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王の子供たち  作者: 真那川菜々


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第三話

 会見会場から赤西が向かったのは、黄瀬の自宅だ。自分の疑問を解消するには、まず現場に足を運ばなければ。赤西はその思いで、黄瀬の自宅へ向かう。

 黄瀬の自宅は閑静な住宅街の中にある、オートロック完備の五階建てマンションの一室だ。建物を見る限り、築年数は古そうな印象を受ける。

 しかし普段静かであろう、マンションの周りの住宅街は、警官と見物目的のやじ馬で、ごった返している。中にはカメラマンやキャスターなどの、メディア関係者もいた。

 例の件の現場となった高台には、追悼に訪れたのであろうファンや、近所の人が長蛇を成している。そこに赤西自身が向かうのは、諦めざるを得なかった。さすがに人が多すぎて、近寄ることが出来ない。

 しかし何の収穫もないまま、帰るわけにはいかない。同僚に昼食を奢ってまで得たチャンスなのに、ここで諦めるのは勿体ない気がした。

 諦めきれずに赤西が辺りを見回す。すると、マンションの隣の一軒家の玄関先から、様子をうかがっている、住人の主婦と思われる中年女性がいた。赤西はその女性に、話を聞いてみることに。

 警戒されないように新聞社の腕章を脱ぎ、軽く世間話をした。女性は話好きだったようで、警戒されずに話を続けることが出来そうである。


「そういえばあの高台って、頻繁に人が訪れる場所なんですか?」


 話が盛り上がったところで赤西は女性に、高台の方を指さしながら、そう切り出す。


「いいや? たまに景色を見に行く物好きが訪れるぐらいで、地元の人がわざわざ行く場所じゃないよ。愛美ちゃんが亡くなったのは、夜中だって言うじゃないか。あそこ、電灯もなければ柵もボロボロで、夜景を見に行くような人も、いないと思うんだよねえ……」


 女性は赤西の指さした、高台の方向を見ながら、不思議そうに首をかしげて答えてくれた。その答えはおおむね赤西の予想通りである。やはりあの高台は、わざわざ近所の人間が夜中に訪れる場所じゃない。


「そうなんですね。黄瀬さんが近所でトラブルを起こした、って話は聞いたことあります?」


 赤西はさらに女性に問いかける。


「私も近所の人も、愛美ちゃんがこの辺りに住んでいたなんて、知らなかったんだよね。だから誰かに恨まれたりしてるだとか、自ら死を選ぶほど追い込まれていたのかなんて、私たちにはさっぱりわからないんだよ……」


 女性はうーん、と考える素振りをして、そう悩みながら答えてくれた。赤西は女性に礼を言うと、この場を立ち去ることに。

 まだこの辺りの混雑は解消されていないし、高台に近づくことも出来ない。赤西がここで足掻いたところで、これ以上の手掛かりは得られないだろう。それは容易に想像できた。

 赤西は駅に向かって歩きながら、鼓動がいつになくうるさく感じた。赤西の母も、高所からの落下事故で亡くなった。しかも、滅多に人が寄り付かないような、人気(ひとけ)のない場所で。黄瀬の事故との共通点に、頭がクラクラする。

 母は実家近くの崖の上から、落下して亡くなった。始業の時間になっても現れない母に、無断欠勤なんてする人じゃない、と職場の人が家まで駆け付けたらしい。

 しかし母が見つかったのは、崖の下の林の中だった。赤西の携帯に警察から連絡が来て、母の遺体を確認した日のことは、よく覚えている。全身血だらけでもう動かない母。赤西は年甲斐もなく、警察官の前で、声を出して泣いた記憶がある。

 母は人から恨まれる人間だった覚えもないし、自分の境遇を気に病んで、自ら死を選ぶ人間でもない。女手一つで自分を育てることは、並大抵の苦労じゃなかったはずだが、母はいつも笑っていた。

 ただ、母は奇妙なほど、用心深かった記憶がある。買い物に行く時でも、車や通行人が多く行き交う大通りを必ず選んでいた。それに夜にコンビニへすら、一人で出かけることもなかったはず。

 子供だった頃の自分の門限は、日が暮れるまでだった。高校生になった時夜遅く帰宅したら、母に過剰に心配されて怒られた記憶がある。高校生になったのだから、夕方まで帰るなんて無茶な話だ、と思ったのも今では懐かしい。

 母は身寄りのないシングルマザーだったのに、子供である自分を大学まで通わせてくれた。それは並大抵の苦労では出来ないはず。それなのに苦労を感じさせないほど、いつも優しい笑顔を自分に向けてくれていた記憶がある。

 赤西は祖父母の話も父親の話も、母親から全く聞いたことがない。それに、母が仕事を理由に赤西と過ごす時間をあまりとれず、寂しい思いをしたこともある。それに、小さいころから自分一人だけで、食事をとるのも日常茶飯事だった。それでも赤西は、母も母との日常も好きだった。

 優しく強い反面、用心深くて慎重だった母が、それまで避けていた人の少ない場所に、わざわざ行くとは思えない。赤西は母に友達がいるか知らなかったし、自分以外と人付き合いがある様子もなかった。

 あの母が自分の大学入学を機に、自分が一人暮らしを始めたからといって、生活様式を変えるとは到底思えない。


「絶対に、人通りの多い道を選んで帰ってくるんだよ」


 息子である自分に、自分に口酸っぱく言い聞かせるほど、避けていた人気(ひとけ)のない場所に、母が行かなければならない理由が、何かあったのだろうか。母は誰かに殺されるほどの、恨みを持たれる人間だったのだろうか? それほど自殺してしまうほど、何かに追い詰められていたのだろうか?

 いや違うだろう。少なくとも自分の前では、優しくて強い女性だった。母は人から恨みを買ったり、何かをきっかけに心を病んでしまう人物ではなかったはず。赤西はそう信じたい気持ちが強く、母の件はただの事故ではないのではないか、という疑念は今でも変わらなかった。

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