20.温泉街で
王家の紋章が入った馬車では目立ちすぎる。
そのため温泉街へは、ローゼンベルク公爵家の馬車で向かうことになった。
温泉街のいつもの場所に馬車を停めた途端、子供たちが駆け寄ってくる。
「オレーリア様だ!」
「オレーリア様ー!」
オレーリアの名を呼び、子供たちは元気にはしゃいでいる。
その様子を窓から見ていたフェリクスが感心したように口を開いた。
「オレーリア嬢は領民に慕われているのだな」
「まあ……いつも歓迎してくれますね」
オレーリアは曖昧に頷く。
子どもたちがオレーリアを慕う理由は、領主令嬢として敬われているからではない。
温泉街では立ち並ぶ屋台に嬉しくなって、あれもこれもと欲張って買ってしまうが、ニナが怒るので屋台のものは持ち帰りができない
結局、食べきれなくなったものを「あなたたちで食べなさい」と子どもたちに渡していたら、いつの間にか屋台を案内してくれるようになった。
子供たちにとって、オレーリアは領主令嬢というより、おやつをくれる人だ。
ニナに内緒で屋台通りへ出かける時は、いつも目立たない場所に馬車を停める。
その場所を覚えた子どもたちは、馬車が停まるだけで、オレーリアが来たのだと駆け寄ってくるのだ。
馬車を降りたオレーリアを、子供たちが取り囲む。
「オレ、遠くにオレーリア様の馬車を見つけたら、父さんに焼きたて渡せるように言っておいたよ!」
「あらそう?じゃあ早速行こうかしら」
「オレーリア様、東通りに新しいお店ができたよ!」
「それは見に行かないとね」
「お母さんが、サービスいっぱいするからぜひまた来て欲しいって言ってるの」
「あら、それは行かないとね」
子どもたちに囲まれそんな会話をしていると、ふと子どもたちが、後ろにいるフェリクスたちへ視線を向けた。
「今日はテオドール様だけじゃないんだね」
「そうなのよ。同じ学園の方なの。屋台は初めての人もいるから、特別においしいものを案内しようと思うのよ」
「オレーリア様とテオドール様の友達なんだ」
なるべく騒ぎが広がらないよう、敢えてフェリクスの身分は領民たちに伝えないことを馬車の中で決めている。
貴族相手に緊張する様子もなく、子どもたちは興味津々といった顔でフェリクスたちを見つめていた。
「オレーリア様は特別可愛いけど、あのお姉ちゃんも可愛いね」
「金色の髪の毛、お姫様みたい」
中でも女の子たちは、シルフィに興味を引かれたようだ。
(さすがヒロインね……)
オレーリアは自他共に認める美人だが、いわゆる悪役令嬢顔だ。目尻の上がった、気の強そうな顔立ちをしている。初めの頃は、子どもたちもオレーリアに緊張していたものだ。
それに対してシルフィは、目尻の下がった愛らしい顔立ちをしている。まさに誰からも愛されるヒロイン顔と言っていいだろう。
子どもたちは初対面にもかかわらず、早くもシルフィを気に入ったようだった。
(まあ、ヒロインって子ども好きだし?子どもってそういうの分かるから、自然と寄ってくるものよね)
オレーリアは別に子ども好きというわけではない。
子どもたちが集まるのは、おやつを渡すことで自然とオレーリアの取り巻きのようになっただけだ。
(ヒロインだし、『ありがとう』って微笑みながら、あの子たちの頭を撫でそうね)
そんなことを考えながら、シルフィと子供たちを眺めていた。
「お姉ちゃんの髪、宝石みたいにキラキラしてる」
そう言いながら、一人の子どもが無邪気に手を伸ばした、次の瞬間。
「触らないで!」
シルフィが慌てたように自分の髪を押さえ、パシッと子どもの手を振り払った。
(え?)
手を振り払われた子どもの瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく。
予想もしなかった行動に、オレーリアは思わず信じられないものを見る目でシルフィを見つめた。
(ヒロイン……よね?)
だが、うわああん、と大きな声で泣き出した子どもの泣き声に、ハッと意識を目の前に戻した。
シルフィも気まずそうな顔をしている。
(この子の名前は確か……)
「マリア。今のはあなたが悪いわ。貴族には気安く触れるものじゃないの。あなたたちと貴族とは、身分の差があるのよ?泣いていないで、このお姉さんに謝りなさい」
マリアは、いつも張り切ってオレーリアを案内してくれる小さな取り巻きの一人だ。
シルフィに『そんな強く叩かなくてもいいじゃない』と言ってやりたい気持ちはある。
けれど、平民と貴族には身分の差があるのが現実だ。
ここで甘やかして、他の貴族にまで同じことをするようになれば、本人だけでなく家族や村まで責任を問われかねない。
身分とは、そういうものだ。
泣き止まないマリアの前にしゃがみ込み、オレーリアは少し口調を強めた。
「泣いて許されるなんて思ってちゃダメよ。もっと賢くなりなさい。マリアあなた、私みたいになりたいんでしょう?悔しくても、まずは泣く前に考えるものよ」
『オレーリア様みたいになりたいな』と、悪役令嬢を目指すマリアに、悪役令嬢の心得をしっかりと諭すと、ぐっと口を引き結んだマリアが、ゴシゴシと涙を袖で拭った。
「貴族のお姉ちゃん、ごめんなさい」
そう言って謝った。
「そうよ、マリアは偉いわね。――シルフィ嬢も、私の領民が失礼したわね」
「いえ……」
シルフィが微妙な顔で返事を返したのを見て、オレーリアはさりげなくフェリクスに視線を向けた。
(私の領民がシルフィに不快な思いをさせたって、まさか怒ってないでしょうね)
断罪の未来が頭をかすめ、少し不安になりつつ敢えて明るい声をかける。
「では時間もないことですし、そろそろ動きませんか?」
「ああ、そうしよう。君はマリアと言ったな。ちゃんと謝れて偉いな」
そうマリアに声をかけたフェリクスは、どうやら怒ってないようだ。
内心ホッと息をつく。
「ほら、あなたたちも行くわよ。案内してくれるんじゃなかったの?」
子供たちに声をかけ、皆でゾロゾロと歩き出す。
(ヒロインだからって、子ども好きとは限らないのね)
ふうん、と意外な気持ちで、フェリクスの後ろに続くシルフィを眺めた。
日差しを受けたシルフィの淡い金髪が、きらきらと輝いていた。
それは子どもたちが言っていたように、まるで物語のお姫様のような色合いだった。




