40.悪役令嬢の仁義なき戦い
ベアトリス王女たちが出ていき、静かになった生徒会室でオレーリアは呟く。
「私の護衛の方が明らかに勝ってるのに、王女のあの勝ち誇った態度はなんなの?そもそも護衛自慢なんて、どうかしてるわ。護衛に勝ち負けなんてあるわけないじゃない」
静かな部屋にオレーリアの恨みごとが響く。
抑えていた分の怒りが、沸々と込み上げて仕方がない。
そんなオレーリアを、セドリックは何も言わずに見つめていた。
やがて口を開く。
「まあ確かに、相手の護衛に勝ったからと自慢するようなものではないですね」
その心底呆れたような声に、パッと怒りが霧散した。
「そうですよね!自慢にもなりませんよね!本当に、言いたいことが伝わらないなんて、どれだけ鈍感なのかって呆れるばかりですよね」
嬉々として返した言葉に、セドリックは黙りこむ。
そのまま書類にペンを走らせ始めたが、オレーリアは胸のすく思いだった。
(セドリック様もわかってるじゃない!)
機嫌良く書類にペンを走らせていく。
感情を乱されることなく取り組んだおかげか、いつもより仕事に集中できた。
最後の書類を終え、顔を上げて壁の時計を見ると、帰るにはまだまだ早い時間だった。
セドリックは、まだ書類にペンを走らせている。
(もう少し手伝おうかしら)
そう考えた瞬間、先ほど聞いたベアトリス王女の言葉が頭に蘇る。
『仕事なんてオレーリア嬢にさせればいいじゃない。これまでフェリクス様を散々振り回してきたんですもの。それくらいやらせて当然よ』
カッと頭に血が上った。
(私にさせておくですって?)
婚約者だった頃に、確かにフェリクスに執着して、彼を振り回してきたかもしれない。
でもそれは前世を思い出す前の話で、オレーリアはただ悪役令嬢としての役割を真面目に果たしていただけだ。
(ベアトリス王女も悪役令嬢のくせに、ヒロインをいじめないでどうするのよ。悪役令嬢の風上にも置けないわね)
悪役令嬢としての役割だけじゃない。
国の通商条約を控えた親善留学中の王女としての役割だってあるのに、それすら果たそうとしないベアトリス王女に言われたくはない。
(フェリクス様もフェリクス様だわ。新しいヒロインを早く見つけなさいよ。ヒーローとしての自覚が足りないんじゃない?あんな王女一人に振り回されて、生徒会長としての役割も全然じゃない。見た目ばっかり寒くて、ほんとヘタレなんだから)
考え出すと苛立ちが止まらない。
悪役令嬢の沸点は低いのだ。
一度は霧散した怒りがまた灯る。
(今日はもう、追加の手伝いはしないわ。ヒーローを安心させたりしないし、悪役王女のいいなりになんてなったりしないんだから)
そう決めて、今日はこれ以上の手伝いの申し出はしないことにした。
(今日は先に帰ろうかしら?)
いつもはセドリックに屋敷まで付き添ってもらっているが、昨日からはガゼルとカミラがいる。
階段だって、ガゼルの腕を貸してもらえば安心だ。
オレーリアは、今でも学園の階段が苦手だ。
階段を降りる瞬間、あの時と同じ光景に、いつでも階段転落事故を思い出してしまう。
思い出した瞬間、階段の下に吸い込まれそうになるのだ。
腕を借りて下りているうちに落ち着くのだが、手すりを掴んでいても、手汗で滑りそうで怖い。
ガゼルとカミラがいれば、毎日帰り際に立ち寄る屋台だって、二人に買いに行かせればいい。
(今日はここまでね)
帰ろうと立ち上がりかけて、ふと壁に貼られた紙に目が留まった。
それは女生徒たちから生徒会役員に送られる、手紙の集計表だ。
役員ごとに欄が分けられ、毎日届いた手紙の枚数が書き足されている。
オレーリアはじっと集計結果を見つめる。
(そうだわ)
「カミラ、ちょっと街に行って、手紙を入れる封筒を買ってきてくれる?できるだけ色んな色のものをお願いね。その制服で私の名前を出せば、いいものを見繕ってくれるから。私はもう少し生徒会のお仕事を手伝おうと思うの」
カミラに言いつけながら、さらに思いつく。
「そうだわ。ガゼルも一緒に行ってちょうだい。封筒ついでに、屋台で適当な物を買ってきてくれる?くれぐれも学園の生徒たちに見つからないように、ここに運んでね。帰ったらみんなでお茶にしましょう?」
その言葉にセドリックが顔を上げ、冷ややかな視線を送ってきたが、気づかないふりをすることにした。
言いたいことはわかっている。
『生徒会室はお茶会の場ではないのですよ。言動に品格を』
――どうせそんなところだろう。
セドリックを見ないまま、何か言ってくる気配がないか窺っていたが、セドリックは長くため息をついただけだった。
ここは見逃してくれるらしい。
(だったら、やっぱり少しくらい手伝ってあげようかしら)
そう考えて、部屋の片隅に山積みになった書類を手に取った。
サラサラと白い紙に文字を書き連ねていく。
「オレーリア様。こちらの封筒でよろしいでしょうか」
やがて、買い物から戻ったガゼルとカミラが、少し緊張した様子で、言いつけていた封筒をオレーリアに差し出した。
様々な色合いの、上品で紙質のいい封筒だった。
「いい封筒ね。十分よ」
そう言って、20枚ほどの封筒に『セドリック・グランディエ副会長様』と宛名を書き、その下に小さな文字で通し番号を振っていく。
そして、それまで書き綴っていた紙を、一枚ずつ順番に封筒へ入れていった。
それから、セドリックに声をかけた。
「セドリック様。こちらの書類について、各案件ごとに私なりに確認した内容をまとめてあります。この封筒の中に入れておりますので、また明日以降にご確認くださいね。読む時は通し番号順にお願いします」
部屋の片隅に置いてある箱に封筒の束を入れ、そして、壁に貼り出している集計表のセドリックの欄に、封筒の数を書き足した。
(自分のものにならない男の価値が上がっているのを見て、悔しがればいいわ)
そんなことを考えると、暗い笑みが口の端に浮かぶ。
ふと、セドリックが冷ややかな目をオレーリアに向けていることに気づいた。
「封筒の中身は、正式な書類ではありませんので。私が確認した内容をまとめただけです。別に取り入れてくれなくても構いませんが、一つ仕事を減らすことができればと思いまして」
「……読ませていただきます」
「セドリック様。絶対にベアトリス王女様の前で封を開けてはダメですよ」
念を押すオレーリアに、セドリックは面倒くさそうに頷いた。
翌日。
また嵐のようにベアトリス王女たちが立ち去った生徒会室の扉を、オレーリアは睨んだ。
今日のベアトリス王女は、終始ご機嫌だった。
『あら、やっと来たわね。さあ、あとはオレーリア嬢に任せて、私たちは帰りましょう?』
オレーリアを見るなりそう声をかけ、勝ち誇ったように笑っていた。
その高らかな笑いには一点の曇りもなく、ベアトリス王女がなんのダメージも受けていないことは明らかだった。
静かになった部屋に、セドリックの静かな声が響く。
「ベアトリス王女は、集計表にも目を向けてませんでしたよ」
(なんですって?!)
信じられない思いに、オレーリアは目を見開く。
(どれだけ鈍感なの!悪役令嬢なのに、嫌がらせに気付かないなんてどうかしてるわ)
「王女はどれだけ仕事をサボるつもり?」
「ベアトリス王女の仕事は、喚き散らすことが仕事ではありませんよ」
思わず心の声が出たオレーリアに、セドリックが呆れた顔を見せた。
だが、そうじゃない。
(悪役令嬢の仕事よ!怒りに任せて喚き散らすのが仕事でしょう?)
納得のいかないまま、オレーリアは口を尖らせる。




