↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VTuber事務所『ミネルヴァ』の日常  作者: 永久保セツナ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/12

第11話 シチュエーションボイス収録(後編)

 シチュエーションボイスの収録は続いていく。

 マイクの前で次の台本読み上げをしているのは――。


「なあ、お前も一杯付き合ってくれよ。お前と飲むの、楽しいしさ……その。お前がいてくれると、酒が美味いんだよ。なんでだろうな。へへ……」


「――はい、OKです!」


「ふい~……。さて、自分へのご褒美に……」


 ヤトは、カバンの中からペットボトルを取り出した。

 ボトルの中で揺れる、赤紫色の液体……。

 それを、すかさずマネージャーが注意する。


「蛇神さん。スタジオで飲酒禁止です」


「酒じゃねえって! ただのぶどうジュースだろうが!」


「なんか、蛇神さんの持ってるもの、全部お酒に見えるんですよね。ペットボトルの中身、詰め替えてませんか?」


「風評被害だぁ~!!」


 ヤトが暴れるのを、シュヴァルツが「どうどう」と羽交い締めして落ち着かせた。

 収録はそのまま次のメンバーに交代して続いていく。


「――ね。私の歌、聞いてくれる? キミのためだけに歌うよ」


「はい、OKです!」


「ふふ。なんだか、こういうの、照れくさいわねぇ」


 いろはも恥ずかしがりつつ、なんとか収録を終えた。

 マネージャーが「じゃあ、ついでにSSS繋がりで、シュヴァルツさんも録ってみましょうか」と声をかける。

 シュヴァルツは「承知した」と台本を片手に、マイクへと向かった。


「今宵、我は貴殿の剣となり、盾となろう。……我が命ある限り、貴殿には指一本触れさせぬ」


「……うーん。もう少し甘めの口調でできますか?」


「甘め」


「なんだろう、もう少しリスナーへの執着がほしいんですよね。溺愛する恋人みたいな感じで」


「恋人……ふむ」


 シュヴァルツは台本を読みながら、小さく首を傾げている。

 その後、もう一度収録してみたが、彼(もしくは彼女)は、いまいち恋人らしい演技ができない。


「ん~~~。シュヴァルツさんはあとでもう一度収録してみましょう! 先に他のメンバーの収録をしますね!」


「心得た。皆の演技を見て勉強させていただこう」


 シュヴァルツはマイクの前から離れた。

 台本を読みながら口の中で小さく台詞を反復する。


「じゃあ、次は……ライムさん行ってみましょう!」


「は、はい~! 頑張ります~……!」


 ライムはギクシャクした動きでマイクの前に立った。

 ……明らかに過度の緊張状態。

 リリスが「ライム~! 頑張れ~っ!」と野次を飛ばす。


「私、あなたの仲間になりぇてよか……っ……うぅ~、また噛んじゃった~……」


「ライムさん、一回深呼吸しましょうか」


 マネージャーに声をかけられて、ライムは「すぅ~……はぁ~……」と大きく呼吸を繰り返した。

 それでも、バクバクと心臓が鳴り止まない。


「うーん、じゃあライムさんもあとでもう一回収録しましょうか」


「うぅ~、すみません~……」


「他に台本読める状態なのは……」


 リリス、イライザ、ヤト、いろはまでは収録を終了している。

 シュヴァルツ、ライムは後回し。

 残っているのは……。


「ヒナタさんとルナさん、どっちか行けそうですか?」


「じゃ、じゃあ私が行くよ!」


 手を挙げたのはヒナタ。

 ルナが目を丸くして隣のヒナタを見た。


「ひ、ヒナタ……お主、大丈夫なのか……?」


「そこで見ててよ、ルナ。私がお手本を見せてあげる!」


 ヒナタはマイクの前で、スッと息を吸い込む。

 ミネルヴァのメンバーは、固唾を飲んで見守った。


「――私がキミを、絶対に守るよ。だって、私はキミのためだけの魔法少女だから!」


「……はい! OKです!」


「ふはぁ~……」


 ヒナタは力の抜けたようなため息をつく。

 その顔は真っ赤になっていた。


「……あの、マネージャーさん……。このボイス、本当に販売するの?」


「もちろんです! 皆さんが熱量を込めて収録してくださったボイス、爆売れさせます!」


「い、いや、そこまで頑張らなくていいんだけど……あはは……」


 ヒナタの口元が引きつっている。

 よほど恥ずかしかったのか、「アツ~……」と手を扇にしてパタパタと煽いでいた。


「じゃあ、次、ルナさん行ってみましょう!」


「う、うう……」


 ルナは嫌々といった様子でマイクの前まで歩いていく。

 台本を握る手は震えていて、今にも握りつぶしてしまいそうだ。

 深呼吸しようにも、吐く息すらも冷凍庫の中にいるのかと思うほど。


「ルナさん? 大丈夫ですか?」


「わ……妾は……」


 額には脂汗が浮かぶ。

 目は焦点があっていない。

 顔色が悪く、今にも倒れそうなルナに、マネージャーが慌てて声をかけた。


「少し、休みますか?」


「……休んでも、妾には読めん」


 ルナは目を伏せる。

 他のメンバーは心配そうに、お互い顔を見合わせた。

 ヒナタだけが、「ルナ、そんなにボイス収録が嫌?」と話しかける。


「私は恥ずかしくても、リスナーさんのためにボイス録れたよ。そりゃ、私だって、こんなボイスが全世界に出回るの嫌だけどさ」


 マネージャーは「それ、シナリオライターの方には言わないでくださいね……」と苦笑い。

 ヒナタはルナの肩に、そっと手を置いた。


「でもね、ルナ。私たち、もう既に恥ずかしいことは散々やってるんだよ」


「……どういう意味じゃ?」


「VTuber活動なんて、大抵は恥の上塗りだよ。こないだも、シュヴァルツさんにゲーム配信でボコボコにされて、リスナーのみんなに恥ずかしいところ見せちゃったでしょ。もう私たち、リスナーに全部見られてるんだよ。ボイスのひとつやふたつ、今更じゃない?」


「……」


 ルナは目を見開いてヒナタを見ている。

 ヒナタはルナの肩に置いた手で、優しく撫でた。

 ルナは、目を伏せて考え込む。


「……たしかに、そうじゃ」


「ね?」


「うむ……羞恥心は消えぬが、なんかいけそうな気がしてきたな」


「よし! じゃあ録ろう! 台本見ながらでいいからね」


 ヒナタがルナの背中を優しくポンと叩いた。

 ルナは深呼吸をひとつ。

 その息は、もう震えてはいない。


「――妾の作った惚れ薬を飲んでほしい。……なに? 薬は必要ない? それは、どういう……。――ああ。そういうことなら、妾も飲まなくて良い。どうやら、考えることは一緒らしいからのう」


「……はい、OKです!」


「ぜぇ……はぁ……」


 息も絶え絶えのルナに、「おつかれ」とヒナタが背中を撫でる。

 ルナは羞恥に耐えきれないと言いたげに、ヒナタの胸にしばらく顔を埋めていた。


「残るは、シュヴァルツさんとライムさんですね」


「は、はい~……!」


「皆の演技を見てだいたい理解した。甘口、恋人風に」


「甘口っていうと、なんかカレーみたいだな」


 シュヴァルツの言い草に、首を傾げるヤト。

 ライムはイライザに、台詞を噛みにくくなる読み方を教えてもらっている。

 シュヴァルツもおおまかに今回のシチュエーションの意図を理解してきたらしい。


 シュヴァルツは今度は穏やかな口調で読み切り、マネージャーからOKが出た。

 ライムも深呼吸を繰り返しながら最後まで読み切り、スタジオから拍手が起こる。


 ――こうして、全員のボイス収録は終了した。

 その後、ボイスはデータ化され、公式サイトでのダウンロード販売となる。

 数週間後。


「皆さんのおかげで、売上が好調です!」


「本当に買う人いるんだ」


 マネージャーの報告に、ヒナタは狐につままれたような顔をしていた。

 実際、SNSには、「シチュボ買ったけど尊すぎて死んだ」「ヒナタ照れすぎで最高だった」「シュヴァルツ、普段とのギャップがやばい」といったレビューが並んでいる。

 その感想を読んだリスナーが気になって購入、さらに売上が伸びるという好循環になっているようだ。


「これは、次のボイス企画も考えないとですね!」


 乗り気なマネージャーに、ミネルヴァのメンバーたちは「次はもっと読みやすい企画で頼む」と願ったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。