43. 宰相夫人と息子セドリック
「セドリックがお友達を連れて帰るなんて、初めてですのよ。ほら、セドリックは無愛想でしょう?口を開けば難しい話ばかりで、みなさんを呆れさせていないか心配していたんですよ。
オレーリア嬢、いつもセドリックと仲良くしてくれてありがとうございます」
グランディエ宰相夫人の言葉に、セドリックが苦々しい顔になる。
そんな二人を、オレーリアはじっと見つめた。
白く透き通るような肌に、淡いイエローグリーンの髪。涼しげな目元まで、セドリックとそっくりだ。
前回会った時にも思ったが、こうしてセドリックと並んでいる姿を見ると、親子で同じ透明感を持っていることがよく分かる。
セドリックの清涼感のある美貌は、母親譲りなのだろう。
(まあ、セドリック様のお母様が心配するのもわかるけど)
確かにセドリックは小言ばかりで気難しい。
ヒロインのシルフィさえ、何度も泣かせていた。
あれほど美しい男を好んで側に置くベアトリス王女でさえ、セドリックの名を呼ぶことはない。
「セドリック様は、お母様にそんなご心配をおかけしていたんですね……」
思わず眉が下がった。
「でも、セドリック様は、学園ではとても人気がありますよ。ご存じでしたか?生徒会室には、役員に届いた手紙の集計表が貼り出されているのですが、最近はセドリック様宛の手紙が群を抜いて増えています。私も毎日、生徒会室にお邪魔するたびに驚いているんです」
オレーリアが微笑むと、そこに呆れた声が割り込んだ。
「オレーリア嬢。ベアトリス王女は、集計表なんて見ていませんよ。毎日毎日、何枚も手紙を入れても無駄ですよ」
「継続は力なりと言うではないですか。セドリック様、こういうのは続けることが大事なんですよ?」
返した言葉に、セドリックがため息をつく。
オレーリアは、今もセドリック宛の手紙を送り続けていた。
(今日こそ気づきなさいよ!)
――そんな思いで書き続けていた手紙だ。
もちろん、ときおり家族にも協力してもらっている。
オレーリアの母がグランディエ宰相夫人に手紙を送れば、その返事には、オレーリアへの言葉も添えられていた。
『学園帰りでも、いつでも遊びに来てくださいね』
その言葉を思い出し、今日はこうして、思いついたように訪ねてきたのだ。
「まあ、セドリックったら、毎日オレーリア嬢からお手紙をもらってるの?」
パッと顔を輝かせた宰相夫人に、セドリックは呆れた目を送る。
「母上。何を期待しているのかは知りませんが、オレーリア嬢の手紙は、朝食のスープにセロリが入っていたとか、今日も紅茶に3杯の砂糖を入れたとか、意味のないものですよ」
「セドリック。親しい者への手紙とは、そういうものですよ」
夫人の言葉に、セドリックは『何を言っているのですか』と言いたげに首を振る。
「――とにかく。オレーリア嬢、そのように着飾るのは、今日だけにしてください。ベアトリス王女を刺激すれば、フェリクス様に迷惑がかかります。
そのような装いは、フェリクス様を苛立たせますから。条約の締結目前の大事な時期なのですし、気をつけてください」
セドリックに諭され、オレーリアは素直に頷く。
「確かに気をつけないと危険ですね」
確かに――この悪役みが強い格好は断罪を呼びそうだ。
フェリクスの、ヒーローとしての本能を呼び起こしかねない。
この格好がフェリクスを苛立たせ、何もしていないにも関わらず、国外追放を言い渡されるかもしれない。
(ほんと理不尽だわ)
だが、この世界が『氷冠の王子と翡翠の乙女』の舞台である限り、受け入れるしかない現実だ。
「明日からいつもの格好に戻しますね。もう着飾る必要もないですし」
ベアトリス王女はもう十分に刺激した。
これまでの溜飲も、すっかり下がっている。
にっこりとオレーリアは微笑んだ。
「……オレーリア嬢は鈍感ですね」
「セドリック様ほどではないですよ」
悪役令嬢は鈍感と相場が決まっているが、セドリックに言われたくはない。
あのフェリクスたちの冷たい視線で、取り巻き認定されかけていたにも関わらず、セドリックは気付いてもいないようだった。
「二人は本当に仲良しね。でもね、セドリック。ご令嬢にそんなことを言ってはダメよ。セドリックだって、お父様に『これ以上ベアトリス王女を刺激するようなことを言うな』って、釘を刺されているでしょう?いくら気に入らなくても、『近づかれると気分が悪くなります』なんて女性に言うものじゃないわよ」
「私は香水の匂いを言っただけですよ。それに『同じ馬車は気分が悪くなるので遠慮します』と伝えただけです」
「もう。同じようなものよ。そんなことばかり言ってるから、『王女の前では話すな』と言われるのよ?」
(そうなのね……)
品位と規律にうるさいセドリックが、これまでオレーリアの前でベアトリス王女に嫌味を言わなかったのは、すでに王女を怒らせていたかららしい。
「セドリック、あなた話せないからって、これみよがしに、またベアトリス王女の前でハンカチで鼻を押さえたりしていないでしょうね」
(そんな小物まで使って?!)
物言わずして、嫌味を伝えていたようだ。
思わず、信じられないものを見る目でセドリックを見つめた。
「……あら。オレーリア嬢、こんな子でごめんなさいね。口は悪いけど、可愛いところもあるのよ?苦いものが苦手だけど、こうして頑張って紅茶も飲んでるし。本当はリンゴジュースが好きなのよ。ね、セドリック?」
(なんですって?!)
オレーリアの顔がパァッと輝く。
口元の笑みが抑えられない。
「セドリック様。無理しないでください。お砂糖を4杯も入れた紅茶より、リンゴジュースをお願いしましょう?あ、もちろん私も付き合いますよ。――宰相夫人、ジュースをお願いしてもよろしいですか?」
嬉々として尋ねたオレーリアに、宰相夫人が微笑む。
「本当にいいお友達ができたわね。良かったわね、セディ」
(セディですって?!)
ウッカリといった様子で呼ばれた愛称に、セドリックが苦々しい顔をしていた。
やがて運ばれたリンゴジュースを前に、オレーリアはセドリックに声をかける。
「とてもおいしそうなリンゴジュースですね、セディ様」
オレーリアの呼びかけに、セドリックが眉間に深いシワを寄せる。
(なんて楽しいのかしら!)
その苦々しい表情に、心は浮き浮きと弾んでいた。




