23.ひとり
領地での生活は、また元の日々に戻った。
温泉街を案内した日以降、フェリクスから手紙を受け取ることもないし、彼らの訪問もない。
『氷冠の王子と翡翠の乙女』の舞台を降りているオレーリアは、今度こそフェリクスたちとの縁は完全に切れたようだ。
そして――
なぜかテオドールの訪問も途絶えた。
こんなことは初めてだった。
「またなの?」
思わずオレーリアは呟く。
先ほど受け取ったテオドールからの手紙には、『今週末も行けそうにない』と書かれていた。
てっきり、『今週末こそ絶対に行くよ』と書かれていると思っていたが、違ったようだ。
(取り巻き失格じゃない?)
少しだけ面白くない気持ちになる。
手紙と一緒に送られた小箱を開けると、髪留めが入っていた。王都でオープン前から話題になっていた店のものらしい。
小ぶりながらも繊細で精巧な作りのそれは、一目で上等なものだと分かる。
早速ニナに付けてもらって、鏡を覗き込む。
艶やかなビターチョコレートブラウンの髪と、鮮やかなオレンジゴールドの瞳に、ハチミツ色の髪留めがよく映えていた。
「なかなか良いんじゃない?」
鏡を覗き込んだオレーリアは満足げに頷く。
やはりテオドールは、オレーリアの好みをよく分かっている。
こういうところだけは、昔から外さない。
(ほんと私って、高級デパ地下のショコラ・オランジュ・カラーよね)
鏡を見るたびに、前世を意識する。
「ショコラ・オランジュが食べたいわ……」
「ご用意できております」
今日もオレーリアの侍女は優秀だった。
ショコラ・オランジュをつまみながら、ふとテオドールを思う。
(あの子、ほんとにどうしたのかしら)
病気や怪我ではないだろう。
テオドールは幼い頃からオレーリアの側にいる。
両家の付き合いも深く、何かあればすぐに連絡が入る関係だ。
もし、怪我や病気なら、真っ先に耳に入っているはずだ。
(私に会いに来るより、優先したいことがあるってことよね?)
オレーリアが領地に来てから、テオドールの休みはないようなものだ。
要領のいいテオドールだが、意外にも彼は勤勉だし、学園のある平日は真面目に学業に取り組んでいるだろう。その合間に王都で流行りのものを見つけ、週末にはこの領地へ来ていた。
夜遅くに自分の領地へ戻り、翌朝にはオレーリアの元へ顔を見せる。そして昼過ぎには、また王都へ戻っていた。
気づけばいつも週末には顔を見せていたが、その裏で、どれほどの時間を移動に費やしていたことか。
この領地で毎日のんびりと過ごしているから思い至らなかったが、テオドールは相当忙しい日々を送っていたはずだ。
そんな生活に、彼はピリオドを打とうとしているのかもしれない。
(もうすぐエンディングだからかしら?)
『氷冠の王子と翡翠の乙女』は、創立記念祭の夜会でエンディングを迎える。
ヒロインのシルフィは、贈られたフェリクス色のドレスと宝飾を身にまとい、皆から羨望の眼差しを集めていた。
会場の中心で二人はダンスを踊り、フェリクスがシルフィに永遠の愛をささやいたところで幕が下ろされる。
ありふれたエンディングではあるが、まさに大団円だ。
その結末を、オレーリアは知っている。
今年は階段転落事故の騒動により、夜会に代わって生徒会主催の研究報告会になったが、おそらく創立記念祭がエンディングの日だ。
(夜会じゃなくて発表会ってどうなのかしら。あ……でも)
創立記念祭は、他国の王族や保護者たちも訪れる。
学園最大級の社交の場だから、それなりの格好をするのだろうか。
王族として正装するフェリクス。
フェリクス色が煌めくドレスと宝飾品をまとったシルフィ。
『領地間の流通』を真面目に論じる二人を想像すると、どうにも違和感があった。
(それってアリなのかしら?でもエンディングだしね)
そういうものだろうと思うことにした。
(テオドールも、もう私の側にいる理由を失ったのかしら?エンディングだから?)
だからテオドールは三週も続けて顔を見せないのだろうか。
(……別にいいけど)
取り巻き一人いなくなったところで、美貌も権力も財力もあるローゼンベルク公爵令嬢のオレーリアの立場が揺らぐわけではない。
取り巻きなんていくらでもいる。
学園にいたころだって、周りのものはいつだってオレーリアに取り入ろうとしていた。
(他にいるもの)
テオドールがオレーリアを取り巻かなくても、他の者に声をかければいい。
(他に……誰がいたかしら?)
誰の顔も思い浮かばなかった。
学園では確かに多くの者が、オレーリアの機嫌を取ろうと声をかけてきた。
けれど、それはあくまで『フェリクス王子の婚約者』という肩書きがあったからだ。
フェリクスの婚約者でもなくなったオレーリアに、取り入る価値は、もうない。
(あの子、今度はヒロインの取り巻きになるのかしら)
賢いテオドールのことだ。
これから価値がある方を選んだのかもしれない。
(なによ。シルフィ嬢のこと、そんなに好きじゃなかったくせに。そんな薄情な子だったわけ?)
そうでなければ、テオドールが自分から離れる理由なんて思いつかなかった。
この世界は『氷冠の王子と翡翠の乙女』の舞台だ。
エンディングを迎えれば、テオドールに与えられていた役割も終わる。
だからエンディングが近づいた今、彼も現実を見て、『いつまでも悪役令嬢の側にいるわけにはいかない』と気づいたのだろう。
オレーリアはふぅ……と細く息をつく。
(悪役令嬢なんてなるものじゃないわね)
今、オレーリアの側には誰もいない。
自分だけが一人遠くに取り残された気分だった。




