28.ベアトリス第三王女
テオドールから話を聞く限り、ベアトリス王女はなかなかクセの強そうな人物だった。
我儘放題に育てられた王女らしく、自由勝手な振る舞いで周りを振り回しているらしい。
テオドールだけではなく、生徒会役員たちも、我儘な人に振り回されるのには慣れていそうなものだが、相手が他国の王女であっては、オレーリアのときのようにぞんざいに扱うことは難しいのだろう。
『今日王女がこんなこと言っててさ〜』とウンザリした顔で話すテオドールの愚痴話は、毎日のちょっとした楽しみだった。
あり得ない言動も、他人事であれば面白いものだ。
――そう思っていたのだが。
ある日、学園長を通じて、王家からベアトリス王女との面会を求められた。
報告会では、生徒会役員と並んで、オレーリアの名も研究協力者として公表されていた。
さらにフェリクスが、今回の研究成果はオレーリアの協力なくしては成し得なかったと、報告会で何度も口にしたらしい。
その話を聞いたベアトリス王女は、オレーリアとの面会を望んだようだ。
けれど、テオドールからの話を聞く限り、ベアトリス王女は純粋に学びたいという気持ちだけで留学を申し出たわけではないことは明らかだ。
(フェリクス様の元婚約者が、どんな女か見てみたいってところかしら?)
学園長から届いた手紙を眺めながら、ふうん、とオレーリアは思案する。
形式上は学園長からの依頼だが、実際は王家からの要請だった。
面倒だと思う反面、あれほどテオドールを嫌がらせる相手に興味もある。
(まあいいわ。ちょっと面白そうだもの)
そう考えて、了承の返事をしたためた。
◇
「あなたがオレーリア・ローゼンベルク公爵令嬢ね。噂は聞いてるわ。報告会の研究では、元婚約者なのにフェリクス様に協力してくれたそうじゃない。私からもお礼を言うわ。……なんだかあなた、聞いていたより、ずいぶん地味なのね」
「はあ……」
顔を合わせるなりかけられた言葉に、オレーリアは上の空で答える。
久しぶりに登校した学園の、生徒会室にその人はいた。
オレーリアの目の前に立ち、値踏みするようにこちらを見るのは、グラン国のベアトリス第三王女だ。
(この人がベアトリス王女……)
まばゆい金髪に、エメラルドグリーンの瞳。
絵に描いたようなお姫様の色だ。
けれど、『氷冠の王子と翡翠の乙女』の登場人物のような、スイーツやフルーツを思い出させる色ではない。
(エンディングの報告会は終わったはずなのに……まさか、物語はまだ続いている?それとも、この人がヒロインの代わりになるの?……ヒロイン?この王女が?)
テオドールから話は聞いていたが――
実際に目にしたベアトリス王女は、予想を上回るほどに濃い化粧に豪奢な衣装をまとっていた。
贅を尽くした物だと一目で分かる。
あまりにも派手すぎる。
矢継ぎ早にかけられる言葉など、ほとんど耳に入らなかった。
(ヒロインの代わりにしては、ちょっと悪役令嬢みが強いかも?)
そんなことを考えていたからだろうか。
ベアトリス王女がさらに言葉を重ねる。その声には、苛立ちが滲んでいた。
「ちょっと、あなた聞いてるの?こんなぼんやりした人が、本当にあの立派な研究の協力者なのかしら?……まさか公爵家の権力を使って、フェリクス様に協力者として名前を連ねさせたんじゃないでしょうね。そうじゃないなら、研究テーマについて何か言ってみなさいよ」
「ベアトリス王女。それはさすがに言い過ぎだ。オレーリア嬢は……」
「いえ、フェリクス様。王女様の前で失礼な態度を取った私の方が悪いですから」
間に入ったフェリクスを、オレーリアは静かに断った。
わざわざ庇ってもらうほどのことではない。
「ベアトリス王女様、ご挨拶が遅れました。私は、オレーリア・ローゼンベルクと申します。グラン国のベアトリス王女様にお目にかかれて光栄です」
オレーリアは貴族の礼を取り、微笑んだ。
「研究テーマについてお話しする機会をいただき、ありがとうございます。『領地間の流通』は『国家間の流通』にも通じる話ですから。ベアトリス王女様とこうして学術的なお話ができるなんて、光栄ですわ」
ほほえみを絶やさず、オレーリアは小首を傾げた。
「――では、折角の機会ですのでお伺いしても? 我が国とグラン国の国境における『通行税の減免と、関所手続きの簡略化』についてですが」
「……は?」
ベアトリス王女の赤く塗られた唇がぽかんと開く。
「国境の流通を改善するには、関所手続きの簡略化だけでなく、通行税の減免も必要になるかと思います。ですがその場合、減ってしまう税収をどのように穴埋めするかという課題も生じてしまいますよね?グラン国王家では、その点をどのようにお考えなのでしょうか」
オレーリアの言葉に黙り込んだベアトリスを見て、内心で歓喜する。
(やってやったわ!)
オレーリアだって、『氷冠の王子と翡翠の乙女』の名脇役を務めた悪役令嬢だ。ぽっと出の悪役令嬢に、簡単に負けるわけがない。
「学んできた研究テーマを話し合えるなんて、とても嬉しいです。ぜひベアトリス王女様のご意見を伺いたいですわ」
さらに追い討ちをかける。
やるなら徹底的に仕返ししたくなるのが、悪役令嬢のサガというものだ。
一息つこうと口を開く。
「すぐにお茶を――あら?」
『お茶をご用意します』と声をかけようとして、ここが自分の屋敷ではないことを思い出す。
「こちらではお茶はご自身で淹れるのかしら?」
初めて入った生徒会室だ。勝手が分からない。
部屋を見回すと、ベアトリス王女が口の端を上げて笑った。
「生徒会室ではお茶はご自身で淹れることを、オレーリア嬢はご存知ないのね?……あら、ごめんなさい。オレーリア嬢はフェリクス様の婚約者だった頃から、この生徒会室への入室は認められなかったそうですね。今日が初めての入室ですもの。ご存知ないのは仕方がないわ。もしかして……ご自身でお茶を淹れたこともないのかしら?」
「え……!ベアトリス王女様は、お茶をご自身で淹れることも?」
目を見開いて答えたオレーリアの返事に、ベアトリス王女が小馬鹿にしたように笑う。
「淑女のたしなみよ。当たり前でしょう?昨日だって私がフェリクス様のためにお茶をお淹れしたのよ?」
(自慢したいの、そこ?)
オレーリアにとって、お茶は淹れるものではなく淹れさせるものだ。
オレーリアの反応に気を良くしたのか、ベアトリスは目を細めた。
「もしオレーリア嬢がお茶も淹れられないなら、私が淹れてあげてもいいわよ」
「まあ……!ベアトリス王女様は色々なご経験がおありですのね!ではよろしくお願いしますわ」
もちろん、オレーリアも紅茶くらい淹れることができる。
そこを敢えて優雅に微笑み、オレーリアはソファーに腰掛けた。
お茶淹れなんて雑用は、王女にさせればいい。
浮き浮きと浮かれながら、ベアトリスの様子を眺めた。
「フェリクス様。オレーリア嬢はお茶も淹れることができないみたいなの。今日も私がお茶を淹れて差し上げますわ。どうぞおかけになってお待ちください」
ベアトリスがにっこりとフェリクスに微笑む。
「ちょっとカミラ、手伝いなさいよ」
ベアトリスの声に、後ろに控えていた女生徒が慌てて動き出した。
部屋の隅には、ディランのように体格のいい騎士が控えている。
紹介はされなかったが、グラン国から連れてきた護衛なのだろう。
やがて、勝ち誇った顔でベアトリスが紅茶をオレーリアの目の前に置いた。
(王女が他国の貴族にお茶を淹れるなんて……やだ。楽しいじゃない)
「まあ……こんなにおいしそうなお茶をありがとうございます」
微笑みながら、心は弾んでいた。
テオドールをウンザリさせるほどだ。
会いたいとは思えない相手だったが、意外にも王女はオレーリアを楽しませてくれる相手らしい。




