第六章 8
霧のように揺らぐ干渉空間の中――
陽摩羅の一撃が、アシカガを圧倒していた。
圧。
それはもはや、戦いと呼べるものではなかった。
「ぐっ……!」
アシカガの巨体が、何度も地面に叩きつけられる。
アンジェランス・スーツがきしみ、ひび割れ、限界を迎えようとしていた。
――決まる。
誰もがそう思った、その瞬間。
「――ポン!」
場違いな音が、静かに響いた。
「……は?」
ケイタの間の抜けた声が漏れる。
そこにいたはずの陽摩羅の姿が、忽然と消えていた。
代わりに――
白い、なにか。
もこもことした塊が、その場にぽつんと残されている。
「なんだ……あれは?」
恐る恐る近づく。
その白い塊は、ゴソゴソと動き出し――
ひょこりと顔を上げた。
「……子狐?」
真っ白な、小さな狐。
キョトンとした顔で、ちょこんと座っている。
〝ココン?〟
その瞬間。
(あのっ……ボク、狐白〈コハク〉といいます!)
ケイタの頭の中に、直接声が響いた。
「うわっ!? なんだこれ!」
(陽摩羅様が、なんかご迷惑をかけたみたいで……)
「えっ……陽摩羅の、知り合い?」
(いやっ、知り合いというか……ボクも、別バージョンなんです!)
「別バージョン?」
(ボクたち、全部で五段階に変化する存在なので……)
「はあ!? 陽毬と陽摩羅だけじゃないのか!?」
(はいっ! 陽摩羅様が、あんまり考えずにチカラを使ったので……)
(マナが切れて、ボクまで下位進化してしまいました……)
狐白は、しゅんと耳を下げた。
「ってことは……」
(はい……ボク、あまり攻撃力はなくて……)
(なんか……すみません……)
ぺこり、と小さく頭を下げる。
「いや、謝られてもな……」
ケイタが困ったように頭をかく。
その時――
「ケイタ!」
ミイアを抱えたルカが、駆け寄ってきた。
「その子も、陽摩羅の仲間なの?」
「ああ、どうやらそうらしい」
〝ココン!〟
(ボクは狐白です!)
「あっ……言葉は出せないんだね?」
「言葉だけじゃなくて、手も出せないらしいぞ?」
ケイタは肩をすくめた。
「あははっ! そうなんだ!」
ルカが思わず笑う。
「なんか、ケイタもダメダメみたいだね?」
「うるせえな……」
ケイタは、もはや腕とは呼べない状態のそれを、ぶらぶらと揺らした。
「見ての通りだ」
「さてと……どうするかな……」
その時だった。
「……なんか? 余裕があるみたいですが」
低い声が、背後から響いた。
「私の存在を、忘れていませんか?」
振り向く。
そこには――
アシカガが、立っていた。
「……あれ?」
ケイタが目を瞬かせる。
「お前、まだやられてなかったのか?」
その声には、少しだけ本気の落胆が混じっていた。
「ええ、まあ……見ての通りです」
アシカガは肩を鳴らす。
「ちょっと、危なかったですけどね?」
だが、その姿は明らかに満身創痍だった。
アンジェランス・スーツは、至る所が砕け、ひび割れ、ボロボロになっている。
それでもなお――
その目は、死んでいなかった。
「……まだ、やる気かよ」
ケイタが、小さく息を吐く。
戦いは、まだ終わっていない。
そして――
頼みの綱だった“陽摩羅”は、もういない。
白い子狐が、「ココン」と不安げに鳴いた。
その瞬間。
場の空気が、再び張り詰めていく。
――次の一手を誤れば、終わる。
そんな予感が、静かに全員の背筋をなぞっていた。
――
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