第10話 シチュエーションボイス収録(前編)
「はい。皆さん、なぜお集まりいただいたか、わかりますね?」
マネージャーが真剣な顔つきで、ミネルヴァのメンバーを見渡す。
そこには、8名のVTuber、全員が揃い踏みしていた。
「なんかの飲み会かぁ~?」
「蛇神さん、一回その一升瓶おろしましょうか」
マネージャーは、ヤトのボケをスルーする。
――ここは、都内の某レコーディングスタジオ。
集められたVTuberたちが、何をするのかは明白であった。
「皆さんで、シチュエーションボイスを録りますよ!」
――シチュエーションボイスとは。
決まったテーマに沿った台本を読み上げ、演技をして、その声を収録する。
物によっては、ダミーヘッドマイクを使用し、臨場感溢れるボイスの収録も可能だ。
具体的には、視聴者の耳元で囁いたり、耳かきをしている想定で台詞を読み上げたり……。
VTuberコンテンツとしては一般的で、リスナーからの人気も高いグッズである。
「事前にお配りした台本、皆さんちゃんと持ってきてますか? 一度は目を通していただけましたよね?」
マネージャーがこのメンツに対して、若干の不安を覚えているのは致し方ない。
VTuberたちは、カバンからそれぞれの台本を取り出した。
忘れてきているメンバーはいない。だが……。
「あ、あの、マネージャーさん……。これ、本当に録るんですか……?」
ヒナタはほんのりと頬を赤く染めている。
台本を握る手が、小さく震えていた。
ヒナタ以外にも、ルナやいろはも、台本を読みながら少し恥ずかしそうにしている。
「もちろん、収録しますよ。今日はそのために皆さんを呼んだんですから」
マネージャーは、小さく息を吸った。
そして、ハッキリとした声を出す。
「今回のシチュエーションボイス、テーマは――『甘々恋愛ボイス』です!!」
――ミネルヴァのメンバーたちの困惑、羞恥、その理由がお分かりいただけただろうか。
中でも動揺していたのはルナだった。
「ま、待て。ちょっと待て。妾、『ガチ恋勢はお断り』と看板に書いていたはずじゃが!?」
「シチュエーションボイスはIFストーリーなので大丈夫です!」
「妾が大丈夫ではないんじゃが!?」
実際、ルナは過去の配信で、「ガチ恋勢は諦めるがよい」と発言しており、リスナーの間でもそのお約束が定着している。
マネージャーとルナの言い争いを聞いていたヒナタが「……ふーん?」と笑った。
「そっかぁ~。ルナはリスナーのためにサービスもできないんだぁ~」
「……なに?」
「じゃあ、私が収録を頑張れば、ルナのファンの心を奪っちゃえるかも?」
「はぁ~~??」
ルナとヒナタが真正面から睨み合う。
それを見て、ヤトが缶に口をつけながら笑った。
「久々に見た気がするなぁ、ルナとヒナタのライバル営業」
「営業じゃないです!!」2人同時に叫ぶ。
「蛇神さん、収録前にお酒は禁止です」
「おいおい、マネージャー。良く見ろ。これは甘酒だ」
ヤトはマネージャーに一升瓶と手持ちのお酒をすべて取り上げられた。
「とにかく! さっさと収録しますよ! スタジオのレンタル、高いんですからね!」
「はーい」
各々が台本を持ち、順番に収録を開始する。
シチュエーションボイスとは、声のみの演技だ。
声優のように、声のみで表現する高い演技力が求められる。
「ねえ、契約者……もうちょっとだけ、契約して?」
「はい! 一発OKです!」
「ふふん。アタシにかかればこんなもんよ」
「リリスちゃん、すご~い!」
リリスの名演技に、ライムが拍手を送った。
もともと調子の良いリリスは、褒められて鼻高々だ。
「まあ、ね! 契約者どものことを頭に思い浮かべて、心を込めて演技すれば、こう、ね!」
「なルほど。勉強になりマすね」
「……なんでかしら。イライザに褒められると、なぜか褒められてる気がしないのよね……」
「気のせイでショう。多分。おそラく」
「なによ~! めっちゃ含みのある言い方~! じゃあイライザやってみなさいよ!」
「かしコまりマした」
イライザは台本を手に、マイクの前に立つ。
スッと小さく息を吸い、マイクに向かって声を発した。
「――健康チェックを完了いタしマした。バイタル、メンタル、ともに問題なし。デすが……心拍数の上昇を検知。息も浅いヨうデす。深呼吸をしテくだサい。……私といルとドキドキする、デすか? そレは困りましタね。私には恋愛機能は搭載されテいまセんが……私もマスターと一緒にいルこトに、心地よサを感じテいマす。困りマした」
長台詞を一息で言い切った演技に、周囲が声を出さず、息を呑む。
聞き惚れていたマネージャーが、終わってしばらくしてからハッとした。
「お、OKです……!」
「え、待って。これアドリブですよね?」
「なんで恋愛を理解してない人が一番刺さるんだ……」
収録スタッフは騒然としている。
「わぁ~、イライザちゃんもすご~い!」
ライムが再びの拍手。
イライザはペコリと小さくお辞儀をした。
リリスも唖然としている。
「や……やるじゃない、イライザ!」
「お褒めに預かリ、光栄でス」
「ね、演技のコツ教えて! アタシももっと上手くなりたい!」
「向上心があルのは素晴らシいデすね」
「うぅ~……金蘭組として、私も頑張らなくちゃ~……!」
リリスとライムが、イライザの指導を熱心に聞き入っていた。
まだまだ、ボイス収録は始まったばかりだ。




