37.両国の事情
「もうほんと最悪。なんで休日の今日まで呼び出しなんだよ」
「今日も王宮に呼ばれてたのね。お疲れさま」
王宮帰りに顔を見せたテオドールに、オレーリアはハニーミルクティーを差し出した。
窓から差し込む夕陽に照らされ、赤みを帯びたミルキーベージュの髪が、美しいキャラメル色に輝いている。
「今日は少し香ばしくて甘い、キャラメル風味にしておいたわ。ハチミツもいつもより多めだから、疲れも取れるはずよ」
そう声をかけると、テオドールは嬉しそうに目を細めた。
トロリと甘いハチミツ色の瞳が、柔らかな光を帯びる。
(ほんとこの子、アイドル顔よね……)
テオドールの顔を見つめていたら、ふと、グランディエ宰相の言葉を思い出した。
「テオ、聞いたわよ。王宮のお茶会で活躍してるみたいじゃない。テオがベアトリス王女をもてなしてくれるおかげで、王女の暴挙もほどほどに抑えられてるって」
「もてなしてるって……フェリクス様もディラン様も黙り込んでるだけで、あの王女に返事も返さないから、仕方なく僕が話してるだけだろ。なんなんだよ、アイツら。『どうせ僕が相手するだろ』って、放置かよ」
「目に浮かぶわね……」
それは過去に見た光景だ。
フェリクスの婚約者だった頃、オレーリアもそんな氷の対応を受けていた。
あの頃のオレーリアと同じように、ベアトリス王女も(私を好きにならないはずがないわ!)と思い込んでいるのだろう。
――改めて思い出すと、とても痛々しい光景だ。
悪役令嬢に定められた運命とはいえ、少しだけ昔の自分が可哀想になる。
「まあ、でも。誰か一人でも話を聞いてくれる人がいた方がいいと思うのよ。もちろんテオは大変だと思うけど……王宮のお茶会で一人話してたなんて、後で思い出したときに寂しいじゃない」
オレーリアの時は、テオドールのように相槌を打ってくれる者はいなかった。だから今のベアトリス王女の方が、まだ救いがあると言える。
ベアトリス王女を庇うわけではないが、悪役令嬢に冷たく当たるのは、悪役令嬢くらいでいいと思うのだ。
オレーリアの言葉に、テオドールは一瞬黙ったが、やがて長く息を吐く。
そんな彼に労いの声をかけた。
「テオのこと、グランディエ宰相がすごく褒めてたわよ。場の空気を読むのも、口も上手いから、外交官に向いてるんじゃないかって。フェリクス様の側近候補にも上がってるみたいよ。良かったわね、第一王子の側近なんて出世じゃない。爵位も上がるかもしれないし」
「……爵位が上がるのは歓迎だけどさ。それでもフェリクス様といると、ほんと疲れるんだよ。あの人ずっと機嫌悪いしさ、王女はリアの悪口ばかりで鬱陶しいし」
テオドールの声が暗い。
よほど疲れているのだろう。
「まあまあ、私の悪口なんて聞き流しときなさいよ。それにベアトリス王女様の相手も、ずっとじゃないじゃない。留学期間は、メルバ国とグラン国が新しい通商条約を結ぶまでだそうね」
それはお昼のグランディエ侯爵家のお茶会の席で聞いた話だった。
今回の留学は、ベアトリス王女のワガママだけで決まったものではないらしい。
メルバ国とグラン国の関係を深めるための、親善留学という意味合いもあるそうだ。
だから王女を途中で帰国させてしまえば、グラン国に『メルバ国は今回の親善留学を歓迎していなかった』と受け取られる可能性がある。
両国の関係を考えれば、そう簡単に王女を追い返すわけにもいかないのだろう。
テオドールは大きくため息をついた。
「『締結が終わるまでは、できるだけ王女を刺激しないように』って、僕もグランディエ宰相にも言われてるよ。僕が話してれば、王女も少しは機嫌が直るから、よろしく頼むって」
「テオ、頼りにされてるじゃない。セドリック様もグランディエ宰相様に、『テオドールの外交力を少しは見習え』って言われてたわよ」
「ああ……あの人、フェリクス様たちよりもっとひどいよね。『氷の王子』以上に無愛想じゃん。ベアトリス王女に呼ばれないからって、全然関わろうとしないしさ」
「そう?」
(無愛想かしら?)
グランディエ宰相に諭されて、苦々しい顔をしたセドリックを思い出し、思わずおかしさが込み上げる。
「それよりさ、なんでベアトリス王女付きの護衛二人を拾ってきたのさ。ちゃっかりローゼンベルク騎士団にも入団したみたいだしさ。フェリクス様とディラン様も、セドリック様から経緯を聞いてびっくりしてたよ」
カップに口を付けたまま、テオドールが部屋の傍らに立つカミラへ視線を向けた。
「優秀な人物を引き抜くのは当然じゃない?ガゼルもカミラも、真面目な良い子だし。もし私が身分剥奪の上に国外追放されても、平民の二人が一緒なら何とかなりそうじゃない?」
オレーリアの言葉に、テオドールが咳き込んだ。
「なんでリアが身分剥奪された上に国外追放されるんだよ」
(分かってないわね)
確かに、メルバ国で影響力の高いローゼンベルク公爵の令嬢であるオレーリアが国外追放されるなど、普通に考えればあり得ない話だ。
だが、ここは『氷冠の王子と翡翠の乙女』の世界なのだ。
作中のオレーリアだって、自分が断罪され、国外追放される未来など想像していなかったはずだ。
テオドールは呆れた目でオレーリアを見ているが、何が起こるかなんて、最後まで分からない。
用心するに越したことはない。
「人生、予想もしないことは起きるものよ。まあ――明日は予想できるけど」
「……何する気さ」
胡乱な目を返されて、オレーリアは微笑む。
「ガゼルとカミラのね、ローゼンベルク騎士団の制服が仕立て上がったの。二人ともすごくうちの制服が似合うんだから。明日、学園にも護衛についてもらうつもりよ」
ガゼルとカミラがローゼンベルク騎士団に移籍したことは、すでにベアトリス王女の耳に入っているらしい。
王女は鼻で笑っていたようだが――
何より、ガゼルはグラン国の剣術大会の優勝者だ。
数日前までグラン国の護衛服を着ていた彼が、ローゼンベルク騎士団の制服を着て、オレーリアの護衛として付き添う姿を実際に目にしたら、王女はどれだけ苛立つだろう。
(悪役令嬢の考えることなんて、お見通しよ)
たとえ自ら捨てたものでも、それが価値あるものであれば、他人のものになるのは気に入らないに違いない。
(明日は大騒動間違いなしね!)
想像するだけで口元が緩んでしまう。
「ちょっとリア。そんなことしたら、またあの王女が暴れるの目に見えてるじゃん。せっかくリアと学園で会えても、一瞬で王宮行きになるだろう?」
「テオ、それは出世の道よ。頑張りなさい」
情けない顔をするテオドールに、オレーリアは満面の笑みでエールを送った。




