15.セドリック・グランディエ侯爵令息
ほどなくして運ばれてきたのは、食べやすい大きさに切り分けられたサンドイッチだった。
じっくり焼き上げられた、肉汁あふれるローストビーフのサンド。
芳醇な燻製の香りが漂う、スモークサーモンのサンド。
裏ごしした滑らかなタマゴペーストの、上品なタマゴのサンド。
どれも公爵家の料理人が腕を振るった、素材の際立つ逸品ばかりだ。
「おいしいです……!オレーリア様、このサンドイッチ、とてもおいしいですね!」
タマゴサンドを食べながら、シルフィが目を輝かせた。
「そう?お口に合ったようで良かったわ」
「はい。宮廷料理人の作ったタマゴサンドにも感動しましたが、これもとてもおいしいです」
「宮廷料理人の……?」
一瞬、シルフィの言葉に引っかかりを感じたが、すぐに気がつく。
「ああ、王宮でフェリクス様とお茶会をされたのですね」
婚約していたころ、フェリクスとのお茶会で出されたスイーツと共に、サンドイッチもあった。
宮廷料理人の作るタマゴサンドは、ローゼンベルク公爵家のものとは使っているハーブが違う。
王宮のものは爽やかな香りが際立ち、公爵家のものは卵の風味を引き立てる味付けだ。
(フェリクス様はシルフィ嬢を王宮に招いたのね)
そう気づいたところで、シルフィが慌てたように首を振った。
「あ、いえ。学園で『手作りクッキーのお礼に』って、フェリクス様にサンドイッチのお弁当を差し入れしていただきまして」
「そうでしたか」
照れたように頬を染めて笑うシルフィに、オレーリアは微妙な思いで頷いた。
どうやらシルフィとフェリクスは、クッキーとお弁当の交換会をしているらしい。
(微笑ましいけど……婚約解消して早速、って感じね。それとも、婚約解消以前の話なのかしら)
すでにフェリクスとの関係は過去のものだが、どこか釈然としないものがある。
「あ、私ったらごめんなさい……!オレーリア様も生徒会室でお昼をご一緒したいとお話しされてると聞いていたのに……!」
(はあ?!)
カッと頭に血が上った。
オレーリアがそれを望んでいたのは事実だ。
フェリクスの手紙に、『私も生徒会室でお昼をご一緒させてもらえませんか?』と書いたことも、一度や二度ではない。
オレーリアのしつこい誘いを鬱陶しく思っていたのかもしれないが、だからといって、婚約者から受け取った手紙を人に話すものではないだろう。
(最低ね)
思わずフェリクスに冷たい目を向けると、彼が焦ったかのように答えた。
「いや、私はそんな話はしていない。シルフィ嬢、一体誰から聞いた話なんだ?」
「え?誰というより、有名なお話ですから……」
シルフィが戸惑った様子で答えたところに、セドリックの静かな声が割って入った。
「ではシルフィ嬢の今の話は、噂話を真に受けての発言だった、ということでしょうか。
フェリクス様による正式な調査で、オレーリア嬢に関する噂は全て偽りだったと証明されたことは、シルフィ嬢もご存じですよね?」
そこで言葉を切ったセドリックが、スッと視線をシルフィに向ける。
「学園を代表する生徒会役員には、求められる品格があります。公に証明された偽りに、今も振り回されているとは……なんと情けない。
生徒会役員として品格が足りない者は、特待生の資格剥奪ともなり得ること、まさかお忘れではないですよね?」
相変わらず、回りくどい嫌味な言い方だった。
だが、これまではオレーリアだけに向けられていると思っていた嫌味が、シルフィにも向けられている。
『規律と品格』を何よりも重んじるセドリックは、シルフィを庇うつもりはないらしい。
「特待生の資格剥奪……」
セドリックの苦言を聞いてサッと顔から血の気を失くしたシルフィに、オレーリアはどこか胸のすく思いだった。
「セドリック様、もうその辺で大丈夫です。私は別に気にしておりませんわ。私に関する噂は、みんなが信じていたものですし。セドリック様も一時とはいえ、信じていた噂ではないですか」
『一緒に信じてたんだから、セドリック様の品格もどうかと思いますよ』
そんな嫌味を込めて、オレーリアはセドリックに微笑んだ。
セドリックはヒロイン贔屓はしない公平な男かもしれないが、だからと言って過去の嫌味発言を帳消しにはできない。せっかく嫌味を返すチャンスを掴んだのだ。
(言ってやったわ!)と、心は晴れ晴れとしていた。
「オレーリア嬢。私がそんな確証もない噂を信じるとでも?そもそも、生徒会の品格を下げる発言は、オレーリア嬢が気にしないからと言って、許されるものではありません。
オレーリア嬢には、以前より『規律と品格』についてお伝えしてきたつもりでしたが、まさかお忘れではないでしょうね」
セドリックの嫌味が、今度はオレーリアに向けられていた。
けれどセドリックは、オレーリア自身まで信じていた噂を、一度も信じていなかったらしい。
(……ふうん)
ほんの少しだけ見直す気持ちで、オレーリアはセドリックを見つめた。
繊細な眼鏡の奥にのぞく、涼しげな目元。
白く透き通るような肌に映える、淡いイエローグリーンの髪。
セロリ・ゴールド。
『氷冠の王子と翡翠の乙女』の作中で、セドリックの色はそう表現されていた。
セドリックは、清涼感あふれる洗練された美形でありながら、口を開けばセロリをそのまま噛み潰したかのような苦味を甦らせる男だ。
「これが私からの最終警告と考えてください」
涙を落とすシルフィに構わず、セドリックがさらに容赦ない苦言を呈すると、部屋の中には、セロリのような渋みが走り抜けた。
そんなセドリックを眺めながら、オレーリアはふと気がつく。
セドリックの目の前に置かれた皿の、ローストビーフサンドだけが手付けずのままだ。
「セドリック様。ローストビーフサンドはお口に合いませんでしたか?」
「……私は苦いものが少々苦手で」
「苦いもの……ですか?」
オレーリアが首を傾げると、フェリクスが口を開いた。
「ローストビーフサンドに、セロリが挟んであるだろう?セドリックはセロリがダメなんだ」
(セロリのくせに!?)
思わず脳内で突っ込んでしまう。
確かに、ローゼンベルク公爵家のローストビーフサンドはセロリが入っている。
じっくりと焼き上げられたジューシーなローストビーフには、食感のアクセントとして細かく刻んだセロリが忍ばせてあるのだ。
「ニナ。急いでセドリック様に、新しいローストビーフサンドをご用意してちょうだい。あ、『セロリ抜き』よ。セロリは苦いから」
「はい。苦いセロリは抜くように、料理人にもしっかりお伝えします。『セロリ抜き』ビーフサンドを、すぐにお待ちいたします」
オレーリアの有能な侍女が、しっかりと『セロリ抜き』を嫌味に主張して、部屋を下がった。
「セドリック様、少々お待ちくださいね」
思いがけず弱点を掴み、弾む心でセドリックに笑顔を向ける。
「あなたという人は……」
苦々しい顔で小さくため息をついたセドリックに、(言ってやったわ!)と、オレーリアは晴れ晴れとした思いだった。




