徳川埋蔵金 石室の記録
続きを読む翌朝、光の入る小栗家の座敷で、一同は昨夜運び出した木箱の中身を、慎重に検分していた。金田一と江戸川が、油紙に包まれた文書を一枚ずつ広げていく。
「これは、明治以降のものも混ざっている」金田一が、筆致の違うページを指した。
「幕末の記録の後に、別の筆跡で書き足されている」安藤が覗き込んだ。
「誰が書き足したんだ」金田一はページをめくり、末尾の署名を見つけた。
「――小栗惟明。惟継さんの、曽祖父にあたる方だろう」小栗が驚いた顔をした。
「曽祖父が……これに関わっていたんですか」「関わっていた、というより」金田一は言葉を選んだ。「記録を、引き継いでいたようだ」ページには、こう記されていた。
「――環座衆、明治の御一新の後も、姿を変えて存続す。旧幕臣の一部、これに関わり、新政府下にても、密かに活動を続く。我が家は、これを見届ける役目を負う」佐藤が息を呑んだ。
「見届ける役目……つまり、小栗家は、財宝を隠した側じゃなくて、その組織を『監視する』側だった、ということか」
そう読める」金田一は言った。
横溝が別のページを手に取った。「こっちには、大正、昭和初期の記述もある」
そこには、断片的な記録が続いていた。「昭和十二年、環座衆の一部、東京にて、ある学術団体に接触す」「昭和二十年、終戦により、環座衆、表立った活動を停止す」??そして、最後のページには、こう記されていた。
「――環座衆、今なお、いずこかに存続すと聞く。詳細は、我が家の知る限りにあらず。ただ、荷を運びし者の子孫として、これを見届け、記す責を負う」
日付は、昭和三十年代のものだった。それ以降、記録は途切れていた。
「三十年代で、記録が終わっている」江戸川が言った。
「小栗さん、お祖父様や、お父様から、この後の話を聞いたことは?」
小栗は、しばらく黙っていた。「……祖父は、私が子供の頃、一度だけ言ったことがあります。
『この家の役目は、もう終わったはずだった』と」
「終わったはず、というのは」
「はい」小栗は言った。「祖父の口ぶりから、私はてっきり、もう関係のない、遠い昔の話だと思っていました。でも――」
彼は、フェンウィックのことを思い出したように言った。「あの外国人の方が、今、興味を持って調べているということは……終わっていないのかもしれません」
フェンウィックの背後
同じ頃、工藤と秋月は、フェンウィックの動向を探るため、彼が滞在する民宿の周辺を、それとなく見張っていた。
昼過ぎ、フェンウィックが民宿を出て、車で町の外れの喫茶店へ向かうのを、二人は距離を置いて追った。
喫茶店の窓越しに、フェンウィックが誰かと会っているのが見えた。
相手は、スーツ姿の日本人男性??四十代後半、落ち着いた物腰の男だった。
「あれは……」秋月が目を細めた。「見覚えがある顔だ」
「知り合いですか」工藤が聞く。
「昔、警視庁にいた頃、一度だけ聞いたことがある名前だ」秋月は低く言った。
「たしか……財界の関係者に近い筋の、情報屋のような男だった」
二人がさらに近づこうとした時、店内の男が席を立ち、フェンウィックに一枚の封筒を渡すのが見えた。フェンウィックはそれを受け取り、静かに頷いた。
男が店を出て、車に乗り込む。工藤がその車のナンバーを、素早くメモした。
「追うか」秋月が言った。
「いえ」工藤は言った。
「今は、このナンバーを調べる方が先です。江戸川さんに連絡しましょう」
その夜、山田たちへの報告
工藤たちの報告を受け、一同は小栗家の座敷に集まった。
「フェンウィックが、日本人の男から、何かを受け取っていた」秋月が言った。
「見た目は、財界筋の情報屋のような雰囲気だった」
金田一が言った。「石室の記録によれば、環座衆は、旧幕臣の一部が関わり、その後、学術団体や、何らかの筋と接触してきたようだ。もし、その繋がりが、今も続いているとしたら――」
「フェンウィックは、単なる研究者じゃない、ということか」山田が言った。
「あるいは、彼自身も、何かに『使われている』側なのかもしれない」ラッシングが静かに言った。
彼の声には、どこか実感のこもった響きがあった。「僕にも、覚えがある感覚です」
安藤がナンバーの控えを見ながら言った。
「明日、伝手を使って、この車の持ち主を調べてみよう」
横溝が、長い息を吐いた。
「埋蔵金の話が、いつの間にか、財界だの、秘密結社だのという話になっている。……本当に、これは、宝探しなんだろうな」
誰も、その問いに、はっきりと答えることができなかった。
窓の外、竹林の方角から、夜風に乗って、微かに、何かがざわめくような音が聞こえた気がした。




