42.勝利の先に見える断罪
「あら、やっと――」
嬉々とした声が途切れ、ベアトリス王女の顔が強張る。
それを見た瞬間、震えるほどの喜びがオレーリアの体を走り抜けた。
(ざまあみなさいよ!)
ほほほほと高らかに笑ってやりたい衝動に駆られるが、ぐっと気持ちを抑え込む。
――もっと余裕を見せつけてやらねばならない。
「ごきげんよう、ベアトリス王女様」
落ち着いた声で挨拶をし、にっこりと微笑んでみせた。
オレーリアの微笑みに、ベアトリス王女は唇を噛み、悔しそうな表情を浮かべた。
思わず、口元が緩みそうになる。
今日、オレーリアは朝から気合を入れて身支度を整えていた。
いつもより早く起きて湯に浸かり、時間をかけて肌を磨いている。念入りに手入れをした肌は、内側から光を放つようだ。
艶やかさを増した髪を背中へと流し、メイクも濃く、華やかに仕上げた。
今日選んだドレスは長袖だ。
すでに腕の傷はかなり薄くなっているが、療養のための休学を取り消されないためにも、まだ腕を晒すわけにはいかない。
――だからこそ、ドレスはとびきり華やかなものを選んでいる。
上質な生地を贅沢に使ったドレスには、細やかな刺繍と小さな宝石がふんだんに施されている。
動くたび、無数の宝石が光を弾き、上品な輝きが揺らめく。
長い袖で腕を隠しながらも、首元や胸元、腰のラインは美しく見えるよう計算済みだ。
露出を抑えながらも、全体としてはむしろ大胆なほど華やかだった。
ドレスに合わせた装飾品も、ひと目でただものではないと分かる。
胸元を飾る大粒の宝石。
耳元で揺れるイヤリング。
指先を彩る指輪。
どれもローゼンベルク公爵家だからこそ手に入れられる、希少なものばかりだ。
窓から差し込む日の光を受けるたび、宝石がきらきらと輝いている。
今日のオレーリアは、息を呑むほどの美貌を見せている。
国中の貴族が集まる夜会でさえ、これほどまでに圧倒的な存在感を示す令嬢はいないだろう。
悪役令嬢は、自分より目立つ存在を決して許さない。
自分より美しく、自分より贅沢な装いを前にして、激怒せずにはいられないものだ。
ベアトリス王女は今、どれだけ悔しい思いをしているだろう。
「あら?ベアトリス王女様。顔色があまり良くありませんね。気分がすぐれないのですか?」
怒りで真っ赤になったベアトリス王女に、オレーリアは心配そうに眉を下げながら、胸元にそっと手を添えた。
大粒の宝石が陽の光を受け、きらりと強く輝く。
ベアトリス王女の視線が宝石に止まると、王女の握り込んだ手がワナワナと震え出す。
(相当悔しそうね)
思わず口元が綻んでしまいそうになる。
「今日は気分が悪いわ!フェリクス様、私、体調が悪いの!宮廷医に診てもらうから、今すぐ王宮まで送ってください。ディラン、テオドール、早くついてらっしゃい!」
真っ赤な顔で怒鳴ると、ベアトリス王女は荒々しく部屋を出ていった。
慌てて王女の護衛がそれに続く。
扉の向こうに響くヒールの音が消えると、部屋には心地よい静寂が広がった。
(最高だわ……!圧勝じゃない!まあ、私が本気を出せば、こんなものだけど)
閉じられた扉を、今日は笑顔で見つめる。
(テオも見てたわよね)
取り巻きとしてもさぞかし誇らしいだろうと、オレーリアはテオドールに視線を向け――そして固まった。
テオドールがオレーリアを見ていた。
その目がこれまでになく冷たい。
(……なに?なにが不満なのよ)
その視線に納得がいかない。
「――リア」
テオドールに呼ばれた声が低かった。
「……なによ」
(なに怒ってるのよ)
思わず怯んでしまう。
「今日はなんでそんな気合い入れた格好してんのさ」
「なんでって……」
『そんなの、ポッと出の悪役令嬢なんかに負けられないからでしょう?!』
――そう言ってやりたい。
言ってやりたいが、テオドールの目が怖い。
今日は機嫌が悪いようだし、余計なことは言わないほうが良さそうだ。
オレーリアの取り巻きは、時々反抗的な態度を見せるのだ。
悔しい気持ちに蓋をして、オレーリアは口を引き結んだ。
「オレーリア嬢」
さらに、ドライアイスのように冷ややかな声で名を呼ばれた。
恐る恐る視線を向けると、甘さなど微塵も感じさせない冷たい瞳が、オレーリアを射抜いた。
「そんな格好で、この後どこに行くつもりなんだ?」
フェリクスの声に温度がない。
部屋の空気まで張り詰め、寒さを越えてヒリヒリしていた。
(なによ。生徒会長として、生徒会室でこんなに着飾るのは気に入らないってこと?着飾ったって、ちゃんと仕事はできるのに)
そうは思うが怖くて言えるわけがない。
向けられる冷たい目に耐えきれず目を逸らすと、フェリクスの側に立つディランまでが険しい目をオレーリアに向けていた。
(まさか――)
まさか、悪役令嬢認定されたのだろうか。
派手なメイクに、贅を尽くした衣装と装飾。
それがヒーローたちに本来の役割を思い出させたのだろうか。
(ヤバいわ)
ヒーローの役割の一つは、悪役令嬢を断罪することだ。
ベアトリス王女より派手に着飾りたかっただけで、この後にどこかへ行く予定なんてない。
だが、予定もないのに着飾っているなんて言い訳にしか聞こえないだろう。怪しすぎる。
正直に『派手な装いで王女に勝ちたかった』などと言って、悪役令嬢みを出すのも危険だ。
――予定を作らなくてはいけない。
「今日は仕事を早く終わらせて、グランディエ宰相夫人に挨拶に行く予定でして」
「グランディエ宰相夫人?セドリックの屋敷に行くのか?」
オレーリアの告げた名前が意外だったのか、フェリクスがわずかに目を見開いた。
「……挨拶?」
だが、何かが引っかかったらしい。
フェリクスの視線が、オレーリアからセドリックに向けられた。
「セドリック。どうしてオレーリア嬢は、宰相夫人に挨拶に行くことになってるんだ?説明しろ」
声が冷たかった。
これまでセドリックに対して、フェリクスがそんな声でかけたことを聞いたことがない。
フェリクスに続いて、ディランまでがセドリックに冷たい目を向けた。
さらにテオドールまでが、セドリックを睨んでいる。
(どういうこと?――まさか)
まさかセドリックは、オレーリアの取り巻きに認定されてしまったのか。
派手に着飾る悪役令嬢と、つるむ取り巻きのセドリック。
それは明らかに誤解だ。
けれどセドリックは、三人に睨まれてもなお涼しい顔をしている。彼はこの状況を理解できていないらしい。
小さくため息をついただけだった。
(ちょっと。そんなふうに反抗的な態度取ってどうするのよ?早く言い訳しないと断罪されるわよ?)
見ているオレーリアの方がハラハラしてしまう。
(フェリクス様側にいる側近だからって油断しないで、もっと危機感を持ちなさいよ!……しょうがないわね)
「母がグランディエ宰相夫人に、先日、父と私がお邪魔したお礼の手紙を送りまして。そのお返事の手紙で、お屋敷に呼んでくださったんです」
「訪問?……ああ、国籍変更手続きの件か」
フェリクスの視線から、ドライアイスのような鋭さが消えた。
「はい。今日はローゼンベルク公爵家を代表してのお伺いですから。失礼のないよう、気合いを入れて来ましたの」
すかさず言い訳を重ねると、フェリクスの目が和らいだ。ディランとテオドールも納得したようだ。
冷たい空気が霧散した。
ホッと安心してセドリックを見ると、彼は何か言いたげにオレーリアを見つめていた。
(なによ。私は恩人よ?それに本当に宰相夫人にはお手紙もらったもの。『いつでも遊びに来てください』って書かれてたんだから、今日行ってもいいでしょう?)
「セドリック様。グランディエ宰相夫人をお待たせするのは失礼ですから。早く今日のお仕事を終わらせてしまいましょう?」
「……そうですね」
諦めたようにため息をついたセドリックが、書類に手を伸ばした。
「グランディエ宰相夫人には久しく会っていないな。私もオレーリア嬢と――」
そのとき、扉を叩く音が響いた。
フェリクスの言葉が途切れる。
扉が開き、ベアトリス王女の護衛が顔を見せた。
「フェリクス様、ベアトリス王女が馬車でお待ちです。ディラン様とテオドール様もお急ぎください」
護衛の表情にも、焦りが滲んでいた。
「フェリクス様、ベアトリス王女様はご体調が悪いようですから。お急ぎになられたほうがよろしいですわ」
そう声をかけて、オレーリアはフェリクスたちの退室を促した。
フェリクスは何か言いたげにオレーリアを見たが、やがて諦めたように扉へ向かった。




