32.悪役令嬢 vs 悪役王女
翌日、約束の時間に学園に向かうと、生徒会室に続く階段の下にセドリックが立っていた。
「セドリック様。迎えに来てくれたんですか?」
(まさか――待ちきれなかったの?)
セドリックは、どれだけオレーリアの手伝いを期待しているのか。
(こうして待っている間にできる仕事もあるでしょう?ぼんやりしてるくらいなら、手を動かしなさいよ)
思わず前世社畜だったころの感覚が走りぬける。
「セドリック様の貴重なお時間を使っては、本末転倒ですから。わざわざ迎えに来てくださらなくても大丈夫ですよ」
「オレーリア嬢が、今何を考えているのかは分かりますが。違いますよ」
セドリックは、呆れたように小さく息を吐いた。
「私はテオドールに迎えに行くよう声をかけたんです。だというに、あの女が……」
セドリックの眉間に深い皺が刻まれ、唸るような声が低く漏れる。
(ベアトリス王女が、私への迎えを止めたのね)
何も言わなくても状況が読めた。
昨日のベアトリス王女の様子を見る限り、王女はフェリクスだけではなく、見目のいいディランとテオドールも気に入っているようだった。
彼らをオレーリアに関わらせたくないのだろう。
セドリックも超絶美形だが――性格に問題がある。
小言が多い。多すぎる。
ベアトリス王女が彼を引き留めなかったのは、おそらく、その小姑感が気に入らないのだろう。
(……可哀想に)
一人だけ王女のお気に入りになれなかったセドリックを、オレーリアは思わず憐れんだ。
「あなたは貴族令嬢として、その品格のない考えが顔に出ないように気をつけなさい」
セドリックの声が冷ややかだった。
(顔に出ていたかしら?)
オレーリアが自分の頬に手を当てると、セドリックはなんとも言えない顔をした。
それでも何も言わず、腕を差し出してくれる。
階段を上るのに、手を貸してくれるらしい。
階段を上りながら、セドリックに話しかける。
「昨日の王宮でのお話、聞かれました?ベアトリス王女は、皆さんをとても気に入られているようですね」
王宮帰りに屋敷に立ち寄ったテオドールから聞いた話を思い出し、オレーリアは思わずふふふと笑ってしまう。
昨日、自分に徹底的にやり込められたことが、よほど悔しかったらしい。
ベアトリス王女は、王宮でかなり怒っていたという。
『婚約時に、フェリクス様があの女を無視していたのも当然よ!あんなに意地が悪い女、見たことはないわ!』
『フェリクス様も、あなたたちも。絶対にあんな女と関わらせたりしないわ!』
皆の前でそう喚いていたらしい。
フェリクスの否定の言葉も、王女には届かなかったという。
そんな話をするテオドールの声には苛立ちが滲んでいたが、オレーリアはただただ楽しかった。
(そんなに怒っているなんて……ちょっと楽しいじゃない)
嫌いな者を排除したくなるのは、悪役令嬢のサガだ。
おそらく言動からして、ベアトリス王女は新しい悪役令嬢なのだろう。
悪役令嬢のオレーリアだからこそ、それが肌で感じられる。
(悪役の王女に勝つなんて、私ってどれだけ強い悪役令嬢なのよ)
そう思うと、笑いが込み上げて仕方がない。
ふと視線を感じた。
セドリックが、じっとこちらを見ている。
(……また顔に出ていたかしら?)
オレーリアは慌てて口元を引き締めた。
「私が生徒会室に現れたら、また今日もベアトリス王女を怒らせてしまうかもしれませんね」
「まあ……そうかもしれませんね。ですが、オレーリア嬢が王女に気分を害されないなら、私はいいと思いますよ」
オレーリアが眉を下げ、困ったように呟いてみせると、セドリックは嫌味を言うことなく、あっさりと返してきた。
(そこはいいのね)
ふうん、とセドリックを見上げる。
涼しげな顔をするセドリックが、何を考えているのかは読めない。
けれど、王女に関しては、どうやらオレーリア側についてくれるらしい。
――未来の宰相候補が味方なら、頼もしい。
「今日はベアトリス王女に、何を尋ねようかしら?『屋台の出店規制緩和による、都市の経済活性化』についての考えを伺ってみようかしら」
王女がどこまで答えられるか、少し楽しみだ。
「……あら。でも『主要都市の経済発展について』の方が難しく聞こえるわね」
オレーリアが何気なく呟いた瞬間、隣からセドリックが咳き込んだ。
「それは……なかなか良いテーマですね。私も機会あれば父に提案してみましょう」
(この人もこんなふうに笑うことあるのね)
思わずじっとセドリックの顔を見つめてしまう。
(……あら?)
昨日よりセドリックの顔色がいい。目の下のクマも、心なしか薄くなっていた。
「セドリック様。今日は少し疲れが取れているように見えますね。やっぱり、お仕事後の甘い物は大事ですよね」
そんな声をかけながら、機嫌よく生徒会室へと向かった。
「まあ!オレーリア嬢ったら。今日は呼ばれてもいないのに、また来たの? ここは神聖な生徒会室よ? 役員でもないあなたが、用もないのに勝手に入ってきていい場所じゃないのよ?」
(来たわね!)
生徒会室に入るなりかけられた声に、心が弾む。
「ベアトリス王女様、ごきげんよう。実は当面の間、生徒会のお仕事のお手伝いをすることになりまして。ベアトリス王女様とご一緒にお仕事ができること、とても光栄に思います」
オレーリアは満面の笑みで、ベアトリス王女に挨拶を返した。
「オレーリア嬢。今日はこちらをお願いします」
セドリックに声をかけられ、手渡された書類の束を受け取る。
ざっと目を通すと、昨日に引き続き予算集計表だった。
今日も数字がびっしりと並んでいる。
(昨日の続きね)
オレーリアは書類を手にしたまま、ベアトリス王女へ視線を向けた。
彼女が腰掛けているソファーへ歩み寄り、声をかける。
「王女様、こちらでご一緒してもよろしいでしょうか?」
「まあ――いいけど」
嫌そうな素振りを見せながらも、ベアトリス王女は頷いた。
その口元に、微かな笑みが浮かんでいる。
まるで、これからオレーリアがどんな失敗をするのか、楽しみにしているような笑みだった。
(私が本当に仕事ができるのか、見てやろうってところかしら)
悪役は悪役の考えることがわかるのだ。
オレーリアはベアトリス王女の隣に腰を下ろし、改めて書類へ目を落とした。
「まあ、今日の書類は昨日より難しいわ……」
困ったように眉を下げながら呟くと、ベアトリス王女の笑みが深まった。
思わず、つられるように口元が緩みそうになる。
けれど、慌てて引き締めて、一枚の書類をベアトリス王女へ差し出した。
「ベアトリス王女様。こちらなんですけど……これは、こちらとこちらを合わせた数字でいいのかしら?」
「そうよ。そんなことも分からないの?」
「さすがベアトリス王女様ですね」
オレーリアは感心したように頷いてみせた。
「そんなことも分からないで手伝いを申し出るなんて、足手まといなだけよ」
嫌味を軽く聞き流し、オレーリアは再び書類に目を落とした。
指先で紙を押さえながら、しばらく数字を追う。
そして、首を傾げた。
「あら?でも……そうすると、こちらの数字と合わなくなりますね」
「……それは――」
「……あ、こちらは別計上なんですね。では、こちらは先ほどの数字と合わせればいいのかしら?」
「ええ、そうよ」
「なるほど……。あら?そうすると、今度はこちらがおかしくなりますね」
「…………」
また別の箇所を指差すと、とうとうベアトリス王女が黙り込む。
隠しきれない口元の緩みを手で隠し、オレーリアは書類へ視線を戻した。
(なんて楽しいのかしら!)
今日も悪役令嬢としての格の違いを見せつけることができたようだ。
そう満足したところで、オレーリアは気持ちを切り替える。
(さあ、早く終わらせて屋台に行かなくちゃ)
改めて書類に向き直り、オレーリアはペンを手に取った。




