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週末の過ごし方  作者: Elle


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5/10

5日目

早起きは三文の得と言うが、この世界でも同様なのだろうか。

まだ薄暗い中で目を覚ました私は、屋上の縁から地上を見下ろした。

「……増えたな。」

道路という道路をゾンビが徘徊している。

「ゔー……。」

「ゔぁぁ……。」

ふらふらと。

当てもなく。

それでも、確実に数は増えていた。

昨日までは数えるほどだった。

今は違う。

交差点、駐車場、歩道。

視界に入るだけでも何十体。

その向こうにも、まだいる。

「いよいよ本格的に始まったか。」

終末世界らしい様相になってきた。

幸いなことに、ゾンビは基本的に音に反応するようだ。

大声を発さず、金属音を立てず、派手な戦闘を避ける。

そうしていれば、意外とやり過ごすことは可能だ。

だが、それだけでは生き残れない。

物資は減っていく。電気設備の修理も必要だ。燃料も欲しい。次の拠点も探さなければならない。

そのためには外へ出るしかない。

そして。

外へ出る以上、ゾンビは避けて通れない。

「まあ、」

私は肩をすくめた。

「経験値と考えれば悪くはない。」

レベルが上がれば、スキルポイントが手に入る。ストレージも増える。便利な知識も覚えられる。

戦闘に長けていない私でも、生存能力は少しずつ向上していく。

したがって。

逃げるだけでは駄目だ。

必要な分は倒す。無理はしない。

それが今の私たちの方針だ。

朝日がゆっくりと街を照らし始める。

静かな街を埋め尽くすゾンビの群れ。

「さて、」

「今日も忙しい一日になりそうだ。」

俺は石の斧を肩に担ぎ、仲間たちを起こしに向かった。


みんなが起きてくるまでの間。

私は四階の窓際に陣取り、静かに弓を構えていた。

「ふっ。」

ピュンッ。

矢が一直線に飛ぶ。

駐車場を歩いていたゾンビの頭に突き刺さり、そのまま崩れ落ちた。

【経験値を獲得しました】

また一体。

ピュンッ。

【経験値を獲得しました】

騒ぎにならない程度に、一体ずつ確実に仕留めていく。

音を立てなければ、周囲のゾンビはこちらに気付かない。

経験値を稼ぎながら、安全も確保できる。

一石二鳥だ。

そうしているうちに、背後からあくび交じりの声が聞こえた。

「ふわぁ~……。」

「おはよ~。」

振り返ると、日向が目をこすりながら歩いてくる。

窓の外を見た瞬間、目を丸くした。

「うわぁ……増えたねぇ。」

続いて瑠菜もやってくる。

「うへぇ……。」

「気持ち悪い。」

寧々も顔を出し、下を覗き込んだ。

「なんか……臭そうです。」

「見てるだけで嫌になります。」

俺は苦笑した。

「多分、明日からはこれが日常になるぞ。」

三人はそろって窓の外を見つめる。

「毎日これ?」

「毎日これ。」

「やだなぁ……。」

「学校へ行くより憂鬱かも。」

「学校の方が百倍よかったです……。」

朝から三人のテンションは低めだった。

まあ、無理もない。

窓の外はゾンビだらけなのだから。

俺は弓を収納袋へしまう。

「取りあえず。」

「朝ご飯にしようか。」

「はーい!」

「今日はパンある?」

「あります!」

「やったー!」

食べ物の話になった瞬間、三人とも表情が明るくなる。

現金なものだ。

私は思わず笑いながら、朝食の準備へ向かった。

なお約1名はまだ爆睡していた。

朝食を食べながら、日向が聞いてきた。

「今日は何するの?」

私はスープを一口飲んでから答える。

「まずはインフラの確認だな。」

「電気と水道は使えるのを確認してるけど、他にも動いてる設備があるかもしれない。」

「なるほどー。」

瑠菜がメモを取りながら頷く。

「その次は?」

「三階から四階へ上がる階段を壊す。」

「さらに四階から五階への階段も壊す。」

「え?」

三人が同時にこちらを見る。

「万が一ゾンビが店内に入ってきても、五階まで来られないようにする。」

「あー。」

「なるほど!」

「確かに安全ですね。」

私はさらに指を折りながら続ける。

「そのあと管理室だな。」

「そこでエレベーターとエスカレーターを全部停止させる。」

「電気が動いてるなら、ゾンビが運良く上がってくる可能性もある。」

「止めちゃった方が安心だ。」

「たしかに。」

日向が納得したように頷く。

「最後は店舗の入口だ。」

「大型コンテナやフォークリフトがあれば、入口を塞ぎたい。」

「外から簡単に入れないようにしておけば、防衛がかなり楽になる。」

瑠菜が苦笑する。

「やること盛りだくさんですね。」

「今日は忙しそう。」

私は肩をすくめた。

「やること目白押しだ。」

その時だった。

まだ寝ぼけ眼だったぴーちゃんが、寧々の肩に飛んできて胸を張る。

「ふっ。」

「我がおるのだ。」

「安心して働くがよいぞ。」

「……。」

「働くのは俺なんだけどな。」

「細かいことは気にするな。」

「我は応援担当だ。」

「一番楽な担当じゃないですか。」

「はっはっは!」

ぴーちゃんは満足そうに笑い、寧々の頭の上にちょこんと乗った。

「さあ、人の子よ。」

「今日も励むがよい。」

「はいはい。」

俺は苦笑しながら立ち上がった。

今日も、忙しい一日が始まる。


インフラの点検は思ったより早く終わった。

シャワー。

飲料水。

トイレ。

電気設備。

一通り確認したが、すべて問題なく稼働している。

「よし。」

「今のところ異常なしだな。」

瑠奈がほっと胸をなで下ろす。

「これなら安心して生活できるね。」

日向も頷く。

「水と電気があるだけで、文明レベルが全然違います。」

「だよな。」

さらに設備を確認するため、五階を抜けて屋上へ向かう。

屋上に出た瞬間、全員が思わず足を止めた。

「……すご。」

「これは。」

屋上に、ズラっと太陽光パネルが並んでいた

「こりゃあ……。」

私は思わず笑ってしまう。

「俺たちが多少電気を使ったくらいじゃ、全然問題なさそうだ。」

日向も嬉しそうに頷く。

「うん!」

「これなら電気の心配はしなくていいね。」

その時、日向が屋上の隅を見ながら言った。

「いずれ畑も作りたいですね。」

「野菜を育てられたら、食生活も良くなりますし。」

瑠奈も乗り気だ。

「いいね!」

「私、頑張っちゃうよ!」

「トマトもきゅうりも育てたい!」

「あとイチゴ!」

「かぼちゃ!」

「夢が広がるねぇ。」

俺は笑いながら頷いた。

「じゃあ、その辺は二人に任せちゃおうかな。」

「任されました!」

日向が敬礼する。

「美味しい野菜を作ってみせます!」

「期待してる。」

一通り確認を終え、私は石の斧を肩に担ぐ。

「さて。」

「次は階段を壊すか。」

「三階から四階への階段が二か所。」

「四階から五階への階段が二か所。」

「それと非常階段。」

その瞬間。

寧々が小さく吹き出した。

「なんか……。」

「『非常階段を壊す』って、すごいパワーワードですね。」

「普通は絶対やっちゃ駄目なやつです。」

「避難経路ですもんね。」

日向も笑う。

「学校でやったら先生にめちゃくちゃ怒られるよ。」

私は苦笑しながら石斧を握り直した。

「この世界じゃ、非常階段は避難経路じゃない。」

「ゾンビの侵入経路だからな。」

「なるほど。」

「言われてみれば、その通りですね。」

そうして俺たちは、ホームセンターを"要塞"へと変える作業を始めた。

カン。

カン。

カン。

石斧がコンクリートを叩く。

ガラガラガラッ!

数分後。

階段の一部が崩れ落ち、人が通れない状態になった。

「……。」

みゃー子が額に手を当てる。

「何度見ても。」

「石斧でコンクリートが壊れるのは心臓に悪いな。」

「まぁなぁ。」

俺も苦笑するしかない。

物理法則なんて、この世界では飾りみたいなものだ。

その時、みゃー子がふと思い出したように聞いた。

「そういえば、神谷」

「なんだ?みゃー子。」

「最初のマンションも、その気になれば土台から崩落させられたんじゃないか?」

俺は少し考えてから答えた。

「……できたと思うよ。」

「じゃあ、なんでやらなかった?」

俺は石斧を肩に担ぎ、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「簡単に言うと。」

「めんどくさかった。」

「また、めんどくさがり病か。」

みゃー子が即座に突っ込む。

俺は笑った。

「じゃあ、少し真面目に話す。」

「俺はさ。」

「人間には魂ってものがあると思ってる。」

三人も、みゃー子もぴーちゃんも静かに耳を傾ける。

「そして魂には、レベルというか。」

「階級というか。」

「そういうものがある気がするんだ。」

「良いことをすれば、その行いが自分に返ってきて、魂は少し輝く。」

「逆に。」

「悪意で誰かを傷つければ。」

「その悪意は自分にも返ってきて、魂は少しずつ濁っていく。」

「だから。」

「俺はマンションを壊さなかった。」

みゃー子が黙って聞いている。

「もちろん。」

「腹は立ったし、裏切られたこともあったし、理不尽なこともあった。」

「でも。」

「そこでマンションごと潰して全員巻き添えにしたら。」

「たぶん、その瞬間。」

「俺の魂は、あいつらの魂より濁り、より下の階級まで落ちる。」

「そう思った。」

少し沈黙が流れる。

俺は肩をすくめた。

「だからやらなかった。」

「別に善人だからじゃない。」

「全部、自分のためだ。」

「自分の魂を汚したくなかっただけ。」

「究極の自己中だよ。」

みゃー子はしばらく黙っていたが、やがて吹き出した。

「ははっ。」

「やっぱ神谷って変わってるわ。」

「普通そこまで考えないぞ。」

瑠奈も苦笑する。

「でも……。」

「私は、そういう考え方、嫌いじゃないかな。」

日向も静かに頷いた。

「力があるからこそ、使わない理由を持つ。」

「それも一つの強さだと思います。」

俺は照れくさくなって頭をかいた。

「買いかぶりすぎ。」

「俺はただ、後悔したくないだけだよ。」

そう言って、再び石斧を構えた。

「さて。」

「あと二か所。」

「今日中に要塞化を終わらせるぞ。」

階段部分は石材で完全に塞ぎ、さらに補強も施した。

これで三階から四階、そして五階へは上がれない。

そして最後に非常階段。

こちらは分解機能を使う。

スキルを発動すると、鉄骨や手すりが光となって分解され、バラバラになって消えていく。

「あっという間だな。」

「これで一段落かな。」

俺は額の汗をぬぐった。

「あとはエレベーターとエスカレーターの電源を落として、ブレーカーも外しちゃおう。」

「瑠奈、管理室制御盤の扱いとか分かる?」

瑠菜は首を横に振る。

「わかるわけないので、お任せします。」

「任された。」


管理室

壁一面に並ぶモニター。

監視カメラの映像。

制御パネル。

「近未来だな……。」

操作卓を調べるが、画面には無情な表示が出る。

【パスワードを入力してください】

「……分かるわけがない。」

「どうするの?」

「ここはほっといて、物理学で解決しよう。」

俺は石斧を取り出した。

ガァン!!

「えっ。」

エレベータを扉を叩き割る。

さらにエレベーターの扉をこじ開け、ワイヤーまで石斧で切断した。

ブチンッ!

「これで動かん。」

最後に昇降路を石材で塞ぐ。

「鉄が作れるようになったら、その時に作り直せばいい。」

「今は安全優先だ。」

その様子を眺めていた瑠菜が、不意に声を掛けてきた。

「ねぇ、迅。」

「……。」

俺は思わず振り返る。

「珍しいな。」

「名前で呼ぶなんて。」

「どうした?」

瑠菜は少しだけ真剣な表情をしていた。

「副委員長とは、どんな関係なの?」

「……。」

一瞬だけ言葉が止まる。

「クラスメイトかな。」

「頼りになる。」

「……嘘だ。」

瑠菜は即答した。

「なんでそう思うんだ?」

「女の勘・・・」

少し間を置いて。

「それと、乙女の勘・・・」

「その勘は当たらないから、やめた方がいいぞ。」

さらに間を置いてルナは顔を真っ赤にして

「それと・・・処女の勘・・・」

その後、瑠菜は何も言わない。

ただ、じっと俺を見つめている。

その無言が、一番きつい。

沈黙に耐えきれなくなった俺は、小さくため息をついた。

「……あんまり。」

「みんなには言うなよ。」

瑠菜は静かに頷く。

俺は観念したように口を開いた。

「副委員長。」

「今井知恵さんとは。」

「中学の頃、付き合ってた。」

「……。」

「卒業する時に、別れた。」

部屋の中が、一瞬静まり返った。

「どうして別れたの?」

瑠菜の問いに、俺は少しだけ苦笑した。

「んー。」

「一番の理由は、おれがガキだったってことだな。」

「???」

「どういうこと?」

俺はエレベーターシャフトを石材で塞ぎながら話し始めた。

「ほら。」

「女の子って精神的に成長するの早いじゃん。」

「中学生の頃の俺はさ。」

「『こうやってる俺、カッコいい。』」

「そんなことばっか考えてた。」

「たとえそれが、どんなバカげたことでも。」

瑠菜は首を傾げる。

「例えば?」

「昼行灯って分かるか?」

「普段はやる気がなさそうだけど、本気を出すと実はすごい人……ですよね?」

「そう、それ。」

「俺はそんなキャラに憧れてた。」

「普段はダラダラ。」

「テストも『まぁ何とかなる。』」

「でも、いざという時だけ本気を出す。」

「それがカッコいいと思ってた。」

「実際俺はそういう事ができた。」

「彼女に1回でいいから本気を出してと言われ本気を出したら」

「あっという間に全教科満点の学年1位だ。」

「人生楽勝すぎるとか思ってた。」

俺は苦笑する。

「今思えば完全に黒歴史だけどな。」

瑠菜も思わず笑った。

「確かに中学生男子っぽいですね。」

「だろ?」

「でも今井は違った。」

「最初から出来るのに、やらない。」

「それは才能じゃなくて怠けだ。」

「そう考えるタイプだった。」

「何で出来るのに本気を出さないの?」

「理解できない。」

「……そんな感じ。」

俺は肩をすくめる。

「俺は俺で。」

「『いざという時に本気を出す俺、カッコいい。』」

「なんて本気で思ってた。」

「若かったなぁ……。」

思い返すだけで顔が熱くなる。

「正直。」

「ちゃんとしとけばよかったとも思う。」

「え?」

「最初から普通に真面目にやってたら。」

「高校もずっと付き合ってて」

「同じ大学でて、就職して金ためたら即結婚してただろうな」

「それくらい大好きで仲は良かった。」

瑠菜は静かに聞いている。

俺は少し遠くを見るように目を細めた。

「最後にな。」

「今井にこう言われたんだ。」

『あなたの"カッコいい"が何なのか。』

『正直、全部理解できるわけじゃない。』

『でも、何となく言いたいことは分かる。』

『だけどね。』

『もし全力を出しても間に合わなかったら?』

『全力を出しても駄目だったら?』

『その時あなたは。』

『"最初から本気を出していればこのくらい出来たのになー"って言い訳や後悔をするの?』

『それが。』

『誰かの命に関わることだったとしても?』

『私は、そんな後悔をしてほしくない。』

『私はあなたが大好き。』

『でも、その考え方だけはどうしても受け入れられない。』

『私はきっと、その考え方に振り回されて、何度も苦しむ貴方と私の未来しか想像できないの。』

『だから……。』

『別れましょう。』

そこまで話して、俺は静かに息を吐いた。

「……あの時は理解できなかった。」

「でも。」

「この世界に来て。」

「毎日が命懸けになって。」

「ようやく分かった気がする。」

石斧を握る手に少し力が入る。

「だから今の俺は。」

「面倒でも、安全な方を選ぶ。」

「後悔するくらいなら、最初から全力でやる。」

「……それが今井に教わった、一番大きなことかもしれない。」

瑠菜は少しだけ微笑んだ。

「今なら。」

「もう一度会っても、ちゃんと話せそうだね。」

俺は苦笑しながら頷いた。

「ああ。」

「今なら、あの時の俺よりは少しだけ大人になれてる……と思いたい。」


今井知恵

「佐々木くん。」

朝食を食べ終えた後、私は声を掛けた。

「さっき、ざっくりだけど食料とか備品を調べてみたの。」

佐々木は手を止めてこちらを見る。

「どうだった?」

「思ったより多い。」

「食料も飲料水も、日用品も十分。」

「節約しながら使えば……。」

私は少し考えてから答えた。

「二年くらいは何とかなりそう。」

「二年!?」

佐々木が目を丸くする。

「そんなにあるのか。」

「ホームセンターだからね。ただ朝夕の2食よ。」

「保存食も、水も、発電機用品も、生活用品も大量にある。」

「屋上にも畑を作れば、もっと余裕は出ると思う。」

そこまではいい。

問題は、その先だ。

私は屋上を見回した。

女子たちが洗濯をしたり、朝食を食べたり、談笑したりしている。

みんな笑っている。

だけど。

「問題は……。」

私は小さく息を吐いた。

「この屋上の狭さ。そこまで狭くはないと思うけど集団生活だから。」

「ストレス?」

「そう。プライベートがあまりというかほぼないわよね。」

私は

「現状、私たちは屋上から出られない。」

「安全だから。」

「でも、人間って安全なだけじゃ駄目なの。」

「自由に歩いて。」

「好きな景色を見て。」

「好きな場所へ行ける。」

「それが当たり前だった。」

「その当たり前がなくなると、心が少しずつ疲れていく。」

佐々木も真剣な表情になる。

「確かにな。」

「今は助かった安心感でみんな元気。」

「でも一週間。」

「一か月。」

「半年。」

「その頃には、精神的に参ってしまう子が出るかもしれない。」

私は空を見上げる。

青空は広い。

なのに。

私たちが動ける場所は、この屋上だけ。

まるで大きな鳥かごだ。

「だから。」

「神谷くんたちが羨ましい。」

「外へ出られる力がある。」

「探索できる。」

「レベルも上げられる。」

「未来へ進める。」

「私たちは今、生き延びることはできても、前には進めない。」

それが、一番怖かった。

佐々木は黙って頷いた。

「……何とかしたいな。」

「うん。」

私は静かに笑う。

「何とかするしかない。」

「ここには、守るべき十三人の女の子がいるんだから。」

「そう言えば。」

佐々木が思い出したように口を開いた。

「神谷が言ってたんだ。」

「ラッシュがあるはずだから気をつけろよ、って。」

「ラッシュ?」

私は首をかしげる。

聞き慣れない言葉だ。

「俺も詳しくは知らないんだけどさ。」

「神谷、こういうゾンビゲームを海外から輸入して結構やってたらしい。」

「そのゲームだと――」

佐々木の表情が少し真剣になる。

「七日目の夜。」

「大量のゾンビが走り回って、生きてる人間のいる拠点を襲ってくるらしい。」

「……。」

その場の空気が少し重くなった。

「走るの?」

「らしい。」

「しかも普通の徘徊じゃなくて、最初から人を探して襲ってくるって。」

私は思わず屋上の石壁へ目を向けた。

「七日目……。」

あと二日。

もし本当なら、準備する時間はほとんどない。

佐々木はさらに続ける。

「あと。」

「七日目の月が赤かったら気をつけろって言ってた。」

「赤い月……。」

私はその言葉を反芻する。

迷信にも聞こえる。

ゲームの演出にも聞こえる。

だけど。

この世界は、職業も魔法も、レベルも存在する。

今さら『ゲームみたいだから』という理由で否定はできない。

「神谷くんは。」

「どうしてそんなことを知っているの?」

「本人も『ゲーム通りなら』って言ってた。」

「確証はないらしい。」

「でも。」

佐々木は苦笑する。

「アイツ、今まで言ってたこと、結構当たってるんだよな。」

水が出ること。

電気設備のこと。

太陽光発電。

スキルの使い方。

そして拠点づくり。

「……そう。」

私はゆっくり頷いた。

「なら。」

「外れることを願いながら、当たる前提で準備しましょう。」

「はい。」

佐々木も真剣な顔で頷く。

私はすぐに頭の中で必要なものを並べ始めた。

バリケードの補強。

投石用の石。

槍や弓の配置。

見張り当番。

消火用の水。

食料の備蓄。

「もし七日目の夜に何も起きなければ、それでいい。」

「でも。」

「起きてから準備するには遅すぎる。」

副委員長としてではなく。

この拠点を預かる一人として。

私は静かに決意を固めた。

「全員に伝えましょう。」

「七日目の夜は、防衛態勢を取ります。」


佐々木 篤

ヒュンッ。

矢が一直線に飛び、ゾンビの眉間を貫く。

【経験値を獲得しました】

「よし。」

最近はこの拠点の周りでも、ちらほらゾンビを見かけるようになった。

神谷の言う通り、数は確実に増えている。

だから毎朝こうして、経験値稼ぎも兼ねて駆除を続けていた。

俺はレンジャー。

弓を使うなら、この距離が一番仕事をしやすい。

屋上を振り返る。

魔法使いの子たちは火球を飛ばし。

弓使いは俺の横から矢を放ち。

経験値を稼ぎにくい僧侶の子たちは、魔法使いや弓使いとパーティーを組み、経験値を分けてもらっている。

「みんな、順調だな。」

レベルが上がれば生き残れる可能性も上がる。

今井さんの考えだ。

誰か一人だけ強くなるんじゃない。

全員を底上げする。

この拠点らしいやり方だった。

「フレイムアロー!」

俺の彼女――綾音が炎をまとった矢を放つ。

ドンッ。

ゾンビが燃えながら倒れた。

「よし!」

最近は積極的に魔法を使って経験値を稼いでいる。

「あやねー!」

「またレベル上がったー!」

魔法使いの女子が嬉しそうに手を振る。

「おめでとう!」

そんな光景を見ながら、俺は手にした弓を見つめた。

「しかし……。」

「この弓。」

「使いやすいなぁ。」

引きやすい。

狙いやすい。

矢離れも綺麗だ。

今まで体育の授業で触った弓なんかとは比べ物にならない。

神谷は渡す時に言っていた。

『品質がどうとかあるみたいだから。』

その時は意味が分からなかった。

でも今なら分かる。

「これ、明らかに違う。」

横で魔法使いの女子も頷く。

「この杖もすごいよ!」

「魔力が通りやすいっていうのかな?」

「前より魔法が撃ちやすい!」

僧侶の子も手にした杖を見つめている。

「回復魔法も前より安定する気がします。」

みんな神谷が作った武器だ。

俺は苦笑する。

「あいつ。」

「クラフトスキルばっか上げてるって言ってたな。」

「まさかここまでとは。」

綾音も笑った。

「ファンタジー世界で武器屋でも始める気なんじゃない?」

「ありえる。」

「『品質保証付き神谷商店』とか。」

「やめろよ。」

「妙に繁盛しそうだから。」

二人で笑う。

もし本当に店を開いたら。

間違いなく行列ができる。

そんな気がしてならなかった。


瑠奈との話を終え、俺たちは一階へ向かった。

次は店の入口の封鎖だ。

幸い、今はまだホームセンター周辺のゾンビは少ない。

昨日の掃除も効いているのだろう。

大型コンテナや資材を使えば、今日中には終わるはずだ。

「よいしょっと。」

フォークリフトでコンテナを押し、入口の前へ運んでいく。

「迅、もう少し右。」

「はいはい。」

瑠菜が誘導しながら、入口を少しずつ塞いでいく。

作業は順調だった。

……ただ。

横を見ると瑠菜が何かぶつぶつ呟いている。

「……?」

「どうした?」

「いや。」

「副委員長は、まだ神谷のことが好きなのかなって。」

「……。」

「まあ、気にしないでおこう。」

「俺の中では終わったことだし。」

そう言ってコンテナを押す。

過去は過去だ。

今は生き残ることの方が大事だ。

すると瑠菜が、何かを思い出したように手を叩いた。

「あっ。」

「そういえば神谷。」

「ん?」

「私、新しい技を覚えたんだ。」

「ほぅほぅ。」

「それはいいことだ。」

「どんな技?」

瑠菜は少し得意そうに笑う。

「アローレイン。」

「……。」

俺は一瞬考える。

「それってあれか?」

「MMOとかでよく見る。」

「空へ向かって矢を放ったら、雨みたいに矢が降ってくる範囲攻撃。」

「うん。」

「それで合ってる。」

「また範囲攻撃かぁ。」

日向は【セイクリッド・サンクチュアリ】

ぴーちゃんは『カタストロフ・フレア』

そして瑠菜は『アローレイン』

「みんな範囲攻撃覚えるなぁ。」

俺はそこで前から気になっていた疑問を口にした。

「ずっと気になってたんだけどさ。」

「アローレインって。」

「矢、何本使うんだ?」

瑠菜はきょとんとした顔をする。

「一本だよ?」

「…………。」

「え?」

「一本。」

「…………。」

「いやいやいや。」

「おかしくない?」

「だって一本しか使ってないじゃん!」

瑠菜は真顔で答える。

「使ってるよ?」

「一本。」

「でも空からいっぱい降るじゃん!」

「うん。」

「降るよ?」

「いや、増えてるじゃん!」

「増えてるね。」

「どういう原理!?」

瑠菜は肩をすくめる。

「知らなーい。」

「スキルだし。」

「説明に『魔力で矢を複製して広範囲へ降り注がせる』って書いてあった。」

「魔力って便利だね。」

「便利で済ませるな!」

俺は思わず頭を抱えた。

「鍛冶屋が泣くぞ。」

「一本作れば百本になるとか。」

「もう矢を量産しなくていいじゃん。」

「じゃあ迅。」

「今度見せてあげるね。」

「うん。」

「見たいけど……。」

「また俺の常識が一つ壊れそうな気がする。」


しばらくして…

「そうだ。」

瑠菜が弓を持ちながら振り返る。

「迅。」

「この前話してたアローレイン。」

「実演してあげようか?」

「おっ。」

「ぜひお願いします。」

俺は少し離れた駐車場を指差す。

「ちょうどあそこに十体くらい固まってる。」

「うん。」

瑠菜は静かに頷くと、一歩前へ出る。

スッ――。

一本の矢をつがえ、ゆっくりと空へ向けて構えた。

その瞬間。

空気が変わる。

普段のきゃぴっとした瑠菜とは別人のような、凛とした表情になる。

静かに目を閉じ、詠唱を始めた。

「天空を駆ける風よ。」

「遥か高みより戦場を見下ろし、我が敵をその瞳に刻め。」

周囲の風が瑠菜の足元へ集まり始める。

草木がざわめき、髪がふわりと舞う。

「一は万となり、万は死の雨となる。」

「逃れる術はなく、隠れる場所もない。」

弓に番えられた一本の矢が、淡い翠色の光を帯び始めた。

「降り注げ、天を裂く無限の矢。」

「《アローレイン》!!」

ヒュンッ!

毎回思うのだが、その詠唱や口上や身振り手振りみたいのはいるのか?

放たれた矢は一直線に天高く舞い上がる。

「……一本だよな?」

俺が呟いた次の瞬間だった。

パァンッ!!

上空で一本の矢が光となって弾ける。

そして――

空一面に、無数の光の矢が現れた。

「え……。」

「嘘だろ……。」

数百。

いや。

数千はある。

まるで空そのものが矢になったようだった。

「降ってきます!」

日向の声と同時に、

ザザザザザザザザザザァァァッ!!

光の豪雨が駐車場へ降り注ぐ。

ゾンビたちは逃げる間もなく、

ドドドドドドドドドッ!!

無数の矢に貫かれ、次々と崩れ落ちていく。

数秒後。

静寂。

そこには一本の矢も残っていなかった。

「……終わった。」

瑠菜は肩の力を抜き、小さく息を吐く。

「どう?」

俺は呆然と駐車場を眺める。

「ちょっと質問いい?」

「いいよ?」

「矢。」

「何本使った?」

「一本。」

「…………。」

「降ってきたのは?」

「魔力。」

「…………。」

「じゃあ、地面に刺さってた矢は?」

「消えた。」

「…………。」

「つまり。」

「一本しか消費してない。」

「うん。」

俺は天を仰いだ。

「鍛冶屋が泣くぞ……。」

「矢を一本作れば数千本になる世界ってなんなんだよ……。」

瑠菜は首をかしげる。

「便利だからいいじゃん。」

「よくない!」

「俺、一生懸命矢を量産する意味なくなるじゃん!」

「でも迅。」

「なに?」

「普通に撃つ矢はいるよ?」

「アローレインばっかり撃ってたら魔力切れるし。」

「……。」

「あっ。」

「それなら安心した。」

「危うく矢職人を廃業するとこだった。」

その様子を見ていた寧々が笑う。

「迅はクラフターだからな。」

「作ることが仕事なのだ。」

「そうそう。」

日向もくすっと笑う。

「だから、またたくさん作ってね。」

「はいはい。」

俺は苦笑しながら頷いた。

結局。

この世界のスキルは。

考えたら負けなのである。

俺はふと思ったことを口にした。

「そういえばさ。」

「みんな詠唱してるけど、長い人と短い人がいるよな。身振り手振りする人もいるし」

日向が首をかしげる。

「そうですね。」

寧々が胸を張る。

「詠唱は神聖でカッコいいからね~。」

ぴーちゃんも偉そうに頷く。

「当然だ。」

俺は試しに聞いてみた。

「長いほうが強いの?」

四人と一羽に聞いてみると、みんな顔を見合わせる。

「……。」

「え?」

「知らないの?」

俺だけが置いていかれている空気になる。

瑠菜が説明してくれた。

「詠唱ってね。」

「ノリノリでやるほど威力が上がるんだよ。」

「…………は?」

「え?」

「だから。」

「感情を込めれば込めるほど威力が強くなるの。」

「本気で自分に酔ってる人ほど強いかな。」

「…………。」

俺は嫌な予感しかしなかった。

「じゃあ……。」

「寧々の詠唱が長いのは。」

寧々はドヤ顔で胸を張る。

「もちろん!」

「わたしはねぇ~毎回全力で世界観に浸っている~」

「その結果、ぴーちゃんの火力もあがるの~」

ぴーちゃんも偉そうに腕を組む。

「八割くらいは寧々のテンションのおかげだな。」

「寧々のテンションなくては、あの威力は出ないだろう」

「マジかよ……。」

日向も苦笑する。

「私も最初は恥ずかしかったです。」

「でも、覚悟を決めて最後まで言い切ると、本当に威力が変わるんです。」

瑠菜も頷く。

「だから戦闘中に噛むと最悪。」

「え?」

「途中で噛むと威力半減。」

「笑われるとさらに半減。」

「照れるとまた半減。」

「途中で『やっぱ恥ずかしい』って思ったらさらに半減。」

「なんだその精神論!」

ぴーちゃんが真顔で言う。

「精神論ではない。」

「世界の理だ。」

「ちなみに。」

ぴーちゃんが追い打ちをかける。

「迅。」

「お前はクラフターだからな。」

「創造系は一番影響を受けるぞ。」

「……。」

「え?」

「つまり。」

「本気で世界を創る気にならないと。」

「小屋しか建たん。」

「逆に。」

「ノリノリで最後まで詠唱すれば?」

「城が建つ。」

「…………。」

俺は遠い目をした。

「クラフター辞めたい。」


マンション組

昼近くになっても、屋上は静かだった。

「おーい、起きろー。」

「昼だぞ。」

通常の男子たちが寝ぼけ眼で起き始める。

「腹減った……。」

「今日も探索かぁ。」

そんな中、一人が違和感に気付いた。

「あれ?」

「女子、いなくね?」

周囲を見回す。

炊事班も。

火の番も。

誰もいない。

「おい!」

「今井さん?」

返事はない。

「綾音さん!」

「誰か!」

焦った男子たちが屋上中を走り回る。

しかし、いるのは男だけだった。

「やべぇ!」

「全員いないぞ!」

その騒ぎで、ようやく湯田や三輪田、伊藤たちも目を覚ました。


「……うるせぇな。」

湯田が頭を掻きながら起き上がる。

「何の騒ぎだ?」

「女子達が!」

「全員いません!」

「は?」

三輪田も飛び起きる。

「南ちゃんは!?」

「いません!」

「今井さんも!」

「全員です!」

数分後。

ようやく状況を整理する。

女子十三名。

誰一人として残っていなかった。

荷物も最低限だけ持ち出されている。

つまり。

夜のうちに計画的に出ていった。

三輪田の顔がみるみる赤くなる。

「神谷だ。」

「絶対神谷の仕業だ!」

伊藤も頷く。

「アイツしかいない。」

「前から女子と仲良かったしな。」

「拠点まで用意してやがったんだ!」

証拠はない。

だが、三人の中では既に犯人は決まっていた。

湯田は欠伸をしながら笑う。

「まぁいいじゃねぇか。」

「どうせ近くにいるんだろ。」

「明日攻めればいい。」

三輪田もニヤリと笑う。

「女子だけ返してもらえばいいしな。」

伊藤がニヤニヤしながら言う。

「今井って女騎士なんだろ?」

「『くっ、殺せ!』って言ってくれるかな?」

「ぶはははは!」

「言いそう!」

「眼鏡だし真面目そうだからな!」

三人だけが大笑いしている。

しかし、その輪の外では。

通常の男子たちは笑っていなかった。

「……。」

「いや。」

「笑えないだろ。」

「全員いなくなったんだぞ。」

「なんでそんな余裕なんだ?」

「しかも攻めるって……。」

「相手、クラスメイトだろ。」

小さな不安はあった。

だが。

勇者という肩書き。

レベル二十という数字。

その二つが、三人に妙な万能感を与えていた。

伊藤は自信満々に胸を叩く。

「勇者は必要経験値が半分なんだぜ。」

「だからもうレベル二十。」

「この辺のゾンビなんて雑魚。」

「神谷なんか相手にならねぇよ。」

「正面から行っても負ける気がしない。」

腰の剣を軽く叩く。

「PVPってやつだ。」

その言葉に、何人かの男子は顔をしかめた。

「敵がゾンビばっかりじゃ飽きてたところだ。」

「ちょうどいい。」

「クラス最強が誰か教えてやるよ。」

しかし、誰も正面から反論はできなかった。

屋上には、不穏な空気だけが静かに広がっていった。

「だったら決まりだな。」

「明日、話をつけに行こう。」

その言葉に、賛同する者もいれば、黙ったまま視線を落とす者もいた。

しかし、誰も正面から反論はできなかった。

屋上には、不穏な空気だけが静かに広がっていった。

誰も気づいていなかった。

これは「話し合い」ではなく、感情だけで動こうとしている危うい一歩だということに。

「……嫌な予感しかしない。」

誰かが漏らしたその一言だけが、静かな屋上に重く残った。


マンション組

女子が全員いなくなったことで、一番困ったのは食事だった。

湯田が寝転がったまま言う。

「飯まだ?」

三輪田も続く。

「今日はカレーじゃないの?」

返事はない。

仕方なく、湯田の取り巻きだった女子三人が炊事場へ向かう。

「えー。」

「なんで私たちがやるの?」

「今まで今井さんたちが勝手にやってくれてたじゃん。」

文句を言いながら鍋を覗く。

「で、お米ってどう炊くの?」

「水どのくらい入れるの?」

「知らない。」

「私も。」

「とりあえず多め?」

適当に火をつける。

しかし薪はうまく燃えず、煙だけが上がる。

「ゲホッ、ゲホッ!」

「煙い!」

「何これ!」

ようやく火がついても、今度は鍋の底を焦がした。

「焦げ臭くない?」

「えっ、もう?」

「なんでこんな面倒くさいことしなきゃいけないの?」

結局、出来上がったのは半分生で半分焦げたご飯と

具のほとんど入っていない薄いスープだった。

湯田が一口飲む。

「……。」

「うまくねぇ。といか不味い。」

橋若がムッとする。

「しょうがないじゃん。」

「私たち、こんなのやったことないし。」

沢田も肩をすくめる。

「今まであいつらが勝手に作ってたじゃん。」

「なんで私たちがやんなきゃいけないの?」

佐古もため息をつく。

「洗い物まであるし。」

「めんどくさ。」

「ほんと。」

「火の番とか意味分かんない。」

三人は不満たらたらだった。

「まぁいいじゃねぇか。」

「勝ったら終わりだ。」

「神谷のところに行けば、あっちの連中に全部やらせりゃいい。」

三輪田もニヤリと笑う。

「そうそう。」

「寧々ちゃんも戻ってくるだろうし。」

「今井も料理できるしな。」

伊藤も当然のように頷く。

「働ける奴が働けば効率いい。」

その言葉を聞いて、三人の女子は安心したように笑った。

「それならいいか。」

「もう料理なんてしたくないし。」

「向こうの女子にもやらせればいいじゃん。」

「人数も増えるし。」

「また一段とこき使ってやろ。」

「ははは。」

「そうそう。戻ってきたら」

「『炊事お願い~』って。」

三人はクスクスと笑い合う。

その会話を少し離れた場所で聞いていた男子たちは、何とも言えない顔をしていた。

(……だから出て行ったんじゃないのか。)

誰も口には出さなかった。

出せば面倒なことになると、もう分かってしまっていたからだ。


その日の夕食後。

瑠菜がパンパンと手を叩く。

「はい、みんな注目!」

迅が顔を上げる。

「どうした?」

「本日は!」

瑠菜はニヤリと笑う。

「女子会を開催しまーす!」

「ということで、今日は男子禁制。」

「迅は一人部屋でお願いします。」

「えっ?」

「なんで?」

「女の子同士で話したいことがあるの。」

「なるほど。」

迅はホッと胸をなで下ろした。

「一人でゆっくり寝られる……。」

「じゃ、おやすみー。」

そう言って部屋へ戻っていく。

その背中を見送りながら、瑠菜はニヤリと笑った。


女子四人は一室に集まり、円になって座る。

瑠菜は深呼吸を一つした。

「よし。」

「作戦会議開始!」

日向がお茶を配る。

寧々はクッションを抱えながら座る。

「まず議題。」

瑠菜が紙を取り出す。

「迅をどう攻略するか。」

「……。」

部屋が静まり返る。

日向がおずおずと手を挙げる。

「あの……。」

「私も一ついいですか?」

「どうぞ。」

「その前に確認なんですけど。」

「この部屋にいる4人とも……。」

「迅のこと……好きですよね?」

「……。」

沈黙。

最初に手を挙げたのは瑠菜だった。

「好き。」

寧々も観念したように頷く。

「……好き。」

日向も顔を真っ赤にしながら小さく答える。

「……私も。」

再び沈黙。

「つまり。」

瑠菜が結論を出す。

「ライバルじゃん。」

「そうですね。」

日向が苦笑する。

寧々は腕を組んで唸る。

「これは困ったわねぇ・・・」

「でも譲りたくないの・・・」

瑠菜も頷く。

「私も。」

「譲る気はない。」

日向も珍しく真剣な表情になる。

「私も……譲れません。」

空気が少しだけ張り詰めた。


三人の視線が一斉にみゃー子へ向く。

「みゃー子は?」

「ん?」

当のみゃー子はお菓子を食べながら首をかしげる。

「私か?」

「そう。」

「迅のこと好きなの?」

「……。」

みゃー子は少しだけ考えた。

「分からん。」

「え?」

「好きか嫌いかで言えば好きだ。」

「でも恋愛かと言われると分からん。」

「神谷は昔から神谷だからな。」

「アホだし。」

「面倒くさがりだし。」

「変なところで真面目だし。」

「放っておくと余計なことするし。」

「だから監視役は必要だ。」

瑠菜が苦笑する。

「それ、お母さんじゃない?」

「違う。」

「親友だ。」

日向も納得したように頷く。

「確かに。」

寧々が尋ねる。

「では、もし神谷君が誰かと付き合ったら?」

みゃー子はあっさり答えた。

「祝福する。」

三人が目を丸くする。

「え?」

「神谷が選んだ相手なら反対する理由はない。」

「ただし。」

みゃー子の目が細くなる。

「泣かせたら相手をぶん殴る。」

「男でも女でも関係ない。」

「それだけだ。」

部屋が静かになる。

瑠菜がぽつりと呟いた。

「みゃー子。」

「それ、本当に恋じゃない?」

「分からん。」

みゃー子は肩をすくめた。

「今は恋愛してる暇なんてない。」

「生き残る方が先だ。」

「恋愛か友情か。」

「そんなの、世界が落ち着いてから考えればいい。」

その言葉に三人は顔を見合わせた。

「……。」

「なんか。」

「一番大人だね。」

「そうか?」

みゃー子は笑う。

「私はただ、自分の気持ちがまだ分からないだけだ。」

「だから今は保留。」

「それで十分だろ。」

しかし。

数秒後。

「この生活がつづくなら、神谷の子供は産みたいな」

「「「私達もだよ」」」


瑠菜は紙に大きく書いた。

『恋愛協定』

「まずルールを決めよう。」

「抜け駆けは禁止。」

「えっ?」

「夜這い禁止。」

「そんなことしません!」

「睡眠中への告白禁止。」

「しません!」

「色仕掛け禁止。」

「瑠奈ちゃんが一番するじゃない。」

「媚びすぎ禁止。」

「……。」

全員が黙る。

「あと。」

瑠菜はペンを走らせる。

「迅は鈍感だから。」

「誰か一人だけ有利になる行動は禁止。」

「例えば?」

日向が尋ねる。

「毎日手作り弁当。」

「うーん。」

「ギリセーフ?」

「いや。」

寧々が首を振る。

「毎日はさすがにアウトよ~。」

「週一なら。」

「なるほど。」

日向は真面目にメモを取る。

「二人きりのお出掛け。」

「アウト。」

「腕を組む。」

「アウト。」

「膝枕。」

「アウト!」

「頭なでなで。」

「アウト!」

「手をつなぐ。」

「!」

3人は真剣そのものだった。

その頃。

迅は一人部屋で。

「今日は静かだなぁ。」

「女子会って楽しそうだな。」

「明日何食べようかな……。」

のんきに布団へ潜り込む。


女子部屋では。

瑠菜が最後に紙へ書き加えた。

『なお、副委員長・今井知恵は特別警戒対象とする。』

寧々が頷く。

「最大の強敵だ。」

日向も真剣に頷く。

「迅さんが昔付き合っていた人ですからね。」

瑠菜は拳を握る。

「よし。」

「三人で協力して。」

「迅を副委員長から守ろう!」

三人は同時に手を重ねた。

「おー!」


恋愛協定

瑠菜は紙に書かれた「恋愛協定」を読み上げる。

「次。」

「ブラちら・パンちら。」

「これはどうする?」

日向は目を丸くした。

「えぇっ!? そんな項目あるの?」

寧々は首をこてんと傾げる。

「ブラちら……ですか?」

「そんなことまで決めるんですねぇ。」

瑠菜は真剣な表情で頷く。

「重要。」

「迅は鈍感だから。」

「事故なのか作戦なのか区別しないと。」

「なるほど……?」

日向は納得しかける。

瑠菜は自分を指差した。

「まず私。」

「ブラちら。」

「パンちら。」

「これはセーフ。」

「「えぇーーーっ!?」」

二人の声が揃う。

「なんで!?」

瑠菜は胸を張る。

「私の標準装備だから。」

「標準装備?」

「うん。」

「狙ってるわけじゃないし。」

「迅も見慣れてる。」

「だから事故。」

寧々は困ったように笑った。

「えぇっと……。」

「事故にしては、ちょっと回数が多い気もしますけどぉ……。」

日向も苦笑する。

「私だったら恥ずかしくて外を歩けません……。」

瑠菜は本当に不思議そうな顔をする。

「そう?」

「しゃがむと見えるし。」

「高い所の物を取ると見えるし。」

「風が吹いても見えるし。」

「転んでも見えるし。」

「全部事故。」

寧々はふふっと笑う。

「瑠菜ちゃんらしいですねぇ。」

「でも、そのままだと迅さんが困っちゃいますよ?」

「迅。」

「全然困ってないよ?」

「むしろ『大丈夫?』って言われる。」

日向と寧々は顔を見合わせる。

「……。」

寧々が小さく微笑む。

「迅さんらしいですねぇ。」

「そういうところ、優しいです。」

瑠菜は満足そうに紙へ書き込む。

『瑠菜のブラちら・パンちらは事故扱いにつきセーフ。』

「異議あり!」

寧々が即座に手を挙げた。

「多数決!」

「反対!」

「反対です!」

「棄権。」

みゃー子がお茶をすすりながら答える。

「私は興味ない。」

「二対一だから否決!」

「えー。」

瑠菜は口を尖らせた。

「じゃあ……。」

「週三回まで?」

「回数制限を設けるな!」

女子部屋は再び笑い声に包まれた。

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