12.生徒会役員たちの来訪
朝の支度を終え、応接室へ向かったオレーリアは、会うなり目を見開いた訪問者たちを見て、内心でため息をついた。
(ほんと失礼な人たちよね)
今日はふいを突かれた訪問ではない。
療養中とはいえ、客を迎える準備くらいしている。
化粧もしているし、客を迎えるに相応しいドレスも選んでいる。
ただ、『療養中』という名目で休学している以上、仮病を疑われないよう、普段より少し控えめにしているだけだ。
『今日は体調が悪いので……』
そう言って、いつでも面会を切り上げられる程度の装いにしているが、普通のお茶会に参加しても何らおかしくないレベルだ。
今日のドレスは、左腕に残る傷跡が見えないよう、袖のあるデザインを選んだ。
その分、胸元まで大きく開いた華やかなものにすると、全体の印象がちぐはぐになってしまう。
だから大人しめなデザインのドレスになってしまったが、それでも繊細な刺繍が施された、一目で上質とわかる凝ったデザインのドレスだ。
そこまで驚かれる謂れはない。
「こんなに遠くまで、ようこそいらっしゃいました」
オレーリアはウンザリとした気持ちを隠し、微笑んでみせた。
どうせ今日限り、二度と会うこともない人たちだ。
何を思われたとしても、別に気にするほどではない。
もし後になって、『田舎にこもって、オレーリアも落ちぶれたものだ』などと噂する者がいたとしても、父が黙ってはいないだろう。
相応の報復を受けるだけだ。
「それでは早速ですが、お話を伺ってもよろしいでしょうか」
生徒会役員たちは、皆面識のある者たちばかりだ。
生徒会長のフェリクス。
その補佐を務めるディラン。
書記のシルフィ。
そして、副会長のセドリック・グランディエ侯爵令息。
宰相の息子であり、フェリクスの側近でもある。
生徒会の役員ではないが、朝早くに駆けつけたテオドールもいる。
面倒な挨拶はごめんだとばかりに、オレーリアは会議を促した。
「あの……!」
そこに可愛らしい声が割って入る。
「オレーリア様。私、ずっとオレーリア様のこと、誤解していました。本当に申し訳ありません……!」
瞳に涙をためたシルフィが、オレーリアを見つめていた。
胸の前で組んだ両手が、小刻みに震えている。
(……ふうん)
オレーリアも、じっとシルフィを見つめる。
窓から差し込む朝の光が、淡い金髪を柔らかく輝かせていた。
涙で潤んだ瞳は、みずみずしいシャインマスカットのようだ。
華奢な体を包むペールピンクのドレスも、色白の肌によく映えている。
(まさにヒロインって感じよね)
悪役令嬢を前に震えるヒロイン。
今さらながらに、ここが『氷冠の王子と翡翠の乙女』の世界なのだと実感する。
実はこれまで、オレーリアは直接シルフィに話しかけたこともない。
嫌がらせは取り巻きのテオドール任せだったため、まともに向き合う必要もなかった。
だが思い返せば、シルフィはオレーリアと視線が合っただけで怯える様子を見せていた。
エルザの流した噂が広まったのも、その反応があったからだろう。
(そんなことより早く会議ね)
『もういいわよ』
――オレーリアがそう声をかけようとした、そのとき。
「気にするとこ、そこなんだ?僕またてっきり、リアに助けてもらったお礼を言うんだと思ったよ」
そこにテオドールが口を挟んだ。
応接室の空気が、一瞬で変わる。
シルフィがサッと顔色を消し、俯いた。
「あの……私、あのとき動揺してしまって……」
涙を落とすシルフィの声が震えている。
(テオったら……)
テオドールは取り巻きの鏡だ。
まるで悪役令嬢に命じられた取り巻きのように、ヒロインを追い詰めている。
(まあ、お父様やテオが怒るのも分かるけど)
後で知った話だが――
『オレーリアは、シルフィを階段から落とそうとして、勝手に足を滑らせた』
転落事故の後、学園ではそんな噂が流れていたらしい。
それなのにシルフィは、オレーリアが自分を庇う形で階段から落ちたことを、調査が入るまで話さなかったらしい。
もし話していたら、そんな噂は流れなかっただろう。
けれど、オレーリア自身は、実際にシルフィを階段から突き落とそうと考えていたのだ。
だからその件に関しては、特に何も思っていない。
だが、両親やテオがシルフィをよく思っていないことを知っている。
とはいえ、ここは『氷冠の王子と翡翠の乙女』の世界なのだ。
この応接室には、ヒロインの絶対的味方である生徒会役員しかいない。
ヒロインを責める言葉は、断罪への道だ。
危険しかない。
「テオ。シルフィ嬢もこうして謝ってくれたし、過ぎたことじゃない」
「え?謝ってないじゃん。リア、謝罪の手紙も受け取ってないでしょ?」
忠実な取り巻きが、譲ろうとしなかった。
(そこを突くのね……)
確かにシルフィから、謝罪や感謝の手紙を受け取ってはいない。
だからといって、そんな呆れた目で見ないでほしい。
「フェリクス様も、生徒会を代表して謝罪してくれたんだし、もういいじゃない。この話はここまでよ。それより、早く会議に入りましょう?」
「お待ちください。フェリクス様の謝罪は、フェリクス様自身の謝罪です。生徒会でまとめられては困ります」
オレーリアが話を終わらせようとすると、またややこしい声が割り込んだ。
「セドリック様……」
ウンザリした気分で、オレーリアはその名前を呼ぶ。
見た目だけなら清涼感あふれる洗練された美形が、神経質そうに眼鏡を押し上げている。
「誰の謝罪でもいいじゃない。じゃあ、ディラン様の謝罪を、シルフィ嬢とまとめて受け取っておくわ」
「ディランの謝罪も、ディラン自身のものです」
(こういうところが嫌なのよ……)
セドリックは、フェリクスへの忠誠心が強く、王家の威光を汚す者を決して許さない。
疎ましがられてもなおフェリクスに付き纏うオレーリアにも、ことあるごとに苦言を呈していた。
そのセドリックが今はシルフィを見ていた。
「シルフィ嬢、あなたも生徒会に属する者ならば、礼節を守りなさい。さあ、オレーリア嬢に感謝と謝罪を」
生徒会役員はヒロインの絶対的味方だと思っていたが、意外にもセドリックは公平な男のようだ。
ヒロインの涙にも動じず、温度のない目で謝罪を促している。
(……ふうん)
ほんの少しだけ、セドリックを見直した。
だが、こんなことに時間を無駄にしたくない。
「オレーリア様。あのときは助けていただいて、ありがとうございます。動揺して真実をすぐにお話することが出来ず、申し訳ありません……」
ようやく口にされた感謝と謝罪に、オレーリアはすぐに言葉を返した。
「感謝と謝罪を受け入れます。では会議を始めましょうか」
ようやく本題に入れる。
オレーリアは安堵しながら議題を促した。




