11.訪問を告げる手紙
「なんでそんな話になってるんだよ」
「私が聞きたいわよ」
週末に顔を見せたテオドールに、オレーリアは口を尖らせる。
テーブルの上には、今朝フェリクスから届いた手紙が置かれていた。
『来週末に伺わせてもらおう』
手紙にはそう綴られている。
来週末フェリクスは、生徒会役員たちを引き連れて、この別荘までやってくるらしい。
「元婚約者だろ?そんなの断ったらいいじゃん。『療養中』のリアのとこに、生徒会の連中まで引き連れて来るなんて、頭おかしいんじゃないか?」
「テオ、あなたね……」
テオドールが不敬な言葉を口にしていた。
だが、その気持ちは少し分かる。
ウンザリした気分で、はあ……とオレーリアはため息をついた。
「私だって、断れるなら断りたいわよ。でも、王宮の馬車でのお迎えも、生徒会室への招待も、宮廷医の派遣の申し出も断ったのに、『ここにも来ないでください』なんて言えるわけないでしょ。来るって言うなら、まだそれを受け入れた方がマシじゃない」
「なんで『二度と顔も見せるな』って言ってやらなかったんだよ」
「ちょっと……」
悪役令嬢でも口にしないようなセリフを、テオドールが平然とした顔で言ってのけている。
思わず、信じられない者を見る目でそんなテオドールを見つめた。
そもそもこんなことになったのは、フェリクスとの別れ際のやり取りが原因だった。
あの日オレーリアは迂闊にも、今年の生徒会の研究テーマを口にしてしまった。
話題を逸らすための何気ない一言だったのに、それがフェリクスの興味を引いてしまったらしい。
『創立記念祭前に、オレーリア嬢の意見を聞かせてくれないか?他国の王族も招く、国にとっても大事な報告会になるんだ。ここに迎えを寄越すから、生徒会の会議に参加してほしい」
フェリクスにそう頼まれたのだ。
もちろん考えるまでもなく、オレーリアは即座に断った。
『私の意見など本の受け売りですし。それに療養中の身ですから』
そう答えた直後、ここまで普通に歩いていたことを思い出した。
慌ててオレーリアは言い訳を重ねる。
『こうして廊下を歩くぶんには大丈夫ですが、階段などの移動はまだ主治医からも止められておりまして。王都の屋敷では不便があるので、まだ戻れませんの』
そう言って残念そうに微笑んでみせた。
もちろん、以前のオレーリアだったら違っただろう。
『フェリクス様のために学んだ甲斐があったわね。やっぱり私が王妃に相応しいわ!』と、その申し出に歓喜して、張り切ったかもしれない。
だが、フェリクスとの関係はすでに切れている。
彼は元婚約者であり、今はただの他人だ。
研究の成果に興味はあるが、父やテオドールに後に話を聞けばいいだけだ。
生徒会に協力する義理もなければ、積極的に関わりたいとも思えない。
上手く断った――つもりだった。
だが、そこからが長かったのだ。
『王都にいる間、王宮に滞在すればいい。不便のないよう、手配しよう』
『やはり宮廷医を付けよう。ローゼンベルク公爵家の医師はもちろん優秀だろうが、医者を変えればまた別の治療法があるかもしれない』
そう言って粘られたのだ。
もちろん、それも丁寧にお断りした。
だが――
『生徒会室は学園の最上階だが、私が腕を貸そう』
さらにかけられたそのひと言に、思わず戸惑いの目でフェリクスの全身を見つめてしまった。
この世界は、ネット小説『氷冠の王子と翡翠の乙女』の世界だ。
ヒーローのフェリクスは、背が高く、スラリとしたスマートな体型をしている。
エンディングシーンでは、夜会でヒロインのシルフィに腕を貸し、会場の階段を降りるシーンもあった。
それは二人が結ばれることを象徴するような場面だった。
だが、オレーリアはシルフィではない。
優雅にエスコートされるヒロインではなく、階段から転落した前科のある悪役令嬢である。
オレーリアにとって、階段は鬼門だ。
あの日のように、また足を踏み外してしまったら――
そうなればフェリクスまで巻き込んでしまうかもしれない。
王家の者に怪我を負わせるなど、それこそ断罪への道を自ら進むようなものだ。
それにもし、二人して階段から転落すれば、たとえディランが受け止めようとしてくれたとしても、優先されるのはフェリクスだ。
フェリクスが無事だったとしても、今度こそオレーリアは無事では済まない。
(怖いわ……)
そんな思いが、顔に出てしまったのだろうか。
表情を消したフェリクスが、ディランに視線を送った。
そして『もちろんディランでもいいが』と声をかけたのだ。
オレーリアは何も答えられないままに、沈黙が広がった。
氷原のように冷たいペパーミントグリーンの髪が、夜風に揺れていた。
涼やかな夜風すら凍らせそうな色だった。
『では、生徒会の者たちとここへ伺わせてもらおう。それならいいだろうか』
やがてかけられた声に、オレーリアは頷くことしかできなかった。
――決して、快くフェリクスの申し出を受け入れたわけではない。
それから数日後の今日、早速フェリクスからの手紙が届いたというわけだった。
呆れた目を向けて来るテオドールに、オレーリアは口を開く。
「しょうがないでしょ。フェリクス様を巻き込んで階段から落ちたら、どう転んでも私の未来はなくなるもの。だからといって、あの場で『ディラン様なら安心ですね』なんて、誰が言えるのよ」
「なんの話だよ。だいたいそんな申し出、『もう婚約者じゃないから関われません』って、はっきり言えばいいだけじゃん。
「ああ……まあ、そうね」
あのとき、あまりの冷たい空気に耐えられなくて、つい頷いてしまったが、そもそもフェリクスからの申し出は、はっきり断っても問題はなかった。
学園を休学して療養している者の領地まで、生徒会役員たちを連れて訪ねてくるのは、普通に考えれば少し行き過ぎた対応だ。
それに、フェリクスにまとわり付くオレーリアを、疎ましく思っていた者がいることも知っている。
当時は――というより、今もそれは気にならないが、わざわざ別荘にまで迎え入れたい相手ではない。
だが、今さらだ。
こうして訪問を告げられる手紙を受け取ってしまった。
「まあいいわ。どうせちょっと話を聞くくらいでしょう?」
そう言って、肩をすくめる。
とにかく、面倒なことにならずに終わらせるつもりだった。




