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正しい手続き

視点:雨月 雅之


---


 警察という組織は、手続きでできている。


 報告、確認、承認、記録。すべてに順序があり、順序には理由があり、理由には歴史がある。俺はその手続きを信じている。信じているからこそ、手続きが歪んでいるときにすぐ気づく。


 今回の件は、最初から歪んでいた。


---


 爆発の報告が入ったのは、昨日の午後二時半ごろだった。


 現場に着いたとき、まだ煙が上がっていた。消防が対応していた。野次馬が規制線の外に集まっていた。俺は山本と平を連れて現場を確認した。


 燃えた車は二台。いずれも廃車状態で、ナンバープレートは溶けていた。製造番号を確認しようとしたが、削られていた。


 そこで最初の歪みを感じた。


 廃車のナンバーを外すことはある。製造番号まで削るのは、別の話だ。手間がかかる。意図がなければやらない。


 俺は何も言わなかった。メモに書いた。


---


 翌朝、安藤と江戸川が任意同行に応じた。


 二人とも眠れていない顔だった。でも目は醒めていた。特に安藤??あいつは頭が速い。俺が何を聞こうとしているか、先に読んでいた。


「映像、見せてもらえますか」


 安藤はUSBを出した。躊躇がなかった。躊躇がなさすぎた。


「これで全部です」


「コピーは?」


「ありません」


 嘘だ、と俺は思った。でも証明できない。だから微笑んだ。


「そうですか」


 山本が隣でメモを取る音がした。平は廊下で待機していた。取調室は狭くて、嘘と沈黙がよく響く。


 USBを受け取って、ひっくり返しながら続けた。


「映像に人影が映っていましたね。あれについて何か気づいたことは」


「暗くて顔は見えませんでした」


 江戸川が答えた。安藤より江戸川の方が、嘘が下手だ。でも今回は下手な嘘じゃなかった。本当のことを言っている、ただし全部じゃない。そういう顔だった。


「なるほど」


 また間を置いた。


「もし、その映像を欲しがっている人間から接触があったら??すぐ知らせてください」


 安藤の目が、一瞬だけ動いた。


 もう接触がある。そう読んだ。


---


 午後、三枝さんから電話が来た。


 三枝康介警部。愛知県警の人間で、俺の上に位置する。直属の上司というわけではないが、今回の件では指揮系統に入ってきた。それ自体が既に、二つ目の歪みだった。


 放火事件に県警の警部が介入するのは、早すぎる。


「映像は確保できたか」


「任意提出を受けました」


「コピーは?」


「確認中です」


「急いでくれ。上が気にしている」


 上。三枝さんがそう言うとき、それは県警本部のことだ。本部が気にしている。可児の駐車場の放火事件を、本部が翌日の朝に気にしている。


「??あの映像、ただの放火事件じゃないかもしれない」


「どういう意味ですか」


「燃えた車、ナンバーが追えない。製造番号も削ってある。??プロの仕事だ」


 電話が切れた。


 俺は廊下の壁にもたれた。


 プロの仕事。三枝さんはそれを、俺に教えた。なぜ教えた。俺が気づいていないと思ったのか。それとも、俺が気づいていることを確認したかったのか。


 どちらにしても、三枝さんは俺をどこかに誘導しようとしている。


 俺はそれが嫌いだ。


---


 夕方、山本を呼んだ。


 廊下の端、誰もいない場所で話した。


「映像の人影、解析できる人間を当たってくれ」


「……署を通さずにですか」


 山本の声は慎重だった。正しい反応だ。あいつはいつも正しい手続きを踏もうとする。俺に似ている。だから信用している。


「そうは言っていない」と俺は言った。「ただ、急いでほしい」


 山本は少し考えてから頷いた。何も聞かなかった。


 聞かないということは、察しているということだ。


---


 夜、署の自分のデスクで、俺はUSBの映像を見た。


 爆発。炎。煙。


 そして人影。コマを止めた。


 暗い。でも見える。右足に特徴がある。引きずっている。


 俺はその人影を十分間見続けた。


 プロの仕事。製造番号を削った車。県警本部が翌日に介入。


 これらがひとつの絵になるとすると、どんな絵になるか。


 俺には、まだわからなかった。でも輪郭は見えていた。


 輪郭だけで動くのは早計だ。でも動かないのも違う。


 俺は手帳を開いて、わかっていることを箇条書きにした。それからわかっていないことを、同じくらいの量だけ書いた。


 わかっていないことの方が、ずっと多かった。


---


 帰り際、平が声をかけてきた。


「雨月さん、今日の安藤と江戸川の件ですけど」


「なんだ」


「あの二人、帰り際に外で誰かと話してました。尾行はしてないので確認できてないんですが??年配の男性で」


「どんな人間だ」


「五十代後半くらい。普通の格好でしたけど、なんか……目が違いました」


「目が違う」


「はい。なんというか、見てる角度が違う感じで」


 平は言葉を探していた。俺は少し考えた。


「……わかった。ありがとう」


 平が去ってから、俺はもう一度手帳を開いた。


 わかっていないことのリストに、一行追加した。


 「五十代後半。目が違う男。」


 これで一つ増えた。


 わかっていないことは、増える一方だった。


---


 夜道を歩きながら、俺は手続きのことを考えた。


 正しい手続きを踏めば、正しい場所に着く。俺はそう信じて警察に入った。


 でも手続きが歪んでいるとき??。


 指揮系統の外で動くことは、手続きの違反だ。でも歪んだ手続きに従うことも、別の意味での違反だ。


 どちらがより正しいか。


 俺にはまだわからなかった。


 ただ、一つだけ確かなことがあった。


 あの映像の人影が、この街のどこかにいる。


 俺はその人間を、三枝さんより先に見つけたい。


 理由を、うまく説明できない。でも、そう思った。


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