徳川埋蔵金 小栗惟継から江戸川への依頼
東京、江戸川探偵事務所
雨の降る昼下がり、江戸川勉の狭い事務所に、一本の電話が入った。
「探偵の江戸川さんですか」電話の声は、緊張と興奮が混ざったような響きだった。
「岐阜の御嵩というところで、造り酒屋を営んでいる小栗と申します」
「はい、江戸川です」江戸川は椅子に座り直した。
「ご用件を」
「蔵を整理していたら、古い日記と、絵図のようなものが出てきまして」小栗の声は、慎重に言葉を選んでいた。
「先祖は、幕末に廻船問屋をしていたと伝えられています。それが……徳川様の埋蔵金に関わっていたのではないか、という記述があるんです」
江戸川は、思わず身を乗り出した。「徳川埋蔵金、ですか」
「赤城山の話は有名ですが、うちに伝わる話は、御嵩の山中を指しているようなんです」小栗は言った。「調べてほしいのは、これが本当のことなのか、それとも、ただの先祖の妄想なのか、ということです」
「なるほど」江戸川は言った。「ただ、確認ですが??なぜ、私に」
「知人の弁護士から、江戸川さんの評判を聞きまして」小栗は言った。「それと……正直に言えば、もう一つ、お願いがあります」
「何でしょう」
「これを、ただの調査にせず、ある程度、話題になる形にしていただきたいんです」小栗の声に、少し欲めいたものが混じった。
「もし本当に何かが見つかれば、町おこしにもなる。だから――作家の方々にも、来ていただけないかと」
江戸川は少し考え、答えた。「心当たりがあります。連絡してみましょう」
電話を切った後、江戸川は隣の部屋にいる安藤に声をかけた。
「安藤さん、面白い依頼が来た」
安藤修が、新聞を置いて顔を上げた。「今度は何だ」
「徳川埋蔵金だ」江戸川は言った。「岐阜の御嵩町らしい」
安藤は、しばらく黙って江戸川を見つめた。「……本気で言っているのか」
「本気も何も、依頼が来たんだ」江戸川は笑った。「行ってみないと、分からないだろう」
同じ頃、山田貴明の自宅
山田の携帯が鳴った。表示された名前は「江戸川勉」??数年前、ある事件の取材で知り合った、若い探偵だった。
「山田さん、お久しぶりです」江戸川の声は、いつも通り軽やかだった。「実は、面白い依頼が来まして」
「面白い依頼、というのは」
「徳川埋蔵金です。岐阜の御嵩町に、その手掛かりになる日記と絵図が見つかったそうで」
山田は、思わず苦笑した。
「埋蔵金、か。前回の恵那の一件から、まだそう時間も経っていないのに」
「今回は、もっと分かりやすい話ですよ」江戸川は言った。
「宝探しです。陰謀もへったくれもない、ただの宝探しです」
山田は、少しの間、黙っていた。江戸川のその言葉が、どこか嘘くさく聞こえた。
「……お前が『分かりやすい』と言う話ほど、あとで面倒なことになる気がするな」
江戸川は笑った。
「そう言われると、そうかもしれません。ですが、来ませんか。横溝さんや金田一さんにも、声をかけようと思っています」
山田は、少しの沈黙の後、答えた。
「……行こう。宝探しくらいは、悪くない」
彼がそう言った時、まだ誰も、この「分かりやすい話」が、また別の陰謀の入口になることを、知らなかった。
横浜、工藤俊一の探偵事務所
工藤俊一は、休養のつもりで開けていた事務所の椅子に、だらしなく座っていた。
そこへ、秋月小五郎が、缶コーヒーを二本手にやってきた。
「暇そうだな」秋月は一本を工藤に渡しながら言った。
「休養中なんですよ、秋月さん」工藤は苦笑した。「無理に付き合ってもらわなくていいのに」
「暇な元刑事の暇つぶしだ」秋月はそう言って、椅子に腰を下ろした。「それより、さっき妙な噂を聞いたぞ」
「妙な噂?」
「東京の江戸川という若い探偵が、徳川埋蔵金の調査を請け負ったらしい」秋月は言った。「岐阜の御嵩町の話だそうだ」
工藤の目が、わずかに輝いた。「埋蔵金、ですか」
「昔から気になっていてな。赤城山の話は有名だが、御嵩は聞いたことがない」秋月は言った。「休養中のお前を巻き込むのも悪いが……」
工藤はすでに立ち上がっていた。「行きましょう」
「気が早いな」
「休養なんて、退屈なだけですよ」工藤は笑った。「秋月さんも、本当は行きたいんでしょう」
秋月は、缶コーヒーを一口飲み、にやりと笑った。「バレたか」
御嵩町、小栗家の蔵
数日後、御嵩町の小栗家に、二つのチームが合流した。江戸川と安藤、工藤と秋月、そして山田・佐藤・横溝・金田一・ラッシングの九人が、蔵の前に集まっていた。
小栗惟継が、緊張した面持ちで一同を迎えた。
「こんなに大勢の方に来ていただけるとは」小栗は言った。「正直、驚いています」
「面白い話だと聞いたのでね」横溝が言った。「埋蔵金とは、いつ以来だろうな、こういう話に首を突っ込むのは」
小栗は、蔵の扉を開けた。中は薄暗く、古い酒樽や農具が積まれていた。奥の棚に、桐箱が一つ、置かれていた。
「これです」小栗は箱を取り出し、慎重に蓋を開けた。中には、変色した和紙の日記帳と、折りたたまれた一枚の絵図が入っていた。
金田一が絵図を手に取り、広げた。御嵩の山々を示す簡素な地図に、朱色の線と、いくつかの記号が書き込まれていた。
「これは……」金田一が呟いた。「単なる地図じゃないな。何かの暗号のようだ」
安藤が横から覗き込んだ。「暗号、というと」
「記号の並び方が、意図的すぎる」金田一は言った。「等間隔じゃない。何かの規則性がある」
その時、江戸川が日記帳のページを慎重にめくっていた。「小栗さん、この日記を書いたのは、あなたのご先祖の――」
「小栗惟直です」小栗は言った。「幕末、廻船問屋を営んでいた男です。日記には、『御用の荷』という言葉が何度も出てきます。それが、何を指すのか、私にも分かりません」
佐藤が言った。「御用の荷……幕府からの依頼で運んだ荷物、ということか」
「それが、徳川埋蔵金と関係あるのか、まだ分かりません」小栗は言った。「ただ、日記の最後のページに、気になる記述があります」
彼はページをめくり、一同に見せた。そこには、震えるような筆致で、こう書かれていた。
「――御用の荷、山に埋めしこと、誰にも語るべからず。もし語らば、我が家、末代まで祟りあらん」
蔵の中に、静かな沈黙が落ちた。
横溝が、乾いた声で言った。「……祟り、か。埋蔵金話には、付き物だな」
だが、その場にいた誰もが、少しだけ、蔵の空気が重くなったように感じていた。




