41.さらに続く仁義なき戦い
「あら、やっと来たわね。オレーリア嬢ったら、昨日はずいぶん遅くまで生徒会の仕事を手伝っていたみたいじゃない。ふふ、点数稼ぎに必死ね。まあ今日もせいぜい頑張りなさい。私たちは帰るから」
会うなりかけられたベアトリス王女の声が弾んでいた。
今日の王女も、一点の曇りもないほどに機嫌が良さそうだ。
その晴れ晴れとした笑顔に、オレーリアの心が一瞬で冷える。
(……テオ。あなたちゃんと取り巻きとしての仕事はしてるんでしょうね)
思わず、キッと横目でテオドールを睨んだ。
オレーリアの睨みを受けて、心外そうな表情を見せたテオドールが、壁へ視線を送る。
その先には、役員に届く手紙の集計表が貼られていた。
今日の手紙の集計表を見ると、セドリックの欄が群を抜いて伸びている。
(ちゃんと仕事はしたようね)
今朝早く、テオドールの屋敷に届けさせたセドリック宛の手紙は、前回とは比べものにならない量だった。周囲にも協力してもらって、たくさんの手紙を用意したのだ。
手紙の束に添えた、テオドール宛ての手紙で言いつけた通り、朝一番で生徒会の箱に入れてくれたようだ。
だというのにベアトリス王女は、自分のものにならない男の価値が跳ね上がっていることに気づいていない。
(どこに目を付けてるの?悪役令嬢として、どんだけポンコツなのよ。もっと周囲に注意を向けて、ちゃんと苛立ちなさいよ!)
今日も全く悪役令嬢の仕事をしようとしないベアトリス王女に、込み上げる怒りで握った手が震えた。
そんなオレーリアを見て、ますますベアトリス王女が上機嫌になる。
「あら、図星かしら?ふふ。でも、その点数稼ぎは全く無駄ってわけじゃないわよ?学園の生徒たちは、あなたが遅くまで生徒会の仕事を手伝っていることを褒めてたみたいよ?私がちゃんと仕事をさせた甲斐があったわ。まあ、その点数稼ぎは、残念ながらフェリクス様には効かないけど」
勝ち誇ったように高らかに笑われ、オレーリアはぐっと奥歯を噛み締めた。
ギリ、と奥歯が鳴る。
(学園生にはもちろんだけど、フェリクス様への点数稼ぎなんかに、なんの得があるのよ!私は美貌も権力も財力も持つ、ローゼンベルク公爵令嬢なのよ?皆が羨むものは、すべて持ってるんだから!)
そう怒鳴りつけてやりたい。
だが、これ以上の怒りを見せては、ベアトリス王女をさらに勝利に酔わせてしまう。
これ以上、王女を喜ばせるわけにはいかない。
「まあ……学園の生徒たちが私を褒めてくださるなんて。それだけで十分光栄ですわ」
そう言って優雅に微笑んでみせた――はずだ。
「オレーリア嬢。昨日はいつもよりここを出るのが遅くなったようだな。今日こそは私も仕事に取り組もうと思う」
ベアトリス王女をドライアイスのような視線で一瞥したフェリクスが、オレーリアに気遣いの言葉をかけてきた。
だが――その言葉にさえ苛立ちが募る。
(その氷点下の眼、王女に全然効いてないじゃない!もっと気合い入れなさいよ!)
怒鳴りつけたい気持ちが抑えられない。
これ以上フェリクスの顔を見ていたら、感情のままに彼を怒鳴りつけ、不敬罪で断罪されかねない。
(本当に悪役令嬢って、断罪への道が近いわね)
自身の持つ宿命に、今日は絶望感さえ感じる。
それでも――ベアトリス王女の前で断罪などされれば、王女を喜ばせるだけだ。
(そんなことは絶対にさせないわ!)
悪役令嬢としてのプライドが、オレーリアを冷静にする。
「――いいえ、フェリクス様。セドリック様とのお仕事は、とても勉強になりますから。昨日も討論をしていて、時間が少し遅くなっただけですの。私のことは気にしないでくださいね」
フェリクスにそう静かな声で伝え、そのままテオドールに視線を送り、優しく微笑んだ。
『出ていきなさい!い・ま・す・ぐ・よ!』
穏やかな微笑みで、言外に怒鳴りつけてみせた。
テオドールは一瞬不満そうな顔を見せたが、オレーリアがさらに笑みを深めると、諦めたように小さく息をつく。
「フェリクス様、ベアトリス王女様もお疲れのようですし、そろそろ王宮に戻りましょう」
そう声をかけて、自らベアトリス王女の荷物を持ち、皆を部屋から連れ出した。
閉められた扉を睨むオレーリアに、セドリックが静かに問いかける。
「昨日ここを出るのが遅くなったのは、お茶会をしていたからではないのですか」
「お茶会しながら討論してたじゃない」
苛立ちが残るまま答えると、セドリックはそれ以上何も言わなかった。
『おしゃべりは討論とは言いませんよ』くらいは言うと思ったが、諦めたように小さく息をついただけだった。
「――さすがですね」
セドリックの呟きに、オレーリアはペンを走らせる手を止めた。
オレーリアが顔を上げたことに気づいたのか、セドリックが言葉を続けた。
「昨日手紙にまとめていただいた案件ですよ。とても正確で、わかりやすい。ありがとうございます。とても助かりました」
「いいえ。お役に立てたようでよかったです」
昨日の「手紙」は、オレーリアの役には立たなかったが、セドリックの役には立ったらしい。
「――ですが」
スッとかけていた眼鏡を上げる。
「今日の手紙は困ります。ローゼンベルク公爵様にも、私の父に関する案件は、直接父へ送ってくださるようお伝えください」
「あら?ご迷惑でした?」
キッパリと言い切ったセドリックに、オレーリアは首を傾げる。
今朝テオドールの屋敷に届けさせたセドリック宛の手紙は、周囲にも協力してもらって用意したものだ。
『セドリック様の人気を押し上げて、どうしてもベアトリス王女に嫌がせしたいの!お父様、お母様、手伝って!』
そう言って頼んだものだ。
オレーリアに激甘な父は、快くそれを引き受けて、朝までに何十枚もの手紙を用意してくれた。
セドリックに届ければ、グランディエ宰相にもすぐ伝わるだろうと、宰相に回すべき案件を手紙に書いていたらしい。
「……そうですね。通し番号を付けてくれてはいるのですが、番号が手紙にしか書かれていないので、封を開けるまで、父に渡すべき案件か分からないんです」
セドリックの声が疲れていた。
封筒は、オレーリアが宛名を書いたものを渡したので、手紙を開くまでは誰が書いたものかわからない。
今日の手紙は100通は軽く超える。
父の手紙を振り分けるのに、とても大変だったのだろう。
「それはお手間をおかけしました。うちの父がすみません。今度から通し番号は封筒に直接書いてくださるように伝えておきますね」
「今度から……?」
呟く声がやはり疲れている。
「ローゼンベルク公爵夫人にも、私の母への手紙は、直接母へ送って下さるようお伝えください」
「あら、母もセドリック様のお母様宛にお手紙書かれてましたの?」
母の手紙も、セドリック宛ではなかったらしい。
「そうですね……。『オレーリアと仲良くしていただいてありがとうございます』とお礼の言葉が書かれていましたよ」
ふう……とセドリックがため息をつく。
「あと、あなたのニナという名の侍女ですが」
「ニナがどうかした?」
セドリックへの手紙は、ニナにも頼んでいた。
「『お嬢様に屋台の食べ物をあまり食べさせないでください』と注意を受けましたよ。夕食をほとんど食べなくなったようではないですか」
「ニナの言うことなんて、聞かなくていいわ」
オレーリアはキッパリと、そう言い切った。
しばらくオレーリアの顔を見つめていたセドリックは、やがて息をつく。
「今日はあまり仕事が進みませんが、少し早く帰りましょう。早めに屋台に寄って、一つを分けて食べましょう」
「そうですね……。ニナは本当に怒ると怖いもの。今日は少しにしておくわ」
そう言って、オレーリアも小さく息をついた。




