表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よくある悪役令嬢だったはずなのに  作者: 白井夢子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/31

10.気まずい時間


テーブルに置かれたクッキーを見て、ディランがフッと口元を緩ませる。


「今日はネコなんだな」


「はい。ちょうど今朝、庭で猫を見かけたもので」


今日のクッキーはネコの形をしたものだ。

以前ディランに、『心穏やかに過ごしているから、直接の謝罪は結構』の意味を込めて、領地での日々を綴る手紙を送っていた。


思い浮かぶままに書き綴った手紙の中で、クッキーの話にも触れていたようだ。その日の気分で形を命じていることまで、書いていたのだろう。


『あのネコにするわ。今のポーズでお願いね』


今朝、料理人にそう言いつけて、今目の前にあるのは、伸びをしたネコの形のクッキーだった。

前足をぐっと伸ばしお尻を高く上げた一瞬を切り取ったその姿は、前世の高級クッキー缶に入っていても違和感のない出来栄えだ。



「今日は?」


片眉を上げたフェリクスに、ディランが説明する。


「いや、前に受け取ったオレーリア嬢からの手紙に書いてあったんだ。その日はウサギの形だったが、『日によって形を変えている』って話だった」


「よく覚えてますね」


暇に任せて書き綴った長い手紙を、ディランは律儀にも読んでくれたらしい。


「なかなか面白い手紙だったからな」


「そんな面白いこと、書きましたっけ?」


無口で無愛想な男だと思っていたディランが、鋭い目を細めている。


「絵付きの手紙など、初めて受け取ったからな。ウサギの絵を描いて、『ここが焦げやすい』とか解説してただろう?」


「ああ……そういえば」


『ウサギのクッキー』と書き流すには、惜しいくらいに良くできた形のクッキーだったのだ。

後ろ脚でスッと立ち上がった、スタイリッシュでリアルウサギの形を手紙に描き、さりげなく公爵家お抱え料理人の腕を自慢した……気がする。


悪役令嬢は承認欲求が強いものだ。

前世を思い出したとはいえ、自分は特別な物を持っていると自慢せずにはいられない。



「手紙……か」


そう呟いたフェリクスの眼が、何かを思い出すかのように伏せられた。


(マズいわ……)


今彼は、以前オレーリアが毎日送りつけていた手紙を思い出している気がする。

婚約していた頃、嫌いな女から毎日のように誘いの手紙が届くなんて、どれだけ彼を苛立たせただろう。


(話題を変えなきゃ)


今すぐに話題を変えなければ、また面倒なやり取りが始まる。


『その節はお忙しいことを知りながら、毎日手紙を送ってしまい、失礼いたしました』


『過ぎたことだ。気にしないでくれ』


そんなやり取りなら、まだいい。


だが――


『あのときは、本当に大変だった』


そう言われて深々とため息をつかれたら、さらに平謝りするしかないではないか。


――想像するだけで気が重い。

そんな気まずい謝罪の応酬は、できれば避けたかった。

何か話題を見つけなければ。


(あ)


「そういえばテオドールに聞きましたが、今年の創立記念祭の夜会はなくなったのですね」


それは先日テオドールとの雑談で聞いた話だった。


毎年恒例だった創立記念祭の夜会は、今年は中止になったらしい。


創立記念祭の夜会には、他国の王族や保護者たちも訪れる。

学園最大級の社交の場だけに、参加する生徒たちも皆、正装で臨む一大イベントだった。

去年まではオレーリアも、ドレス選びから化粧まで張り切って準備したものだ。


休学するオレーリアには、もう関係のない話だった。

それでもふと思い出し、何気なく尋ねたのだ。


『テオ、今年は誰を誘うのよ』


『今年は取りやめになったんだよ。どうせリアもいないし、行くつもりもなかったけど』


(相変わらず取り巻きの鑑ね)


そう思いながら、『ふうん』と答えて、そのまま興味を失くした話題だった。



この話も、話題を逸らすために何気なく尋ねただけだった。

――だというのに。



「今年はこんな騒動があったからな。華やかな行事は取りやめることにしたんだ」


「あ、そうなんですね……」


また『私のせいで申し訳ありません』という気まずいやり取りが始まりそうだった。



「夜会は取りやめて、今年は生徒会主催の研究報告会を開くことになったんだ」


「ああ…… 領地間の流通についての研究でしたね」


そう答えると、なぜか二人の視線がこちらに向いた。

そのまま沈黙が流れる。


(何? 何なの? 止めてよ、気まずいじゃない!)


耐えきれず、オレーリアは口を開いた。


「生徒会の今年の研究テーマは、掲示板に貼り出してましたよね?」


生徒会の研究テーマは事前に掲示板で公開されていた。

オレーリア自身がこの目で確認していたのだから、間違ってはいないはず。


以前はフェリクスとの話題作りのために、関連資料まで読み漁ったものだ。


結局得た知識を話す機会もないままに婚約は解消されたが、広大な領地を持つローゼンベルク公爵家の者としては、なかなか興味深いテーマだった。


「領地を持つ貴族にとっては、とても興味深いテーマではないでしょうか。来賓の方もきっと報告会を楽しみにされてますわね。……あ。そろそろ日が暮れそうですわ」


気まずさに耐えきれず、オレーリアは窓の外へ視線を向けた。

そこには薄闇に沈み始めた空が広がっている。


「ああ……そろそろ失礼しなければならない時間だな」


フェリクスも窓の外に視線を送り、オレーリアは内心ホッと息をつく。


「日が暮れてからの移動は危険ですから」


どう考えても近く日は暮れそうだったが、そう言ってオレーリアは帰りを促した。





「オレーリア嬢にとっても、興味があるテーマだったのか?」


玄関へと続く廊下を歩きながら、フェリクスに問われる。


「それは……まあ。領地間の流通については、実際の領地経営に関わるものですから。以前学んだことが、こうして領地で暮らす今になって、より身近な問題として感じられるようになりましたし」


以前学んだ領地間の流通。

それは『街道を整備して荷物を早く運ぶ方法』や『馬車により多くの荷物を積む工夫』、『中継となる都市を活用する方法』などだ。


どれも領地経営において重要なテーマである。


そして――

『王都から取り寄せた品を、いかに早く手元へ届けるか』


今のオレーリアにとっては、それもまた切実な問題だった。


公爵令嬢である以上、欲しい物の大半は手に入る。

問題は、それがいつ届くかだ。


当時はフェリクスとの話題作りのために覚えた知識だったが、まさか今になって、自分の通販生活を支える知識になるとは思わなかった。



「王都から取り寄せる品が、より早く届くようになる仕組みはありがたいものですからね」


しみじみと頷くと、フェリクスの足が止まった。


――しまった。


今の言い方では、贅沢品を大量に取り寄せているように聞こえただろうか。


甘さなど微塵も感じさせないビターショコラ・ブラウンの瞳が、考え込むように伏せられている。


――まさか。


『この女は、相変わらず贅沢三昧な生活をしているようだな』


そう思われたのなら、まだいい。

問題は、その先だ。


『そんなに余裕があるのなら、ローゼンベルク公爵家には、もう少し税を負担してもらっても構わないな』

――などと思われたら、たまったものじゃない。


(追徴課税とか言い出さないわよね……?)



「領地で暮らしてみると、流通の大切さがよく分かりますもの。……あら、もうこんな時間なのですね」


窓の外に視線を送り、これ以上面倒なことを言われないよう、オレーリアはフェリクスの帰りを促した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 結局この王子は何しに来たのよ、と思ってしまいました。婚約時代からガンスルーだった相手がようやく領地に引っ込んで周囲から居なくなったってのに。  2話前の流れからすると、「いじめをやったから失望した」…
オレーリアの警戒ぶり、もうこれ王子のこと嫌いだろ。 不当に課税してくるかも!って普通思わないでしょう。
正直王子との元サヤだけは絶対ないかな。 婚約してる間は無視し続けていたのに、婚約がなくなった途端興味を示してくるのキモすぎ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ