第11話 シチュエーションボイス収録(後編)
シチュエーションボイスの収録は続いていく。
マイクの前で次の台本読み上げをしているのは――。
「なあ、お前も一杯付き合ってくれよ。お前と飲むの、楽しいしさ……その。お前がいてくれると、酒が美味いんだよ。なんでだろうな。へへ……」
「――はい、OKです!」
「ふい~……。さて、自分へのご褒美に……」
ヤトは、カバンの中からペットボトルを取り出した。
ボトルの中で揺れる、赤紫色の液体……。
それを、すかさずマネージャーが注意する。
「蛇神さん。スタジオで飲酒禁止です」
「酒じゃねえって! ただのぶどうジュースだろうが!」
「なんか、蛇神さんの持ってるもの、全部お酒に見えるんですよね。ペットボトルの中身、詰め替えてませんか?」
「風評被害だぁ~!!」
ヤトが暴れるのを、シュヴァルツが「どうどう」と羽交い締めして落ち着かせた。
収録はそのまま次のメンバーに交代して続いていく。
「――ね。私の歌、聞いてくれる? キミのためだけに歌うよ」
「はい、OKです!」
「ふふ。なんだか、こういうの、照れくさいわねぇ」
いろはも恥ずかしがりつつ、なんとか収録を終えた。
マネージャーが「じゃあ、ついでにSSS繋がりで、シュヴァルツさんも録ってみましょうか」と声をかける。
シュヴァルツは「承知した」と台本を片手に、マイクへと向かった。
「今宵、我は貴殿の剣となり、盾となろう。……我が命ある限り、貴殿には指一本触れさせぬ」
「……うーん。もう少し甘めの口調でできますか?」
「甘め」
「なんだろう、もう少しリスナーへの執着がほしいんですよね。溺愛する恋人みたいな感じで」
「恋人……ふむ」
シュヴァルツは台本を読みながら、小さく首を傾げている。
その後、もう一度収録してみたが、彼(もしくは彼女)は、いまいち恋人らしい演技ができない。
「ん~~~。シュヴァルツさんはあとでもう一度収録してみましょう! 先に他のメンバーの収録をしますね!」
「心得た。皆の演技を見て勉強させていただこう」
シュヴァルツはマイクの前から離れた。
台本を読みながら口の中で小さく台詞を反復する。
「じゃあ、次は……ライムさん行ってみましょう!」
「は、はい~! 頑張ります~……!」
ライムはギクシャクした動きでマイクの前に立った。
……明らかに過度の緊張状態。
リリスが「ライム~! 頑張れ~っ!」と野次を飛ばす。
「私、あなたの仲間になりぇてよか……っ……うぅ~、また噛んじゃった~……」
「ライムさん、一回深呼吸しましょうか」
マネージャーに声をかけられて、ライムは「すぅ~……はぁ~……」と大きく呼吸を繰り返した。
それでも、バクバクと心臓が鳴り止まない。
「うーん、じゃあライムさんもあとでもう一回収録しましょうか」
「うぅ~、すみません~……」
「他に台本読める状態なのは……」
リリス、イライザ、ヤト、いろはまでは収録を終了している。
シュヴァルツ、ライムは後回し。
残っているのは……。
「ヒナタさんとルナさん、どっちか行けそうですか?」
「じゃ、じゃあ私が行くよ!」
手を挙げたのはヒナタ。
ルナが目を丸くして隣のヒナタを見た。
「ひ、ヒナタ……お主、大丈夫なのか……?」
「そこで見ててよ、ルナ。私がお手本を見せてあげる!」
ヒナタはマイクの前で、スッと息を吸い込む。
ミネルヴァのメンバーは、固唾を飲んで見守った。
「――私がキミを、絶対に守るよ。だって、私はキミのためだけの魔法少女だから!」
「……はい! OKです!」
「ふはぁ~……」
ヒナタは力の抜けたようなため息をつく。
その顔は真っ赤になっていた。
「……あの、マネージャーさん……。このボイス、本当に販売するの?」
「もちろんです! 皆さんが熱量を込めて収録してくださったボイス、爆売れさせます!」
「い、いや、そこまで頑張らなくていいんだけど……あはは……」
ヒナタの口元が引きつっている。
よほど恥ずかしかったのか、「アツ~……」と手を扇にしてパタパタと煽いでいた。
「じゃあ、次、ルナさん行ってみましょう!」
「う、うう……」
ルナは嫌々といった様子でマイクの前まで歩いていく。
台本を握る手は震えていて、今にも握りつぶしてしまいそうだ。
深呼吸しようにも、吐く息すらも冷凍庫の中にいるのかと思うほど。
「ルナさん? 大丈夫ですか?」
「わ……妾は……」
額には脂汗が浮かぶ。
目は焦点があっていない。
顔色が悪く、今にも倒れそうなルナに、マネージャーが慌てて声をかけた。
「少し、休みますか?」
「……休んでも、妾には読めん」
ルナは目を伏せる。
他のメンバーは心配そうに、お互い顔を見合わせた。
ヒナタだけが、「ルナ、そんなにボイス収録が嫌?」と話しかける。
「私は恥ずかしくても、リスナーさんのためにボイス録れたよ。そりゃ、私だって、こんなボイスが全世界に出回るの嫌だけどさ」
マネージャーは「それ、シナリオライターの方には言わないでくださいね……」と苦笑い。
ヒナタはルナの肩に、そっと手を置いた。
「でもね、ルナ。私たち、もう既に恥ずかしいことは散々やってるんだよ」
「……どういう意味じゃ?」
「VTuber活動なんて、大抵は恥の上塗りだよ。こないだも、シュヴァルツさんにゲーム配信でボコボコにされて、リスナーのみんなに恥ずかしいところ見せちゃったでしょ。もう私たち、リスナーに全部見られてるんだよ。ボイスのひとつやふたつ、今更じゃない?」
「……」
ルナは目を見開いてヒナタを見ている。
ヒナタはルナの肩に置いた手で、優しく撫でた。
ルナは、目を伏せて考え込む。
「……たしかに、そうじゃ」
「ね?」
「うむ……羞恥心は消えぬが、なんかいけそうな気がしてきたな」
「よし! じゃあ録ろう! 台本見ながらでいいからね」
ヒナタがルナの背中を優しくポンと叩いた。
ルナは深呼吸をひとつ。
その息は、もう震えてはいない。
「――妾の作った惚れ薬を飲んでほしい。……なに? 薬は必要ない? それは、どういう……。――ああ。そういうことなら、妾も飲まなくて良い。どうやら、考えることは一緒らしいからのう」
「……はい、OKです!」
「ぜぇ……はぁ……」
息も絶え絶えのルナに、「おつかれ」とヒナタが背中を撫でる。
ルナは羞恥に耐えきれないと言いたげに、ヒナタの胸にしばらく顔を埋めていた。
「残るは、シュヴァルツさんとライムさんですね」
「は、はい~……!」
「皆の演技を見てだいたい理解した。甘口、恋人風に」
「甘口っていうと、なんかカレーみたいだな」
シュヴァルツの言い草に、首を傾げるヤト。
ライムはイライザに、台詞を噛みにくくなる読み方を教えてもらっている。
シュヴァルツもおおまかに今回のシチュエーションの意図を理解してきたらしい。
シュヴァルツは今度は穏やかな口調で読み切り、マネージャーからOKが出た。
ライムも深呼吸を繰り返しながら最後まで読み切り、スタジオから拍手が起こる。
――こうして、全員のボイス収録は終了した。
その後、ボイスはデータ化され、公式サイトでのダウンロード販売となる。
数週間後。
「皆さんのおかげで、売上が好調です!」
「本当に買う人いるんだ」
マネージャーの報告に、ヒナタは狐につままれたような顔をしていた。
実際、SNSには、「シチュボ買ったけど尊すぎて死んだ」「ヒナタ照れすぎで最高だった」「シュヴァルツ、普段とのギャップがやばい」といったレビューが並んでいる。
その感想を読んだリスナーが気になって購入、さらに売上が伸びるという好循環になっているようだ。
「これは、次のボイス企画も考えないとですね!」
乗り気なマネージャーに、ミネルヴァのメンバーたちは「次はもっと読みやすい企画で頼む」と願ったのだった。




