第八話
赤西はあまり気乗りしない中、普段通り警察署へ向かっていた。本当だったら教団のことだって、黄瀬のことだって詳しく調査したい。だからこそ上司に、黄瀬愛美の件を詳しく取材したい、と正直に申し出たのだ。
「新人が独自取材なんて百年早い! 事故が起きた日も、お前は勝手に行動して、社会人としてなってない!」
しかし上司は、赤西の申し出を綺麗に一蹴した。ついでに黄瀬愛美の事故当日の行動にも、苦言を呈されたものだから、赤西の心は重く沈んでしまう。
母の件の真実を知りたかったから、この職業を選んだのに、社会人としてのモラルに、邪魔されている気がする。母がどうして死ななければいけなかったのか、知りたいだけなのに。赤西は上司の言葉で、自分の生き方が否定されている気さえしてきた。
だが赤西は上司から許可が出なかった程度のことで、真実を知ることを諦めたくはなかった。ここで諦めれば、母の死について一生、疑念を抱き続けたまま生きることになる。幸い赤西の担当は、警察関連の取材だ。だから黄瀬の事故と母の事故に関連があるかは、仕事のついでに調べればいい。
だが今は上司からサボりを疑われないように、慎重に行動する必要がある。自由に使える時間はそう多くないが、それは仕方ない。
普段通り警察署に向かって取材の仕事をするのも、疑われないためには必要なことだ。警視庁の取材の担当だったのにも関わらず、適当に理由を付けて遠藤のいる警察署に担当を変えてもらった。赤西は、流石にこれは狡い手だったかもしれない、と内心苦笑する。
赤西は警察署に向かう電車の中でメール画面を開き、片桐へこう送った。
「お疲れ様です。例の件についてです。黄瀬愛美のデビュー前の経歴、何か知っていることはありますか?」
「元気そうで何よりだ。黄瀬のデビュー前についてなんだけどよ……」
そう時間が経たずに、片桐からこの前置きの後、次のことが綴られていた。黄瀬愛美は本名で活動していた。社長肝いりのプロデュースで、子役として十年前にデビュー。芸能界デビュー以前の経歴は一切公表されておらず、両親などの家族の、メディア露出もなし。噂では社長が、突然黄瀬を事務所に連れてきて、こう上層部の前で宣言したとか。
「この子をトップ女優にする。その才能はある子だ」
その噂が本当だとすると、事務所の社長以外、黄瀬の素性を知らないのだ。
これで遠藤が言っていた、「黄瀬は教団で育てられていた子供」という話も、赤西の中で現実味を帯び始める。正直遠藤の話は信じられない話ばかりだったが、こうやって情報が増えていくと、遠藤の話も間違っていない気がしてきた。
赤西は片桐からの返信をよく読んだ後、次のように送った。
「ありがとうございます。自分でも警察関係者に聞いてみました。黄瀬愛美は十年前に、中央省庁同時爆破事件を起こした宗教団体、『王の帰還』で育てられた子供の可能性が高いそうです。もしかしたら今回の件も、その宗教団体と関係があるのかもしれません」
片桐から情報を提供してもらったのだから、自分も今わかっていることを片桐に教えるのが筋だろう。だがこんな突拍子もない話を、片桐が信じてくれるかは未知数だ。
そんな不安に駆られている赤西をよそに数分後、片桐から返事が届く。
「黄瀬愛美に、そんな過去があるのかもしれないのか。本当かどうか信じがたいが、もしこれが本当ならビッグニュースだ。裏付けは必要だが、調べてみる価値はあるな」
浮かれた返事が届いて、赤西は苦笑してしまう。これまで黄瀬の過去について、一切の情報がなかったから、ゴシップを生業とする片桐には、たまらないのだろう。
「では黄瀬愛美の素性の調査は、片桐さんにお任せしますね。自分も他に分かったことがあれば、共有させていただきます」
赤西はそう片桐に送り、ほどなくして了承の旨が返ってきた。片桐とはいい協力関係が築けそうだ。
片桐とのやり取りが終わってからしばらくして、取材先の最寄り駅に着く、とアナウンスが鳴った。赤西はスマートフォンを鞄にしまうと、電車のドアの前まで急いだ。
赤西は取材の仕事終わりに、遠藤を訪ねた。
「俺も事故と『王の帰還』の関係を調べてみようと思って。まあ今は自分の仕事もあるし、上司に怒られない範囲でしかできないと思いますけど……もし遠藤さんが良ければ、協力してほしいんです」
赤西は遠藤に、そう頭を下げる。おそらく赤西が真実にたどり着くには、当時の事件の捜査に関わっていた、遠藤の協力が必要不可欠だ。
しかし現役の警察官にこんな調査を頼んで、協力なんてしてもらえるだろうか。赤西は不安なまま、頭を下げたままでいた。
赤西が急に頭を下げたことで遠藤は、狼狽えてしまう。しかし遠藤はすぐに落ち着きを取り戻し、こう言った。
「頭を上げてくれないかな、京くん。僕もこのことは他人事じゃない気がするし、できる範囲で協力するよ」
「……! 本当ですか? 良かった……!」
赤西は頭を上げると、思わず安堵の声が出る。引き受けてくれるか不安だったから、快く引き受けてもらえて、赤西は胸をなでおろした。赤西はさらに続ける。
「じゃあ、母が教団の信者だった時期があるか、調べてもらうことってできますか? 現状だと、教団と母が関係あったのかも、わからないですし……」
遠藤は黙って頷いてから、晴れやかな笑顔で、こう言い切る。
「もちろんだよ!」
赤西は頼みを快諾してくれた遠藤を、頼もしいと思ったし、相談してよかったと安心した。しかし遠藤は少し表情を曇らせて、こう赤西に問いかけた。
「ただ、教団の名簿を調べるにしても、量が膨大だと思うんだよね。どうしても時間がかかるかもしれなくて……それでも大丈夫かな?」
赤西は、母の出自が今すぐわかるわけではない、と少し落胆したものの、仕方がないとすぐに割り切ることが出来た。初めから無理な頼み事をしているのだ、遠藤にも仕事があるだろうし、こればかりは仕方ない。
「自分でも今の教団を調べてみます。芸能関係の記者との繋がりもあるので、何かわかるかもしれないです」
はやる気持ちを押さえながら赤西は、そう遠藤と言葉を交わして、警察署を去った。実際に教団を知っている、遠藤の協力を取り付けられて、赤西は浮かれていた。これで母の死の真相に、また一歩近づけた気がする。
明日から仕事と調査の両立を頑張ろう。まずは上司に怪しまれないために、仕事のノルマを片付けるべきである。赤西は駅までの道を急いだ。




