36. グランディエ侯爵家の彼
ガゼルとカミラを連れて帰ったその日のうちに、オレーリアの父ローゼンベルク公爵は、二人について徹底的な身元調査を行った。
ガゼルは平民ではあるものの、グラン国の剣術大会で優勝した実績がある。
その身元やこれまでの経歴についても、ローゼンベルク公爵家がグラン国に広く事業を展開していたこともあり、すぐに信用できる裏付けが取れたようだ。
本来ならば、ベアトリス王女の護衛任務を完遂することを条件に、留学を終えた後はグラン国の王宮騎士団に入る予定だったガゼルだが、今回の一件でその道は断たれてしまっている。
ガゼル自身も、もうベアトリス王女に仕え続けたいとは思っていないことを確認し、ローゼンベルク騎士団の入団試験を受けることになった。
結果は――あっさりと合格だった。
騎士団の屈強な騎士たちを次々と打ち負かす、その圧倒的な実力を前に、ガゼルが平民であることを理由に入団を反対する者はいなかった。
一方、カミラは騎士団に入団できるほどの実力ではなかった。
それでも、常にオレーリアの側に付き添う女性護衛としては十分な腕を持っていると認められたようだ。
オレーリア自身が推薦したこともあり、ローゼンベルク公爵の許可を得て、カミラは正式にオレーリア付きの護衛となることになった。
ガゼルは普段、ローゼンベルク騎士団の一員として活動するが、オレーリアが外出する際には、カミラとともに護衛として付き添うことに決まった。
だが、二人が正式にメルバ国側の人間としてローゼンベルク公爵家に仕えるには、まだ一つだけ問題が残っていた。
国籍だ。
そこで父は、すぐさまグランディエ宰相に話を通した。
本来なら、こうした手続きは王宮で行うものだが、今回の事情を知る宰相は、ベアトリス王女との関係をこれ以上こじらせる必要はないと判断したのだろう。
王宮でベアトリス王女と鉢合わせることなく手続きを済ませられるよう、休日に宰相が屋敷に招いてくれた。
必要な書類を揃え、ガゼルとカミラ本人たちの意思を確認した上で、国籍変更に必要な書類へ署名すればいいらしい。
ガゼルとカミラを連れて、オレーリアも父と一緒に宰相の屋敷へ向かうことになった。
そして次の休日。
オレーリアは父とともに、宰相の屋敷を訪れていた。
国籍の変更手続きは、思っていたよりも早く終わり、
二人は正式にメルバ国の人間として、ローゼンベルク公爵家に仕えることが認められた。
手続きが終わった後は、グランディエ侯爵夫人も交えて、皆でお茶をすることになった。
テーブルを囲むオレーリアたちの後ろには、ガゼルとカミラも並んで立っている。
「セドリック様、今日はいつもと感じが違いますね」
「そうですか?」
オレーリアが声をかけると、セドリックが視線を上げこちらを見た。
その拍子に、淡いイエローグリーンの髪がサラリと頬にかかる。
今日のセドリックは、髪を後ろで束ねず、そのまま下ろしている。
上着も羽織らず、シャツ姿だ。
しかも眼鏡まで外している。
余すことなく清涼感あふれる超絶美形を披露していた。
今日のセドリックは、いつもの近寄りがたさを感じさせない。
(『眼鏡を外すと超絶美人』ってよくある展開だけど、まさにそれね。この姿見たら、ベアトリス王女も大騒ぎじゃない?……まあ、眼鏡してても綺麗な人だけど)
今日顔を合わせた瞬間から、感じていたことだった。
「いつもそうしていたら、セドリック様へのお手紙も増えますよ」
生徒会室の片隅には、役員たちへの熱い想いが綴られた、女生徒たちからの手紙を入れる箱が置いてある。
オレーリアは書類仕事を手伝いに行くついでに、手紙を役員別に仕分けし、毎日の枚数まで集計して、生徒会室に張り出していた。
――前世で室内に張り出されていた、営業成績表のようなものだ。
圧倒的な格差を見せて手紙を集めるのはフェリクスだ。
この世界のヒーローとしての実力を、手紙の数でも見せつけている。
次いでディラン。
以前から女生徒に人気があることは知っていたが、フェリクスには及ばないものの、彼もなかなかの数の手紙を集めている。
わずかな差でディランに次ぐのが、テオドールだった。
新入りの生徒会役員ではあるが、アイドル顔の効果もあって、早くも人気を集めているようだ。
そして――
セドリックへの手紙は、極端に少ない。
ほぼないと言ってもいい。
多くの手紙に混じってセドリック宛のものを見つけると、オレーリアはすぐに本人へ届け、その様子をこっそり見守るが、手紙を開いてもセドリックは表情ひとつ変えることもない。
『これは以前注意した女生徒の反省文ですよ』
そう言って校則違反の始末書ファイルを取り出し、手紙をそこへ納めてしまう。
これまでセドリックに渡した手紙は、どれも恋文ではなかったのだ。
それを思い出し、かけた言葉だった。
「手紙なんてもらったところでどうするのです。それより、あんな手紙の集計表など、生徒会室に貼らないでもらえますか? あれを見て、ベアトリス王女の機嫌も悪くなるんですよ」
(やっぱり!)
思わず緩みそうになる口元を、オレーリアは慌てて引き締める。
自分だけのものにしたいと思っている男たちに、毎日のように届けられる手紙。
それを見て、ベアトリス王女が何も思わないはずがない。
オレーリアだって、フェリクスの婚約者だった頃に、彼宛ての大量の手紙を見れば、きっと苛立っていた。
同じ悪役令嬢で、しかも自分より沸点の低いベアトリス王女だ。
集計表を見て激怒するのは、当然だった。
(成功ね!)
嬉しくてたまらない。
けれど、そんな思いを顔に出すわけにはいかない。
「それは……申し訳ないことをしてしまいました。学園の生徒からの応援を、役員の皆さんに一目で伝えたかったのですが……」
そう言って、残念そうに眉を下げた。
「まあ、私は構いませんが」
(それもいいのね)
ふうん、と涼しげな顔をするセドリックを見つめる。
すると――
「セドリックったら楽しそうね」
グランディエ宰相夫人のにこやかな声がかかった。
「オレーリア嬢、いつもセドリックに良くしていただいてありがとうございます。セドリックからも、主人からも、お話は聞いておりますよ。
ベアトリス王女様が留学に来られてから、休日も仕事ばかりで、ずっと顔色が悪くて心配していましたが……オレーリア嬢がお手伝いに来てくださるおかげで、こうして顔色も戻りましたし。どれだけお礼を伝えても足りませんわ」
(セドリック様はお母様似よね)
白く透き通るような肌も、淡いイエローグリーンの髪も、涼しげな目元も、セドリックとそっくりだった。
何度か夜会で挨拶をしたことはあったが、こうして日差しの下で会っても、透明感のあるとても綺麗な貴婦人だ。
「いいえ、お礼なんて。私もお手伝いは毎日の楽しみですから」
「確かに毎日楽しそうですね。代わりにフェリクス様もディランもテオドールも、さらに疲れているようですが」
(それも知ってるけど)
セドリックの呆れ声に、オレーリアは微笑みを返しておく。
確かにフェリクスの『氷の王子』度は増している。
ベアトリス王女は気にならないようだが、部屋の中は日に日に寒々しい。
何を言っても返り討ちにされると分かっているはずなのに――ベアトリス王女は、オレーリアを見ると何か言わずにはいられないらしい。
オレーリアにやり込められるたびに、激昂するベアトリス王女を収集するのは、フェリクスたちの役目になっている。
フェリクスたちも疲れているのかもしれない。
そのうち出禁を言い渡されそうだが、今のところは生徒会の手伝いを止められることはない。
楽しめる時に楽しんでおこうと、毎日学園へは嬉々として向かっていた。
「それより、セドリック様。今日はお砂糖を二個しか入れていませんよ?今日は私の父も一緒ですが、どうぞいつものようにお過ごしくださいね」
(大人ぶらなくても大丈夫ですよ)とセドリックを見ると、オレーリアの気持ちは伝わったらしい。
苦々しい顔で、それ以上何も言うことなく口を結んだ。
「オレーリア嬢、セドリックと仲良くしていただいてありがとうございます」
「仲良く……?」
オレーリアたちの様子を見ていたグランディエ宰相夫人の言葉に、セドリックが眉をひそめていた。




