35.悪役王女付きカミラとガゼル②
カミラが最後の一口を食べ終え、フォークを皿に置いた。
ガゼルも、ケーキはとっくに食べ終えている。
それを見て、オレーリアは二人に声をかけた。
「二人とも災難だったわね。フェリクス様が、ベアトリス王女と素直に王宮に戻らなかったせいで――」
ふと、冷ややかな視線を感じた。
(ヤバいわ)
セドリックが静かにオレーリアを見つめていた。
その冷たい目が、『品格が足りませんね』と諭すどころか、『不敬です。処分が必要ですね』と告げているように見える。
「今のは間違いよ。仕事のし過ぎで疲れているのかしら……。言いたかったのは、そうじゃないの。『私が』ベアトリス王女様の機嫌を損ねてしまったせいね」
オレーリアは急いで、『悪かったのは私だ』と主張する。
「悪かったわね。でも、お父様に話せば何とかしてくれると思うわ。二人がグラン国へ戻れるように、取り計らってくれるはずよ。だから安心なさい」
二人にそう声をかけた。
オレーリアの父、ローゼンベルク公爵であれば、グラン国の王家といえど軽んじることはできないはずだ。
ローゼンベルク公爵は、グラン国でも手広く事業を広げている。ぞんざいに扱えば、グラン国側にも大きな不利益が生じることは明らかだ。
なんの落ち度もない護衛と侍女を、ベアトリス王女の元へ戻すくらい、造作もないことだろう。
だが、オレーリアの申し出に、ガゼルは静かに首を振った。
「――いえ。オレーリア様のご配慮には感謝しますが……ここで王女の元に戻ったとしても、また同じことが繰り返されるだけですから。こうなると最初から分かっていたことですし、ベアトリス王女様の処分は、このまま受け入れようと思います」
「そう……?まあ、なかなか大変そうな環境だし、そう考えてるなら止めないけど」
働く場所を選ぶのは本人の自由だ。
続けられないと思うなら、無理に続ける必要はない。
前世の自分だって、そこに気が付いていれば、社畜として人生を終えることはなかっただろう。
ガゼルに頷き、今度はカミラに視線を向ける。
「カミラは?あなたはどうしたいの?」
「……私も兄と同じ考えです。元々、兄が護衛に選ばれたことで、私もベアトリス王女様の付き添いとしてメルバ国へ来ることになったものですから」
「え、兄?ガゼルはカミラのお兄さんなの?」
初めて聞いた話に、オレーリアは軽く目を開いた。
改めてカミラとガゼルを眺めると、顔立ちは違うが、鮮やかな赤髪はよく似ている。
グラン国はこの髪色が多いと聞いていたので、まったく気がつかなかった。
「そうだったのね。お兄さんが先にベアトリス王女の護衛についていたのね。――ガゼルは、ベアトリス王女の護衛についてから長いわけ?」
オレーリアはふうん、と頷き、今度はガゼルに問いかけた。
「いえ。今年の剣術大会で優勝したことを受けて、今回のベアトリス王女の出国に付き従うことになりました。元々、ベアトリス王女専任の護衛ではありません。この留学中、王女の護衛を務め上げたら、グラン国の王宮騎士団に入ることが約束されていたのです。……ですが」
そこで、ガゼルの表情が曇る。
「最後まで務め上げるのは、難しいだろうと思っていました」
「そうなの?」
(まあ、そうでしょうね)
オレーリアは頷く。
悪役令嬢への耐性がある生徒会役員たちさえ手こずらせる相手だ。そんな相手に、耐性のない者が付き従うのは、なかなか難しいだろう。
「ベアトリス王女の護衛は、私が見ただけでも五人は代わりましたよ。皆、すでにグラン国に返されてますが」
「え!五人?!ガゼルで六人目ってこと?!それは……最強ね」
(私より悪役令嬢じゃない)
「私だって護衛を巻くことはあっても、辞めさせたことなんてないのに……」
「護衛を巻いたんですか?」
思わず呟くと、セドリックに呆れた声を返された。
「だってニナが、『買い物しないように』ってすぐ護衛を付けるんですよ?『テオが付いてるから大丈夫』って言ってるのに、ずっと後ろをついてくるんですもの。だから、ちょっと撒いて……」
「ああ……」
屋台の買い食いの話だと気付いたのだろう。
セドリックはそれ以上何も言わなかった。
「……あら?待って。ガゼル、あなた剣術大会で優勝したの?あの、グラン国主催の大会?」
「はい。今年が初出場になりますが」
ガゼルの答えに、オレーリアは軽く目を開く。
「そうなの?初出場で優勝なんて、相当な実力者じゃない。ベアトリス王女の護衛を止めるなら、うちの騎士団に入ったら?グラン国王宮騎士団ほどじゃないけど、うちのローゼンベルク騎士団もメルバ国ではそこそこ名が知れているはずよ」
「ローゼンベルク騎士団は、グラン国でもよく知られています。ですが……」
ガゼルが戸惑いを見せていた。
「移籍の手続きなら、お父様に頼めば――」
「オレーリア嬢。ガゼルはベアトリス王女の護衛を外されたとはいえ、グラン国の人間です。しかも剣術大会の優勝者ともなれば、そう簡単に引き抜きの話を持ちかけるものではありませんよ」
言葉を遮ったセドリックを、オレーリアは見つめた。
「それはもちろん分かってますよ。実力者だからこそ、裏切りは怖いもの。私にできるのは、お父様に話して、試験を受ける機会を作ることくらいです。最終的に決めるのはお父様ですから。能力がある者は、引き抜かれる権利があってもいいと思いませんか?」
(私だって前世、誰かに引き抜いてもらいたかったわよ)
そんなふうに思ってしまう。
「まあ……それならば。ローゼンベルク公爵が判断するでしょう」
セドリックは諦めたようにため息をついた。
「それで?ガゼルはどうしたいの?もちろん、あなたが嫌ならそれはそれでいいわよ。もしローゼンベルク騎士団に入団することになれば、私の護衛をすることもあるだろうし。私の護衛も、ニナに怒られて可哀想な時があるもの。よく考えたらいいわ」
「私には本当にもったいないお話です。ですが……私にはローゼンベルク騎士団の入団試験を受ける資格もないのです。私は……貴族の身分を持たない、平民ですから」
「え!!」
驚きの声が出た。
ガゼルも、そしてカミラも平民らしい。
(なに?平民なのに王族の護衛や付き人を務めてたわけ……?!)
「あなたたち……平民ってことは、屋台の物も普段から食べてるわけ?」
少し口調が強くなってしまったせいだろうか。
カミラが肩を震わせた。
「屋台は平民にとって身近な店ですから……」
「まあ!!身近な店ですって?!」
これまで、オレーリアの周りにそんなことを言った者がいただろうか。
皆、口を開けば『屋台の物など』と貶す言葉しか言わない者たちばかりだった。
ガゼルやカミラがオレーリアの護衛や侍女になれば――二人とも文句も言わずに屋台に買い付けに行くだろう。
(……あら?)
剣術大会で優勝したガゼルがベアトリス王女の護衛に抜擢されたことは分かる。だが、護衛の妹だからといって、平民を王女の付き添い人として付けるなんてことがあるだろうか。
昨日の様子を見る限り、カミラはお茶ひとつ淹れるのにも手際がいいとは言えなかった。
(もしかして……)
「カミラ、あなたも騎士なの?護衛としてベアトリス王女に付いてたわけ?」
「いいえ。私は平民の女なので、剣術大会の出場資格さえなく、騎士にはなれないのです。剣は扱えますが、気休め程度の護衛として、ベアトリス王女に付き添わせていただいていました」
「まあ!」
(街を一人で歩くくらいなら、十分じゃない!)
これなら、屋台への買い付けくらい、カミラ一人で行けるだろう。しかも剣まで扱えるなら――
「ちょっとあなたたち。今日はこのままうちに来なさい。ガゼル、騎士団の入団試験でしっかり実力を見せなさい。それからカミラ、あなたも一緒に試験を受けなさい。ある程度の実力があれば、私の専属護衛になってもらうのもいいわね」
「えっ……」
目を見開いた二人に、オレーリアは満面の笑みを向ける。
「セドリック様。今日のお仕事は終わりましたし、甘いものも食べましたから。さあ、帰りましょう」
「あなたという人は……」
そう答えながらも机の上を片付け出したセドリックは、オレーリアの帰りに付き合ってくれるようだ。




