06.知らなかった真相①
「それで――どういうこと?」
「なんの話さ」
話を切り出したオレーリアに、テオドールは片眉を上げる。
「シルフィ嬢よ。どうしてシルフィ嬢に嫌がらせした犯人が、エルザ嬢って話になってるのよ。
そもそもどうして調査することになったの?今更じゃない?しかもフェリクス様が命じたって話じゃない。
何がどうなったら、そんな話になるわけ?ねえ、テオ。何か知ってるんでしょう?」
聞きたいことは色々あった。
オレーリアは矢継ぎ早に疑問を口にする。
「リア、ちょっと落ち着いてよ。順番に説明するからさ」
まあまあとテオドールに両手を振られる。
「あのさ……まず、フェリクス様の調査が入った理由だけど」
改まった口調に、少しの緊張がオレーリアに走る。
「リアがおかしくなったせいだよ」
「はあ?!」
思わず声が出た。
「どういう意味よ!」
「だから落ち着いてって。だってほんとに階段から落ちてから、リア変わっただろ?リアとは長い付き合いだけどさ、僕だって信じられないくらいだもん。
あんなにフェリクス様に執着してたのに、いきなり婚約解消を願い出るしさ。フェリクス様が『絶対裏に何かある』って考えもおかしくないだろ?」
「……失礼ね」
そう答えながらも、(まあ、そうかもしれないわね)とオレーリアは思う。
あの日までは、確かにオレーリアはフェリクスに執着していた。取り巻きたちにフェリクスの周囲を見張らせ、彼に近づく女生徒に目を光らせてもいた。
――フェリクスを深く愛していたからだ。
(あら……?)
ふと気づく。
(愛してた……のかしら?)
オレーリアが領地に来たのは、フェリクスとシルフィの噂も聞きたくなかったからだ。
王都にいれば、嫌でも二人の噂は耳にするだろうし、嫉妬心が再燃しないとも限らない。
せっかく回避できた断罪ルートに、再び入り込なまいよう自衛のつもりでいたが――
思い返せば、この領地でフェリクスを想い悲しくなったことはない。
(フェリクス様に執着してたというより……次期王妃の地位に執着していたのかも)
今はそんなふうに思えた。
思い至った自身の考えに、オレーリアは軽く頷く。
そんなオレーリアの様子を見つめていたテオドールが言葉を続けた。
「リアさ、王都を離れてからフェリクス様に手紙ひとつ送ってないんだろ?」
「それはそうでしょ。なんで婚約者でもない人に手紙送る必要あるのよ」
(何バカなこと言ってるの?)
呆れた目をテオドールに送る。
確かに以前は、婚約者として毎日フェリクスに手紙を送りつけていた。それが許される立場だったし、自分でも彼を愛していると思っていたからだ。
『明日はうちのお屋敷に寄ってください。お茶をしませんか?』
『すぐに参りますので、いつでも王宮にお招きください』
『今度のお休みに、一緒に街で買い物をしませんか』
『私も生徒会室でお昼をご一緒したいです』
そんなふうに、少しでもフェリクスと一緒に過ごしたいという思いを綴っていた。
――一度も返事はなかったが。
そんな氷のような男に、婚約解消した後まで手紙を送りたいと思うはずがない。
伝えたいと願う言葉もない。
「もう他人じゃない」
「そういうとこだよ」
軽く言い捨てたオレーリアに、ははっとおかしそうにテオドールが笑った。
「ディラン様のことも責めなかっただろ?……助けてくれたって言っても、リアにそんな傷跡残したヤツなのに」
笑いを消し、長袖に隠れたオレーリアの腕を指すテオドールの声は冷ややかだ。
「あのねぇ……」
取り巻きとしては見上げた心意気だ。
だが、命の恩人にそれはない。
たとえ前世を思い出していなかったとしても。いくらオレーリアが悪役令嬢でも、命を助けてくれたディランに責を負わせることはなかった――はずだ。
「命を助けてもらったのに、こんな傷跡くらいで騒ぐ方がおかしくない?ディラン様からは何度も謝罪の手紙を受け取ったし、ここまで直接謝罪にも来てるのよ?普通に良い人じゃない」
「そういうとこだって。前だったら、あんな王子の犬みたいなヤツを『良い人』だなんて言わなかっただろ?」
オレーリアの言葉に、はあ……とテオドールがため息をつく。
「犬って……」
さすが悪役令嬢の忠実な取り巻きといったところだろうか。
テオドールの口が悪い。
「とにかく、あまりにもリアが前と違うからさ。フェリクス様が動いたわけ。
階段に向かうとき、リア、めちゃくちゃ怒ってただろ?まず、そこから調査が始まってさ。すぐにマルタ嬢の名前が浮かんだんだ」
「ああ……そうね。あのときマルタ嬢から聞いた噂でキレてたもの」
オレーリアは頷く。
マルタは、最近オレーリアの取り巻きに加わった男爵令嬢だ。フェリクスの情報をいち早く届けてくれる、役に立つ令嬢だった。
あのときシルフィを階段から突き落とそうとしたのも、マルタから最新の噂を聞いたからだった。
『シルフィ嬢ったら、今度は手作りのお菓子をフェリクス様に食べさせたみたいですのよ。シルフィ嬢は神聖な生徒会室で、殿方に取り入ることに忙しいようですわ。本当に卑しい女ですよね』
その話を聞いた瞬間、カッと頭に血が上ったのだ。
そのままオレーリアはシルフィの元へ向かい、階段手前でその名を呼んだ。
――突き落としてやろうと思いながら。
「それで?」
オレーリアは話を促す。
「マルタ嬢って、ほんとはエルザ嬢の取り巻きだったんだって」
「え!!そうなの?!」
「エルザ嬢はマルタ嬢を使って、リアを煽らせたかったみたいだね。エルザ嬢からの命令で、これまで嘘を交えた噂を吹き込んだってマルタ嬢が白状したんだよ。リアがシルフィ嬢に手を出させるために仕組んだ、って」
「………」
言葉も出なかった。
衝撃の事実だ。
あんなに『お美しいオレーリア様を崇拝しております』と目を輝かせていたマルタが、まさかエルザの取り巻きだったとは。
「そこから芋づる式に、リアの裏切り者が炙り出されてね。それで、学園で広まっていた『シルフィはオレーリアから嫌がらせを受けている』って話も、そいつらが流していたことが分かったんだ」
「そう……なの」
呆然としながら、相槌を打つ。
「そりゃあフェリクス様の本格的な調査が入ったら、エルザ嬢の所業は明るみになるよ。身分なんて関係なく、すごく厳しい取り調べが入ったみたいだし。
リアに吹き込んだ噂って、フェリクス様の名誉を傷つける嘘もあったからね。お家ごとで責任問われるみたい。首謀者のエルザ嬢のアイゼンベルク侯爵家は、身分剥奪の上、領地没収でお家取り潰しだって」
ひょいとテオドールは肩をすくめるが、うわぁ……とオレーリアは背筋に冷たいものが走る。
『氷冠の王子と翡翠の乙女』で、オレーリアは即国外追放を言い渡された。他人事とは思えない。
「さすが『氷の王子』ね……。容赦ないわね」
「何言ってんだよ。リアを陥れようとしてたヤツらだろ?関係したヤツら全員、家門ごと処刑でもいいくらいじやん」
「テオ、あなた……」
オレーリアは信じられないものを見るような目でテオドールを見た。
『氷の王子』より冷酷なのは、どう考えても目の前の男だ。
(でも……まあ)
しょせんこの世界は『氷冠の王子と翡翠の乙女』の世界だ。
この世界では、悪役令嬢には相応の結末が待っている。
(もし私が前世を思い出していなかったら、同じように断罪されていたんだもの。……しょうがないわね)
そう思い、深く考えないことにした。
すっかりぬるくなってしまったハチミツ入りのミルクティーを口に含む。
ふわりと優しい甘さが、口の中に広がった。




