第十話
次の週の水曜日。赤西がいつも通り警察署での取材を、何事もなく終えて帰社中。警察署の最寄り駅の駅前広場に、先週赤西へコーヒーをぶちまけてきた青年が、またそこにいた。
赤西は青年を避けて、駅へ向かう。先週散々な目に遭ったから、あの青年と関わり合いになりたくはなかった。
しかし青年は赤西を見つけるや否や、赤西の元へ駆け寄ってきた。長身の不気味な様相の青年が、迫ってくる迫力に負けて、赤西は思わず立ち止まってしまった。
「あの……これ、先週のクリーニング代です……!」
青年は赤西に、そう紙幣を数枚、半ば強引に渡してきた。渡された金額は実際かかったクリーニング代の、数倍はする値段である。
「こんなに必要ないんで……!」
赤西は慌てて、紙幣を最低限だけ取って、青年に押し返す。青年は赤西の行動に困惑しながらも、素直に返された紙幣を受け取った。
先日あれだけ引き留めてきた割には、青年のスーツへの詫びがなかったことに、赤西は釈然としていなかったのだ。なので最低限度の金額は、ありがたく受け取ることにした。
赤西は青年がまたこの駅前にいた理由を考えた。クリーニング代を返すためにしても、月曜と火曜に彼の姿は無かった。
「君は、いつもここに居るんですか? 昨日おとといはいなかったですよね?」
赤西は青年にそう尋ねた。そういえば苛立って忘れていたけれど、この青年も事故で親戚が、亡くなっていた気がする。
先週は黙秘されてしまったが、この件について詳しい話を聞くためには、青年の動向を知る必要があった。期待を込めて、青年の動向を見守る。
「……水曜日」
青年がボソッと低い声で呟く。
「え? なんて?」
よく聞こえなかったので赤西は、そう聞き返す。
「水曜日の午後は……三時ぐらいまでこの辺りにいるので、詳しいことが分かり次第、貴方にお話しできるかもしれません。貴方、私の親戚が亡くなった件について、知りたいんでしょう?」
すると青年は、そうぼそぼそと喋った。それに赤西がこの質問をした意図も、青年には筒抜けのようだ。少し不気味だが、青年に赤西の思考が筒抜けな理由を、気にしている場合ではない。
赤西は持っていた手帳に、走り書きで青年の日程をメモに残す。そこで赤西は、彼の名前を聞いてないことを思い出した。この無口な青年から情報を引き出すためには、青年に心を開いて貰う必要があるかもしれない。心を開いて貰うためにも、名前くらい知っておいた方がいいだろう。
赤西は思い切って、こう切り出した。
「そういえば、君の名前はなんて言うんですか? 俺は赤西京です。毎日この近くで取材してるんで、水曜日の午後ならまた会えると思います」
青年がまっすぐ、赤西を見つめる。しばしの沈黙が二人の間に流れた。
やはり、ほぼ初対面でいきなり名前を聞くのは、野暮だっただろうか。沈黙の時間が苦手な赤西は、気まずさを感じていた。そんな中青年がやっと口を開く。
「青山。私の名前は青山昴……ここでまた会えるといいですね」
そう言葉を交わしたところで、彼らは別れた。赤西はこれ以上、上司を待たせるわけにはいかない。
赤西は新しい情報源が生まれたことで、足取りも軽く駅へと向かう。上司の小言と引き換えに、真実を知るための手がかりが増えていくことに、赤西は達成感を感じていた。しかし青山が心を開いてくれるまでには、あの様子だと時間がかかりそうではある。
今の赤西と青山は、名前を知っているだけの知り合いでしかない。それにこちらの思惑が、青山に筒抜けだったのも気にかかる。
多少の懸念事項はあるものの、それでも青山と毎週会っていれば、赤西にも詳しいことを話してくれるはずだ。赤西はそう信じてやまなかった。




