25.今ごろ彼女は
「今朝、学園でシルフィ嬢への処分が伝えられる場に同席したあと、そのままここへ向かったんだ。その……生徒会長として、役員の愚行を見抜けなかったことを直接謝った方がいいかと思ってな」
「そうだったんですね……」
(ヒロインの罪がヒーローの罪になるわけでもないのに)
それなのに、わざわざこんな領地にまで直接伝えに来たのだろうか。
常に冷静沈着で、無駄を嫌い、誰にも心を許さない『氷の王子』だと思っていたが、意外にも義理堅い男のようだ。
少なくとも、ヒロイン以外のためにわざわざ領地まで来るような男ではなかったはずだ。
「フェリクス様が謝る必要などありません。むしろ公平に調査してくださったことに感謝しています。報告会前のお忙しい中、ここまで来ていただいて申し訳ありません」
「……いや、気にする必要はない。オレーリア嬢のおかげで報告会の準備も不備なく整っているし、忙しいわけでもない。セドリックも同行させようと思ったんだが……シルフィ嬢の処遇が決まったのが今朝の話だったから、今日はセドリックは生徒会室で書記業務の引き継ぎをしているんだ」
「え!」
思わず声が出た。
今日セドリックが不在なのは、シルフィの業務の引き継ぎがあるためらしい。
今はお昼を大きく回った時間だ。
――まだ引き継ぎは終わっていないかもしれない。
「まあ、それはさぞかし……」
『さぞかし見ものでしょうね!』と続きそうになった言葉を、オレーリアは急いで飲み込んだ。
そんなことを言えば、生徒会役員侮辱でどんな処罰が下されるか分かったものではない。
だが、頬が緩んでしまう。
(セドリック様と生徒会室で二人きりの引き継ぎなんて、どんな地獄絵図よ)
容赦のない説教をするセドリックの姿が脳裏に浮かぶ。
今ごろシルフィは、セドリックに『あなたは生徒会役員どころか一貴族として、どれほど品格を失う行為を行ったか、深く自省なさい』と嫌味を言われながら、延々と叱られてるのかもしれない。
(やだ。ちょっと楽しいじゃない)
オレーリアは前世を思い出したからといって、別に改心したわけではない。
自分を陥れるために陰湿な行為をされたなら、腹も立つし、仕返しもしたくなる。
むしろ徹底的にやり返したい。
取り巻きのテオドールがいれば、『仕返しお願いね』と言いつけたいところだが、あいにくテオドールはオレーリアの側にいない。今週末も会えない。
けれど、代わってセドリックがシルフィを地獄に突き落としているかと思うと、笑顔が込み上げてしまう。
「今ごろシルフィ嬢……いえ、セドリック様は大変ですね」
(笑っちゃダメよ)
そういって緩む頬に手を当てた。
なんて楽しいんだろう。
テオドールが来なくなってからの、ここ数週間の面白くない気分が、少しだけ晴れた気がした。
「あ、フェリクス様、ディラン様。お茶のお代わりはいかがですか?ああ、そうだわ。ニナ、朝にお願いしていたお菓子はできているかしら?」
「すぐにお待ちします」
ニナにお菓子を頼み、浮き浮きと浮かれた気分で二人に声をかけた。
そんなオレーリアの様子を見つめていたフェリクスが、口元を緩ませる。
「今ごろシルフィ嬢は、セドリックに酷く怒られているだろうな。あいつの説教は本当に長いからな」
「確かにな。適当に流すと、ますます長くなる」
「まあ……!」
続いたディランの言葉に、(最高ね!)とさらに気分が跳ねた。
「それでは今日のシル……セドリック様の帰りは、いつもより遅くなってしまうかもしれませんね」
眉を下げて気の毒そうに答える。
「確実にそうなるだろうな」
期待していた答えが聞けて満足だった。
ちょうどそのタイミングで、ニナがお茶と焼きたての菓子を運んでくる。
「こちらをどうぞ。先ほど作らせたものですの」
「クッキー……だな。今日はなんの形なんだ?」
さすがディランだ。
クッキーの形に目を付けたようだ。
「こちらは串焼き型です。ほら、前に食べた屋台の。……色がないと分かりにくいかしら?これがお肉で、これが玉ねぎで――これがセロリです」
今日のクッキーは、串焼き型だ。
今朝テオドールのことを思い出し、(屋台の買い食いも、もう行けないのかしら)と考えながら、料理人に言いつけた形だった。
「セロリ……」
ディランはぐっと笑いを堪えるように口を閉じた。
「たくさん焼いているので、どうぞセドリック様にもお土産にお待ち帰りくださいね。あ、セロリは入っていないとお伝えください」
「……それはセドリックも安心して食べられるな。そういえば、この前の屋台の串焼きも気に入っていたし――」
口元を緩ませていたフェリクスが一瞬言葉を止め、そして少し遠慮がちに続けた。
「オレーリア嬢。――もしよければ、だが。また温泉街を案内してもらえないだろうか」
「温泉街ですか?」
「今日はセドリックも急な引き継ぎで大変だっただろうしな。何か土産でも持ち帰れば、多少は機嫌も良くなるかもしれない。……それに、私ももう一度あの温泉街を見てみたい」
(それなら……いいかしら?)
元婚約者と行動を共するものではないが、今もシルフィに延々と嫌味を言ってくれているセドリックへの土産なら、買い物に付き合ってもいいかもしれない。
「そうですね。今日はセドリック様もお疲れでしょうし。王都の屋台はここよりセロリを多く挟んでいますから、お土産ならこちらの串焼きの方がセドリック様のお口に合うかもしれませんね」
そうフェリクスに答えて、ニナに声をかける。
「ニナ、少しだけ出かけるわ。うちの馬車を用意してくれない?――ちょっとニナ、誤解しないで?私は王都の屋台で買い食いなんてしてないわよ?通りがかりに見かけただけじゃない。いいから早く用意して。フェリクス様のお帰りが遅くなるでしょう?」
ニナの何も言わずにオレーリアを見つめる視線に言い訳をして、用意を急がせた。




