29.さらなる勝利
「それでは先ほどの続きですが――」
「もういいわ」
さらに追撃するオレーリアの言葉を、ベアトリス王女が遮った。
オレーリアは完全勝利を噛み締めながら、「そうですか」と、眉を下げて残念そうに微笑む。
一瞬悔しそうな顔を見せたベアトリス王女は、気を取り直したように今度はオレーリアの全身に目を走らせた。
「オレーリア・ローゼンベルク公爵令嬢は華やかな美女だって聞いていたけれど、ずいぶん噂と違うのね。ドレスもお化粧も、思ったよりずっと地味だわ。ずいぶん慎ましいご趣味なのかしら」
今度は衣装に目をつけたようだ。
(甘いわね)
グラン国の王女との面会を意識して選んだドレスだ。
礼を尽くすつもりで選んだ一着が、功を奏したようだ。
「確かに今日のドレスは落ち着いたデザインですが……この生地の風合いが、とても気に入っているんです。今度の夜会では、こちらの生地でドレスをあつらえようと思っています」
落ち着いて答えると、ベアトリスが吹き出した。
「まあ、そんな質素な生地で夜会へ? 見る目がないのね。少なくとも王女の前へ着てくるようなものではないわ。失礼なくらいよ」
「まあ……」
オレーリアは自分の袖口へそっと視線を下ろした。
「こちら、グラン国から取り寄せた織物なんです。父が『グラン国の織物はこれから必ず価値が上がる』と申して、試験的に輸入したものなのですが……」
少しだけ困ったように微笑む。
「父も『グラン国の織物は本当に素晴らしい』と、とても喜んでおりましたのに……」
オレーリアは袖口を見つめたまま、小さく呟いた。
「王族の方に失礼があるなんて……急いでお父様にもお伝えしないといけないわ……」
「えっ……」
オレーリアの呟きに、ベアトリスの顔色が変わった。
瞬間、込み上げた抑えきれない喜びに、緩んだ口元を隠すようにオレーリアは深く俯いた。
ローゼンベルク公爵家は、グラン国にも手広く事業を広げている。
オレーリアの呟きは、グラン国の織物産業に少なからず影響を落とすことを意味する。
(財力があるって最高ね……!)
震えるほどの喜びを噛み締めていた。
「……まあ、織物自体は悪くないわ。質素ではあるけれど、そういう趣味もあるのでしょうね。オレーリア嬢が気に入ったなら、ドレスをあつらえてもいいんじゃないかしら。ローゼンベルク公爵も、気にせずその生地を輸入したらいいわ」
「ベアトリス王女様のご意見をぞんざいに扱うことなど、畏れ多いことです。王女様の率直な感想に、父も参考になるときっと喜びますわ」
にこやかに返した途端、ベアトリス王女の顔が強張った。
(もう十分ね)
オレーリアはカップに手を伸ばし、一口紅茶を口に含むと、勝利の味が広がった。
「まあ……おいしい。ベアトリス王女様の紅茶はとてもおいしいですね」
そう言って優雅に微笑んでみせた。
「……今日は疲れたわ。フェリクス様、今日はもう帰って一緒にお茶をしましょう?」
「ベアトリス王女、私は生徒会の仕事がある。護衛も付いているのだから、帰るなら先に帰ればいい。私はオレーリア嬢を送ってから、仕事に戻る」
甘さなど微塵も感じさせない、深く沈んだビターブラウンの瞳が、ベアトリス王女を静かに見据えていた。
その視線は冷ややかだ。
「どうしてフェリクス様がこの女を送る必要があるのですか?まさかオレーリア嬢は、婚約解消されたというのに、いまだにローゼンベルク公爵家の威光をかざして、フェリクス様にご迷惑をかけているのですか?」
「オレーリア嬢は、生徒会が招いた貴賓だ」
簡潔に告げた言葉が冷たい。
それにフェリクスの視線が冷ややかさを増している。
氷原のように冷たいペパーミントグリーンの髪が、生徒会室の空気さえも凍らせそうだった。
(寒いわ……)
だが、ベアトリスはそんな寒さも気にならないらしい。
「オレーリア嬢が一人で帰れないなら、私の護衛に送らせればいいじゃない。とにかく、私はフェリクス様と帰りたいの。私の護衛がいるから送れないっていうなら、護衛をクビにするって言ってるじゃない!」
(すごいわね)
エンディング後の悪役令嬢は、どうやらオレーリア超えのようだ。
思わずベアトリスの護衛に視線を向けると、彼は表情ひとつ変えることなく立っている。ベアトリスに付いている女生徒も同じだ。
フェリクスやディランも、苦々しい顔をしているものの、驚いた様子は見せない。テオドールも『またか』と言いたげに、ウンザリした顔をしていた。
(こういうとこなのね)
悪役令嬢慣れしているはずの生徒会役員たちが、ベアトリス王女を持て余すのは、他の者を盾に取るからだろう。他国の護衛とはいえ、理不尽に切り捨てられるのを黙って見過ごすことはできないようだ。
「私は家の馬車を待たせているので、お見送りは大丈夫です。護衛は必要ないので、どうぞお構いなく」
(大変そうね)とどこか他人事のように思いながら答えると、ベアトリス王女が目を細めた。
「ほら、オレーリア嬢もそう言ってるじゃない。彼女は一人で大丈夫よ。ディラン、テオドールも行くわよ。あなたたちも一緒にお茶を飲めばいいわ」
(私を惨めな気持ちにさせたいんでしょうけど……浅はかすぎて、仕返しのしがいもないじゃない)
少し残念な気持ちで、「皆さん、行ってらっしゃい」とオレーリアは微笑んだ。
オレーリアの言葉に、フェリクスは少しだけ考えるように目を伏せ、やがて小さく息をついた。
これ以上ここで言い争っても埒が明かないと判断したのだろう。
「オレーリア嬢、すまない」
そう言って皆で生徒会室を出ていった。
部屋を出る前に、もの言いたげなテオドールと目が合う。
オレーリアは『頑張ってね』と口の形だけで伝えた。
誰もいなくなった生徒会室に静寂が訪れた。
「なかなか面白い人だったわね……」
「そういうことは迂闊に口にするものではないですよ」
「あら……いらっしゃったのですね」
皆が出て行ったものと思っていたオレーリアは、その声に肩を震わせた。
声をかけてきたのは、書類にペンを走らせるセドリックだった。
あまりに静かで、そこにいたことすら気づかなかった。
机の上には書類が積み上げられている。皆がオレーリアたちへ気を取られている間も、一人で仕事をしていたのだろうか。
「セドリック様。早く追いかけないと、置いて行かれてしまいますよ」
「なぜ私が、あのような品格のかけらもないような者について行かねばならないのですか?」
セドリックはペンを止め、苛立たしげに顔を上げた。
(私以上に迂闊なこと言ってるじゃない)
淡いイエローグリーンの、セロリ・ゴールドカラーの髪色をしたセドリックが、苦々しい顔でため息をついている。




