14.学び倒した過去
「読ませていただきました」
一通り書類に目を通し、オレーリアは最後のページを閉じた。
「どうだ?」
「とても分かりやすく整理されていると思います」
フェリクスに短く問われ、素直に感想を口にする。
『領地間の流通』は、オレーリア自身も興味を持っていた分野だ。これまで学んできた内容が分かりやすく整理されていた。
このまま報告会で発表しても、誰もが理解することができるだろう。
「何か気になる点はあるか?」
「そうですね……」
気になる点はある。
オレーリアはパラパラと書類をめくり、気になった箇所を指差した。
「この、『街道整備による輸送時間の短縮』なんですけど。街道整備は私も以前から注目していたから思うのですが……この施策を実際に進めようとすると、莫大な費用がかかるという点でしょうか」
この領地に来て同じことを考えたことがあったから、指摘できる箇所だった。
(道を整備して、王都から領地までのルートを馬車が走りやすくしたら、もっと早く欲しい物が手に入るんじゃない?)
そう思いつき、王都からこの領地までの街道に、整備が必要な箇所を調べたことがある。
さらに、どれくらいの費用がかかるのか、軽く見積もりも立ててみた。
そして、現実に気づいた。
街道整備には莫大な費用がかかる。
私財を投じて完璧な道を作ることはできるかもしれない。けれど、そのせいで通販に使えるお金までなくなったら本末転倒だ。
かといって、費用を領民に負担させるわけにもいかない。
税を上げれば領民の不満が溜まる。反乱の火種だ。
(一揆の原因そのものじゃない……)
そう考えたところで、オレーリアは早々にこの案を諦めた。
「流通の改善は、税制の見直しとも切り離せない問題となります。報告会で発表すれば、貴族の反発を招きやすいのではないでしょうか」
それこそ貴族の大反乱だ。
オレーリアだって、一貴族として負担が増えるのは御免だった。
オレーリアの意見に、シン……と部屋が静まり返る。
――やってしまった。
つい、思ったことをそのまま口にしてしまった。
思わずフェリクスを見ると、甘さなど微塵も感じさせないビターブラウンの瞳が、オレーリアに向けられていた。
彼が今、何を考えているのかまるで読めない。
窓から吹き込む風が、氷原のように冷たいペパーミントグリーンの髪を揺らしている。
朝の爽やかな風すら凍らせそうだ。
(謀反じゃないの!)
王族の提案に反発したかったわけじゃない。
実際に自分の身に置き換えて話しただけだ。
ただ意見を問われて答えただけなのに、目の前に断罪の道が広がっていた。
「貴族……というより、反発するのは領民かもしれませんね。私の意見なんて素人考えですから。お恥ずかしいですわ」
『貴族の謀反などない。領民一揆だ』と主張して、微笑んで誤魔化した。
だが相変わらずフェリクスは黙ったままだ。
(なんで何も言ってくれないの?!ほんとに違うのよ!)
心の中で叫ぶ声は、フェリクスに届かないようだ。
ただ静かにオレーリアを見つめている。
その沈黙が恐ろしい。
やがて静かにフェリクスが口を開いた。
「これまでこれだけ研究を重ねてきたというのに、私は施策案を追求するだけで、そこまでは思い至らなかった。……オレーリア嬢は視野が広いな」
「……え?……ああ、いえ。実際に取り組もうと考えた段階で気づくこともありますから。私も領地に暮らしてから初めて気づいたことです」
(何よ。『君は謀反を企んでいるのか?』って言うかと思ったじゃない)
かけられた言葉にホッとしながら、言葉を返した。
オレーリアだってその問題は、父に『お父様、この道を直したいの』と言うために見積もりを取るまでは気づかなかった話だ。
「流通の改善は、税制の見直しに繋がる――か。……確かにその点を突かれると、貴族の賛同を得るには難しいだろうな」
そう言ったフェリクスは、考え込むかのように黙った。
これまでフェリクスと共に研究を重ねてきた皆も口を閉じるところを見ると、その可能性を否定することはできないのだろう。
「オレーリア嬢。この問題の解決策はあると思うか?」
「解決策ですか?そうですね……街道整備そのものではなく、通行税の見直しでしょうか」
「通行税の見直し?」
「はい。例えば同盟関係にある領地同士であれば、通行税を軽減するとか。併せて手続きの簡略化を行えば、関所で馬車が待たされる時間が減り、結果として輸送時間も短縮できるのではないでしょうか」
貴族の領地を通るには通行税がかかる。
国に納める税とは別に、領主が独自に定めた通行税もあり、いくつもの領地を越える商人にとっては馬鹿にならない負担だ。
領主同士の関係が良ければ、通行税に融通を利かせることもできる。
そうなれば、人や物の行き来は今より増えるだろう。
実際、隣接するローゼンベルク公爵領とヴェスター子爵領は関係が良好だ。
優しげな顔をしているが実はやり手のヴェスター子爵を、父はとても気に入っている。
身分差こそあれ、両家は何かと便宜を図り合う仲だ。
そのため、領地を行き来する際の通行税にも、多少の融通が利いていると聞いたことがあった。
オレーリア自身は、通行税など気にしたことはない。
だが、王都と領地の行き来がしやすいことが便利なのは理解している。
それを実感するのは、毎週のように王都の流行を運んでくるテオドールの存在だ。
『これ先週リアから頼まれた物』
『これおじさんがリアに渡してくれって』
『この店のお菓子、食べたいって言ってただろ?』
そんな風に、両家の良好な関係ゆえに、ほぼ「顔パス」のような簡略化された手続きで関所を通過しているからこそ、テオドール便はいつも驚くほど早く届くのだ。
(なら、一般の流通だって同じじゃない?)
良好な関係によって手続きが簡略化されれば、馬車が関所で待たされる時間も短くなる。
そこを踏まえて口にした解決策だった。
「通行税の見直しか……。確かに、そこが改善されれば、人や物の往来は増えるな。ここを話し合う余地はありそうだ。――これが報告会までの課題だな」
オレーリアの意見に、ふむ、と頷いたフェリクスが、オレーリアに視線を向ける。
「オレーリア嬢。君は――本当に領地間の流通について、よく学んでいたのだな」
「ええ。まあ、それは」
学んだのは事実だ。
オレーリアは素直に頷く。
「オレーリア嬢と話す機会はいくらでもあったというのに――この研究テーマについても、もっと早くにオレーリア嬢に聞くべきだったな」
後悔を含むようなフェリクスの言葉に、オレーリアは静かに首を振る。
「生徒会の研究を、一般生徒の私が口を出すことではないですし。フェリクス様が私にお話しされなかったのは、当然だと思います」
生徒会は学園にとって神聖な領域とされている。
公爵令嬢ではあるが、一般生徒に過ぎないオレーリアが口出しできる領域ではない。
確かにお茶会で話す機会は何度もあったが、研究テーマだけはオレーリアから話題にすることはできなかった。
ただ、フェリクスから話題を振られるのを、今か今かと心待ちにしていただけだ。
話題を振られれば当然のように答え、(ほら、私こそが次期王妃に相応しいんだから!)と認めてもらうつもりだった。
そのために学び倒した分野だ。
「もちろん、ご一緒にお話しできたら嬉しかったとは思いますが……それももう過去のことですから」
そう言って微笑んだ。
本当にその件に関しては、何も思っていない。
元々はフェリクスとの話題作りのために学び始めた領地間の流通だが、学び倒したのは、それだけが理由ではない。
(王妃になったら、貴族からさらに多くの税金が取れるんじゃない?)という悪役令嬢らしい視点で、浮き浮きと楽しんで学んでいた。
婚約解消して領地にこもる今は、自分の通販生活をよりよくするために生かされている部分もある。
将来女公爵となり、領地経営する時にも役立つだろう。
「これから、こうして時折りオレーリア嬢を訪ねて、意見を聞きたいと思うのだが……今さらだろうか」
「まあ、そうですね……」
『今さらですね』と言葉を続けるところだったオレーリアは、慌てて口を閉じる。
――だがすでに、少し本音が出かけていただろうか。
「そう……ですね、こんな遠方まで来ていただくのも申し訳ないですし、そもそも私の意見など大したものではありませんから。
あら?それより、もうこんな時間ですわね。お昼も近いですし、みなさん軽食でもいかがですか?――ミラ」
「すぐにご用意いたします」
壁の時計に目をやると、すでに昼に近い時間だった。
本当は――
『リア、顔色が悪いよ。もう休んだ方がいいんじゃないか』
そうテオドールに言わせて、会議を終わらせるはずの時間だった。
計画は失敗だ。
テオドールを見ると、案の定、呆れた顔を向けられる。
(だってしょうがないじゃない)
つい本音が出そうになってしまったのだ。
昔だったら、フェリクスにそんなことを言われたら、飛び上がるほど嬉しかっただろう。
けれど今さらだ。
すでに二人の婚約は解消されている。
今さら歩み寄られても、他人となった王子の訪問は気を遣うだけだった。
つい出かかった本音ごと飲みこんで、オレーリアは書類を揃えてセドリックに手渡した。




