38.悪役令嬢 vs. 悪役王女②
「フン、そんな制服を着たって、卑しい身分は隠せないわね。まあ……フェリクス様に婚約解消されたオレーリア嬢には、そのくらいがお似合いの護衛かもしれないけど」
「まあ!こんな素敵な護衛とお似合いだなんて。ありがとうございます」
(ずいぶん悔しそうね)
生徒会室に足を踏み入れるなり浴びせられた嫌味に、オレーリアは喜びを噛み締めた。
そして、穏やかに微笑んでみせる。
ベアトリス王女の鋭い視線は、オレーリアの隣に立つガゼルへ向けられていた。
ローゼンベルク騎士団の制服は、ガゼルにとてもよく似合っていた。
――それこそ、手放せば後悔しそうなくらいに。
漆黒の上質な生地に、襟元に施された繊細で美しい金糸の刺繍。
腰に差した剣の鞘に至るまで無駄なく洗練されたデザインは、公爵家の威光と圧倒的な財力を誇示している。
グラン王宮騎士団が誇る深紅の華美な制服とは対照的に、どこか重厚で、見る者を威圧するような雰囲気を纏っていた。
(やっぱり黒地にゴールドは最高ね。悪役令嬢の護衛は、こうでなくっちゃ!)
体格の良いガゼルが着こなすと、逞しさが際立って実によく映える。
そして、その隣に立つカミラも、同じ意匠の騎士服を身にまとっている。以前の、女生徒なのか侍女なのか曖昧なままの姿とはまるで違う、凛とした雰囲気が漂っていた。
スラリと伸びた背筋に、黒の騎士服がよく映えている。派手さはないのに、不思議と目を引く。
オレーリアの隣に立つと、その姿は驚くほど様になっていた。
二人が並んでいると、まさにローゼンベルク騎士団の護衛という感じがした。
その光景を目にしたベアトリス王女の表情が、わずかに強張る。
「さすがベアトリス王女様をお守りされていた護衛ですわね。ガゼルは、うちのローゼンベルク騎士団の中でも、群を抜いての実力者なんですよ。こんな護衛が側にいてくれるかと思うと、もう本当に心強くって。
ガゼル、これからよろしくお願いね」
オレーリアの言葉に、ガゼルが静かに頭を下げる。
「カミラもスラッとして背が高いですし、ローゼンベルクの騎士服がとても似合っていると思いませんか?よく気がつく子ですし、私の侍女も感心しておりますのよ?カミラも、とても頼りにしてるのよ」
オレーリアが微笑むと、カミラがサッと頬を染めた。
ワナワナと震えるベアトリス王女に、オレーリアはにっこり笑ってみせた。
「本当にありがとうございます」
感謝の言葉を重ね、さらに追い討ちをかける。
「……なによ。国の剣術大会で一度くらい優勝したくらい、なんだっていうのよ。私には、メルバ国きっての実力者のディランが付いてるのよ?オレーリア嬢もあんまり大きな顔しない方がいいわ。
どちらが上か、剣術試合でハッキリさせようじゃない。ディラン、わからせてやってちょうだい」
(なんかチンピラみたいなこと言ってきたわね。悪役令嬢って、こんな感じだったかしら?)
そんなことを考えながら、この場を傍観することにした。
ディランが、そんなベアトリス王女の言葉に動くわけがない。軽く流されて終わる話だろう。
そう思っていた。
だが、ディランは興味を引かれたように、ガゼルへ視線を向けた。
「そこまでの実力者なら、私も一度手合わせ願いたいところだな」
(はあ?何言っちゃってるの?!)
「ダメですよ」
ガゼルが答える前に、オレーリアは口を挟んだ。
そんな試合をさせるわけにはいかない。
ここは『氷冠の王子と翡翠の乙女』の世界だ。
ヒーローに次ぐ存在として描かれている、若き天才騎士のディランと真剣勝負をするなど、無謀もいいところだ。
「怪我をするといけないですから。ディラン様のお申し出は、お断りさせていただきます。ガゼルもダメよ。ディラン様と試合なんて、絶対に認めないわ」
強い口調でガゼルに言い聞かせると、ガゼルは心外そうな顔を見せた。
これまでオレーリアの言葉に従順な姿勢を見せていたガゼルだが、メルバ国の若き天才騎士と謳われるディランとの勝負は、彼にとって魅力的なのだろう。
それでも、意見を曲げるつもりはない。
「なんだ、あなたも分かってるじゃない!貴族の騎士と、卑しい平民上がりの騎士とじゃ、剣の腕が違うってこと」
「そうです。平民のガゼルが、クロムウェル伯爵家のディラン様と試合をする必要なんてありません。ガゼルは私の護衛ですから。試合は絶対に認めません」
勝ち誇ったように笑うベアトリスにも、オレーリアはキッパリと言い切った。
(腹が立つくらい笑うわね)
カッと苛立ちが湧き上がる。
――だが、そんな挑発に乗るわけにはいかない。
オレーリアは、ぐっと口を引き結んだ。
「ああ、今日は気分がいいわ。フェリクス様、王宮に戻ってお茶にしましょう?ほら、こうしてオレーリア嬢も、早く生徒会のお仕事をやりたそうにしていますし。ディランも行くわよ。テオドール、早く荷物を持ちなさい?」
ベアトリス王女に声をかけられたテオドールが、一瞬、不満そうな顔を見せ、オレーリアを見た。
『行・き・な・さ・い』
内心キレながら、テオドールに目で告げる。
オレーリアの怒りが伝わったのだろう。
諦めたように、テオドールがベアトリス王女のカバンを持って、「では帰りましょう」と声をかける。
「いや、オレーリア嬢が仕事をしているというのに、王宮など帰れるはずがない」
そこにフェリクスが冷たい声をかけた。
だが、今のオレーリアには、その言葉さえも苛立ちを募らせるだけだった。
(はあ?!この王女と一緒に仕事をしろっていうの?)
思わず手を固く握りしめながら、オレーリアは微笑んだ。
「いいえ。フェリクス様、お気になさらず。私も集中して早く終わらせたいと思っておりますもので」
「……そうか」
いつものように微笑んだつもりだが、声に怒りが滲み出ていたかもしれない。
悪役令嬢は、自分の感情のままに動いてしまうものなのだ。
オレーリアの微笑みを見て、フェリクスが皆を連れて部屋から出て行った。
扉を睨むオレーリアに、ガゼルが声をかけた。
低く、どこか固い声だった。
「確かに私の剣は独学なので、ローゼンベルク騎士団の剣に近づけるよう、精進いたします」
「なに言ってるの?」
かけられた声に、オレーリアはガゼルを見る。
「独学だからいいんじゃない。騎士団長も言ってたわよ。『見たこともない剣筋だから、動きが読めない』って。実戦に必要なのは、そういう強さじゃないの?その腕に期待してるんだから。やり方を変えてどうするのよ」
ガゼルが、わずかに目を見開いた。
「あなたの強さは規格外なんだから。ディラン様との試合はダメよ。ディラン様は第一王子のフェリクス様の護衛なのよ?もし万一大きなケガを負わせて、その責任を問われたらどうするの?」
ガゼルは何か言おうとしたようだが、オレーリアの勢いに押されて口を閉じた。
「ガゼル、あなたが断罪されて国外追放になんてことになったら、私が国外追放になった時に、誰が私を守ってくれるのよ」
「国外追放……?」
しっかりと言い聞かせると、ガゼルが戸惑いを見せた。
「あなたには、これからずっと私の護衛をしてもらうつもりなんだから。勝手にいなくなられたら困るわ。……なによ。返事は?」
さらに言葉を重ねると、セドリックがため息をついた。
「……そちらのほうの心配でしたか」
「え?それは、まあ……。国外追放されたら、貴族の私では無事生きていけるかわかりませんし」
「なんの話ですか。オレーリア嬢は、ガゼルではなく、ディランの方がケガをすると考えていたのですか?」
(まずいわ!)
側近仲間をバカにしたと思われただろうか。
あとで告げ口されては、王子の側近を侮辱した罪で断罪されてしまう。
悪役令嬢の前には、油断をすればいつでも断罪の道が開くものだ。
「まさか、そんな。いくら私の護衛が最強だからって、そんな不敬なこと考えるわけないわ。ディラン様の方が強いに決まってるじゃないですか。――あら?もうこんな時間ね。急いで仕事を始めないと、屋台が閉まってしまいますね」
いそいそと机の上に用意された書類の束を手に取った。
それでも見つめてくるセドリックに、オレーリアは念を押す。
「絶対に違いますから。告げ口はなしですよ」
迂闊な言葉で断罪されたくない。




