング、さらに上に行けるんじゃないの!?』
リスナーが驚愕しながら、滝のようにコメントを流していく。
シュヴァルツは、リズムゲームの全国ランキングを見てから満足そうに頷いた。
『騎士様、せっかくボイトレやったなら、なんか歌って!』
「承知した」
リスナーのリクエストに応え、シュヴァルツは小さく息を吸う。
小さく口ずさんだ歌は、果たしてマイクに乗り、リスナーの耳に届けられた。
コメント欄が一瞬静まり返る。
シュヴァルツが一小節だけ歌い終わった。
その瞬間、コメント欄が爆発する。
『死んだ』『イヤホン壊れたかと思った』『低音エグい』『歌姫ありがとう……』
怒涛の勢いでコメント欄が流れていき、ひとつひとつを視認するのも困難なほど。
「我は歌もできるようになった暗黒騎士」
『また増えたw』『暗黒騎士の管轄また広がった』
その夜の配信は、切り抜きもネットに出回って話題になった。
翌日。
「いろは殿」
「あ、シューくん。昨日ちょっと歌ったんだって?」
「一小節だけだが」
「リスナーさん、喜んでたでしょ?」
「なんか、リスナーが死んだんだが」
「ふふ。喜んでるんだよそれ」
微笑むいろはに、シュヴァルツが不思議そうに首を傾げたのは、また別の話である。




