2日目
夜明け前に目が覚めた。
二人はまだ寝袋の中で静かな寝息を立てている。
俺は音を立てないように立ち上がり、昨夜集めた木材と石材の前に腰を下ろした。
「……始めるか。」
頭の中で静かに念じる。
――クラフト。
【木の弓 品質15】
木の弓が一本完成する。
続けて。
【石の斧 品質14】
さらにもう一本。
【木の弓 品質16】
「上がったな。」
俺にだけ見えている表示。
“品質”という数値。
昨日からずっと気になっていた。
同じように作り続けているだけなのに、少しずつ数値が上昇している。
品質17。
品質18。
品質20。
上昇幅は一定ではない。
一段階上がることもあれば、二段階上がることもある。
どうやら完全にランダムらしい。
「やっぱりな……。」
以前プレイしていたサバイバル系のゲームとよく似ている。
品質が高い装備ほど、
操作性。
耐久性。
威力。
それらがわずかに向上する仕組みだった。
この世界も、おそらく同様だ。
であれば、やるべきことは単純だ。
ひたすら作り続ける。
俺は朝から木の弓と石の斧を作り続けた。
一本。
二本。
十本。
二十本。
三十本。
五十本
・・・そして百本
屋上の床に、武器が次々と並んでいく。
当然、素材は尽きる。
そこで今度は手段を切り替える。
――解体。
淡い光に包まれ、完成した弓が分解されていく。
【木材を回収】
【植物繊維を回収】
すべてが完全に戻るわけではない。
それでも七割程度は回収できる。
再びクラフト。
再び解体。
再びクラフト。
再び解体。
その繰り返し。
視界には次々とログが流れていく。
【クラフト経験値獲得】
【解体経験値獲得】
【クラフトレベル3】
【スキルポイントを獲得しました】
予想通りだ。
この方法なら、素材の消耗を抑えつつ経験値を稼げる。
「おはよー。」
背後から眠たげな声がした。
振り返ると、大村さんと菱田さんが寝袋から身を起こしていた。
「おはよう。」
「……え?」
二人は周囲を見渡し、そのまま固まる。
屋上には木の弓が数十本並び、石の斧も山のように積まれていた。
「えっと……。」
菱田さんが恐る恐る口を開く。
「そんなに弓、必要ないと思うんだけど。」
大村さんも苦笑する。
「斧も多すぎない?」
「何と戦うつもりなの?」
俺は軽く頭をかいた。
「いや、戦闘用じゃない。」
「え?」
「経験値稼ぎと、品質の向上だ。」
二人はそろって首をかしげる。
「品質?」
俺は一本の弓を手に取る。
「俺にだけ見えるんだけど、この弓には“品質”っていう数値がある。」
「最初は15だった。」
「でも作り続けると16、17と上がっていく。」
「品質が高いほど、性能も上がるはずだ。」
「へぇ……。」
「でも、それだと素材がすぐ尽きるよね?」
大村さんの指摘はもっともだった。
「だから解体する。」
「解体?」
「完成品を分解すると、素材の一部が戻ってくる。」
「全部じゃないがな。」
俺は弓を一本、実際に解体して見せる。
淡い光とともに、弓は木材と植物繊維へと戻った。
二人はその様子をじっと見つめている。
「つまり……。」
菱田さんが小さく呟く。
「朝からずっと、それを繰り返してたの?」
「そうだ。」
「…………。」
二人は顔を見合わせる。
そして同時に、少し引いたような視線を向けてきた。
「「・・・・・」」
「不審者を見る目はやめてくれ。」
俺が苦笑すると、大村さんが吹き出した。
「だって、朝起きたら武器の山だよ?」
「普通に驚くって。」
屋上に、三人の笑い声が広がる。
そんな何気ない時間が、少しだけ心を軽くしてくれた。
朝食を済ませ、かまどの火を消す。
「さて。」
俺は立ち上がった。
「今日は、まず下のホームセンターを探索しようと思う。」
「素材集め?」
大村さんが聞く。
「それもある。」
俺は頷く。
「ただ、それ以上に確認しておきたいことがある。」
「確認?」
「完成品がどの程度の大きさまで荷物袋に収納できるのか。」
昨日から気になっていた。
クラフトで作成した物だけなのか。
それとも、この世界に元から存在する物も収納可能なのか。
また、収納容量に上限があるのかどうか。
実際に試さなければ分からない。
「では、下に降りるのね。」
菱田さんが屋上の縁に視線を向ける。
昨日、はしごは解体してしまっていた。
「降りる方法ならある。」
俺は石斧を手に持った。
屋上の床を見回し、最も薄そうな箇所を選ぶ。
「ここだ。」
コン。
コン。
コン。
石斧で天井を叩き始める。
「え?」
「そこを壊すんですか?」
「うん。」
二人は顔を見合わせる。
石の斧で鉄筋コンクリートの天井を破壊する。
常識的に考えれば無謀だ。
「そんなもので穴なんて……。」
カン。
カン。
カン。
十分ほど叩き続けると、天井に亀裂が入り始めた。
「え?」
さらに数分後。
ガラガラッ!
コンクリートが崩落し、人が一人通れる程度の穴が開いた。
「「えーーーーっ!?」」
菱田さんが思わず声を上げる。
「ありえないって! 石の斧でコンクリート壊れる!?」
大村さんも大きく頷く。
「でも……壊れちゃいましたね。」
「どう考えておかしいって!?」
「うん、おかしいです!」
「石の斧でコンクリートが壊れるなんて!」
「どう考えても異常です!」
二人で「おかしい、おかしい」を繰り返している。
俺は苦笑した。
「考えたら負けだよ。」
「そういう世界だと思うしかない。」
収納袋から木製のはしごを取り出す。
穴に立て掛けると、一階下の店内へ降りられるようになった。
俺が先頭で降りる。
二人も続いて降りてくる。
ホームセンターの店内は、昼間にもかかわらず薄暗かった。
外から差し込む光だけが、通路をぼんやりと照らしている。
工具売り場。
木材売り場。
園芸コーナー。
俺は周囲を見回した。
「何かいそう?」
菱田さんが小声で尋ねる。
「……おそらく、いない。」
「本当に?」
「昨日、屋上であれだけ作業や解体をしても、特に反応はなかった。」
「そのため、現時点では出現しない可能性が高い。」
俺は店内の奥へ視線を向ける。
「4日目か5日目あたりまでは、何も出ない気がする。」
「どうして分かるんですか?」
大村さんが不思議そうに尋ねる。
「その理由は、後で説明するよ。」
俺は石の斧を握り直した。
「今は明るいうちに行動しよう。」
「使えそうな物はすべて回収する。」
「このホームセンターは、俺たちにとって貴重な資源の宝庫かもしれない。」
俺達はまず店内を緊張しながらぐるっと一周し、安全を確認した。
店内は昼間でも薄暗く、たいまつを火事にならないように気をつけながら捜索した。
店内は思っていたほど荒らされていなかった。
商品棚は倒れているものもあるが、略奪されたような跡は少ない。
「まずは食料だ。」
俺は食品コーナーへ向かう。
棚を見渡す。
ペットボトルの水。
お茶。
ジュース。
缶コーヒー。
それにポテトチップスやビスケットなどのお菓子も残っていた。
「……やっぱり。」
思わず頷く。
水は重い。
二リットルのペットボトル一本だけでも二キロある。
普通の人間なら何本も運べない。
リュックにも限界がある。
だから大量に残っていても不思議じゃない。
「残っててくれて助かった。」
問題は、持ち運べるかどうかだ。
俺は収納画面を開く。
【ストレージ 20マス】
【ベルト 4マス】
「試してみるか。」
二リットルのペットボトルを一つ収納する。
シュッ。
一瞬で消えた。
【水 ×1(2リットル)】
ストレージを見る。
一マス埋まっていた。
「やっぱり一マスか。」
一本でも一マス。
十本なら十マス。
思った以上に容量は少ない。
「うーん……。」
食料も持ちたい。
工具も欲しい。
素材も必要だ。
二十マスでは、とても足りない。
「レベルが上がれば増えるのかな。」
そんなことを考えながら、収納できる物を少しずつ試していく。
試しに箱入りの水も入れてみる。
だが、箱ごとでは反応しなかった。
シュッと消えることもなく、目の前で弾かれるように元の場所へ戻る。
「……ダメか。」
中身単位でしか収納できないらしい。
その頃、大村さんと菱田さんは別の売り場を見て回っているようだった。
様子を見に行く。
「何見てるの?」
声を掛けると、二人は少し慌てたように振り返った。
「え、あ……。」
「ちょっと気になって。」
「見て、これかわいい。」
瑠奈が明るい声を上げ、淡い色のパーカーを体に当ててみせる。
「この色、瑠奈ちゃんに似合うと思う。」
日向も微笑みながら頷き、自分はシンプルな長袖シャツや動きやすそうなズボンを手に取っていた。
「着替えも欲しいよね。」
「昨日から同じ服だし……。」
二人はそんな他愛ない話をしながら、時折化粧品を手に取っては笑い合っている。
終末のような世界に放り込まれたというのに、その光景だけは昨日までの高校生そのものだった。
俺は何も言わなかった。
いや、言えなかった。
六十年生きた経験が教えてくれる。
ここで「食料を優先しよう」と口を挟んでも、おそらく効果はない。
それどころか、
「分かってるよ。」
「少しくらいいいじゃない。」
「ずっと緊張してたんだから。」
「女の子はいろいろ大変なんだよ!」
そんな言葉が何倍にもなって返ってくる未来が見える。
触らぬ神に祟りなし。
二人も不安なのだ。
だからこそ、少しでも「普通」を探している。
そう思えば責める気にはなれなかった。
女性には女性なりの優先順位がある。
昨日まで高校三年生だった二人だ。
突然終末世界に放り込まれたとしても、「かわいい服がある」「着替えが欲しい」と考えるのは自然な反応だろう。
「見終わったら食品売り場に来て。」
それだけ伝える。
「うん。」
「すぐ行く。」
といいながら時間がかかるんだろうなぁと思った。
俺は軽く手を振ると、一人で再び食品コーナーへ戻った。
生き残るために必要なのは、まず食料と水。
その次が道具。
そして最後に、心の余裕なのかもしれない
「そういえば……。」
さっき、レベルアップしたときに表示が出ていた。
【スキルポイントを1獲得しました】
あれは何だったんだろう。
俺は意識を集中し、ウィンドウを開く。
淡い光とともに、半透明の画面が目の前に現れた。
【所持スキルポイント:3】
その下には、大きく五つの項目が並んでいる。
【戦闘系】
【身体強化系】
【生産系】
【知識系】
【倉庫系】
「スキルツリーか……。」
ゲームで何度も見たような画面だった。
試しに【戦闘系】を開く。
【片手剣】【両手剣】【槍術】【斧術】【弓術】【格闘術】【魔法攻撃強化】【クリティカル】【回避】
「完全に戦闘職向けだな。」
俺には必要ない。
次に【身体強化系】を開く。
【筋力強化】【体力強化】【敏捷】【持久力】【夜目】【毒耐性】【寒冷耐性】【暑熱耐性】
こちらも悪くはない。
生存率は確実に上がるだろう。
だが、今じゃない。
俺は【生産系】を選ぶ。
その瞬間、無数の項目が画面いっぱいに広がった。
【クラフト速度】【品質向上】【解体効率】【武器製作】【防具製作】【建築】【家具製作】
【鍛冶】【木工】【裁縫】【調薬】【料理】
思わず口元が緩む。
「……これは必要になってくるやつだな。」
俺の職業はクラフター。
戦うことより、作ることが強さになる。
【知識系】は、
【電気設備知識】【ガス設備知識】【車両整備知識】【水道設備知識】
【採取知識】【植物知識】【鉱石知識】
「これはないと素人でいろいろできないからなぁ」
そして最後の【倉庫系】。
【ストレージ拡張】【時間停止】【スタック数増加】【1マスの収納容量(大きさ)の増加】
【混載収納】【液体収納】【気体収納】
思わず息をのむ。
「これは……。」
クラフターにとって、一番重要なのは戦闘力じゃない。
素材をどれだけ持ち運べるか。
どれだけ効率よく管理できるか。
俺は迷わず【倉庫系】へ視線を向け深く考えた。
二人が物色という名前の買い物をすませて集合した。
制服から私服に着替えが完了している。
顔面偏差値が化粧により上昇している気がする。
「見て見て!」
瑠奈が嬉しそうに口紅を取り出す。
「新品だよ!」
「この色、かわいくない?」
「瑠奈ちゃんに似合いそう。」
日向も微笑みながら頷く。
「私はリップクリームだけ。」
「あと洗顔料と化粧水。」
「最低限でいいかなって。」
「えー、もっと選べばよかったのに!」
日向は困ったように笑う。
「そんなに使い切れないよ。」
「それに荷物も増えちゃうし。」
二人は楽しそうに笑い合っている。
その様子を見ていた俺は肩をすくめた。
「まあ、タダだからな。」
二人の動きがぴたりと止まる。
「……。」
「……。」
「夢のないこと言わないでよ!」
瑠奈が呆れたように笑う。
「そうですよ。」
日向もくすっと笑う。
「こういう時くらい、かわいいねって言ってくれてもいいじゃないですか?」
「いや、二人とも似合うと思うぞ。」
「でも、一番テンションが上がってる理由はタダだからだろ?」
「もー!」
瑠奈が笑いながら俺の肩を軽く叩く。
「それは心の中だけで思っとくの!」
「口に出したら台無し!」
「……勉強になった。」
俺が素直に頷くと、
日向は吹き出し、
瑠奈は「ほんと、おじさんくさいんだから」と笑った。
屋上に、三人の笑い声が響いた。
そういえば、二人ともレベルは上がった?」
昼食を食べながら何気なく聞いてみる。
「朝起きたら、上がってたよ~。」
瑠奈が笑顔で答える。
「ありがとね。」
「いや、礼を言われることじゃないよ。」
「で、何か変わった?」
「んーとね。」
瑠奈は自分のウィンドウを見ながら指を折る。
「力が二。」
「賢さが二。」
「素早さが四。」
「体力が三。」
「精神力が二。」
「それと新しいスキル、【ダブルアロー】を覚えた!」
「……はぃ?」
思わず変な声が漏れた。
「私は……。」
今度は日向が自分の画面を見る。
「力が一。」
「賢さが四。」
「素早さが二。」
「体力が二。」
「精神力が四。」
「それから新しい魔法、【ホーリーボルト】を覚えました。」
「ふぇ!?」
今度はさらに変な声が出た。
「どうしたの?」
瑠奈が吹き出す。
「さっきから変な声しか出てないよ?」
「いや……。」
俺は恐る恐る聞いた。
「二人とも、能力値が見えるのか?」
「え?」
「見えるよ?」
「逆に聞くけど……見えないの?」
俺は自分のステータスを開く。
表示されているのは、
【レベル】
【職業】
【所持スキル】
【スキルポイント】
それだけだった。
「能力値がない……。」
「えぇ!?」
今度は二人が驚く番だった。
「力とか体力とか、何も表示されないの?」
「ない。」
「スキルを覚えたり、能力値が上がったりした表示も?」
「一切ない。」
日向と瑠奈は顔を見合わせる。
「そんなことある?」
俺は腕を組んで考え込む。
(クラフターだからか?)
(それとも、俺だけシステムが違うのか?)
ふと、一つの考えが頭をよぎった。
「もしかして、この世界って……。」
「レベルを上げて、物理で殴る世界なのか?」
数秒の沈黙。
そして二人は顔を見合わせると、同時に笑った。
「そのときは――」
「私たち二人で守ってあげるね。」
「……。」
「アリガトウゴザイマス。ヨロシクオネガイシマス」
「そんな素直に言われると逆に困る!」
亜紀が笑い、
朋子も口元を押さえながらくすくすと笑った。
張りつめていた空気が、少しだけ和らいだ。
「そういえばですね、、、」
荷物を整理しながら、俺は思い出したように口を開いた。
「あそこに豆腐ハウスを建ててあります。」
ホームセンターの隣に建てた豆腐ハウスを指差す。
「それと、その中に穴を掘ってありますので……ええと。」
一呼吸置いて続ける。
「トイレはそちらでご利用ください。」
しん、と静寂が落ちる。
二人が無言でこちらを見つめていた。
その視線は明らかに冷ややかだ。
「……。」
「……。」
やがて日向が口を開いた。
「好感度が10下がりました。」
瑠奈も小さく頷く。
「甘いね。」
「一万くらい下がったと思う。」
「では、まだ九万点ほど残っているので問題ないな。」
「多すぎでしょ!」
瑠奈が即座に反応する。
「いつの間にそんなに私達の好感度上げたのよ!」
「というか……。」
日向が不思議そうに首を傾げた。
「ここのトイレ、普通に使用できましたけど?」
「……え?」
「今朝も使用しましたよ。」
「水もお湯も問題なく流れましたし。」
「…………なんで?」
思わず固まる。
ライフラインは停止しているものだと思い込んでいた。
「さあ。知らなーい。使えるんだから別にいいんじゃなーい」
瑠奈は肩をすくめる。
「普通に水もお湯も出てたし。」
「流したら普通に流れたよ。」
俺は思わずホームセンターの天井を見上げた。
二人は顔を見合わせると、小さく笑った。
取りあえず、確認しよう。
俺はホームセンターのトイレへ向かった。
蛇口をひねる。
ジャーッ。
「……普通に出るな。」
勢いよく水が流れ続ける。
止まる気配はない。
今度はお湯側をひねる。
シャーッ。
しばらくすると、温かい湯が流れ始めた。
「お湯まで出るのか。」
給湯設備も生きているらしい。
「どうなってるんだ……。」
俺は首をひねった。
確か、このホームセンターの屋上には受水槽と太陽光パネル、それにエアコンの室外機が設置されていたはずだ。
「見に行くか。」
屋上へ上がり、受水槽の点検口を開ける。
中を覗き込むと――
「……は?」
思わず声が漏れた。
受水槽には、透き通った水が縁ぎりぎりまで満たされている。
満水だった。
「……。」
試しに手を入れてみる。
冷たい。
澄んでいる。
臭いもない。
どう見ても、きれいな水だ。
「何なんだ、これは。」
太陽光パネルを見上げる。
割れていない。
だが、これだけで建物全体の電力をまかなえるとは思えない。
受水槽に水を送り続ける仕組みも分からない。
俺は腕を組んだ。
「……全然分からん。」
この世界は、現実のようで現実じゃない。
現実の知識が通用する部分もあれば、まったく通用しない部分もある。
考えれば考えるほど、謎は増えるばかりだった。
俺はスキル画面を開いた。
【所持スキルポイント:3】
知識系を選択する。
ずらりと並ぶ項目の中から、一つを選択した。
【電気設備知識 Lv1】
「取得。」
【スキルポイントを1消費しました】
次の瞬間、頭の中に電気設備に関する知識が流れ込んでくる。
配線、ブレーカー、インバーター、送電設備、太陽光発電。
まるで最初から理解していたかのように把握できた。
「これなら……。」
私は屋上へ向かい、太陽光パネルに視線を向ける。
すると、半透明の文字が浮かび上がった。
【太陽光パネル】
状態:発電中
出力:正常
異常:なし
「見える……。」
さらに配線を目で追う。
今までは単なるケーブルにしか見えなかったものが、接続先まで自然と理解できる。
【送電ユニット】
稼働:正常
送電先
・井戸ポンプ
・給湯設備
「なるほど。」
思わず頷く。
「水道が生きているのではない。」
「井戸から水を汲み上げているのか。」
だから蛇口から水が出る。
給湯設備にも電力が供給されているため、温水も使用できる。
「謎は全て解けた!!」
俺は、一つ重大な問題に気づいてしまった。
……いや、かなり重要な問題だ。
井戸ポンプが動いている。
給湯設備も生きている。
つまり。
頑張ればシャワーも風呂も使えるようになる可能性が高い。
「……。」
俺は頭を抱えた。
本当なら午後からはクラフトのレベル上げをしたい。
品質も上げたい。
スキルポイントも稼ぎたい。
だが、このことを二人に教えたら――。
(間違いなく、午後は風呂づくりで終わる。)
でも黙っていたら、後でバレたときがもっと怖い。
……人間、正直が一番だよな。
「おーい。」
「重大発表があります。」
「なにー?」
瑠奈が段ボールを漁りながら返事をする。
「今、荷物の厳選で忙しいんだけど。」
日向もこちらを見る。
「何か分かったんですか?」
俺は咳払いを一つした。
「頑張れば、シャワーと湯船が使えるようになると思います。」
一瞬。
時間が止まった。
「……え?」
「ほんと!?」
二人の目が一気に輝く。
「ただし。」
俺は慌てて続けた。
「僕は午後からクラフトのレベル上げがしたいです。」
「別に今日お風呂に入らなくても死にはしないので……。」
「レベル上げを優先してもいいですか?」
数秒の沈黙。
二人はゆっくりと顔を見合わせた。
そして、にっこり笑う。
「ダメ。」
「却下です。」
即答だった。
「えぇ……。」
「お風呂は最優先。」
瑠奈が真顔で言う。
「女の子を二日もお風呂に入れない気?」
「い、いや……。」
「クラフトは明日でもできる。」
日向も優しく微笑みながら、逃げ道を塞いできた。
「でも、お風呂は今日入りたいです。」
「満場一致だね。」
「反対意見は?」
二人がじっと俺を見る。
「……ありません。」
俺は静かに敗北を認めた。
(六十年生きて分かったことがある。)
(女性がお風呂に入りたいと言ったら、何よりも優先される。)
その日、午後のクラフトレベル上げ計画は、あっさりと消滅した。
俺は汗だくになりながら作業を続けた。
屋上の排水溝の近くに、浴室用の豆腐ハウスを建てる。
隣には脱衣所。
床にはホームセンターから運んできたすのこを敷き詰めた。
次に店内から運び出した浴槽を設置する。
給湯設備からホースを引き、シャワーヘッドを取り付ける。
最後に蛇口をひねる。
シャーーッ。
勢いよくお湯が流れ出した。
「よし。」
浴槽にもお湯をためる。
数十分後――。
「完成だ。」
簡素ではあるが、立派な浴室が出来上がった。
脱衣所付き。
シャワー付き。
浴槽付き。
我ながら上出来だ。
「できたぞー。」
俺が声を掛けると、二人が勢いよく振り向く。
「ほんと!?」
「完成したんですか!?」
浴室を見た瞬間、二人の目が輝いた。
「すごーい!」
「ちゃんとお風呂になってる……。」
日向は感動したように浴槽を見つめる。
瑠奈は蛇口をひねる。
シャーーッ。
「あっ、お湯だ!」
「ちゃんと温かい!」
「やったぁーー!」
その場でぴょんぴょん飛び跳ねる。
「一番風呂だー!」
「先に入るねー!」
「私も!」
二人は嬉しそうに着替えを抱え、脱衣所へ駆け込んでいった。
俺はその後ろ姿を見送りながら苦笑する。
「……午後が丸々潰れたな。」
そうぼやきながらも、不思議と悪い気分ではなかった。
終末世界に放り込まれてから二日目。
ようやく二人が心から笑った気がした。
「まあ……。」
「作ってよかったか。」
しばらくすると、豆腐建築の浴室から楽しそうな声が聞こえてきた。
「きゃー!」
「熱っ! ……あっ、ちょうどいい!」
「シャワー気持ちいい~!」
屋上に、二人のはしゃぐ声が響く。
そのたびに笑い声も聞こえてくる。
「すごい泡!」
「このシャンプー、めっちゃいい匂い!」
「こっちのボディソープも使ってみて!」
風に乗って、甘く爽やかな香りが漂ってきた。
「……。」
そういえば二人、ホームセンターで高そうなシャンプーやリンス、ボディソープを抱えていたな。
この匂いは、そのせいか。
俺は苦笑しながら作業を続ける。
そのとき、浴室の中から瑠奈の声が聞こえた。
「おっぱい見るー?」
「見る。」
「日向のならみていいよー」
「だっダメだよ…」
「減らないから、おれは見ても大丈夫だと思うな。」
「減らなくてもダメです。これ以上へったらピンチです」
「そうですか・・・」
残念無念、諸行無常
「日向ー、このシャンプー貸してー!」
「はい、どうぞ。」
「ありがと!」
「あと、このトリートメントもすごくサラサラになるよ!」
「ほんと!? じゃあ使ってみる!」
また楽しそうな笑い声が響く。
「……女子って、どんな世界でも女子なんだな。」
俺はそう呟くと、黙々と次のクラフト作業に取りかかった。
しばらくして、二人がお風呂から出てきた。
「お先ー!」
瑠奈がさっぱりした笑顔で手を振る。
「ありがとね!」
「すごく気持ちよかったです。」
日向も嬉しそうに頭を下げた。
「いえいえ。」
俺が笑って答えると、二人は着替えや化粧品を抱えたまま、隣の鏡を置いた豆腐ハウスへ入っていく。
「今からスキンケアしよ。」
「髪も乾かさなきゃ。」
「この美容液使ってみる?」
「えっ、いいの?」
楽しそうな会話が聞こえてくる。
……たぶん、しばらく出てこないな。
「さて。」
「俺も入るか。」
服を脱ぎ、浴室へ入る。
浴槽を見る。
「……。」
残り湯はきれいさっぱりなくなっていた。
「知ってた。」
「でも、少し残念だ。」
気を取り直してシャワーのバルブをひねる。
シャーーッ。
「つめたっ!!」
飛び上がるほど冷たい水が頭から降ってきた。
「さ、寒い!」
慌てて蛇口を閉める。
「なんでだよ!」
急いで服を着て、給湯設備を確認しに向かう。
すると、半透明の表示が浮かび上がった。
【給湯設備】
状態:湯切れ
加熱中……
残り時間:約30分
「……。」
「二人で使い切ったのか。」
思わず空を見上げる。
「まあ、しょうがない。」
「三人分のお湯を一度に沸かせるほど大きくないんだな。」
俺は石斧を手に立木に向かう。
「木でも切ってるか。」
コン。
コン。
コン。
少しづつ経験値が増えていく。
ホームセンターの近辺から木を切る音だけが静かに響き始めた。
夢中で木を切り、丸石を砕き続ける。
コン。
ガン。
コン。
ガン。
単純作業の繰り返し。
だが、その積み重ねが確実に経験値になっていく。
【レベルアップ】
【レベル4になりました】
「おっ。」
さらに。
【レベルアップ】
【レベル5になりました】
「……二つも上がったのか。」
さすがに少し驚く。
木を切るだけでも経験値が入る。
石を砕くだけでも経験値が入る。
クラフターとは、戦わなくても成長できる職業らしい。
給湯設備を見る。
【給湯設備】
状態:使用可能
「よし。」
今度こそ温かいシャワーを浴びる。
「はぁ……。」
冷えた体に、お湯がじんわりと染み込んでいく。
「生き返る……。」
汗も汚れも流し終え、さっぱりした気分で屋上へ戻ると、いい匂いが漂ってきた。
「夕飯できたよー!」
瑠奈が鍋をかき混ぜながら手を振る。
「今日はパスタ!」
テーブル代わりの作業台には、大皿いっぱいの茹でたパスタが盛られていた。
横には何種類かのパスタソースが並んでいる。
「ソースは好きなのをかけてね。」
「俺はカルボナーラかな。」
俺は迷わずカルボナーラを手に取る。
「私はやっぱりミートソース!」
瑠奈はたっぷりとかけて満足そうに笑う。
「私はペペロンチーノにします。」
日向は控えめにソースを絡めた。
「いただきます。」
「「いただきまーす。」」
三人で食べる夕食。
火は使える。
松明が周囲を明るく照らしている。
水も出る。
お湯も使える。
寝床もある。
今日は風呂にも入れた。
現状、不自由らしい不自由は何もない。
……だが。
俺の胸の奥では、小さな違和感が消えなかった。
(こんなに順調なはずがない。)
六十年生きてきた経験が告げている。
平穏は、長くは続かない。
この世界はきっと、俺たちに牙をむく。
その日は、そう遠くない。
そんな予感だけが、静かに胸の奥に残っていた。
二日目 朝 マンション組
「朝だ。起きろ。」
湯田が大声を張り上げながら屋上を歩き回る。
「まだ眠い……。」
「あと五分……。」
不満を口にしながらも、全員が渋々と身体を起こした。
「あー、腹減った。」
昨日まともに口にしたのは、見つけた飲料とわずかなお菓子程度だった。
空腹のせいで力が入らない。
全員が揃ったところで、湯田が前に出る。
「今日から班分けを行う。」
「探索班。」
「炊事班。」
「拠点構築班。」
「以上だ。」
「よろしく頼む。」
(いつお前がリーダーになったんだ?と思う)
思わずそう心の中で呟いた。
「……。」
俺は思わず首をかしげた。
(いつの間に決まっていたんだ?)
(というか、誰が決めた?)
疑問は尽きない。
しかし、ここで異を唱えても場の空気が悪くなるだけだ。
俺は黙って従うことにした。
「南さんはこっちね。」
三輪田が笑顔で手招きする。
クラス一番の美少女、南さん。
そのあからさまな態度に、思わず苦笑が漏れる。
(分かりやすすぎるだろ……。)
俺は探索班に配属された。
マンション内を巡回し、食料や物資を回収する役割だ。
エレベーターは停止しているため、階段を何度も上り下りする必要がある。
空腹の身体には、それだけでも相当な負担だった。
それでも各部屋や店舗を回ると、
ジュース。
菓子類。
少量だけど缶詰。レトルト食品。
小麦粉も大量に見つかった。
しかし、誰もパンを焼いた経験はない。
結局、持ち帰っても活用方法が定まらない。
途中、空き部屋で短い休憩を取ったとき、俺は同行していた探索班の男子に小声で言った。
「なあ、湯田たちさ……正直、感じ悪くないか?」
男は少しだけ周囲を気にしながら肩をすくめる。
「まあ……分かる。なんか上からっていうか、勝手に仕切ってる感じあるよな」
「だよな」
俺も小さく息を吐く。
「悪い人ってわけじゃないんだろうけどさ……なんか引っかかるんだよ」
男は曖昧に頷くだけで、それ以上は言わなかった。
何度も往復を繰り返し、ようやく物資を屋上へ運び終えた。
すると湯田が腕を組みながら言った。
「これだけか?」
(……お前は何をしていたんだ。)
喉まで出かかった言葉を飲み込む。
ここで衝突しても意味はない。
回収した物資は「共同管理」として湯田に引き渡された。
結果として、手元には何も残らない。
しばらくして、炊事班の女子が声を掛けてきた。
「お疲れさまです。」
木製の椀が差し出される。
中身は具のほとんどない薄いスープだった。
一口飲む。
味はほとんど感じられない。
それでも空腹の胃には十分にありがたかった。
「ごめんなさい。」
炊事班の女子が申し訳なさそうに笑う。
「火を維持するだけでも精一杯なの……。」
「いや。」
「十分だ。」
その一言で、わずかに気持ちが軽くなった。
「……あのさ。」
ふと、少しだけ声を落として続ける。
「さっきのスープ、正直かなり助かった。ありがとう」
炊事班の女子は一瞬きょとんとしたあと、少しだけ表情を緩めた。
「ほんと?よかった……。味、薄すぎて怒られるかと思ってた」
「怒る余裕あるやつ、今ここにいないだろ」
そう言うと、彼女は小さく笑った。
「だよね」
短いやり取りだったが、妙に落ち着く空気があった。
その夜。
寝袋に身を沈めながら、ふと思う。
(三人は……どうしているだろう。)
これだけの人数がいても、この状況だ。
三人だけであれば、さらに厳しいはずだ。
(まだ近くにいるはずだ。)
(明日、探してみよう。)
(見つけたら、「戻ってこい」とだけは伝えよう。)
そう考えながら、ゆっくりと目を閉じた。
宮内小鈴
私の名前は宮内小鈴。
みんなからは「みゃー子」と呼ばれている。
身長百四十センチ。
体重は内緒。
スリーサイズも黙秘させてもらう。
ただ一つだけ言わせてもらうなら――
将来性はある。
もう十八歳だけど、まだ希望は捨てていない。
……今問題なのは、そんなことじゃない。
白い部屋で職業を選べと言われて、私は盛大に悩んでいた。
魔法使い。
僧侶。
弓使い。
女子ならその辺が人気なんだろう。
でも、なんか違う。
その時、ふと思い出した。
以前、神谷が笑いながら言っていた言葉だ。
「みゃー子って素早いから、RPGならシーフだな。」
「……それだ。」
私は迷わず選んだ。
「シーフ。」
次の瞬間、景色が変わった。
気が付けば、知らない街の真ん中。
そして神谷たち三人は、いつの間にか別行動になっていた。
……まあ、心配はしていない。
神谷なら大丈夫。
あいつは昔からそうだ。
何をやらせても、のらりくらり。
飄々としているくせに、気付けば何とかしてしまう。
心配するだけ無駄というやつだ。
今の問題は、別にある。
親友の南だ。
南は可愛い。
ものすごく可愛い。
しかも優しい。
そして――胸がすごい。あの胸は極上だ。
たまに抱きつくと、一日幸せな気分で過ごせる。
……女子の特権である。
そんな南は、一級フラグ建築士だ。
困っている人を見ると放っておけない。
誰にでも優しい。
笑顔で話す。
だから男子は勘違いする。
(俺のこと、好きなのかな?)
……いやいや。
違うから。
それ、南が優しいだけだから。
こわいわー、思春期男子、ちょろすぎる。
私は今まで、その犠牲者を何人も見てきた。
そして今。
案の定、上層部の男子連中が南に目を付け始めている。
三輪田なんて、隠す気ゼロだ。
分かりやすすぎる。
でもね。
残念でした。
南には好きな人がいる。
神谷だ。
……まあ、その恋も簡単じゃない。
あいつの周りには、高すぎる壁が二枚もある。
正直、攻略難易度はラスボス級だ。
それでも。
南が諦めるまでは、私は応援するつもりだ。
さて。
面倒事が起きる前に、できることをやっておかないとね。
私の勘は、こういう時だけは妙によく当たるのだから。




