05.テオドール・ヴェスター子爵令息
「ごめんなさい。……少し混乱してるみたい」
ディランから話を聞かされてもなお、状況はうまく掴めない。
むしろ謎は深まるばかりだ。
まだまだ聞かなければいけないことはあるはずなのに、頭が混乱して何から聞いていけばいいのか分からない。
考えがまとまらず、オレーリアはこめかみを押さえた。
「せっかく足を運んでくださったのに申し訳ないのだけれど……また日を改めて、お話を伺ってもいいかしら?」
今は一人になりたかった。
落ち着いて状況を整理したい。
「……分かった。今日はこれで失礼する。また日を改めよう」
王都から半日以上かけてこの別荘まで来てくれたというのに、ディランは静かに頷いてくれた。
ディランを見送るため、オレーリアは彼と並んで長い廊下を歩いていた。
その間も、頭の中ではこれからすべきことを考える。
(まずはテオを呼び出さなくちゃ。……ほんとあの子何したのかしら)
テオ―― ヴェスター子爵家の子息、テオドールは、オレーリアの幼馴染だ。
ヴェスター子爵家の領地は、ローゼンベルク公爵家に隣接する領地で、同い年のテオドールとは幼い頃からよく顔を合わせていた。
オレーリアが何を言っても、「しょうがないな〜」と文句を言いながら結局は手を貸してくれる男だ。
オレーリアが領地にこもるようになって、テオドールも週末になると領地へ戻り、そのたびにこちらへ顔を出していた。
明日は休みだ。
きっと明日も顔を出すだろうが、念のために手紙を届けた方がいいだろう。
(聞きたいことをまとめておかなくちゃ)
週末を過ぎれば、テオドールはまた王都に戻る。
聞き忘れのないよう、今夜中に頭を整理しなくてはいけない。
(まずテオに手紙を書いて、それから……)
考え込むように、オレーリアは額に手を当てた。
「……大丈夫か?頭が痛むのか?」
ディランが一瞬、表情を曇らせる。
「まさか、階段から落ちた時に頭も打っていたのか?」
「え?……ああ、いいえ。少し考え事をしていただけよ。それより、もう暗くなりますしお帰り気をつけてくださいね」
覗き込まれたカシス・パープルの瞳が思ったより近かった。
少しの動揺を隠して、オレーリアは話題を変える。
(若き天才騎士様に『暗いから気をつけて』って……)
我ながら馬鹿なことを口走ったと後悔したが、「ありがとう」とディランは微笑んだ。
どうやらオレーリアの戯言は軽く流してくれるらしい。さすが高潔な騎士様だ。
◇
「ねえ、どういうことなの?」
翌朝早く別荘を訪れたテオドールに、オレーリアは問い詰めた。
「会うなりそれ?僕、昨日の夜遅かったんだよ。お茶くらい出してくれてもいいんじゃない?ちゃんと話すからさ」
「テオのくせに、何を夜遅くまで遊び歩いてるのよ」
「リアひどい……。『学園を出てすぐ領地に向かっても、屋敷に着く頃には夜中を軽く過ぎてる』って、前にも言ったじゃん。夜中、屋敷に届いてた手紙受け取って、頑張って早起きしてここに来たのにさ〜」
「あら、そうだっけ?」
そんな話を聞いただろうか。
テオドールは毎週末になると当たり前のように顔を出すので、オレーリアの中ではその辺からふらりと現れているような感覚だった。
それだけの時間をかけて領地に帰るということは、それだけの時間をかけて王都へ戻るということだ。
テオドールは、休みのほぼ全てを馬車の移動時間に当てているということではないか。
「テオ……あなた若いんだから、もっといい時間の使い方しなさいよ」
若さというものは、一瞬で過ぎ去るものだ。
社畜として駆け抜けた前世を思えば、なおさらそう思う。
オレーリアはしみじみと頷いた。
「何それ?やっぱりリア、階段から落ちて変わったよね。ほんとに頭打ってなかった?大丈夫?」
「はあ?!ちょっとそれ、どういう意味よ!……って、もういいわ」
せっかく先人として世の無常を説いてあげたというのに、テオドールに心配そうに顔を覗き込まれて、一瞬頭に血が上る。
だが、今はそんな話をしている場合ではない。
(とりあえず話を聞かなくちゃ)
テオドールを軽くひと睨みしてから、側に控えるニナに声をかけた。
「ニナ、ミルクティをお願い。ハチミツもね」
「ご用意できております」
オレーリアが声をかけると同時に、ティーセットを載せたワゴンが応接室に運ばれてきた。
今日もオレーリアの侍女は優秀だ。
「やっぱりリアの淹れてくれるミルクティーが一番だね」
「私が入れたのハチミツだけじゃない」
(目の前で見てたのに、何言ってんのよ)
今日も相変わらず取り巻き発言をするテオドールに、オレーリアは呆れた視線を向ける。
目の前のソファーに腰掛けた彼は、窓から差し込む朝日に、透けるような明るい色を見せていた。
少しふわっとした柔らかいミルキーなベージュ色の髪。
目尻の下がった、トロリと甘いハチミツ色の瞳。
(ほんとにこの子、ハニーミルクティー・カラーね)
ハニーミルクティー・カラー。
それは『氷冠の王子と翡翠の乙女』の中で、作者がテオドールを表現していた色だ。
前世、残業続きだった頃にデスクでがぶ飲みしていた、一番甘いミルクティーを思い出す色だった。
子供のころからテオドールを見るたびに、ハチミツ入りのミルクティーが飲みたくなるなと思っていたが、それは社畜な前世から来るものだったらしい。
「それで本題なんだけど」
キッと目元に力を込めると、テオドールがおかしそうに笑う。
「さっき睨まれた時も思ったんだけどさ。リアって、化粧してないと迫力落ちるね」
「あなたね……」
早々に会話の出鼻をくじかれて、オレーリアはテオドールを睨む。
するとテオドールは、ますます面白そうに目を細めた。
「ほら、その顔。化粧してたら女豹みたいなのに、子猫みたいになってるじゃん」
(コイツ……!)
気合いを入れて化粧をしたオレーリアは、息を呑むほどの美人だ。
それを女豹とはなんだ。
おかしそうに笑うテオドールに、オレーリアはギリッと渾身の睨みを効かせてやる。
すると、お腹を抑えてさらにあはははと声を上げて笑い始めた。
(もうほんとこの子、取り巻きのくせに生意気なんだから)
テオドールは、オレーリアが何を言っても「しょうがないな〜」と言いながら結局は手を貸してくれる男だ。
だが、そのわりに態度は妙に軽い。
(今日は真剣な話なのに!)
笑い出すと止まらないテオドールに、これ以上怒っても無駄だと悟ったオレーリアは、ブスッと口を引き結んだ。
「ごめん、ごめん。話があるんだよね。何?また誰かに嫌がらせしたいの?」
さすがに怒らせすぎたと思ったのか、テオドールが笑いを収めて声をかけてきた。
フン、と顔を背けてやる。
「リアごめんって。ほら、学園ではみんなリアのこと怖がってたでしょ?すっぴんのリアを知ってるの僕だけだって思ったら、ちょっとおかしくてさ」
「……あんた、私のすっぴんをバカにする気?」
今日も確かに化粧はしていない。
テオドールに会うために、わざわざ気合いを入れるつもりもない。
けれど、気合いを入れた化粧をしていなくても、オレーリアは息を呑まない程度には美人なはずだ。
「そういうんじゃないよ。でもさ、フェリクス様もびっくりするんじゃないかって思ったら、おかしくてさ」
まだクックッと笑うテオドールに苛立ちながらも、オレーリアは昨日のディランの様子を思い出す。
「まあ……確かに驚かせるみたいね。昨日、ディラン様もびっくりしてたもの」
ディランもすっぴんのオレーリアを見て、目を見開いていた。
悔しいけど、テオドールの言葉は事実だ。
「はあ?!」
勢いよくテオドールが立ち上がる。
「何?リア、化粧しないでディラン様に会ったわけ?!なんでだよ!」
テオドールの口調が厳しい。
先ほどまで笑っていたとは思えない勢いだった。
「なんでって……急な訪問だったし、温泉入った後に化粧なんてしたくないでしょ?」
「温泉入った後だろうがなんだろうが、リアはちゃんと化粧して会いなよ!……ちょっと。そんな格好で会ってないよね」
ハッと気づいたように言葉を重ねられる。
しかし、そんな格好とはなんだ。
確かに学園に通っている時のように、露出の多い華やかなドレスを纏っているわけではないが、シンプルな普段着といえど上質なドレスだ。
普通に高位貴族としての品位は保っているはずだ。
ムッと口を尖らせると、何も言わなくともオレーリアの言いたいことが伝わったようだ。
はあ……とテオドールが深いため息をついた。
(ほんとにこの子、取り巻きの自覚ないわよね)
テオドールの失礼な態度に、オレーリアもむっとしたまま、ため息を返した。




