4日目
夜明け前。
目覚ましなど無いのに、自然と目が覚める。
「……さて。」
今日も始めるか。
寝袋では、日向、瑠菜、みゃー子、寧々がまだ気持ちよさそうに眠っている。
起こさないよう、静かに屋上へ出た。
昨夜集めておいた木材と石材を前に座る。
「クラフト。」
淡い光が手元を包む。
【木の弓 品質34】
【クラフト経験値獲得】
続けて。
【石の斧 品質35】
【クラフト経験値獲得】
【木の槍 品質36】
【クラフト経験値獲得】
品質は少しずつ上がっている。
最初は十五前後だったのに、今では三十台まで育っていた。
「いい感じだ。」
完成した武器を今度は分解する。
「解体。」
淡い光が武器を包み込む。
【木材を回収】
【植物繊維を回収】
【石材を回収】
【解体経験値獲得】
また作る。
また壊す。
また作る。
また壊す。
完全に作業だ。
正直、楽しくはない。
だが。
レベルは裏切らない。
積み重ねた分だけ、確実に強くなる。
俺自身は強くならないけど。
クラフターが強くなる。
「よし。」
ログが次々と流れていく。
【クラフト経験値獲得】
【解体経験値獲得】
【クラフト経験値獲得】
【クラフトレベル10】
【スキルポイントを獲得しました】【現在3P】
「やっと二桁か。」
思わず笑みがこぼれる。
スキルポイントが増えるのは素直に嬉しい。
そのまま作業を続けていると、
「……おはよー。」
眠そうな声が聞こえた。
振り返ると、瑠菜が目をこすりながら立っていた。
「またやってる。」
「毎朝だな。」
「もう見慣れたわ。」
屋上に並ぶ大量の木の弓と石の斧を見ても、もう驚かないらしい。
続いて日向も起きてきた。
「おはようございます。」
「おはよう。」
日向は武器の山を見回して、小さく笑う。
「昨日より増えてますね。」
「増えたり減ったりだ。」
「作っては壊してるから。」
「普通なら理解できない作業ですね。」
「俺もそう思う。」
そこへ寝袋の中から声がした。
「……うるさい。」
みゃー子だ。
「あと五分。」
「その五分、昨日も聞いたぞ。」
「気のせいだ。」
「いや、絶対言った。」
そんなやり取りをしていると、最後に寧々も目を覚ました。
「おはよう。」
少し寝癖のついた髪を押さえながら、優しく笑う。
「神谷君、今日も早起きだね。」
「習慣になっちゃった。」
「頑張り屋さんだね。」
その一言に、少し照れくさくなる。
「頑張ってるのはクラフターだけどな。」
「神谷君が頑張ってるんだよ。」
寧々はくすっと笑った。
その笑顔を見ていると、不思議と疲れが少し軽くなる。
「さて。」
瑠菜が手をパンと叩く。
「女子は朝シャワー組、行きまーす!」
「今日は私が一番です。」
日向が珍しく少しだけ張り切る。
「甘い。」
みゃー子がニヤリと笑った。
「私は隠密で先に行っている。」
「ずるい!」
「反則!」
朝から浴室の方が賑やかになる。
俺はその様子を見送りながら、ガソリン発電機を回した。
「パンでも焼くか。」
発電機の音が響き始める。
今日もまた、俺たちの一日が始まった。
「すごいよね~。」
シャワーへ向かいながら、瑠菜がステータス画面を眺めていた。
「もうレベル5だよ?」
「昨日は1だったのに。」
「うむ。」
みゃー子も自分の画面を見て頷く。
「何もしてないのにレベルが上がる。」
「放置プレイというやつだな。」
「放置プレイ?」
寧々が首をかしげる。
「えっと……。」
「パーティーメンバーが経験値を稼ぐと、自分にも少し経験値が入るってこと。」
「なるほど!」
寧々は納得したように笑った。
「だから朝起きたらレベルが上がってたんだ。」
日向も自分の画面を確認する。
「私はレベル5になってます。」
「私もだよ~。」
瑠菜が嬉しそうに手を振る。
「私も5。」
みゃー子も頷く。
「私も5だね。」
寧々も少し嬉しそうに笑った。
「へぇ。」
俺は思わず感心する。
「みんな結構上がるんだな。」
「神谷君は?」
寧々が聞いてきた。
「俺?」
「俺は朝からずっと作業して、やっとクラフトレベル10。」
「戦闘レベルは……ない。」
「やっぱり職業によって全然違うんだね。」
「そうみたいだ。」
俺は苦笑するしかなかった。
(俺だけレベルの上がり方がおかしい気がするんだけどな……。)
朝食を食べ終えたところで、俺はみんなを集めた。
「今日は昼にはここを出たいと思う。」
「いよいよ引っ越しだね。」
瑠菜が少し楽しそうに言う。
「どこへ向かうの?」
寧々が尋ねた。
俺は地図代わりに地面へ簡単な絵を描く。
「ここが俺たちのいる街だ。」
「うん。」
「俺は、この世界は前の世界のアメリカをモデルにしてるんじゃないかと思ってる。」
「アメリカ?」
日向が首をかしげる。
「どうしてですか?」
「建物の造り。」
「道路の広さ。」
「ホームセンターの規模。」
「全部、日本よりアメリカっぽい。」
四人は静かに耳を傾けている。
「それでな。」
「アメリカって、日本みたいに毎日買い物へ行く家庭は少ない。」
「一週間分とか、一か月分をまとめ買いすることが多いんだ。」
「そうなんだ。」
寧々が感心したように頷く。
「だから街中のスーパーだけじゃ足りない。」
俺は地図の少し外側を指差した。
「大きな町から車で二十分から三十分くらい離れた郊外。」
「そこに、とんでもなく大きいマーケットがあることが多い。」
「食料。」
「飲み物。」
「衣類。」
「家電。」
「工具。」
「家具。」
「薬。」
「自転車。」
「園芸用品。」
「何でも置いてあるような店だ。」
「コス〇コみたいな感じ?」
瑠菜が聞く。
「そんなイメージ。」
「倉庫みたいに広い店だ。」
みゃー子が腕を組む。
「つまり。」
「町から出て、幹線道路沿いを進めば、その手の店がある可能性が高いということだな。」
「その通り。」
俺は頷いた。
「そこを次の拠点にしたい。」
「ホームセンターよりさらに物資が豊富。」
「駐車場も広い。」
「建物も頑丈。」
「長期戦を考えるなら、あっちの方が向いていると思う。」
日向が小さく手を挙げる。
「もし無かったら?」
「その時は次を探す。」
「でも、この規模の街なら一店舗くらいはあるはずだ。」
「なるほど。」
みんな納得したように頷いた。
瑠菜がニヤッと笑う。
「つまり今日は。」
「お買い物ツアー!」
「違う。」
俺は即座に否定する。
「命懸けの物資回収だ。」
「えー。」
「同じようなもんじゃん。」
「全然違う。」
「買い物は財布が軽くなる。」
「今回はストレージが軽くなる。」
その一言で、一瞬静まり返る。
そして。
「あはははは!」
「確かに!」
「財布はいらないもんね!」
屋上に笑い声が響いた。
俺は苦笑しながら、積み上げられた段ボール箱を見る。
「じゃあ最終確認だ。」
「忘れ物がないように準備してくれ。」
「昼には出発する。」
俺は最後にもう一つだけ付け加えた。
「あと、もう一つある。」
みんながこちらを見る。
「今日の夜、この拠点にはマンション組が来る。」
「佐々木が今井さんに話を通してくれるはずだ。」
日向が頷く。
「それで、この拠点を譲るんですね。」
「ああ。」
「だから、食料や日用品で置いていく物は全部屋上に集めておいてくれ。」
「弓や槍も?」
瑠菜が聞く。
「うん。」
「予備の武器も屋上に置いていく。」
「分かった。」
「下の階は?」
みゃー子がニヤリと笑う。
「もちろん。」
俺も笑い返した。
「トラップだらけにする。」
「うわぁ……。」
寧々が少し引いた表情になる。
「でも、それって今井さんたちも危なくない?」
「だから屋上に物資を集めるんだ。」
「屋上から入れば安全。」
「建物の中だけ危険地帯にする。」
「なるほど。」
日向が納得したように頷く。
「侵入者だけを足止めするんですね。」
「そういうこと。」
俺はホームセンターで集めた資材を見渡す。
ロープ。
釣り糸。
木材。
釘。
工具。
「やれることは限られてる。」
「でも、何もしないよりはずっといい。」
瑠菜が腕まくりをした。
「じゃあ、設置は私も手伝う!」
「私も。」
日向も続く。
「トラップならシーフの出番だな。」
みゃー子が悪そうな笑みを浮かべる。
「隠すのは得意だ。」
「私は何をすればいい?」
寧々が尋ねる。
「寧々は荷物の最終確認をお願い。」
「忘れ物があると困るから。」
「うん。」
「任せて。」
それぞれ役割が決まる。
俺は工具箱を持ち上げ、小さく息を吐いた。
「さて。」
「最後の仕上げだ。」
「今夜ここへ来る人たちが、少しでも安全に過ごせるように。」
「そして――。」
「俺たちを追って来るような奴らには、少し痛い目を見てもらおう。」
トラップを作っては設置し、また作る。
通路にはワイヤートラップ。
階段には落とし穴。
開けたら頭上から木材が落ちる簡単な罠まで作った。
「こんなもんかな。」
額の汗をぬぐった、その時だった。
「……そういえば。」
俺はあることを思い出した。
「寧々。」
「なに?」
「そういえば、寧々の職業って聞いてなかったな。」
「あっ。」
寧々は嬉しそうに笑った。
「聞いてくれます?」
「もちろん。」
「えっとですね。」
胸を張って宣言する。
「私は――」
「ヴァルキリーなんですよ!」
「…………。」
「ヴァルキリー?」
思わず聞き返してしまった。
「そんな職業あるのか?」
「あります!」
寧々は元気よく頷く。
「弟がやってたゲームに、すっごくかっこいいキャラがいたんです。」
「その職業がヴァルキリーで。」
「だから選びました!」
「……ほぅ。」
どこかで聞いたことがある。
戦乙女。
そんな意味だった気がする。
「で、ですね!」
寧々は身振り手振りを交えて話し始めた。
「戦闘が始まる時が、とってもかっこいいんです!」
「空から光が降ってきて!」
「槍を持って!」
「ばーん!って着地するんですよ!」
「おお……。」
「それで羽がふわぁ~って舞って!」
「敵に向かって走っていくんです!」
目を輝かせながら語る寧々。
完全に好きなゲームの話をする人の顔だった。
「なるほど。」
「見た目に惚れたんだな。」
「はい!」
即答だった。
「性能とか全然知らないです!」
「そこは知っとこうよ……。」
俺が苦笑すると、瑠菜が笑い出す。
「あはは!」
「寧々らしい!」
日向も優しく微笑む。
「でも、似合ってます。」
「本当?」
「はい。」
「優しいけど、いざという時は誰かを守ろうとするところ。」
「ヴァルキリーっぽいと思います。」
「えへへ。」
寧々は少し照れくさそうに笑った。
その様子を見ていたみゃー子が腕を組む。
「まあ。」
「実際の性能は、戦ってみないと分からんな。」
「そうだな。」
俺も頷く。
この世界はゲームそのものじゃない。
名前だけ同じで、中身は全く違う可能性もある。
「でも。」
俺は寧々を見る。
「かっこいい職業を選んだのは正解かもしれない。」
「え?」
「憧れがある方が、人は強くなれる。」
寧々は少しだけ目を丸くしたあと、嬉しそうに笑った。
「はい!」
「頑張ります!」
……その笑顔なら。
きっと、ヴァルキリーという名前に負けないくらい強くなれる。
そんな気がした。
「ちょっと試してみてもいいですか?」
寧々がおずおずと手を挙げた。
「ん?」
「ヴァルキリーのスキルです!」
「お、おう。」
俺たちは少し距離を取る。
寧々はその辺に落ちていた木の枝を拾い、剣に見立てて構えた。
すぅ……っと息を吸う。
そして、凛とした声で詠唱を始める。
「――我と共に征くは、冷厳なる勇者。」
死を超え、その先を行く者たちよ・・・」
「……。」
「……どっかで聞いたことあるなぁ……。」
俺がぼそっと呟く。
みゃー子も小さく頷いた。
「厨二病全開だな。」
「――告げる。我が名は戦定めし者、主神の意志を執行する白銀の翼。血煙る戦場に、今ひとたびの終焉の鐘を鳴らせ。閉じられた黄金の宮殿よ、我が命に応じ、その重き扉を開放せよ!時空の彼方に眠りし不滅の魂たちよ、契約の鎖を解き放ち、今ここに集え!吹き荒べ、凍てつく北風!轟け、激動の雷鳴!我らの往く道は屍の山、我らの望むは永遠の勝利!刃を掲げよ、魂を燃やせ、死すら超越した戦友よ!光満つる天上の楽園より、今この絶望の深淵へと舞い降りよ!」
「……。」
「……長くねぇ?……。」
俺がぼそっと呟く。
みゃー子も小さく頷いた。
「厨二病が全力で加速してるな。」
「出でよ!!」
【神威招請・戦乙女の眷属】!!」
寧々が枝を天へ掲げる。
一瞬、空気が震えた。
淡い光が集まり、地面に大き目の魔法陣が浮かび上がる。
青と黒に点滅し、鳴動を始める。
「おお?」
「何か来る!」
瑠菜が身を乗り出す。
次の瞬間。
「ぴっぴー!」
……。
…………。
一羽の文鳥が飛び出してきた。
「……。」
「……。」
「……。」
場の空気が止まる。
「あー。」
寧々が苦笑した。
「ぴーちゃんだ。」
白い文鳥は嬉しそうに寧々の肩へ止まる。
「かわいい!」
日向が目を輝かせる。
「文鳥だ!」
瑠菜も思わず笑う。
「召喚獣って文鳥なの!?」
俺も拍子抜けしていた。
「ヴァルキリーって、もっとこう……。」
「白馬とか、狼とか、鷹とか。」
「そんな感じじゃないのか?」
すると。
肩の上の文鳥が、ゆっくりこちらを向いた。
黒い瞳が俺を見つめる。
そして。
「お前は敵か?!相手をしてやろうか??」
低く渋い声が響いた。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「しゃべったぁぁぁぁ!?」
俺たち四人の声がきれいに重なった。
ぴーちゃんは小さく羽を震わせる。
「久々の召喚だ。」
「肩が鈍っていないといいが。」
「……。」
「文鳥なのに声が渋すぎる!」
瑠菜が腹を抱えて笑う。
「ギャップがすごい!」
みゃー子は真顔のまま呟いた。
「中身、おっさんじゃないだろうな。」
「失礼な。」
ぴーちゃんは翼を軽く広げる。
「私は誇り高き戦乙女の使い魔だ。」
「文鳥だけど。」
「文鳥だ。」
「文鳥ですね。」
「文鳥だね。」
全員の認識は一致した。
ぴーちゃんは小さくため息をつく。
「……外見で判断される人生は辛い。」
「いや、鳥生か。」
その一言で、屋上は笑い声に包まれた。
「それで……。」
俺は恐る恐る聞いてみる。
「ぴーちゃんは、何ができるのでしょう?」
ぴーちゃんは胸を張り、翼をぱたぱたと動かした。
「ブレスが吐けるぞ。」
「えっ!?」
「私にふさわしい、炎のブレスだ。」
「ほぉ……。」
意外だった。
見た目は完全に文鳥だ。
ライターくらいの火でも出れば十分驚く。
「あと、広範囲火炎魔法も使えるぞ。あれは詠唱がカッコいいのだ。」
「ブレスって・・・広範囲火炎魔法って・・・。」
俺は嫌な予感がした。
「どの程度でしょうか?」
日向がおそるおそる尋ねる。
ぴーちゃんは少し考える素振りを見せてから、あっさり答えた。
「そうだな。」
「このホームセンターが吹き飛ぶくらいかな。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
全員の動きが止まった。
「お許しください。」
俺は即座に頭を下げた。
「使いません。」
「絶対使いません。」
日向も九十度のお辞儀をする。
「お願いします。」
瑠菜も青ざめていた。
「私、まだお風呂入りたい!」
みゃー子は真顔で一歩後ろへ下がる。
「寧々。」
「その鳥を怒らせるな。」
「えぇぇ!?」
一番慌てたのは当の寧々だった。
「ぴーちゃん!」
「ホームセンター壊しちゃダメだからね!」
「心得ておる。」
ぴーちゃんは偉そうに頷く。
「寧々の命令がない限り撃たぬ。」
「……よかった。」
全員が胸をなで下ろした。
すると、ぴーちゃんがぼそりと呟く。
「ちなみに全力なら、この街区くらいなら焼き払える。」
「情報を追加するなぁぁぁ!!」
俺たちの悲鳴がホームセンターの屋上に響き渡った。
寧々は慌ててぴーちゃんを両手で包み込む。
「めっ!」
「今日はブレス禁止!」「火魔法も禁止!」
「はーい。」
ぴーちゃんは小さく返事をした。
その姿は、どう見ても可愛らしい文鳥だった。
……中身と火力さえ考えなければ。
「それじゃあ、箱を預かるぞ。」
俺がそう言うと、女子四人がそれぞれ段ボール箱を持ってきた。
一箱。
二箱。
三箱。
……
全部で十二箱。
「結構あるな。」
「女の子は荷物多いんだよ。」
瑠菜が胸を張る。
「そういうものなのか。」
「そういうものなの。」
日向も真剣な顔で頷いた。
俺は箱を持ち上げようとして、ふと違和感を覚える。
「……ん?」
箱の側面に何か書いてある。
『開けないでね♡』
「……。」
次の箱。
『開けたら殺す。』
「物騒だな!」
さらに次。
『開けたら責任を取ってもらう。』
「責任って何!?」
その隣。
『開けたら記憶がなくなるまで殴る。』
「怖っ!」
最後の一箱には大きく、
『これはミミックです。開けないでね。』
「いや、絶対ミミックじゃないだろ!」
俺が思わずツッコむと、四人が一斉に笑い出した。
「あははは!」
「絶対開けないようにと思って。」
瑠菜がニヤニヤしている。
「逆に気になるじゃないか。」
「気になってもダメ。」
みゃー子が腕を組む。
「女子には秘密というものがある。」
「秘密なのは分かった。」
「でも何が入ってるんだ?」
「乙女の夢。」
寧々がにこっと笑う。
「化粧品。」
日向が続ける。
「着替え。」
「シャンプー。」
「リンス。」
「ボディソープ。」
「スキンケア用品。」
「あと内緒。」
「最後だけ濁したな。」
「内緒だから。」
四人が同時に言う。
……まあ。
聞かない方が平和だろう。
俺は肩をすくめた。
「分かった。」
「じゃあ預かる。」
一箱ずつストレージへ収納していく。
シュッ。
シュッ。
シュッ。
十二箱すべて収納完了。
「必要になったら言ってくれ。」
「いつでも出す。」
「ありがとー!」
「助かります。」
「神谷君、よろしくね。」
「私たちの命より大事だから。」
「いや、そこまで!?」
思わずツッコむ。
すると瑠菜がニヤリと笑った。
「乙女の秘密を甘く見ちゃいけないのだ。」
俺は苦笑しながら頷いた。
(……絶対に間違えて開けないようにしよう。)
男の勘が告げていた。
あれはモンスターより危険だ、と。
五台の電動自転車が、幹線道路をゆっくりと走る。
俺を先頭に、
瑠菜。
日向。
寧々。
そして最後尾を、みゃー子が警戒しながらついてくる。
「次の拠点にもシャワーあるかなー。」
瑠菜がのんびりと呟く。
「あるといいですね。」
日向も頷く。
「もう毎日お風呂入れる生活に慣れちゃいました。」
「野菜も食べたいよね。」
寧々が前を見ながら言う。
「レタスとかトマトとか。」
「サラダ。」
「きゅうり。」
「あと果物!」
瑠菜が元気よく手を挙げる。
「私はカレー!」
「ラーメンも食べたい!」
「シュークリーム!」
「プリン!」
「唐揚げ!」
「夢が広がるな。」
俺は苦笑した。
終末世界とは思えない会話だ。
だが、そのくらい普通に話せる方がいい。
そんなことを考えていると。
前方の道路の真ん中に、人影が見えた。
一体。
二体。
三体。
ゆっくりと、こちらへ歩いてくる。
「……いたか。」
俺は自転車を止める。
腐った肌。
濁った瞳。
間違いない。
ゾンビだ。
思わずため息が漏れる。
「そろそろだと思ってたんだ。」
俺が木の弓へ手を伸ばした、その瞬間。
「・・・きゃ---っ!こわいーーーー!!」
寧々が後ろからちらっと見てパニックになって悲鳴を上げた。
「ぴーちゃん助けて!」
肩の上の文鳥が、ふっと飛び立つ。
「任せろ。」
その一言と同時に、空気が震えた。
「我焦がれ、天を衝くは終焉の灯火! 万物を灰へと誘うは、獄炎の憤怒! 落ちよ!!」
「ちょっ、、、おまっ、、、」
『カタストロフ・フレア』!」
止める暇もなかった。
上空に巨大な魔法陣が展開される。
赤。
橙。
黄金。
幾重にも重なった魔法陣が空を覆う。
「え。」
「ちょ。」
「待っ──」
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!
轟音。
衝撃。
視界が真っ白に染まる。
猛烈な爆風が吹き荒れ、自転車ごと吹き飛ばされそうになる。
数秒後。
土煙がゆっくり晴れていく。
「……。」
「……。」
「……。」
ゾンビは消えていた。
跡形もなく。
いや。
ゾンビだけではない。
道路も。
街路樹も。
ガードレールも。
全部消えていた。
目の前には。
直径百メートルはありそうな巨大なクレーター。
「…………。」
俺は無言でクレーターを見つめる。
「…………。」
瑠菜も口を開けたまま固まっている。
「…………。」
日向は眼鏡を押し上げる手が震えていた。
その中心で。
ぴーちゃんが得意げに胸を張る。
「どうだ、我は凄いだろう。」
「褒め称えよ。」
しばらく静寂が流れた。
最初に口を開いたのは寧々だった。
「ぴーちゃん、すごーい!」
「うむ。」
「えらいぞー。」
頭を撫でられ、ぴーちゃんは満足そうだ。
続いて日向がにこやかに微笑む。
「次からは……。もう少し控えめにお願いします。」
「んむ。」
ぴーちゃんは神妙な顔で頷く。
「よきにはからえ。」
その横で。
俺と瑠菜は顔を見合わせた。
「……なぁ。」
「何?」
「ゾンビ三体だったよな。」
「うん。」
「核兵器はいらなかったよな。」
「うん。」
二人そろって、深いため息をついた。
「敵より地形破壊の方が被害大きいじゃねぇか……。」
俺のその一言に。
みゃー子だけが、小さく呟いた。
「……敵に回さなくて、本当に良かった。」
ぴーちゃんが作った巨大クレーターをぐるりと迂回し、俺たちは再び幹線道路へ戻った。
「なんか、遠回りになっちゃったね。」
瑠菜が苦笑する。
「次からは加減してくださいね。」
日向も小さくため息をつく。
「善処する。」
ぴーちゃんは胸を張った。
……信用できない。
そんなことを考えながら自転車を走らせていると。
「ん?」
道路脇に、一台の大型トレーラーが停まっていた。
コンテナを載せた大型車両。
事故を起こした様子もなく、きれいな状態で放置されている。
俺は自転車を止めた。
「どうしたの?」
「ちょっと気になる。」
トレーラーを見上げる。
その瞬間。
「あ。」
思い出した。
「そういえば俺、スキルポイント余ってたな。」
今なら確認できる。
ウィンドウを開き、知識系スキルを表示する。
【知識系】
・電気設備知識 Lv1 取得済み
・車両整備知識 Lv1 消費1
「これだ。」
迷わず取得する。
【スキルポイントを1消費しました】
【車両整備知識 Lv1を取得しました】
その瞬間。
大量の知識が頭の中へ流れ込んでくる。
ディーゼルエンジン。
トランスミッション。
エアブレーキ。
バッテリー。
燃料系統。
メーターの見方。
配線図。
「うわっ……。」
思わず頭を押さえた。
「大丈夫!?」
寧々が駆け寄ってくる。
「ああ。」
「ちょっと知識が一気に入ってきただけだ。」
数十秒ほどで頭の整理が終わる。
俺は改めてトレーラーを見る。
「……あれ?」
運転席へ近づき、ドアを開ける。
キーは刺さったままだ。
メーターを確認する。
燃料計。
バッテリー。
エア圧。
俺は自然と状況を理解していた。
「これ。」
「動くんじゃね?」
「「「えっ!?」」」」
三人が一斉に振り返る。
俺はセルを回す。
キュル……
ブォォォン!!
低く重いディーゼルエンジンの音が響いた。
「かかった。」
「「「動いたぁぁぁ!!」」」
瑠菜が目を丸くする。
「運転できるの!?」
「いや。」
俺も驚いていた。
「五分前までは無理だった。」
「でも今は……。」
クラッチ。
シフト。
エアブレーキ。
操作方法が自然と分かる。
まるで何年も乗ってきたような感覚だった。
「知識スキルって……。」
「ここまでなのか。」
みゃー子がコンテナを見上げる。
「神谷。」
「何だ?」
「これ、動くなら。」
「引っ越し終わったな。」
「……だな。」
俺も思わず笑ってしまった。
ストレージの容量で頭を抱えていたのが、少し前のこととは思えない。
目の前には、何十トンもの荷物を運べる大型トレーラーがある。
「よし。」
俺は運転席から顔を出した。
「次の拠点まで、文鳥引越トラック、発車します!」
「わーい!」
「荷物積み放題だー!」
女子三人が歓声を上げる。
その横で、ぴーちゃんだけが小さく頷いた。
「うむ。」
「文明の利器は偉大だ。」
幹線道路をさらに三十分ほど進む。
やがて。
「おお……。」
瑠菜が思わず声を漏らした。
視界いっぱいに巨大な建物が現れる。
「でかっ!」
日向も目を丸くする。
駐車場だけでサッカー場が何面も入りそうな広さだ。
看板には、
『MEGA MART』
と書かれていた。
「当たりだ。」
俺は小さく笑う。
「アメリカによくある大型マーケットだ。」
「食料も。」
「衣類も。」
「家具も。」
「家電も。」
「工具も。」
「薬も。」
「たぶん全部ある。」
「すごーい!」
寧々が歓声を上げる。
「もうここ住めるじゃないですか!」
「住む予定だけどな。」
「やったー!」
期待に胸を膨らませながら駐車場へ近付く。
……しかし。
俺はトレーラーを止めた。
「どうしました?」
日向が前を見る。
そこには。
ふらふらと歩く人影。
一体。
二体。
十体。
二十体。
三十……。
「思ったより多いね。」
瑠菜が表情を引き締めた。
駐車場にはかなりの数のゾンビが徘徊している。
入口付近にも群れ。
駐車中の車の間にも群れ。
「さて。」
俺は腕を組む。
「どう掃除しようかな。」
その瞬間。
寧々が俺の袖をちょんちょんと引っ張る。
「神谷君。」
「ん?」
「今回は私に任せてもらえませんか?」
嫌な予感しかしない。
「……ちなみに。」
「ぴーちゃん。」
「はい。」
「ほどほどにね?」
「心得た。」
肩の上でぴーちゃんが厳かに頷く。
「今回は控えめだ。」
「本当だな?」
「うむ。」
「半径五十メートル程度で済ませよう。」
「十分広い!」
俺が全力でツッコむ。
みゃー子が小さくため息をついた。
「神谷。」
「何だ?」
「この鳥。」
「加減の基準がおかしい。」
「俺もそう思う。」
日向が苦笑しながら提案する。
「でしたら……。」
「瑠菜さんが一体ずつ釣ってきて。」
「私が後方支援。」
「寧々さんは、本当に危ない時だけ。」
「ぴーちゃんも、それでお願いします。」
「むぅ……。」
ぴーちゃんは少し不満そうだった。
「我の見せ場が。」
「あります。」
日向がにっこり笑う。
「街を消し飛ばさない範囲で。」
「……善処する。」
「善処じゃなくて約束してください。」
「約束しよう。」
ぴーちゃんは小さな翼を胸に当てた。
「今日はホームセンターも、道路も、街区も消さぬ。」
「基準がおかしい!」
俺たちのツッコミが青空に響いた。
その時だった。
駐車場の奥から。
「グォォォォ……。」
他のゾンビより一回り大きな影がゆっくりと姿を現す。
筋肉が異様に膨れ上がり。
片腕は人間の倍以上。
「……あれ。」
瑠菜が小さく呟く。
「普通のゾンビじゃないよね。」
俺も静かに槍を握り直した。
「どうやら。」
「ボスのお出ましらしい。」
巨大トレーラーの荷台。
俺たちはそこを簡易要塞にしていた。
「来るよ!」
瑠菜が弓を引く。
ヒュン!
一体。
ヒュン!
二体。
ヒュン!
三体。
矢が次々とゾンビの頭を貫いていく。
「レベル上がったせいかな?」
「昨日より狙いやすい!」
「こっちも!」
みゃー子も負けじと矢を放つ。
ヒュン。
ヒュン。
ヒュン。
「シーフなのに弓うまいな。」
「器用さが高いからな。」
みゃー子は淡々と答えた。
それでも。
道路の向こうから。
駐車場の奥から。
建物の中から。
ぞろぞろ。
ぞろぞろ。
ゾンビが集まってくる。
「……。」
「くっ。」
「数が多すぎる。物量で負けちまう」
俺は弓を握り直す。
このままでは矢が先に尽きる。
どうすれば──。
その時だった。
「神谷君。」
日向が小さく手を挙げた。
「《セイクリッド・サンクチュアリ》使ってみてもいいですか?」
「……半径は?」
「二十メートルくらいです。」
「やってみよう。」
日向は静かに目を閉じた。フワッとオーラっぽいのがでる。また中二病だ。
両手を胸の前で合わせる。
「悠久の天門より降りし聖なる輝きよ。」
「運命の天秤は今、善なる魂へと傾く。」
「悪しき者は灰となり、護るべき者は永遠の光に抱かれよ。」
「顕現せよ──神域!」
「《セイクリッド・サンクチュアリ》!!」
淡い金色の光が足元から広がる。
半径二十メートル。
美しい光のドームが俺たちを包み込んだ。
そこへ。
一体のゾンビが足を踏み入れる。
ジュッ。
「あ。」
煙になった。
骨すら残らない。
次の一体。
ジュッ。
消滅。
三体。
五体。
十体。
ジュッ。
ジュッ。
ジュッ。
まるで熱した鉄板に水滴を落としたような音と共に、ゾンビが次々と消えていく。
「「「「…………。」」」」
全員が言葉を失う。
「日向。」
「はい?」
「これ。」
「ヤバくない?」
「私もびっくりです……。」
本人が一番驚いていた。
ドームへ近付くゾンビは。
触れた瞬間。
消える。
歩いてくる。
消える。
歩いてくる。
消える。
完全に害虫駆除だった。
その時。
駐車場の奥から現れた巨体。
ボスゾンビ。
「グォォォォォォッ!!」
地面を揺らしながら突進してくる。
「さすがに。」
「ボスには効かないだろ・・・。」
俺がそう呟いた瞬間。
ボスがドームへ踏み込んだ。
ジュゥゥゥゥゥゥッ!!
「グギャァァァァァーーーーッ!!」
絶叫。
全身から白い煙を噴き出す。
「え?」
「効いてる?」
「効いてます!」
ボスは必死に外へ逃げようとする。
しかし。
日向は慌てて後ろへ下がった。
「あ。」
神域も一緒に移動した。
「逃がしません。」
ジュゥゥゥゥゥゥッ!!
「グギャァァァァァァッ!!」
十秒後。
ボスは灰になった。
シーン……。
静まり返る駐車場。
俺の目の前にだけ表示が浮かぶ。
【レベルが上がりました】
【クラフトレベルが上がりました】
「……。」
「……。」
「……。」
俺は空を見上げた。
「ワーイ、ウレシイナ。」
棒読みだった。
瑠菜が苦笑する。
「神谷君。」
「何?」
「このパーティー。」
「火力がおかしい。」
みゃー子が真顔で頷く。
「文鳥は戦略兵器。」
「日向は歩く結界。」
「神谷だけ普通だな。」
「やめろ。」
「俺が一番傷つく。」
その横で。
日向は申し訳なさそうに小さく頭を下げた。
「……これ。」
「もしかして使いすぎるとダメな魔法でしょうか?」
ぴーちゃんが首を横に振る。
「いや。」
「単純に強いだけだ。」
「神の力だからな。」
「……。」
俺は心の中で一つだけ決意した。
(この二人には絶対に喧嘩を売らない。)
生存本能が、全力でそう訴えていた。
メガマートの内部を探索し始めてすぐ。
「……あ。」
宿泊エリアを発見した。
ビジネスホテルのように、小さな個室が廊下の両側へ並んでいる。
「今日はここまでにしよう。」
俺はため息をつく。
「今日は一日、濃すぎた。」
「朝は引っ越し。」
「昼はトレーラー発見。」
「夕方はゾンビの大群。」
「そして巨大クレーター。」
「……精神的に疲れた。もう寝たい。」
全員が深く頷いた。
「賛成です……。」
「私も限界~。」
一応、安全確認はしておく。
部屋を一つずつ開ける。
ゾンビなし。
異常なし。
5階という高さも悪くない。
5階へ続く階段には、防火シャッターを降ろしてある。
非常階段も確認したが、こちらも問題なし。
「よし。」
「ここなら大丈夫だ。」
俺は部屋を見渡した。
「個室が20部屋ある。」
「俺たちは五人だから、一人一部屋使えるな。」
その瞬間。
「えーー。」
瑠菜が不満そうな声を上げた。
「えーじゃない。」
「なんで?」
日向も手を挙げる。
「私はみんな一緒のお部屋がいいと思います。」
「……なぜ?」
「安心だからです。」
「夜中にゾンビが来たら怖いですし。」
瑠菜も勢いよく頷く。
「そうそう!」
「それに一人だと寂しいよ?」
「いや。」
「防火シャッター閉まってるし。」
「5階だし。」
「何か来たらすぐ分かる。」
「問題ないだろ。」
すると、みゃー子が口を開いた。
「神谷。」
「何だ?」
「お前。」
「女子を一人で寝かせる気か?」
「え?」
「終末世界だぞ?」
「いや、だから安全確認は──」
「安心感は別問題。」
「うっ。」
正論だった。
寧々まで小さく手を挙げる。
「私も……。」
「みんな一緒がいいです。」
「ぴーちゃんもいるし。」
「うむ。」
ぴーちゃんが偉そうに頷く。
「我も寝る。」
「文鳥は鳥籠で寝ろ。」
俺は頭を抱えた。
「じゃあさ。」
「女子四人で一部屋。」
「俺一人。」
「これでいいだろ?」
四人は顔を見合わせる。
そして。
「「「「えー。」」」」
見事にハモった。
「まだ何かあるの!?」
瑠菜が困ったように笑う。
「だってさ。」
「神谷君だけ別の部屋って。」
「なんか仲間外れみたいじゃん。」
日向も続ける。
「私たちだけ安心して寝るのも、ちょっと……。」
寧々がこくこく頷く。
「神谷君も一緒なら安心。」
みゃー子は腕を組んだまま言う。
「私は別に神谷が何かするとは思ってない。」
「……信用されてるのか?」
「されてる。」
「むしろ。」
「一番安全な男だ。」
「複雑だな。」
結局。
女子四人。
男一人。
五人全員で、一番広い部屋に寝袋を並べることになった。
俺は最後まで納得できず、小さく呟く。
「普通……逆じゃないか?」
すると瑠菜が笑いながら言った。
「神谷君。」
「何?」
「一番襲われそうなの、神谷君だから。」
「……はい?」
みゃー子が真顔で頷く。
「四対一。」
「逃げ場なし。」
俺はそっと寝袋を入口の近くへ移動させた。
「何してるの?」
「非常口の確保。」
「本能が危険だって言ってる。」
部屋の中に笑い声が響いた。
佐々木 篤
深夜。
マンションの屋上には静かな寝息だけが響いていた。
「……寝たか。」
俺は小さく呟く。
少し前まで騒いでいた伊藤たちは、全員ぐっすり眠っている。
「効きすぎだろ。」
今井さんが苦笑した。
「少しだけならって、お〇を許可したのは私だけど……。」
「高校生が飲めば、こんなものか。」
缶〇ール一本を数人で回し飲みしただけ。
それでも全員真っ赤になり、そのまま寝落ちしてしまった。
「今しかないね。」
今井さんが立ち上がる。
屋上の隅では、女の子たちが静かに荷物をまとめ終えていた。
「人数確認。」
今井さんが小声で言う。
「私を入れて十三人。」
「男は佐々木君一人。」
「了解。」
俺は頷いた。
神谷から預かった手紙を渡したあと。
今井さんは迷わず決断した。
『行きたい人だけ来てください。』
無理強いはしなかった。
それでも十二人が手を挙げた。
理由は人それぞれだった。
「もう限界。」
「安心して寝たい。」
「お風呂入りたい。」
「ちゃんとご飯食べたい。」
そして。
「ここは怖い。」
その一言が、一番多かった。
俺は皆の顔を見る。
不安そうな子。
少し泣いた跡がある子。
決意したような表情の子。
それぞれが静かにリュックを背負っていた。
「本当に行くんだね。」
今井さんが最後に確認する。
全員が頷く。
「神谷君の手紙。」
「信じてみたい。」
誰かがそう呟いた。
俺は立ち上がる。
「行こうか。」
「うん。」
懐中電灯は使わない。
月明かりだけを頼りに、階段を静かに下りる。
一人も声を上げない。
靴音すらできるだけ立てないように。
マンションを出て、道路へ出る。
振り返ると。
暗闇の中にマンションだけがぽつんと立っていた。
「……。」
もう戻ることはないかもしれない。
そんな予感がした。
「佐々木君。」
「ん?」
「シャワー、本当に使えるの?」
今井さんが少し照れくさそうに聞く。
思わず笑ってしまう。
「使える。」
「しかもお湯。」
「えっ!?」
「本当に!?」
「シャンプーもある。」
「リンスも。」
「ボディソープも。」
一瞬。
女の子たちの空気が変わった。
「行こう!」
「急ごう!」
「早く着こう!」
さっきまで疲れた顔をしていた十三人が、一斉に歩く速度を上げる。
俺は苦笑した。
「神谷。」
「お前。」
「女子の心を掴むの上手すぎるだろ。」
その夜。
十四人の小さな集団は、静かにマンションを後にした。
誰にも気付かれることなく。
新しい居場所を目指して。
佐々木 篤
俺はレンジャーだ。
森や山。
野外活動なら、この職業の本領発揮だ。
途中まで幹線道路を進み、その後林に入っていく。
屋上裏からしか侵入できる梯子がないらしい。
神谷から聞いていた。
「裏の林は全部トラップだらけだから。」
「足跡が残ってたらそのまま踏め。」
「慎重に警戒しながら進めよ。」
俺は松明を掲げながら地面を確認する。
「みんな。」
「俺の足跡だけ踏んで。」
「左右には絶対に逸れないで。」
十四人の女子が真剣な表情で頷く。
暗闇の中を、一歩ずつ。
慎重に進む。
途中、罠が見えた。
地面に薄く隠された落とし穴。
ワイヤー。
釘を打ち付けた板。
「……うわ。」
女子の一人が青ざめる。
「これ全部?」
「ああ。」
「神谷が作った。」
「敵が来ることを想定してな。」
誰かが小さく呟く。
「敵にならなくて良かった……。」
普通なら三十分で着く距離。
だが夜だ。
足元を確認しながら進むため、倍以上の時間がかかる。
二時間後。
ようやくホームセンター裏へ到着した。
「ここからは俺の出番だ。」
壁を見上げる。
屋上まで七メートルほど。
俺は壁の小さな突起へ手を掛けた。
「佐々木君!?」
「大丈夫。」
「レンジャーの身体能力を舐めないで。」
手、、、足、、、。手、、、。足、、、。
身体が自然と動く。
まるで何度も練習したように、壁を登っていく。
数分後。
屋上へ到着。
「よし。」
置かれていた木製の梯子を下ろす。
「一人ずつ。」
「慌てなくていい。」
女子たちを支えながら、全員を屋上へ上げていく。
最後の一人が登ると、梯子もすぐ回収した。
これで侵入経路はなくなった。
まだ空は暗い。
俺は屋上に転がっていた松明とライターを見つける。
火を点ける。
ボッ。
柔らかな光が広がった。
「……え?」
思わず声が漏れた。
「前と違う。」
フェンスだった場所。
そこには石造りの高い壁が築かれている。
「城壁……?」
さらに奥を見る。
「豆腐建築が増えてる。」
一棟。
二棟。
三棟。
いや。
十棟以上ある。
「すご……。」
一つは寝室。
一つは食料庫。
一つは武器庫。
一つは浴室。
一つはトイレ。
他にも工具や資材が整理された建物が並んでいた。
まるで小さな村だ。
女子たちも驚いた表情で見回している。
「これ全部……。」
「数日で?」
俺は思わず笑った。
「神谷らしいな。」
「やる時は本当にやる。」
「今日は疲れただろ。」
「とりあえず屋根のある建物で休もう。」
全員が頷く。
寝袋を広げる者。
壁にもたれて座り込む者。
安堵したように涙ぐむ者もいた。
今井さんは静かに周囲を見回した。
石壁。
整然と並ぶ物資。
火の消えたかまど。
そして。
女子用と書かれた浴室
(覗いたら責任をとってもらう)と張り紙がある。
「……。」
眼鏡を外し、小さく笑う。
「本当に。」
「来て良かった。」
その一言に。
張り詰めていた空気が、ようやく少しだけ和らいだ。
佐々木 篤
俺は屋上の一番高い場所で休んでいた。
ここなら周囲がよく見渡せる。
レンジャーの能力なのか。
寝ていても物音や気配には反応しやすい。
見張りにはちょうどいい。
……。
気付けば、少し寝過ごしてしまった。
「……ん。」
目を開ける。
太陽はかなり高い。
「昼くらいか。」
身体を起こし、周囲を見回す。
静かだ。
ゾンビの姿もない。
俺は屋上を歩き始めた。
「今井さん?」
姿を探していると、一つの豆腐建築の前だけ妙に人が並んでいる。
「次の方どうぞ。」
聞き慣れた声。
近付いてみると。
「……何してるの?」
今井さんは机代わりの木箱に向かい、紙を切っていた。
「整理券。」
「整理券?」
「浴室が一つしかないでしょ?」
紙には数字が書かれている。
【10番】
【11番】
【12番】
「順番待ちになるから。」
「混乱しないように整理券を作ったの。」
「なるほど……。」
振り返ると、女子たちは文句一つ言わず番号順に並んでいた。
「7番でーす。」
「はーい。」
「次どうぞ。」
驚くほどスムーズだった。
「食事も同じ。」
今井さんが別の紙を見せる。
「発電機の容量に限界があるから。」
「パン焼き機もパスタも一度に大量には作れない。」
「だから班ごとに時間を分けたの。」
朝食。
昼食。
お風呂。
洗濯。
充電。
全部時間割が書いてある。
「……すごいな。」
「普通だよ。」
今井さんは少し照れくさそうに笑った。
「順番を決めるだけ。」
その横では。
「充電終わったよー。」
「次どうぞ。」
「ありがとう。」
「洗濯物干すの手伝うね。」
「うん!」
誰かが困れば、誰かが自然と手伝う。
命令されているわけじゃない。
それが当たり前のように動いている。
俺はその光景を見ながら思った。
「……。」
「上に立つ人間が違うだけで。」
「ここまで変わるのか。」
マンションでは。
命令だけが飛んでいた。
「物資を持ってこい。」
「共同管理だ。」
「探索してこい。」
誰が一番大変か。
誰が疲れているか。
そんなことを考える余裕はなかった。
だけどここは違う。
「無理しないでね。」
「ありがとう。」
そんな言葉が自然と飛び交っている。
俺は苦笑した。
「湯田たちに。」
「一度見せてやりたいわ。」
その時だった。
今井さんが小さく笑う。
「たぶん。」
「見ても分からないと思う。」
「え?」
「仕組みじゃないもの。」
「人だから。」
その一言に。
俺は何も返せなかった。
確かにそうだ。
同じ建物。
同じ道具。
同じ世界。
違うのは。
そこにいる人間だけだった。
天城綾音
この世界に来て、ようやく一息つけた。
私は天城綾音。
職業は魔法剣士。
そして、佐々木 篤の彼女だ。
よく「かっこいい」と言われる。
少し男っぽい顔立ちだからだろう……ちゃんと女なんだけど。
何故か新入生の女子が入ってくると数回告白される。
「先輩が女性でも別に構いません!付き合ってください。」
いや、こっちが構うがな、彼氏もいるのに・・・
最初に拠点にしたマンション。
あそこは、何もかも無茶苦茶だった。
命令系統なんて存在しない。
誰かが勝手に決めて。
また別の誰かが勝手に変える。
今井さんも何とかまとめようとしていた。
でも、無理だった。
理由は単純。
湯田が勇者だから。
「勇者なら正しい。」
そんな空気が自然にできあがってしまっていた。
男子は湯田の下につく。
そうなると、女子は従うしかない。
私の彼氏――佐々木は、自分からリーダーになるタイプじゃない。
前に立つより、支える方が向いている。
だから私は期待していた。
神谷なら。
あいつなら、何とかしてくれるかもしれないと。
……なのに。
あっさり出ていった。
理由があるのは分かる。
佐々木からも少し聞いた。
それでも。
「もう少し頑張れよ。」
そう思ったのも事実だった。
昨日の夜。
女子の一人が震えながら相談に来た。
「天城さん……。」
「どうしたの?」
「男子たちに、夜俺の部屋に来いって……いわれて.....。断ったらココ追い出されるかな……。」
「追い出されたらどうすればいいかな?・・・・・」
その一言で理解した。
「……クソ野郎が湧いたか。」
思わず舌打ちが漏れる。
まだ何もされてはいない。
でも。
始まってしまえば、止まらない。
私はしばらく考えた。
今の私に何ができる?
湯田たちと正面から揉めれば、女子全員が危険になる。
力ずくで守れるほど、私は強くない。
「返事はしないで。」
私は静かに言った。
「私が何とか考える。」
そう伝えるしかなかった。
……正直。
何ともできない。
その時、ふと思い出した。
今日。
佐々木は神谷の様子を見に行くと言っていた。
もし。
もし神谷が本当に拠点を作っていて。
安全に暮らせる場所があるなら。
女子だけでも逃がせるかもしれない。
私は小さく息を吐く。
「帰ってきて……。」
「佐々木。」
「何か、いい知らせを持ってきて。」
それしか願えなかった。
天城綾音
佐々木が戻ってきた時。
私は彼の顔を見て、すぐに分かった。
「その顔。」
「良い知らせね?」
「ああ。」
彼は神谷の拠点で見てきたことを、一つ一つ話してくれた。
高い石壁。
安全な屋上。
食料。
水。
お湯の出るシャワー。
女子用の浴室。
そして、女子だけでも受け入れてくれるという話。
「……。」
私は思わず天を仰いだ。
「さすが。」
「私の彼氏。スパダリすぎる。」
「これなら、ほぼ解決じゃない。」
残る問題は一つだけ。
佐古。
橋若。
沢田。
あの三人だ。
湯田の周りで好き勝手に騒ぎ、空気を作る。
「勇者様が言ってるんだから。」
そんな言葉で周囲を押し切る。
本当に厄介だった。
「……。」
ふと、自分のステータスを開く。
【職業:赤魔道士】
【習得魔法】
・ファイア
・ウォーターボール
・ヒール
・スリープ
「あ。」
思わず声が漏れた。
「そういえば……。」
「私、スリープ使えるじゃない。」
佐々木が首を傾げる。
「どうする気?」
「眠ってもらうだけ。」
私は肩をすくめた。
「誰も怪我はしない。」
「その間に、私たちは静かに出発する。」
「揉め事を起こすより、その方がいいでしょ?」
佐々木は少し考え、
「……確かに。」
と苦笑した。
「正面からぶつかるよりは平和か。」
私は頷く。
「目的は勝つことじゃない。」
「みんなを無事に連れ出すこと。」
その一点だけだ。
私は大きく息を吐いた。
「さて。」
「脱出作戦、開始ね。」
誰一人欠けることなく。
全員で新しい拠点へ。
それが今の私の、ただ一つの願いだった。




